魔王のネックレス
どうすれば人気作家になれるのかが気になります。なので、皆さんのご意見ご感想があれば幸いです。
力ある者こそが全ての弱者を踏み躙り、支配する。
悪の帝王学を理念に幾億の魔族を支配下に置いた魔王は、人類最強の冒険者パーティである《黄金の箒星》と相打ちになり、その勢力を瓦解させた。
眷属と呼ばれる幹部は殆どが倒され、魔王もまた力が弱まる。
しかし彼は野望を諦めてはいなかった。再び勢力を拡大し、今度こそ全世界を支配する。その為に必要なのは、力のある臣下だ。
いかに最強の魔族と自他を認める魔王でも、数の利には敵わない。事実、彼は自分よりも一段劣る冒険者5人にと引き分けた。
次戦う時に必ず勝てると断言できるほど慢心してはいない。ならば、自らの威で屈服させた強者を2~3人眷属にし、万全の態勢で勇者パーティを迎え撃つ。
そうと決めた魔王は、探し人を見つけ出す神秘の鑑に問いかけた。
「鏡よ、この世で最も強い人類は何処のどいつだ!?」
ドラゴン、魔族、その他多く存在する眷属候補の中で、真っ先に探したのは人類最強の戦士だった。
再び勇者たちと相対した時、魔王の傍に守るべき人間が居れば裏切りの絶望を味わわせる事が出来る。 そう思いついての事だったが、魔王は結果を期待してなかった。
人類最強と言えば勇者であり、彼は魔王の誘惑に惑わされる男ではない。
その事を一番よく理解しているのは、他の誰でもない、宿敵の魔王ただ一人。
しかし、そんな魔王の予想とは裏腹に、鏡の返答は意外なものだった。
『人類最強は、アルバトロスのはずれのアパートに住んでいるジークです』
それは魔王が全く耳にしたことが無い名前だった。
思わず疑問を抱いたが、鏡の精度は絶対。世間の与り知らぬ、隠れた強者だという事だろう。
そう思い立った魔王は早速アルバトロスまで飛んでいき、ジークの家の天井を突き破って魔神に愛された膨大な魔力を放出するというインパクトある登場をした訳だが――――
「おらっ! おらっ! おらぁっ!!」
「おっふ!? おっふ!? おっふぅ!?」
ジークの腹パンを浴びてボッコボコにされていた。
連続で響くドォンッ! という轟音は、とても腹を殴っているとは思えない。
本気でやれば重症だけで済むような攻撃ではないのだが、修繕費を是が非でも払わせたいジークにとって魔王は死んでもらっては困る。これでもかなり手加減した腹パンなのだ。
「選べ。修繕費を払って帰るか、身包み全部剥がされた後で放り出されるか」
「ごふっ! がはっ! ま、魔王は他者に屈しは……!」
息も絶え絶えに強がる魔王。身につけている宝石類を売り払えば修繕費を払ってもお釣りがくる頭の中で計算したジークは、このまま気絶してくれないかな、と割と下種な事を考えている。
ただでさえ金欠であることに加え、天井ぶち破られればある意味当然の反応でもあるが。
「ていうか貴様、我は一応魔王だぞ? 知っているだろ、魔王。人類の敵の」
「知ってるよ。お前が本人か詐欺かは知らないけど。でもそんなんどうでもいいからさっさと修理費払ってくれ」
「どうでも!? 普通気になるだろ!? 魔王がなぜ突然現れたのかとか!」
「まったく。微塵も興味がない」
魔王には路傍の石を見るような目を向け、ジークの関心は指輪やネックレスの釘付けだ。
今の魔王は、金に飢えたチンピラに絡まれている世間知らずの金持ち息子同然である。
「まぁ待て! まずは我の話を先に聞いてくれ!」
「え? いや、だから微塵も興味が――――」
「アレはそう、まだ我が父が壮健であった頃の話だっ」
ドォンッ! と腹パンの音が響いた。
「何勝手にモノローグ入ろうとしてんだ」
「ごっふ!……ちょ、おま、歴史にも載る壮大な話が始まるって時に」
「だぁから興味ないんだってば! ただでさえ晩飯台無しにされて天井に穴開けられて気が立ってるってのに、無駄話に付き合わされる俺の身にも――――」
