四話 冒険はすぐそばで
クローバーが魔王になり一ヶ月がたった、その間魔王らしい仕事をしようとするがクレンブルの部下達は完璧といって良かった、むしろ邪魔になるので従来のまま任せつつも街の発展の為には新しい事で成し遂げる必要があると悟った。
大魔王のクレンブルにより「出世払いでオッケー」の言葉と共に魔王城の建設が進んだ、クローバーは孤児院を出たのだ、居場所が無かった。
魔王城の建設地は街から舗装されていない草原を徒歩30分の距離だ、街まで3キロほど歩くのだがその間に何も建物は無い。
国を発展させたなら魔王城の前が住居区になるだろうという想定がある為だが遠い...
魔王城の真後ろはそそり立つ崖があり天然の要塞となっている、さらにその崖上から大量の水柱が降り注ぎ滝となり湖を作っている綺麗な場所だ。
自然豊富な土地だが裏を返せば未開拓地に魔王城を立てたのだ。
建築期間一ヶ月。その間孤児院を出て行政区のクレンブルの部下にお世話になっていた。
何だろう...こんな孤立した場所に魔王城って...孤高の魔王って感じがしなくも無いけど厄介払い感が否めない!そして滝の裏の洞窟の方が魔王が居そうな禍々しいオーラ放ってるんですけど...
滝と洞窟を背景に白亜の洋館が建っているのである、実にファンタジーである。
完成したと言う事なので一人でやって来た、初めてその魔王城に足を踏み入れる。
「おぉ!これは広い!明かりは光魔術で確保してるのかな?」
玄関ホールを照らし出す明かりは魔力で作られた壁掛け照明である、炎の揺らめきが無いので火事の心配はなさそうだ。
食堂、寝室、ダイニング、書斎、地下室、客室、従業員用の個室など部屋は豊富だった。
しかしどの部屋にも設備は無い、ベットすらないのだ。
「これは!?空間転移門!?」
魔王城二階の一番奥の部屋の扉を開けて驚いた。
部屋の壁めり込むように横2メトル縦3メトルの金で出来た枠がはめられている、絵の入っていない額縁に見えるがもっと別の物だ。
額縁の左側には台の上にレンガの植木鉢の様な入れ物があり中に人差し指ほどの細長い黒水晶が山盛りに置かれている。
一つを手に取り確認して見ると魔文字が浮かんでいる。
これは座標...?ということは魔力石を使って一方通行のゲートが開くのだろうか...?
クローバーに魔文字の知識は無いが数字の様な物が見えるので座標と判断する、おそらくはこの金枠の位置なのだろう。
空間に干渉する魔術は膨大な魔力を消費するため本来では小さな魔力石は不可能なのだが座標をあらかじめセットし魔力石に条件を付けることで一瞬だけゲートを無理やり開くという裏技があるのだ。
「これ一個で金貨1枚にはなる...ざっと見ても50個はあるんですが...」
人族界であれば1年は過ごせる金額の物が目の前にあるのだが、すでに座標設定されているので使い道がなくクローバー意外に価値は無い。
とんでもない物を...「魔力石は腐るほど取れるんだが、人族界に流す量は調節して値を吊り上げとるんだ」と笑いながらクレンブルが言っていたが石油みたいな物だろうか。
魔力石の入手方法は人族界であればダンジョンに潜るしかない、瘴気と惰気の集まる場所に発生するのだ。そのためかなり高額で取引される。
そしてダンジョンコアなどの場合はダンジョンの場所に応じて色や特性を変える為さらに数段値が上がる。
しかし魔族界は瘴気と惰気の濃度が高い為、魔力石が深部であれば普通に転がっているのだ。
問題は魔力石をそのまま放置するとダンジョンが生まれるという事、土の中に発生した魔力石は[ケイブダンジョン]となる、森の中に発生すれば[リーフダンジョン]などなど、ダンジョンまで進化した魔力石はダンジョンコアとなり力を持つ、そうなると魔族がダンジョンに食われるのだ。
そのためダンジョンになる前に魔力石もしくは大きくなる前のダンジョンコアを冒険者組合を通じて回収させているという寸法だ、しかし当然魔力濃度の高い物なので人族界では武器に埋め込んだりして能力を高めるのだとか。
魔族と戦うときに使われたら不利になるということで流通量を絞っているわけだ、クレンブル様流石です!
