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盗賊シノ

皆さんのご意見ご感想、お待ちしております。




 最強の冒険者パーティ《黄金の箒星》は魔王と引き分け、全員生きてアルバトロスに帰ってきた。

 しかしそれは喝采に包まれた凱旋ではなく、敗走にも似た帰還だったのだ。

 パーティの前線で最も活躍する東方の武人、(サムライ)である少女剣士、《剣聖》オウカ・アカツキは魔王の呪術によってSランクの治癒術師でも癒す事が出来ない重傷を負ってしまい、その命は刻一刻と失われつつある。


 残った四人は手分けして解呪の方法を探した。

 草の根から秘蔵図書、闇市に至るまで、仲間の危機を救うために寝る間も惜しんで一筋の希望を探し続けた。

 そしてオウカの命が夕刻には尽きると宣言された日の朝。盗賊(シーフ)のシノは闇市で不定期に開催されるオークションに、あらゆる傷を癒し、全ての呪いと毒を取り払う神秘の霊薬、エリクサーが出品されることを知る。

 

 通称、聖蛇の贈り物。

 エリクサーは確たる調合方法が解明されておらず、ポーションを生産する薬剤師たちが極低確率で偶発的に生み出されるのが現状である為、国の権力を以てしても簡単に手に入らない。

 闇市という合法と犯罪の間を行き来する場で出品されるエリクサーが本物であるという信憑性は低いとよく思われがちだが、彼らもまた商人。偽物を渡し、最低限の〝信頼〟を失うようなことはしない。


 しかし、エリクサーの最低金額は金貨二千五百枚から。オークションという形式を考慮すれば更に値上がりする。

 それに対して、魔王との戦いで手持ちの金を失った《黄金の箒星》の所持金は、僅か金貨二枚と銀貨七枚と最低金額の足元にも及ばない。

 後払いで金貨を払うと言っても、オークションの主催者は慣習を崩さない意味でも現金との交換以外認めないと断固拒否。

 国家が与えた勇者の権限を使っても、主催者は国家でも迂闊に逆らえない大商人ギルドの幹部で、元々の手札が強すぎる上に、相手の口先は一枚も二枚も上手だった。


 至急、金貨を送ってもらおうにも間に合わない。

 勇者たちの軍資金は自分たちで稼ぐか、必要時の場合のみに国の財務部の合議の末に支払われる。

 今日の夕方には死ぬオウカを吸うにはそれでは遅すぎるのだ。途方に暮れる《黄金の箒星》の面々。

 せめて大金を借りる事さえできればと考えていたその時、シノの前に大量の金貨を背負った男が現れた。


 ニヤケ面で時折袋の中を覗いてはギッシリ詰まった金貨を撫でる不審人物……らしき青年。

 見覚えはないが戦斧を担いでいることから、恐らく低ランク冒険者なのだろう。どういう訳か大金を持って歩いている。

 シノは焦りを、暗く冷たい思考へと切り替える。清廉潔白だったり、性根が真っ直ぐなものばかりの勇者パーティにおいて、シノは汚れ役を一手に引き受ける盗賊だ。

 その職業の名に相応しく、欲しいものは奪ってでも手に入れることに躊躇いはない。


(ごめん。でも後で絶対に利子を付けて返すから)


 もちろん、彼女とて良心はある。

 冒険者としての資格を剥奪されるかもしれないが、それでも法や規則を理由に仲間を見殺しには出来ないし、それを理由に手段を正当化するつもりも無い。

 オークションの開始までの時間も少なく、大金を手放すように交渉する自身も無いシノは強硬手段に出た。


(眠って)


 数ある暗器の中でドラゴンすら数秒で昏倒させる麻酔薬が塗られた針を投げ、首筋に刺す。

 青年は針が刺さったことを自覚するまでもなく、一瞬で意識を失う。


「え?」


 そう、なる筈だった。

 しかし青年は首から針を抜くだけではなく、全く淀みのない動きで辺りを見渡し、後ろに居たシノを見てズカズカと歩み寄ってくる。


「おいコラ、お前か? こんな針を人に刺したのは」

 

 あり得ないと、シノは瞠目する。大型の魔物すら瞬時に眠らせる麻酔が効かない人間など聞いたことも無い。

 しかしそこはSランク冒険者、即座に冷静さを取り戻し、相手に悟らせないように臨戦態勢を取る。


「……一体何者?」

「それ完璧俺の台詞なんだけど」


 どうやら正体を明かす気はないらしい。

 しかし、とシノは改めて青年の身のこなしを観察する。

 直接戦闘が専門ではないとはいえ、若くしてSランク冒険者になったシノは当然の如く、相手の身のこなしを見ただけである程度実力を図る事が出来る。 

 青年は明らかに隙だらけだった。それこそ、戦闘経験のない一般人が無警戒に突っ立っているように思えるほど。


「悪いけど、無理にでも奪わせてもらう」

「へ?」


 シノはその場から影も残さず一瞬で消える。空間移動などの小細工ではなく、ただ純然な速さによって。

 一瞬で背後を取る。首に手刀を当て、今度こそ意識を狩り取ろうとしたが、その手刀は虚しく空を切った。


「何しやがる」


 後ろを取られたのはシノの方だった。

 青年はただ脳天に軽くチョップしただけ。ただそれだけで、Sランク冒険者の視界と思考が揺れる。

 立っていることすらままならず、男の足を見ることしかできない。


(あり得ない……! こんな化け物、どうして今まで誰も気付かなかった……!?)


