三話 アルシア島
早く冒険に出たいんじゃぁ~でもお金がないんじゃぁ~
見慣れた天井が写る。
あぁ、起きてしまった...ずっと寝たかった...
クレンブルの部下達の働きにより住民投票を行う事がアルシア島民に知れ渡った。
七日後に『賛成』か『反対』かの意思を示してもらうのだ。
そんなわけで、すでにストレスでお腹が痛い。
まさか矢面に立つとは...自分で言い出したことなんだけどね。
ベットの隅で丸くなって寝ている大きめのシャツを器用に着た白狐を抱きかかえモフる。
「あぁ~やわらけぇ~ずっと撫でていたいのよ~」
突然抱きかかえられ目を覚ます白狐だが、口元を指で上げられ、下顎を撫でられるが気持ちが良いのか目を細めている。
「おはようジャスパー」
クローバーはジャスパーと呼んだ狐を床におろす。
すると狐は徐々に狐耳尻尾を生やした白い幼い少女の姿へを変わってゆく、まるで進化の過程の早回しの様に。
このジャスパーと呼ばれた白狐は人の姿に変化する事が出来る、何故かは不明である。
「おはよークロー」
急に起こされた為か少し寝ぼけたような気の抜けた声だ。
名前を呼ばれましてよ!聞きまして奥様!?私は感激の極みでございます!
いやいや、落ち着け。
おそらく名前の呼び方からしてビルさんあたりが教えたのだな?
グッジョッブ!それにしても物覚えの速い子だ。
ジャスパーはクローバーの部屋で寝る事になった。
寝る時は気を抜く為か狐の姿に戻るのだ、ペットの様な感覚で連れてきている。
「名前覚えてくれたんだ、ありがとう」
「うん!」
孤児院でも魔王になるかも知れない家族が居る事は話題となった。
話題にならない方がおかしいだろう、むしろ全力でサポートする気である。
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住居区にて
「あら、カネラ様いつもお世話になっております」
「元気そうで何よりです、お子さんですか?」
現在、モネに連れられクローバーは住居区に来ている。
挨拶回りを兼ねているのだが、妙に張り切ったモネに貴族服みたいなのを着せられそうになり全力で断った、現在当たり障りの無いカジュアルな服装で挨拶回りをしている。
この住居区の集合住宅の一部はモネの所有物である、商人として稼いだお金で建てたのだ。
モネは大家さんという事だ、しかも格安で提供している。
条件などはあるのだが、主に孤児院を巣立った子供達や人族界で住む事が出来なくなった人達に提供している。
「えぇそうなんです、おかげ様で大きくなりました」
この家族の様に子供が半魔族として生まれた為に意を決して子供と共に人族界から離れ人と半魔族で生活する者も居る。
母親が世間話に興じてる間、頭から骨の様な角が生え、髪と言うよりは外骨格の様な殻の付いた頭を持つ少女が心細そうに母親の裾を握っているので少しばかり似たような心境になる。
気持ちは分かるぞ!院長は世間話に夢中になってるしココはフォロー入れておくか。
「良かったらお母さん達が話し終わるまで遊ばない?」
決してナンパではないです。
「...うん。」
警戒しているのか硬いです。
知らないおじさんに話しかけられても付いて行っちゃ駄目だよ!例えお兄さんでもね!ぐへへっ
クローバーは少女を連れ出す事に成功する!
モネ達の姿が見える所で時間を潰す事にする。目の届く範囲でってやつだ!
住宅が立ち並ぶ道路の真ん中に女神像のモニュメントと腰掛けれる石で出来た四角い椅子が有る。ちょっとした休憩スペースだ。
「それではお兄さんの特技を披露しよう!鹿の声真似やりまーす!」
クローバーの特技、それは戦闘に何の役にも立たないスキルの習得ペースが異常に速いこと。無駄な事に全力とも言う。
ザ・狩猟声真似シリーズ!
クローバーは口に手を当て反響するように筒状にする。手笛と言う奴だ。
「フィ―ギギギィ フュ―ギギギィ ブボ――」
アルシア大森林で遭遇する鹿の声真似、たまに街にも聞こえてくるのでご存知でしょう?