魔力石と魔導石の違いについても説明しておこう、魔力石は[自然発生系]。魔導石は魔族の心臓である魔導コアを加工した[生体系]の魔力結晶だ。
魔力石:性能が全て上、しかし魔力充填に時間が掛かる。魔力を使い切ると消滅する。
魔導石:性能は低いが魔導コアを抜き取った魔族の特性を引き継ぐ。魔力量が少ないので充填が早い。魔力を使い切っても消滅しない。
例えば料理をする為に火を起こそうとした場合、火の魔物から魔導石を作れば簡単に火が起こせる、魔力石の場合は火の魔術を使って代わりに魔力を消費させる必要がある。
通常の無属性魔導石は魔獣などの餌として安価に取引されています。
そんなこんなで空間転移門の存在に驚いていると、金枠の内側が闇になった。
繋がった!?
まだ座標付の魔力石は手に持ったままだ。発動したわけではない!
スッ―と出てきたのは艶やかな黒髪に執事服の細めの青年だった、瞳の色は黒。
手には何やら水色でエラの様な耳を持つベビードラゴンが納まっている。
彼は枠から出るやクローバーの事を見つけお辞儀をする。
「突然の来訪失礼致します、私はモリタナ・トワロと申します、クレンブル様の執事を勤めさせていただいております」
「あぁ、そうでしたか。なるほどクレンブル様はこっちとの移動経路としてこんな高価な物を下さったのですね」
お辞儀を終えたトワロが近づいてくる。
「えぇ、主な用途はクローバー様が人族界からすぐに帰れるようにという配慮ですが」
「...高価そうで使うのが気が引けます」
「全部使用されたならば自費で購入して下さればよろしいかと、魔族界で買う分には安いですから」
「そうなんですか、それよりその子は?」
クローバーは水色のベビードラゴンを指刺した。
「あぁ、これはクレンブル様からの魔王城完成のプレゼントだそうです、使い方をご説明します付いてきて下さい」
現在トワロが前を歩いて金魚の糞状態である、家主の立場が無い。
「あのーところでドコに向かわれてるのですか?」
「浴場ですね。あとコレは水の妖魔です、スビードラゴンと言う水龍の親戚です」
紹介されている事が分かるのかトワロの肩越しにクローバーを見ている、サファイアの様な輝く目が綺麗だ。軽く会釈をしておく。
「名前とかはあるんですか?」
「いえ、名前はクローバー様に決めて頂きます」
そんなやり取りをしていると浴場に着いた、水色のタイルが敷き詰められた防水設備の整った部屋だ。
5人ほどがは入れそうな浴槽、反対側に椅子や桶がある、しかし水を出す物が無い。
アルシア島では水は貴重だ、浴槽に水を張るなど考えられないくらいなのだ、節水に節水を重ねつつ少量の水で汗を流す。
井戸は有るし人間界からの綺麗な水を輸入していたりもする。
世帯人数が多い所は自分達で湯浴みをしたほうが経済的だが、4人家族程度であれば公衆浴場を使ったほうが安く付く事からこの島の住人の大半が個人でのお風呂場を持っていない。
孤児院では水魔の魔導石を使用していたが、取れる数が少なく大変貴重な物だ。
飲み水に困っていなくとも無駄に使って良い水は無いのだ、水魔術を使える魔術師が居ないのも手痛い。
なのにこの魔王城の浴槽は広い。理由は至極単純
「ではお願いします」
トワロが水龍を浴槽の縁に配置すると、水龍が水を勢い良く吐き始めた。見る見るうちに浴槽の水かさが増えていく。
「おぉ...コレは...すごい...」
すごい、すごいのだが...こんな施設を黙って使うのがすごく申し訳ない!
