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災いが災いを呼ぶ

「・・・なるほど、犬鬼ねぇ。」


 ソウカクが酒屋の帰り道、犬鬼と遭遇したことをソウコン達に伝える。

 サヨの肩を借りてどうにか帰り着いたもののソウカクの消耗はいまだ激しかった。

 ソウコンに並んで、村長や今日見張りにつく筈だった若い衆もその話を聞いている。

 皆例外なく恐怖で顔を青褪めさせており、村長に至ってはソウコンと一緒にそうとう飲んでいたにも関わらず、いまやその顔は冷や水でも浴びたように真っ青な様子であった。

 そんな中、変わらない者がただ一人。

 いわずと知れたぐうたら師匠 ソウコンである。

 酒がめから手酌で杯を重ねつつ、いつもと変わらぬ暢気な様子で声を掛ける。


「しかし、サヨちゃんお手柄だったなあ。いきなり酒がめを投げつけるとは。うちの弟子より見込みがありそうだ。どうだいサヨちゃん?君も私の弟子にならないかい?」


 そう言って何が面白いのかカラカラと一人で笑い出す。

 いつもであれば一緒になって笑っている村長も今日ばかりはそんな余裕もない。


「ふざけないで下さいソウコン先生!」


 緊張感のないソウコンにサヨは思わず声を荒げる。


「そ、そうですよ、先生・・・いったい私たちはどうすれば・・・」


 村長も戸惑い、縋るようにソウコンに声を掛ける。

 部屋中の視線がソウコンに集まり、さしものソウコンも笑うのをやめ、「ふむ」と思案の声をあげる。


「・・・なあ、村長さん。ここいらで最近大きな災害は無かったかい?」


「はあ?災害ですか?・・・いきなりそう言われましても・・・」


「いや、災害というのはあくまで例えばだ。人災だって構わん。地震、雷、火事、親父・・・何でもいい、たくさんの人の命が危険に晒されるようなそんな出来事・・・何か無かったかい?」


 ソウコンの突然の問いかけに村長は他の村人と顔を見合わせる。

 そして村長の視線がサヨとぶつかった時、彼はハッと何かに気付いた。


「・・・その関係あるかはわかりませんが・・・」


 村長曰く、冬から春先にかけて、この村でたちの悪い流行り病が発生したという。

 症状は風邪と似ていたため最初はさして問題にもしていなかったが、罹った者はなかなか回復せず、そうしているうちにそのまま亡くなる者が現れ始めたという。


「それで、さすがにまずいと感じて町のお医者様を村にお招きしたんです。その治療の甲斐あってどうにか今では治まったんですが・・・その時には既に十数人の村人が亡くなっており、サヨの両親もその時・・・」


 両親のことを思い出したのかサヨが僅かに下を向く。

 部屋の中にどこか気まずい雰囲気が満ちるが、意に介すことなくソウコンは声をあげる。


「なるほどね。それなら納得だ。」


「先生。いったい何が納得なんで?」


「いいかい?村長さんがたも知っていると思うが妖魔って奴は人の血肉を好む。更に言えば人間の魂ってものが大好物なんだ。だから人の魂を刈りやすい場所を殊の外好むんだ。」


 ソウコンは部屋中の人間に語りかける。

 こんな時まで巧みな語り口調により早くも何人かはゴクリと唾を飲み込んでいる。


「こいつは知り合いの坊主に聞いた話だが、人が多く死ぬ場所には「瘴気」ってやつが溢れてくるらしい。妖魔はこの瘴気だ大好きらしくってな。そいつに惹かれて集まってくるんだそうだ。それだけならまだマシなんだが、この話にはさらに続きがある。瘴気はいわば妖魔にとっての栄養みたいなもんだ。こいつに長く触れているとその妖魔の中には更に成長し始めるものが出てくる・・・・・・例えば妖犬から犬鬼って具合にな。」


「それじゃあ先生!」


「ああ、まず間違いないだろうさ。流行り病の人死にでこの村に瘴気が沸き、それに惹かれて犬鬼がやってきた。そいで、その内の一匹が瘴気を取り込んで犬鬼にまで成長した・・・まあそんなとこだろう。」


 そこまで言い切り、ソウコンは手酌の杯を再び喉へと流し込む。

 いつもと変わらぬソウコンに対して村長を始めとする村人達の顔はもはや恐怖に引きつっている。


「先生!酒なんか飲んでる場合じゃないでしょう!いったい我々はどうすれば!」


 村長がソウコンの肩を掴んで揺さぶる。


「おいおい、酒がこぼれちまうよ。まあ村長さん落ち着きなって。ちなみに聞いておくが死んだ人の亡骸はその後どうしたんだい?」


「え、ええ・・・そりゃあお医者様の勧めもありましたんでちゃんと亡骸は火葬して、あとは一応坊さんも呼んで供養して貰ったんですが・・・」


「火葬と供養・・・それならまあ大丈夫かな?ちゃんと後始末さえできているならこれ以上瘴気が沸くこともないだろうし、沸いた瘴気も時間と共に散っていくだろうさ。あとは今出没している犬鬼さえ退治できればこの村にも平和が戻るし、めでたしめでたしだ。」


