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武術指南

 ソウカクが食事を取った後、再び師弟は庭で向かい合った。

 直立するソウカクに対し、縁側に腰掛けるソウコン。しかし、いつも傍らに置いてある酒がめはそこには無く、師弟共にその表情はいつに無く厳しいものを湛えていた。

 緊迫する空気。

 しかし、その場に居合わせたサヨには一つどうにも気にかかることがあった。


「あのう・・・一つお聞きしたいんですけど・・・」


 沈黙を破るサヨの言葉に師弟の顔がいっせいにサヨへと向く。

 思わず気後れしそうになるが、どうにも聞かずにはおれないことがあったのだ。


「ソウカクさん、いつも素手の練習しかしていませんけど、武器って使わないんですか?素手であれだけ強いんだから武器を持てば犬鬼にも負けないと思うんですけど・・・」


 ソウカクの腰に挿された二本の短刀を指差しながら恐る恐る問いかける。

 そんなサヨの疑問にソウコンは厳しかった表情をやや緩めながら天を仰ぐ。


「あぁ~確かにもっともな疑問だな。・・・よし、ソウカク。まずはおさらいだ。サヨちゃんにわかるように俺たちの武芸について説明してみろ。」


 突然の命令に驚いた表情を見せるソウカクだったが、すぐに気を取り直し、生真面目な表情でしばし黙り込んだ後、ゆっくりと話始めた。


「ええと・・・俺たちの武術、ああ俺たちは『手』って呼んでるんだけど。この武術は本土の武術に比べるとちょっと特殊なんだ。」


 『手』と本土の武術の違い。

 それはまず主とする戦い方が違う。本土の武術は基本的に刀や槍、武器を中心とし、体術はその補助として考えられている。

 しかし、『手』は違う。『手』も短刀を用いた双刀術や棒術も修行するが、それらと体術はあくまで等価のものである。『手』の修行によって身に付けた体捌きを武器に活かし、武器によって学んだ理合でもって体術をより高める。それが『手』の修行における理想とされていた。


「だから『手』の修行者は武器を持つことを必ずしも重要視しない、特に俺みたいな修行中の人間はまず体術を磨いて、自身の基礎を固めることを重要視しているんだ。」


「確かに武器を持てば攻撃面では確かに飛躍的に強くなるかもしれない。しかし、武器を扱うのはあくまで人だ。土台となる体術がお粗末ならせっかくの攻撃も敵には当たらない。・・・特に人間より遥かに俊敏かつ強靭な身体を持つ妖魔にはな。」


 ソウカクの言葉を傍らのソウコンが補足する。武芸の心得のないサヨにはその考えの是非などわかるはずもない。しかし、さすが師弟であるだけに武芸に対する二人の認識は共通しているのだということだけは理解した。

 ひとしきりの説明が終わったところで、再びソウコンはソウカクに目をやる。


「さすが普段、くそ真面目にやってるだけあって座学には問題なさそうだな。だが、問題は実践だ。まずはここ数日どんな稽古をしていたか俺に見せてみろ。」


 頷くソウカク。その表情にはかすかな緊張が見られ、そこからは師匠に対する確かな畏怖が見て取れた。

 後ろに下がり、ソウコンとサヨからやや距離を取る。

 直立した姿勢で、しばし呼吸を整え、そして動き始めた。

 素早く飛び込みながらの裏拳。

 連続して繰り出される手刀と掌底。

 探るような動作から突如として繰り出される蹴り。

 その動作は機敏かつ軽妙。

 それは『手』における型―『抜砕』であった。

 目まぐるしく、かつ澱みなく繰り出される拳足はまさに実戦さながら。

 開始から一切その勢いは衰えることなく、最後までその勢いを保ったまま『抜砕』の型は終了した。

 礼を終え、ソウカクはソウコンの様子を伺う。

 しかし、ソウコンは無言。なんら評価も無く、じっとソウカクを見つめ続けている。

 それを「続けろ」という意思と取ったソウカクは続けて別の型を演じ始める。

 演じる型は『貫空』。

 それはソウカクたちが修行する流派において最も高度とされる型であった。

 そこに含まれる技は先程の『抜砕』にも増して豊富だった。

 手技、足技の多彩さは勿論、地に伏せたかと思えば、すかさず宙に跳んで蹴りを放つその様はまさに変幻自在。 荒々しいながらも舞踏のように洗練されたその動きは傍らで見ているサヨを魅了するに充分な動きであった。