「魔王様!、ご無事ですか!?」
壁を突き破り、眼鏡を掛けた、耳が長く肌が青い典型的な魔族の男が乱入してきた。
「ゼファー!? 貴様なぜここに!?」
「申し訳ありません。魔王様の生命力が急激に弱まっていくのを感じ、居ても立っても居られなくなりました」
ゼファーと呼ばれた魔族の男は、ジークを殺意と共に睨み付け、轟々と捲し立てた。
「おい、貴様! この方は全ての魔族を統べ、いずれ世界の頂に立つお方だぞ!? 幾ら眷属候補と言えど、魔王様に逆らうのなら魔王軍参謀総長であるこの私が――――」
「壁の修理費払えええええ!!」
「どべらばああああああああああああああああああっ!?!?」
側頭部に神速のハイキック一発。その衝撃で宙に浮かび、連続回転して床に突っ伏す魔王軍参謀総長。 首が繋がり、ピクピクと痙攣しているのは、修理費を払わせるという一抹の理性がジークに残っていたからだ。そうでなければ今頃部屋の壁紙は真っ赤でグロテスクなアートと化している。
「ゼファー!?」
「どうしてくれんだよ! こんな大穴開けられたら、雨どころか夜の営みを覗かれることも防げねぇよ!!」
「わ、わかった! 今日のところはこれを渡して引き上げてやる! だから斧をしまえ!」
壁と天井に空いた大穴を交互に指し、戦斧を片手に半泣きで魔王に迫るジーク。
流石に危機感を感じたのか、魔王は慌てて首に下げてあったネックレスを差し出した。
「何これ?」
「希少な鉱石や貴金属をふんだんに使って作らせた芸術的価値もある魔道具だ。人間共の間でも非常に価値があると聞く。それを売ればこの程度のボロ屋、建て替えても釣りがくるだろう」
「マジで!?」
黄金の石座に大ぶりな赤・青・緑・黄色の宝石が埋め込まれた見事な装飾品は、高位貴族が身につける嗜好品にも見劣りしないように見える。
その輝きに思わず目を奪われていると、魔王とゼファーの体を青い光が包み込んだ。
「きょ、今日のところはこれで勘弁してやろう! 次会う時は覚悟するのだな!」
「何でお前が偉そうなんだよ」
虚勢100パーセントの捨て台詞を残してその場から消え去る魔族二人。
逃がさないという発想もあったが、とりあえず金目の物も手に入れたことで満足したジークは、天井と壁の穴をシートで覆う。
「結局何だったんだアイツら」
乱入による被害で頭がいっぱいだったジークは、魔王たちの目的を一切理解しないまま明日に備えて布団に入るのだった。
翌日、早速手にしたネックレスを売ろうと道具屋へと向かうジーク。
アルバトロスでも一際大きな建物は、武器からポーション、日用品まで手広く売る王都に本店を構える道具屋ヘルメスの支店だ。
物を売り買いするならヘルメスと人々が口々に言うほどの満足度を誇る世界最大手の商人ギルドである。
「すいません、これ売りたいんですけど」
「はい、確かにお預かりしました! 鑑定が済み次第お呼び致しますので、どうぞそちらのソファにお掛けになってお待ちください」
装飾品コーナーにあるフカフカのソファに座ってボウッと天井を見上げる。
魔王の言う通り修理費分儲けれれば御の字、金が余ればラッキー程度に考えていると、やけに身なりの良い中年の男が話しかけてきた。
「失礼、ネックレスをお売りに来られたジーク様でよろしいでしょうか?」
「はい、そうですけど……?」
どこか胡散臭い感じがして警戒を強めるジークに対し、男はパッと満面の笑みを浮かべる。
「商品の鑑定が済みました。ここでお話しするのもなんですので、少々奥の客間までご足労願えますか?」
てっきり会計で金を渡すと思い込んでいたジークは首を傾げる。
しかしここで断る理由も無いので、特に何も考えずにホイホイ付いて行くことにした。
「どうぞ、そちらにお掛けください」
調度品に囲まれた部屋に連れて来られ、男とガラスのテーブルを挟んだ対面に座らされるジーク。
差し出された紅茶をグイっと飲むと、男は人好きする笑みで捲し立てた。