 危険感知能力に優れた盗賊の頂点に君臨するシノが、攻撃を受ける直前まで気づけなかった歴善たる力の差。

 実力を隠すことに長けた隠れた達人かと思ったが、彼女の直感がもっと得体の知れない何かが原因だと囁いていた。


「ったく、金を持った途端にコレとか、金持ちっていうのも楽じゃねぇなぁ」 


 もうシノに興味が失せたとばかりに、青年は踵を返す。


(ダメ……この機会を逃したら、オウカが……!)


 酷過ぎる眩暈に体の自由が利かない。しかし苦しむ仲間の事を想えば ここで倒れる訳にはいかなかった。

 揺れる視界の中で必死に手足を動かし、青年の足にしがみ付く。その姿は最強冒険者パーティの一人とは思えないほど無様なものだ。

 しかし自分のプライドなど、シノにはどうでもよかった。どんなに惨めでも、情けなくてもいい。仲間を救えるならどんな対価でも支払ってみせる。


 その一方、青年……もとい、ジークは困惑していた。

 家に帰る最中、いきなり襲われたのだから当然ではあるが、相手が諦めた様子もなく足にしがみ付いて来られれば、煩わしいを通り越して余計に困惑すると言うもの。

 

「えぇい、何なの!? 放してくんない!?」

「……っ!」


 足を軽く振るうが、両腕を絡めて離す様子がない。本気で足を振り回して無理矢理振り解くこともできるが、流石のジークも何やら必死な相手にそこまで非常に離れない。たとえ相手が追剥であってもだ。


「……がぃ」

「ん?」

「お願い……そのお金、譲ってほしい……!」

「はぁ!?」


 ジークは素っ頓狂な声を上げる。

 見ず知らずの相手にいきなり大事な大事な金貨を渡せなどと言われても承服できるわけがない。

 当然の如く断ろうと口を開いたが、シノの目尻に浮かぶ涙を見て、言葉を発する事が出来なかった。


「お願い……! 私の事は好きにしてもいいから、そのお金で薬を……!」


 その必死な姿を見て、ジークの体と思考は硬直する。

 理屈としては事の真偽も図れない状況で大金を譲り渡すなど馬鹿げている。無理矢理振り解いてしまうのが、ジークにとって最善であるはずだ。

 しかし、足を抱き締める腕の力を感じる度に、そんな考えは浮かんでは消えていく。


「あーも―……あぁぁぁもぉぉおおおおおっ!!」

「っ!?」


 ジークは絞り出すように叫んだ後、シノの体を担ぎ上げる。


「それで!? 一体どこの何が欲しいの!?」

「え? えっと……闇市のオークションに出るエリクサー……早く行かないと買われる」


 しどろもどろに答えた瞬間、ジークは凄まじい速度で跳躍した。

 同じ街はずれに建つアパートに住むジークは、買い物こそしないが闇市を頻繁に通り過ぎる。故にオークション会場の場所も知っていたが、その場所は徒歩で三十分以上かかる場所にある。シノが全力で走っても五分近くは掛かるだろう。

 その距離を、ジークは方向調整を含め、たった二回の跳躍で踏破した。


「い、何時の間に会場に……?」

「さっき言ってたオークションってここの事!?」


 シノがコクコクと首を縦に振ると、ジークは雷鳴のような歓声が響く会場の扉を勢いよく開く。


『さぁ奇跡の霊薬エリクサー、4940枚! 他にはいらっしゃいませんか!?』

『4970!』

『4980!』

『4999!』

『4999枚の声、頂きました! 他には!? 他にはいらっしゃいませんか!?』


 会場では丁度エリクサーの落札が決まろうとしていた。

 まるで示し合わせたかのような金額に、ジークは心の中で神を罵倒してから、金貨が詰まった袋を掲げて叫ぶ。


「五千枚だバカヤロォォォォォ!!」


 この瞬間、エリクサーは飛び入り参加のジークに落札された。






 金貨五千枚を液体が満たされた瓶一本に変えたジークは、それをシノに手渡す。


「ありがとう……! これで仲間を助けられる……!」


 手にしたエリクサーを胸に抱き、歓喜の涙を浮かべながら上目遣いでジークを見上げるシノ。

 勇者パーティの女性は全て絶世の美少女揃いと評判で、シノもその例に漏れていない。何時ものジークなら美少女に潤んだ瞳で見つめられれば照れるか、鼻の下を伸ばしたりするのだが、この時ばかりはそういった健全な男の反応を示さなかった。


「このお礼はいつか必ず……って、どうしたの?」

「……う」

「う?」

「うなあああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 ジークの咆哮は、アルバトロス全体に響いた。

 良心の呵責に耐えきれず、勢い任せでエリクサーを購入して渡したものの、その決断を絶賛後悔中のジーク。

 事の真偽が分からない事案に金貨五千枚はあまりに多すぎたのだ。


「あああああああああああああああああああああああっっ!!」

「わっぷ!?」


 複雑怪奇な感情が胸中に入り乱れ、もう叫ぶことでしか発散する手立ての無いジークは砂嵐を巻き起こしながら疾走する。


「ケホッケホッ……! ちょ、ちょっと待って……! 私、まだあなたの名前を……!」


 そして不幸にもお礼の件を聞き逃したジークは、シノの言葉も耳に入らず、意味もなく町中を爆走する。


「な、何だぁ!?」

「ぎゃあっ!?」

「うげぇっ!?」

「あーれーっ!?」


 途中で何人ものゴロツキや冒険者を撥ね飛ばしても止まらず、彼の言い表しがたい感情が発散されたのは、日を跨いだ深夜の事だった。  

ちなみに金貨一枚を日本円に換算すると、大体一万円弱です。

この作品の主人公は、せこくて欲に忠実だが、根が善良であるという人間臭さをイメージしてみました。

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