 一連の動作を終えてソウカクは礼をする。

 僅かに肩が上下しているのはそれだけこの二つの型に力を注いだ証だろう。

 それは疲労に見合うだけの出来、ソウカクにはそれだけの手応えがあった。

 ソウカクは直立し、師匠の言葉を待つ。

 しかし、


「全然駄目だな。」


 師匠の言葉は無情なものであった。

 ソウカク、サヨ、二人の顔が驚愕で染まる。

 素人であるサヨからすれば、ソウカクの演じた二つの型はまさに実戦さながら、型とわかっていても恐ろしくなるほどの迫力だった。

 ソウカクにしても、今の型が完璧であったとまでは言わない。しかし、今の自分が演じれる最高のものを出した・・・それだけの自負のある型であった。

 それだけにソウコンの言葉はまさに耳を疑うものであった。

 至らぬ部分があるというならまだしも「全然駄目」とは一体どういうことか?


「この数日、無駄に過ごしたな。これならいつもの稽古の方がまだマシだ。」


 追い討ちの言葉まで容赦がない。

 生真面目なソウカクもさすがにこの言い様には少しばかり苛立った。


「・・・精一杯やったつもりです。一体なにが不足だったんでしょうか。」


「理解できていないなら更に重傷だな。じゃあもう一度座学の時間だ。型稽古の意味は?型で学ぶものはなんだ?」


 ソウカクの問いかけ。ソウコンはやや憮然とした面持ちでそれに答える。


「型は『手』の全て、型を通じて『体』と『用』と『心』を養うことです。」


 『体』とは身体の鍛錬と使い方、『用』とは型に含まれる技の用い方、『心』は心気を磨く、そういう意味であった。


「けっこう。理屈はわかっているようだが、なら今の型はなんだ?確かにご大層な迫力だったがそれは『用』にばかり意識がいっていたせいだ。その分、『体』と『心』が疎かになって均衡が崩れている。だから駄目だと言うんだ。いつものお前ならもう少しマシな型をしている筈だ。」


 ソウコンは冷徹に言い放つ。そこに日頃の緩さはない。それは確かな経験と洞察力を備えた武芸者の貌だった。

 ソウコンの言葉がソウカクに突き刺さる。言われてみれば確かにそういう部分があったことに気が付いたのだ。しかし、完全に納得もしきれない。この生真面目な若者にしては珍しく、師匠に対して反論を試みた。


「・・・確かに自分の型が『用』に偏っていたのは確かです・・・でも犬鬼との戦いは近い、自分は少しでも強くなれるよう技を磨かなければいけないんです。」


「ほぉ・・・技ねぇ・・・」


 ソウカクの言葉にソウコンの口元が僅かに歪む。

 愉快そうに、そして皮肉げに。

 

「ではその技とやら俺に見せてみろ。」


 縁側から立ち上がり、ソウカクに近付く。

 歪んだ口元とは裏腹にその視線には寸毫の緩みもない。

 ただならぬ気配にソウカクは思わず後ずさる。


「今からお前の腹を三度突く。受けるなり避けるなりしてみろ。それが出来るなら、お前の思うとおりやってみるがいいだろうさ。」


 そう言って腰だめに右拳を構える。

 見え見えの構え。どうやら小細工を弄するつもりはないらしい。

 予想外の反応に僅かに戸惑うも覚悟を決め、ソウカクもまたソウコンに対して構えを見せる。


「じゃあ・・・いくぞ。」

 