「いやぁ、このお売りして頂いたネックスレス、実に見事ですね! 芸術性もさることながら、真に驚くべきは秘められた性能! これは魔術を使用する際に術者が消費する魔力をネックレスに込められた魔力で肩代わりするだけではなく、外気に漂う魔力を凄まじい速度で供給する、まさに全ての魔術師たちが夢見た装飾品! これは世界中の魔術師が喉から手が出るほど欲しがる品でしょう。これほどの魔具、一体どこで手に入れたのです?」
「えぇと…………祖母の遺品を整理してたら出てきて」
「それはそれは。御婆様はさぞ高名な魔具職人なのでしょうね」
昨日魔王を名乗る不審者から貰ったとは言えず、当たり障りのない理由をでっちあげる。
ちなみにジークの祖母(農民)は、この前帰省した時に包丁で「キエーッ!」と叫びながらスイカを一刀両断していた。
「それで売値の方なのですが……この希少性、デザイン、素材、性能、保存状態。それら全てを鑑みて、金貨五千枚でどうでしょう?」
「ぶふぉっ!?」
あっさりと口から出した金額に思わず紅茶を吹いた。
ネックレスを売りに来る前、アパートの大家と相談して修理費を聞いてみた所、金貨十枚で手を打つと言われた。
しかしいざ蓋を開けてみれば、売値は修理代の五百倍。貧乏庶民に驚くなという方が無理だろう。
「そ、そんなに貰ってもいいんですか!?」
「ええ勿論です! お気に頂けたのなら、すぐにでも手続きの用意をさせていただきますが、どうしますか?」
「よろしくお願いします!」
売却書類にサインし、男が持ってきた金貨を数えてから意気揚々とその場を後にするジーク。その後ろ姿を、男は小馬鹿にしたような薄ら笑いで見送っていた。
ジークが持ってきたネックレスに関して嘘は言っていないが、口にしなかったこともある。
それは、ネックレスにかつて滅んだ王朝の紋章が刻まれていたという事。
何を隠そう、彼が売りに来たネックレスは歴史的価値もある、まさに値段が付けられない品なのだ。
それをどこで手に入れたのか、貧乏で無学な冒険者が持ってノコノコ現れたので、男も歴史的価値に気付かないふりをして安価で買い取ったにすぎない。
金貨五千枚も、世界最大手の商人ギルドからすればはした金に過ぎないのだ。
結果、金貨一億枚でも二億枚でも売れるネックレスを比較的安価で売り捌いてしまったジークは、そうとも知らずにすっかりご機嫌な様子で金貨がギッシリ詰まった袋を背負って店内を練り歩く。
常人なら持ち上げることすら困難な重量も、ジークからすれば軽いものだ。
「うへへ、うへへへへぇ。儲けた、俺も遂に金持ちになったなぁ……!」
降って湧いた大金で顔がニヤけまくる。これだけ金があれば、普段は出来ない贅沢をしてもいい。みすぼらしい安物の戦斧を見栄えする立派な物に買い替えてもいい。
「今日という日を祝してステーキとか食っても……ん?」
店を出て人気のない街はずれまで戻ってきたその時、風切り音も立てずに音速以上の速さでジークの首筋を目掛けて鋭い物が飛んできた。真後ろから狙われたその一矢はプスッと首に刺さる。
「何だこれ?」
痛みを感じた様子もなく、首に刺さった物を引き抜く。それは何やら透明な液体が塗られた針だった。 誰かの悪戯だろうかと周りを見渡すと、丁度後ろに小柄な少女が立ち竦んでいた。
「おいコラ、お前か? こんな針を人に刺したのは」
口調を少し荒くして少女を見下ろす。盗賊系の職業なのか、機動性重視の軽装に身を包んだ彼女を見下ろすと、改めてその小ささが分かる。
男性としては平均的な身長のジークよりも頭一つ分半は低い身長もさることながら、何より目を引くのは背中まで伸びた銀髪に映える海のような蒼い眼と、頭の両側から生える角。
ジークの知識が確かなら、彼女はモノケロスと呼ばれる有角の亜人族だ。
「……一体」
「あ?」
「……一体、何者?」
「それ完璧俺の台詞なんだけど」
次からはもっと早く執筆する予定です。