「それができないから困ってるんじゃないですか先生ぇ!」


 村長の混乱は未だ収まらない。

 相変わらずソウコンの肩を揺さぶり続ける村長に若い衆の一人から声が掛かった。


「村長。犬鬼はサヨの酒を浴びて逃げてったんでしょう?それならこっちもめいいっぱい酒を準備しておけば・・・」


「おおそうか!よしお前ら今すぐ村中からありったけの酒を・・・」


 地獄に仏とばかり村長が起き上がる。

 今にも自分も酒蔵まで飛んでいきそうそうな勢いである。


「ああそいつは無駄だろう。」


 村長の背後からソウコンの声が掛かる。

 希望に水を差され、村長がギョッとした顔でソウコンに向き直る。


「確かにサヨちゃんの機転は悪くなかったし、酒にある種の浄化の働きがあるのは確かだ。でもそれだけで犬鬼を追っ払おうって言うんなら、それは少しばかり無茶な話さ。まあ高僧秘蔵の般若湯や神宮の御神酒でも用意できるなら話は別だが、普通の酒をいくら集めたってせいぜい私が喜ぶくらいさ。」


 ある種の神事、儀式において古来より酒は切り離せないものであった。

 そのせいもあってか妖魔は酒精を嫌う傾向があり、その為、酒を妖魔避けに使おうとする試みは割合良く知られていた。

 しかし、あくまでそれは「嫌って」いるだけであって、致命的なものではない。

 眼前に多くの人間えさをチラつかされたなら充分に我慢できる・・・その程度の効果でしかなかった。


 希望を断たれ、再び絶望的な表情で立ち竦む村人。

 そんな様子を見て取ったソウコンはことさら大きな声でカラカラ笑い声をあげる。


「まあ、村の衆。そう心配しなさんな!何かあった時のための我々だ。大船に乗ったつもりでどーんと構えていたまえ。」


 この後に及んでソウコンの様子はまったくもって変わるところがない。

 サヨからすれば胡散臭く感じることこの上ないが、他の村人にとってはそうではなかったらしい。

 ソウコンの楽観的な態度をある種の自信ととったのか、僅かではあるが村人達の顔に安堵の色が表れた。もっとも例えソウコンの言葉を疑ったとしてもこれといって村人達に打てる手段はない。その為、目先の言葉に縋り少しでも精神の安定を得ようとする村人達なりの一種の現実逃避であったのかもしれない。


「さあ、ともかく今夜は犬鬼たちが現れることもないだろう。皆の衆、今日のところはゆっくり休むといい。一晩ぐっすり寝れば、気も晴れるし、頭の巡りだってよくなろうというものだ。」


 その言葉を皮切りにその夜の話し合いはお開きとなった。

 まだいくらか不安そうな様子を残しながらも集まった村人達は自分の家へと帰っていく。

 帰っていく村人達を見送った後、村長とサヨも部屋を辞すこととなった。

 そして一度部屋を出たサヨはふと気が付く。

 結局、自分が一瓶の酒も持ってこれなかったことに。

 そして台所に向かい、残った酒をあさる。

 残った酒はどうにか御銚子一本分。

 それを盆に載せ再び部屋へと引き返す。ソウコンの寝酒として渡すためだ。

 普段であればサヨがソウコンにそこまで気を利かすことはない。しかし、今は場合が場合である。

 ソウカクでも敵わなかった犬鬼が相手である。

 サヨにとっては大変気に入らないことであるが、こうなっては今度は師匠であるソウコンに出張って貰わなくてはならない。

 この酒はいわばその為のご機嫌伺いの酒である。

 部屋の前に辿りつく。

 サヨは部屋の前で深呼吸を一つ。愛想良く振舞えるよう一拍の呼吸をおいて、いざ部屋の中に声をかけようとする。


 ・・・が、そんなサヨの行動は他ならぬソウコンの声によって直前で止められた。


「・・・・・・前々から言っているが俺は基本的に手を出すつもりはない・・・・・・そして今のままのお前じゃ犬鬼には勝てん。更に瘴気に引き寄せられた犬鬼が獲物を諦めるなんてことはまず無い。つまり村は絶体絶命の危機だ。さあ、ソウカク。お前はどうするね?」


 部屋の中でソウコンがソウカクに対し、どこか面白がるような声で問うている。

 その声を聞き、それきりサヨは動くことができず、しばらく部屋の前で立ち竦んでいた。


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