「クローバー様、コレを食べさせて上げて下さい」
トワロは皮製のポーチを差し出してきた、中にはギッシリと親指サイズの魔導石があった。
中型犬サイズの魔物の物だろうか、とりあえず一つ取り出し水龍の顔の前に持っていくとパクッっと食べた、クローバーの指ごと。
それほど痛くは無かった、加減してくれたのだろう、しかし離れない。
「ちょ...離れないんですけど...あだだだ、無理に引くと食い込む」
「では私はコレで」
トワロは地面に魔力石投げてジャリっと踏み潰し、瘴気と共に消えた。おそらく転移門から出てきたのと同じように転移したのだろう。
「ほぅ...あの魔力石はそうやって使うのか...ハッ!逃げられた!じゃなくて!離して欲しいかな」
水龍にお願いして見るが...「だって取れないんだもん」と訴えかけるような目をしている。
「この歯返りになってて...まるで蛇みたいな歯だ、幸い小さいから切断まではいってないみたいだけど...歯が二重構造なのか、道理で取れないわけだ」
水龍の口は紫色に滲んで来ている、クローバーの血の色だ。そこまで深い傷ではないが血を塗る程度は出血している。
「引いて駄目なら、押してみる!」
「ウベゥ―!」
押した結果吐き出した、指と一緒に特大の水玉を
「ウッ、ゴホッホッ、鼻の中にまでン゛ー!あ゛~もうビショビショ―はぁ…丁度いいや風呂にしよう」
ビショビショになったポーチから魔導石を取り出し高い所から落とす様に水龍の口の中に入れる。
「これから気を着けないと...」
浴室に入る前に更衣室が完備されている。
職員が居たら一緒に入るのだろうか?見た感じ男女には分かれてないから時間帯管理にする必要があるな...
など考えながら下着を脱ぎ長い髪を後ろでアップスタイルにする、その透き通るような白い肌に華奢な体つきには男女問わずゴクリッと唾を飲み込むであろう妖艶さがあった、惹きつける魔力が有るかのように見た者を虜にするだろう。しかし、男である。
「さて、何故水風呂なのだろう?」
単純だ熱が無いのだ、現在水風呂に浸かっている。
「お湯って出せる?」
フルフルと首を横に振っている。
「名前が無いと呼びにくいな、サファイアってのはどうだい?」
フルフルと首を横に振っている。
「気に喰わないか、安直だものなぁ...今の気持ちは...ブルーだ」
ウンウンと首を縦に振っている。
「よし、決まり今日から君の名はブルーだ!」
突然立ち上がり指を刺して宣言する姿にギョッとしているブルーと呼ばれた水龍
「なんと拒否しようがブルーは決定事項だからな!絶対だからな!なんかいろんな意味でブルーだしな!」
ブルーはクローバーの子供っぽいながらも必死に言う姿に首を縦に振り続けた。
「はぁーいぁー風呂は良いねぇ」
クローバーは椅子に座り体を洗っている。
泡立ちまくって体がほとんど見えない。
アんなことや
ソんなことや
コんなことをしても見えない!
我こそは泡泡男だ!
クローバーの戦闘の役に立たない特技の一つ石鹸作り、最近はラベンダーソープがお気に入りだ。
旅のお供にいかがですか?今ならなんと一つたったの500シルでの提供となります!
食べてもおいしいですよ?食べられるとは言ってないけどね!
泡泡スマイル!キラッ☆
「水をくれー!」
「シュ――」
ジョボジョボと泡が取れていく、キャッ☆
はぁ、ブルーだ。ラベンダーなのにブルーだ
「ありがとう、ブルー...」
浴室から出ようとするが、一人...一匹?残すのも可愛そうなので出てこれる位の扉を開けておく、とりあえず乾くまでポーチの魔導石は更衣室の机にばら撒いてきた。
クローバーは知らない、妖魔は人の言語を理解するが気まぐれであると。
はぁ、風が気持ち良い。いや風なんて吹いてないんだけどさ、あーもう、新しい服取りに行かなければ。
魔王城を全裸の魔王が闊歩していた。
後にも先にもコレが最後であることを祈りたい。
服とタオルとベットは必須だな、ついでだしクローゼットも欲しいな。
その後服を着替え30分掛けて街に出向き雑貨商のレインから諸々購入した。
買い物が買い物だけに配達してくれるって!やったねクローちゃん!
