最強無冠の冒険者
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「うぃーっす」
「あ、ジークさん! おはようございます!」
「どうしたんすか? なんか忙しそうですけど」
「実は今、この街に推定Sランク相当の魔物が向かって来ていて、ギルドは今てんやわんやなんです」
「マジっすか? ……ちなみに、それって依頼で出てます?」
「それは勿論出てますけど……もしかして」
「この依頼、受けます」
邪悪極まりない悪神の眷属共が住む暗黒の地。その最前線に存在する開拓都市として多くの兵や冒険者が集うアルバトロスに向かって来る漆黒の巨人の進撃に対して、冒険者たちは総出で迎え撃つ。
危険度Sランク、最上位の冒険者や正規軍が出撃するに値する悪魔総長は単独で人の領域に足を踏み入れ、迎え撃つ戦士と騎士の群れを無造作に蹴散らす。
剣より放たれる飛ぶ斬撃も、槍より撃ち出される渾身の突きも、後方より降り注ぐ炎弾、氷塊、岩石、風刃、迅雷の雨も僅かに悪魔総長の足を止めることしか叶わず、衝撃によって巻き上げられた砂埃が晴れて露わになった無傷の肉体を見た時、幾人かの冒険者たちの心は折れた。
それでもなお奮闘する者も大勢いたが、全ては徒労と終わる。
双角から迸る雷が、翼の羽ばたきが起こす竜巻が、見上げるほどの巨体から放たれる一撃が、まるで蟻の群れを踏み潰すように冒険者たちを圧倒すた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
『……ふん』
苛烈な連撃の前に倒れ伏した数多の冒険者たちの中で生き残ったのは《閃迅》の異名を取るSランク冒険者、カイトだった。
己が異名の名に恥じない影も残さない速さから繰り出される剣撃で悪魔総長の全身を切り刻む。
もはや、彼が倒されればアルバトロスの命運は尽きる。この戦いで倒れた者、街で怯える人、愛する人の為に磨き上げられた剣を振るうが、この世はあまりに無情だった。
『くだらん』
「ぐわあああああああああああっ!?」
煩わしいは虫を払うような一撃。ただそれだけで叩き落され、鼻血を噴出しながら地面に減り込んで意識を失うカイト。
最上位の冒険者ですら歯牙にかけない怪物は、もはや生物の枠組みを超えた天災だった。
地震に、津波に、嵐に、生物がどうやって勝てるというのか。
『所詮は人間、魔王様の理想には必要のない愚かで矮小な存在。奴隷にするにも間引く必要があるだろう』
悪魔総長には武人の誇りなどない。強者の驕りを砕き、弱者を甚振る事に喜びを感じるケダモノだ。
天災の怪物はニタァ……と、醜悪な笑みを浮かべ、拳を振り上げる。
『せめてもの情けだ。俺のこの場限りの玩具として甚振ってやろう!』
戦い抜いた上で倒れ伏した戦士たちを襲う無慈悲で残虐な一撃。大地にクレーターを穿つ拳は冒険者たちを挽肉に変える……筈だった。
『なんだ?』
拳が冒険者たちに当たる前に、何かに阻まれた。
拳をどけてみると、そこには身の丈ほどの戦斧を背負った男が一人。
何の覇気も威圧感も感じられない、戦場に居ること自体が侮辱とも捉えられそうな間抜け面の男。
『なんだ、貴様は?』
悪魔総長の問いかけに、男はフッと笑って答える。
「Eランク冒険者だ」
『舐めているのか貴様』
悪魔総長は顔面に血管が浮かぶほど激怒した。
種族は違えど、冒険者の階級は知っている。単純に一番上がSで、一番下がEだ。
悪魔総長はSランク冒険者ですら一蹴した災害級の魔物。そんな絶体絶命の局面を前にしたにも拘らず、現れたのが最弱クラスの冒険者である事実は、悪魔総長の怒りに火をつけた。