 次の瞬間。ソウコンが消える。

 瞬間移動の如き踏み込み。気が付けばソウコンはソウカクの目の前にいた。

 予告どおりの中段突き。

 繰り出される技が事前にわかっていたのが幸いした。

 咄嗟に体を捌き、前手で以って内から外へとソウコンの拳を受け流す、そしてすかさず後手によってソウコンへ突きを見舞う。

 狙いは顔面。

 サヨからすれば顔面を貫くかとも思えるほどに鋭い突き。

 しかし、ここで誤って当ててしまうほどソウカクの腕は悪くない。

 鼻先一寸。そこでピタリと拳を止める。

 結果からすれば申し分ない受けと反撃であった。

 だが、師匠であるソウコンはそれに対して何も言わない。

 さして感心した様子も見せず、再びソウカクに声を掛ける。


「受けたか・・・なら、二回目だ。」


 再び、ソウカクと距離を取り、先程と同じく腰だめに右拳を構える。


「二回目、いくぞ。」


 再び、ソウコンの踏み込み。

 その動きは一回目の焼き直しのように全くと言っていいほど変わらない。

 いや、微かに一度目より遅くすらある。

 二度目ともなるとソウカクにも多少の余裕が生じる。こちらもまた一度目の動きをなぞるようにソウコンの突きを捌こうとする。

 ・・・が、ソウコンの腕を捌こうとした瞬間、ソウカクは一度目との違いに気がついた。

 一度目は捌けたソウコンの拳。しかし今度は捌けない。

 ソウコンの拳が異様なほどに重かったのだ。

 無論、人間の体重がこの短時間で変化することなどありえない。ソウコンが身体の使い方を変えたのだ。

 打ち出した拳。当たる瞬間、全身を締める。ただそれだけのことであるが、正しく行えば打突の瞬間、人の身体が一個の巨大な拳となる。

 その拳は通常の拳打とは比較にならぬほどに重い。

 迫り来る破城槌の如き拳。

 前手一本の受けでは到底受け止めることかなわず、容易く突破され拳はソウカクへと突き刺さる。

 次の瞬間訪れる耐え難いほどの苦痛と倦怠感。

 当たりこそしたが突き込まれるまではされていない。もしそうであれば内臓を破壊されてもおかしくない突きだった。ソウコンもまたある程度加減をして打っていたのだ。

 しかし、それでもソウカクを苛む苦痛は甚大である。たまらず膝をついて嘔吐する。せっかく食べた食事がたちまちソウカクの口から流れ出る。

 ひとしきり吐き終わり、上目遣いにソウコンを見やる。

 視界の端でオロオロとした様子を見せるサヨに対し、ソウコンの表情は変わらない。


「落ち着いたか?三度目だ。早く構えろ。」


 そういって再び距離を取る。

 ソウカクの可否に関わらず、三回目は行うつもりらしい。

 口元を乱暴に拭ってソウカクは立ち上がる。

 鈍い痛みはいまだ続いている。それでも立ち上がったのはソウカクの意地であった。

 構え直しながらソウカクは考える。

 ソウカクの突きを自分が侮っていたことを。


「三度目・・・いくぞ。」


 次はしくじるまいとソウカクもまた全身に心気をめぐらせて、次の強打に備える。

 しかし、それは徒労に終わった。

 備えようとした瞬間、ソウカクの腹を衝撃が襲う。

 先程の突きが破城槌ならば今度の突きは稲妻。

 備える猶予すら許さずその突きはソウカクの腹へと突き刺さる。

 全身の予備動作を極限まで消し、その上で全身のしなりを用いて放たれた突き。

 予備動作が無い故に備えることが許されず、その速さ故に守ることすら不可能。

 気が付けば二度目の焼き直しの如くソウカクは膝をついていた。嘔吐せずにすんだのは二度目に全て吐いていたために他ならない。

 愕然としながら己の師匠を見上げる。

 ソウカクは自身の自惚れと認識の甘さを痛感していた。

 予告された攻撃。本来であれば如何にその攻撃が鋭くともかわすのは容易い筈だった。だが、ソウコンの突きはそれを許さなかった。それは彼我の実力の圧倒的な隔絶を意味する。

 ソウカクは師匠であるソウコンとの差をまざまざと見せ付けられたのだ。

 一方でソウコンの様子は変わらない。

 誇るでもなく、弟子の無様さを嘆くでもない。ただひたすらに冷徹な眼で己が弟子を見据え続ける。


「いいかソウカク。人間である俺でもこの程度のことができる。そして犬鬼の身体は俺よりもずっと速く、そして重い・・・お前の技とやらはそれを捌くことが出来るのか?」


 投げかけられた師匠の問いかけ。

 ソウカクには一切の反論が思いつかなかった。

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