当然だが我が家は財政難に陥った。ちきしょぅブルーだ
魔王なのになんで貧乏なんでしょう?
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ブルーと呼ばれた水龍
どもッス、おいらはブルーって呼ばれてるスビードラゴンだ。
どうやら主が扉を閉め忘れたようでね探検に出かける所なのだ!ヘッ間抜けな主だ!
あ、ちなみに飛べるッス。肩に捕まったりしてた理由?歩くのが面倒だからにきまってんじゃーん(ゲス顔)
おっ、早速何やら発見!おゃ?飯だ。しかもかなり大量に!結構魔力使ったし一個くらいならバレないよな?な?
というわけで、シャリシャリ。
もう一個くらい良いよね?モシャリモシャリ。
流石にもう一個はバレ―シャリシャリ。
三個も食べたらお腹いっぱいだー、ゲプッ
フヨフヨと飛行しながら更衣室から出る。
どうやら主は家を出たようッス、探検し放題だZE!
1時間後――
ィャ...何も無いんッスけど...どうなってんッスか?
いや、なんていうか逆に不気味と言うか...ココの主はこんなでかい屋敷に一人で住んでるようなんッス
たくさん部屋はあるんッスけど何もないんッス...まるで廃墟みたいな。
実はココ幽霊屋敷なんじゃ...生活感のかけらも無いんッス
食べ物を保管するような物も無いんッス、どうやって生きてるんッスかね?
むしろ死んでるって方が辻褄が――ハッ!そういえば主は紫色の血だったッス!
はじめて見た色ッス!腐った色なんッスかね!?あ、ちなみに自分の血は青色ッス!ブルーだけにってかぁ!
ケケケッ、一人ノリツッコミはよしとして、何やら地下室を発見したッス、流石に食品は涼しい地下に入れるッスよね!
あれま、何も無いッス...もう戻りますかね。
トボトボと浴室まで帰るブルー
なんか妙に寂しいッス、この世界に自分ひとりしか居ないんじゃないかって気がするッス。
ほんとに静かで風が近くの葉を揺らす音くらいしか聞こえないッス。
そういえば窓から大きな滝と洞窟が見えたんッス、でも見てる感じ周りには他に何も無くて...
キィ――ッ
ん、何だ?主が帰ってきたのかな?誰かが入ってきてるッス
でも、足音から考えて複数人ッス!
やばい、浴室に向かってくるッス!主は風呂に入ったばっかりだからまさか!?
おいらを誘拐する気だな!しかーし!
ザブンッ―――
水の中なら水と一体化して透明になれるんッスよ!コレでばれないッス何があっても!
「へー、やっぱークローが言ってた通りお風呂が広いねー!」
白い女の子が入ってきたッス、主の妹ッスかね?だいぶ似てるッス
「おーほんとだな、こんなの見たの初めてだ、ワハッ」
なんか黒いバインバインのムッキムキがはいってきたッス
「なんぢゃ?ラベンダーの石鹸か、また面白そうな物を作りよる...女子力たけぇのぅ...」
なんか怖そうなの入ってきた、傷だらけッス
「ワッ、冷てぇ!何だよこれ、水じゃねぇか!クローバーの奴コレで入ってたのか?」
黒い筋肉が足を浴槽に突っ込もうとして引いた。
「ちょうど良い実験ぢゃち、ジャスパー暖めてくれ」
「あいあいさー!」
少女は水に手を入れ魔力を込める、瞬く間に水温が上昇する。
熱ぅぅぅぅ――!!!!!!
勢い良く飛び出すブルーに驚く女性陣。
どうやら白い女の子は同じく妖魔であるらしい、言葉が通じたッス。
主の関係者だとか、主ひとりで貴重な風呂を独占するのが忍びなかったのか街に行くついでに声を掛けてたそうな。
どうやら黒い筋肉は料理人らしくて簡単な食事を作って皆でパーティをするらしい。
その後荷物が運び込まれ、引越し祝いのささやかなパーティーが開かれた。
パーティにはブルーも参加させて貰った、新しい家族として。
次回人族界へ!