『俺は魔王軍最高幹部の一人だ! 見ろ、この倒れた冒険者共の数を!』
両手を広げ、己の戦績を誇示する様に振舞う。
『魔王様の理想の為、人類撲滅の命を受け、力を得た俺には最早Sランク冒険者ですら歯が立たん! にも拘らず現れたのがEランク冒険者だと!? これが侮辱でなくてなんという!? やはり人間は愚かで無価値な存在だな! この《殲滅》の「分かった分かった。何でもいいからさっさとかかってこい」』
名乗りを思いっきり邪魔された悪魔総長は怒りのまま拳を振り下ろす。甚振るのが目的ではなく、愚かな弱者を殺す為に全力で。
『死ぶぎゃばらがらあああああああああああああっ!?!?』
いつの間に戦斧が振り抜かれたのか、悪魔総長は認識できなかった。
ただの一撃で同時に放たれた斬撃と衝撃波は、Sランクの連撃を受けても微動だにしない巨躯を木っ端微塵に吹き飛ばす。
もしこの現場に目撃者が居れば、このEランク冒険者の名は伝説に轟くだろう。
しかし、この戦場に居るのはいずれも気絶した冒険者のみ。それでも魔物の討伐証明である魔力の結晶……魔核があれば彼の功績は世間に響き渡るのだが、血肉と共に飛び散るキラキラ光る破片を視認してしまい、Eランク冒険者は叫んだ。
「あっ!? またやっちゃった!?」
両手に収められた紫色に輝く血塗れの砂利……悪魔総長の魔核だったものを見て、冒険者ギルドの受付嬢は引き攣った笑みを浮かべる。
「あの……出来る限り拾い集めてみたんです。これが討伐証明って事にならないっすかね……?」
「ご、ごめんなさい。ここまで砕かれてしまうと鑑定も出来なくて。これが悪魔総長の魔核だって現在の魔導技術じゃ証明できないんですよ。なので本っ当に申し訳ありませんが、今回の依頼もジークさんの手柄とは認められません」
「くそったれえええええええええええええええええええええっ!!」
この世界の人は皆、15歳の誕生日と共に神からの恩恵である個人特有の能力、スキルを与えられる。 辺境の街で生まれ育ったジークも例外ではなく、誕生日に教会までスキルを授かりに行ったのだが、そこからが彼の悲劇の始まりだった。
「貴方のスキルは……《無冠》らしいです。長年教会に勤めていますが、聞いたことのないスキルですね」
神官から告げられたスキルの名前にジークも首を傾げたが、教会の図書室で調べてみた所、過去にもこのスキルを持った者は少数だが存在したらしい。
その気になる効果は、文献によると成し遂げた功績が極めて伝わりにくいと言うもの。
はっきり言って、完全な外れスキルどころかデメリットしかないスキルである。
気を利かせて掃除をすれば何故か妹が褒められ、盗人を捕まえれば何故か通りすがりのオッサンが称賛され、街に侵入した魔物を傷を負いながらスコップで撃退すれば、完全に遅れて来た冒険者が称えられる。しかもその後、「一般人が危険な真似をするんじゃない!」と怒られた。
自分が授かったスキルが善行や功績を成した結果受けるはずだった評価を、様々な要素が割り込んで無かったことにされたり、他人に奪われるゴミスキルだと分かった直後、初恋の幼馴染が冒険者に一目惚れして付いて行ってしまうという、傷心二連コンボで打ちのめされたジークは叫んだ。
「最早愛など要らぬ! こんなにも苦しいなら、こんなにも悲しいなら……テンプレなラブコメよろしく幼馴染とキャッキャウフフも出来ないのなら! 愛など要らぬ!!」
その翌日。
「すいません、生意気言いました。やっぱり……彼女が欲しいです、神様。出来れば巨乳で可愛い彼女が良いです」
この手首が捩じ切れんばかりの手のひら返しには、流石の神様も呆れざるを得ないだろう。しかも取って付けた要求が図々しい。
