第3話 天国のような世界の地獄
俺が手に入れた力が、果たしてどこまで通じるのかは分からない。何せ俺はまだ知らないことばかりなのだから。
「俺が二人の期待に応えられるような力を持っているのかはまだ分からない。だけど今ここで約束する」
もうこの世界で俺という言葉を使うのは恐らくこれが最後だ。二十年も使い慣れた自分の口調と離れるのは寂しいかもしれない。
だけどこの世界は生きていく決意を固めるためにも、ここで夏目龍之介とはさようならだ。
「俺は絶対にこの世界を救ってみせる」
夏目龍之介として、そしてユウという一人のエルフとして今ここで決意を二人に伝えた。
「本当に救ってくれるの? 私達を。信じていいの?」
「うん。私を信じてほしいの、お姉ちゃん」
「っ!? ば、馬鹿。お姉ちゃんなんて言わないでよ。あなたは本当のユウじゃないんだから」
「ご、ごめん」
「ティナ、そこまで意地を張らなくてもいいんじゃないの? 中身は違うけど、紛れもなくユウちゃんなんだから」
「私は最初に言ったでしょ。助けてほしいけど、あなたをすべて受け入れたわけじゃないって」
「ティナ……」
彼女の言っていることはすべて正しい。体はユウであっても中身は……根本的な部分はユウ本人ではない。受け入れてくれないのも当然だと思う。そこは時間をかけて少しずつ受け入れてもらえればいい。それよりも今は……。
「あ、あの。今言い出すようなことじゃないんだけど」
「どうしたのユウちゃん」
「私今すごくお腹が減った」
先程から鳴り止まない腹の音を止めたい。
「あはは。やっぱりまだまだ子供なんだねユウちゃん」
「全く仕方ないわね。ちょっと早いけどご飯にするわよ」
先程までのシリアスな空気から一変、初めて三人に和んだ空気が流れた。
(これでとりあえずは、よかったんだよな)
住む場所があって、食べるものがあって、とりあえず俺のこの世界での居場所は決まった。あとはここから全てを始めていかなければならない。世界を救う一歩を。
(まあそれはまた後で考えよう)
今はご飯だご飯。
■□■□■□
「え? この世界のことを教えてほしい?」
「うん。一応初めて来た世界だから色々聞きたい」
リルを含めた三人での初めての食事。その食事の途中で俺は、この世界の事を二人に聞いてみることにした。
「どこから教えてほしいの?」
「まずこの世界の名前から」
「そこから!?」
そもそも俺はこの世界の名前すら知らない。あの神様は何も教えてくれなかったのだ。
(思い返すと滅茶苦茶だよな)
でも自分で知ろうとすることも大切だよな。
「えっと、じゃあまず私達が住んでいるこの世界は、プリンディアという世界の名前なの。他所からは本の世界だとか何だとか呼ばれていて」
そこからティナは俺にこの世界のことを教えてくれた。
文豪の世界ブリンディア
神様が言っていた通り本であふれかえっている世界で、ありとあらゆる場所に本があるらしい。この家にも本棚がいくつもあり、置いてあるものもジャンルは多々という事。俺からしたら天国に近い世界だ。
「奇妙なものよね。本ばかりがある世界って」
「そうかな。私は大好きなんだけど」
「随分と変わっているのね」
だけどその天国に近い世界も、今は争いが絶えない世界になっているらしく、その原因というのが、
「預言書?」
「うん。まだ誰も解読できていないんだけど数年前に三冊の預言書が発見されたの。詳しくは私も分からないんだけど、そこには世界に関わるとても重要なことが書いているらしいの」
「世界に関わる重要なこと……」
預言書と呼ばれているくらいだから、きっとこの世界の行く末のことでも書いてあるのだろう。それを巡って争うってことは、恐らく何かとてつもない事が書いてあるのかもしれない。
例えば世界が滅亡したりするとか。
「私達が今住んでいるここはサスティア王国なんだけど、ここも一時期争いの激戦区だったの。その影響で今はここに住んでいる人達も減って、噂では王室の人達も逃げているって」
「私達エルフ族もその影響で皆がまとまって暮らすことが難しくなって、ここに住んでいるのだって私達くらい。そのくせ本だけはこうして沢山あるんだから皮肉よね」
「じゃあここに暮らしていたエルフ族は私と、お姉ちゃんだけだったの?」
「うん、だけどユウも亡くなっちゃって……」
一人ぼっちになってしまうところだったという事らしい。どうやらこの世界は話を聞いていた以上に、状況は悪いのかもしれない。
(リルとティアが助けを求めるのも最もか……)
地球で暮らしている限りじゃ到底想像できない話だよな……。
「それでさっきユウちゃんはありとあらゆる本を解読できる力があるって言っていたけど、もしかしてその預言書も解読できるの?」
「それはまだ分からない……。でも私を転生させてくれた神様が本当に力を与えてくれたなら多分できろと思う」
「それで解読できたところで世界を救えるの?」
「それもまだ」
口先だけの人間かもしれないが、それは事実だった。俺には現段階で何かできるわけではない。だから情報が必要だし、そこから自分ができることを探したい。
「とりあえず今はこの世界のことを知りたい。だから私に本を沢山読ましてほしいの」
「本を? それなら家にいくらでもあるから構わないけど、どうして?」
「まずはそこから情報を得るから」
それが俺が前世で培った力。本からは沢山の情報を得られる。まず俺がこの世界で一番最初に始めるべきことはそれだ。
「だからまず持ってこれる限りの本を私に持ってきてほしいの。二人とも協力して」
俺の異世界救世は今ここから始まる。