第5話 文豪の女神と己の罪
翌朝。
(全部夢だった、というオチはなしか)
慣れない体での初めての朝を迎えた俺は、やはり夢じゃなかったことを悟りとりあえず体を起こした。
「痛たた。慣れない体で寝るもんじゃないな」
生きていたころは比較的背が高いほうだったので、体が小さくなって朝起きる動作ですら苦労する。
(昨日は感じなかったけど、不便な体だよなこれ)
視点がいつもより低く(ちなみに俺の推定では身長は百四十センチほど)、周りのありとあらゆる物が大きく見える。
(二十歳にして幼稚園児になった気分だな)
この先成長することはあるのだろうか。
朝起きて特にやる事が思い浮かばない俺は、まだ起きてこないティナを待つ間に、昨日彼女が片付けなかった本達を自分が読めそうなものだけを読んでいった。
(これはこの世界の本か?)
最初に手に取った本は歴史の本、というよりは歴史書に近いものだった。中には明らかに複雑そうな内容で、俺が理解できないものばかりが書いてある。だけど何故か何が書いてあるかが頭に入り込んできた。そしてまるで最初からそれを知っていたかのように、知識となって頭が理解する。
(確かにこれは便利だな)
後は自分で培った速読スキルを用いれば、このくらいの本なら三十分ほどで読み終えられる。
「えっと、まずは……」
この世界の始まりからだ。
起源はこの世界の今の時間軸の千年前。一つの何もない星に一人の女神が降り立ったことから始まるらしい。
その名は文豪の女神、ライスタ
この世界を作った創造神。その名の通りありとあらゆる本の知識を世界に与え、この世界を構成していったという事らしい。それはあくまで一説の話ではあるものの、それが正史として綴られていた。
「文豪の女神か……」
もしかして俺に声をかけたあの神様がそうだったりするのだろうか。
「おはよー。って、朝から本を読んでいるの?」
そんな事を考えている内にティナが欠伸をしながら起きてきて、朝から読書にふける俺にそんな反応を見せた。
「起きてやることがなかったから、暇つぶしに読んでいたの。もう読み終わったけど」
「え? それかなり分厚い本なのにもう読み終わったの?」
「うん」
俺にとってはごく当たり前の話なので、何の違和感はなかった。むしろ初めて読んだ本なので時間がかかったくらいだ。
「じゃあ一日あればあなたも私の世界に引き込むことが」
「それはないから安心して」
性別は女だけど中身は男だから、そういうアレは困る。
てかそろそろ諦めろよ。
■□■□■□
二人とも起きてきたので一旦読書を終了し、二人で朝食を取る。
「うん、おいしい」
「ありがとう。これでも私は料理が得意なんだから」
昨日もそうだったのだが、この世界の食事は不思議と地球の食べ物とほとんど変わらなかった。食材に多少の差異があったとはいえ、味は全くもって申し分がなかった。
「でも昨日も思ったけど、ちょっと多すぎじゃない?」
ただ一つ問題なのがその量だった。昨日は夕食にリルがいたのでまだ完食ができた。しかし今日からは二人で食べることが多いうえに、朝食も同じような量なので全部を食べるのは難しかった。
「え、あ、もしかしてお腹減ってないの?」
「そうじゃなくて、作りすぎな気がするだけど」
「それは……多分癖なんだと思う」
「癖?」
「あ、でも次からは気を付けるね」
何かを誤魔化すようにティナはそういうと食器を片づけ始めた。俺はそんな様子の彼女が不思議に思えた。別に食事を作りすぎてしまうのは直すのは簡単だが、どうもティナにはそれが難しいのかもしれない。
「おはようティナ、ユウちゃん。本持ってきたよー」
外から元気な声が突然聞こえてきた。この声は間違いなくリルの声だ。
「ごめん私洗い物しないといけないから、先に行って」
「うん、分かった」
俺はリビングを出て玄関へと向かう。だけど俺はその途中で足を止めた。目に入ったのはある一つの本棚。更にその中にある一冊の本。
「ど、どうしてこれが……この世界に」
その本を手に取ろうとするが、身長が低いので届かない。あとでティナに取ってもらったほうがいいかもしれない。
(いや……)
あの本は俺自身が誰にも気づかれないように取ったほうがいい。
「どうしたのユウちゃん」
「え、うわぁぁ」
思わぬものを発見して、心臓が止まりかけた俺は、リルの声で我に返る。
「り、リルさん。驚かさないでよ」
「まさかあそこまで驚かれるなんて思わなかったよ私も。それよりどうしたの? 本棚を眺めて」
「え、あ、えっと、その……」
俺は伏し目になる。もし彼女もあの本のことを知っているなら、俺も知っていることを知られたら厄介なことになる。それだけは今は避けておきたい。
「もしかして読みたい本があったの?」
「ううん。今は読みたくない」
「今は?」
「な、何でもない!」
俺は明らかに動揺していた。
この世界にあってはならないたった一つの異物。
あれが示すのは俺のたった一つの罪。
記憶の中にだけに封印していたもの。
(もう見ることはないと思っていたけど)
俺はやはりその罪から逃げることはできないのかもしれない。
「ユウちゃん、どうしたの? 行こう」
「あ、うん、今行く!」