「俺、このスキルのせいで誰にも良いところ見せられずに生涯独身で終わっちまうんじゃね?」
そんな未来は御免被るジークは考えた。誰にも評価されない人生など一体何の価値があるのだろうと。そして閃く。
魔物や無頼が蔓延るこのご時世、冒険者はまさに花形職業だ。遠く離れた街にまで吟遊詩人の詩として届く彼らの英雄譚は男なら一度は憧れ、女は濡れる。事実、幼馴染も冒険者のファンだった。
「見返してやるぞ! 世界一の冒険者になって、最高の富と名誉と巨乳美人を手に入れてやる!」
月並みの野心だが、男としては健全な志を胸に家の蔵にあった斧を持って修行の旅に出たジーク。
冒険者には功績度に応じたランキングが存在する。目指すはランキング1位だが、スキルの関係で極めて困難な道程もこの時ばかりは野心の燃料だ。
「やっぱり修行と言えば山籠もりだよな」
明らかに小説の読み過ぎな浅知恵だが効果的な発想に至ったジーク。
しかしここで問題が一つ。修行に行ったのは良いが、魔物や食料が豊富な修行に適した山が見つからなかったのだ。
そこで海を渡った先にある自然豊かな島に赴き、山籠もりならぬ島籠りを開始したのだが、その場所が最悪だった。
異常成長を遂げた食肉植物に尋常ではない強さの魔物が蔓延る世界屈指の魔境と呼ばれる死の大地、シェキナーガ大陸に、ジークは気付かずに上陸してしまったのである。
これには流石の家族もジークの生存を諦めた。Sランク冒険者ですら危うい死地にあって、一般人のジークが生きて戻って来れるはずがない。体の一部が何かの間違いで帰ってくるだけでも御の字だと。
しかし三年たったある日、ジークはひょっこり帰ってきた。
初めに言っておくが、彼は特別な血統を持つ訳でも、秘められた力がある訳でもない。
死の大地に力を得る秘宝があった訳でも、変わり者の武神が隠居していた訳でもない。
ただその煮えたぎる執念と野望だけでその力を磨き上げ、最強の二文字に相応しい実力を得て帰ってきたのだ。
そして彼は確たる自信を持ち、己の野心を叶えるため、都会に出て冒険者ギルドの門を叩く。
ここまで聞けば、誰もが彼の栄転を思い浮かべるだろう。だがしかし、他の誰でもないジーク本人が自分のスキルを甘く見ていた。
誰にも文句を言わせないほどの力があれば、スキルの効果など強引に捻じ伏せられると。
ところがどっこい。現実はそんなに甘くはなかった。
ドラゴンを倒せば魔核ごと木っ端微塵。
オーガの軍勢を一人残さず吹き飛ばせば、その先に居た同じ依頼を受けた冒険者の手柄にされる。
街で偶然殴って気絶させた悪漢が実は凶悪な指名手配犯で、後からそれを知っても証明する手立てがない。
強くなればスキルの影響恐れるに足らずと思っていた頃が懐かしい。
むしろ強くなる度にスキルの影響が強くなっていく今日この頃。
ギルドの受付前で両手両膝を床につけて項垂れる最強の冒険者は同じEランクの冒険者に蔑みの眼で見下ろされていた。
「おい、邪魔だよ最下位!」
「ランキング最下位のジークがまた騒いでるぜ」
「プーックスクス。悪魔総長単独撃破とか、妄想乙」
「俺たちも対した冒険者じゃないけど、あれを見てるとなんだか安心するな。……下には下がいるってわかるから」
実力的には遥かに格下の連中に好き放題言われるジーク。
涙目で見上げた冒険者ランキングが表示されたボードには、781位という最下位の数字の隣に自分の名前が書かれていた。
ファンタジーもの大好きですけど、これまで上手くいきませんでした。どんな意見でも取り入れ、作品のクオリティを上げたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。