ビルとの狩りで鹿を誘き寄せるのに使う鳴き真似である、30分ほど掛けてじわじわと寄ってくる鹿を狩る根気の必要な狩り方だ。
なんかゴミを見る目になったんですけど!そんなに面白くないですか!?
「えー続きまして、野鳥の真似」
諦めない!
「ヒュルルルルルッ ヒィ―ュルルル」
こちらもメスの求愛の真似をしてオスが近寄った所を仕留める狩りに使う声真似である。
しかし何やってるんだろうこの人、と訴える目である。
冷たい!非常に冷たい!なんかもっと良い一発芸は無いのか!
喉を上げ、響きを作る場所を上部にもって行き喉の形を変える。
「どんな声が聞きたいかな?色々出せるよ?」
若い女性の声に作り変え発声する。
クローバーは商人と交渉している時に女の子に間違われることがあった。
男だと言うと勘違いのお詫びにおまけして貰った経験から、男の子と言われても女の子ですと声を変えて答えおまけして貰うと言う詐欺まがいのおまけ略奪術を習得したのだが、これは声秘術と言うスキルの中級に属する技でクローバーは誰に学ぶでもなく声質を変える術を身に着けていた。
「わぁ!声が変わったー!」
「あぁ、色々な声が出せるよ?」
喉大きく下げ反響を増やしドブ底から出るような変な声を出してみせる。
「じゃぁ、私の声の真似って出来る?」
「もちろん出来るよ!こんな感じかな?」
抑揚やイントネーションまでも真似るが似ている程度である。
「私そんな変な声じゃないもん!」
「全然変な声じゃないもん!おっ!これは近いんじゃないか!?」
そこそこ似ていた、多分声だけならどっちが本人か分からない程度で
クローバーは声質の聞き分ける耳の良さも持ち合わせている。
そんな事をやっていると徐々に子供達が集まっていた、住居区で声を出せば興味を引くだろう。
「そこのきーみ!似ていると思う?」
少女の声を真似ながら通りがかりの少年に聞いて見る。
さぁ少年よ、この泥沼の声真似大会に参加するが良い!
「似てないよね?」
女の子が男の子に聞くと共に
「似てるっ!」
よっし!参加者獲得!
「さぁ、では少年よ、リクエストはあるかね?」
クレンブルの声の真似をして聞く
「えー?突然言われてもなぁ...じゃぁードラゴンの真似!」
「ド、ドラゴン!?声なんか聞いたこと無いんだけどな...想像で作るね」
いやーあるんだよなこういう無茶振り!
自分が少年に無茶振りしたことなど考えずに声を作る。
太そうな喉をイメージ、喉を下げる、響きを増幅させ低くする。
「ゴォワァ―――――ゥ!」
迫力の有る地を這うような重低音だった、腹の底に響く。
森で出会った巨大熊の声に似ていた気がする。
「おぉー!ぽいぽい!」
こんな事を繰り返している内に子供が集まり親達はモネと喋ると言う時間が過ぎる。
声のレパートリーも尽き、動物の声真似のレクチャーをしているとモネ達の世間話もお開きになったようだった。
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とある酒場にて
騒がしい酒場の一角の丸テーブルで二人の男が酒を飲みながら話し合っている
「おい聞いたか?中立国になるんだってよ、お前はどうするんだ?」
「はははっ、クローバーってガキが魔王になるんだろ?俺は反対だな」
「だよなぁ、しかし商人達は乗り気らしいぜ、中立国の方が貿易の幅が広がるってんでよ」
「金さえあればそれで良いなんてやつらだ、そういうもんだろうな」
ガヤガヤと騒がしい酒場の扉が開くと共に入場者に目線が集まり騒がしさが収まる。
酒場の入り口から黒い耳つき帽子とオレンジ色の髪で顔を隠した女の子が入ってくる、場違いな雰囲気だが誰も注意はしない。
鎧の様に改造した修道服を引っ掛けないようカウンターの椅子に腰掛ける、彼女の左腕は三角巾で吊られている。
「ミルク酒をくれ」
ザラザラとした声でクリーミーな甘みの有る女性人気の高いお酒を注文する。
見た目以上の年齢なのだ。
「おい、あれって―」
「あぁ、グリウスだ。派手にやられたそうだな」
男達はこの島最強の剣士の名を口にする。
グリウスはこの島の自警団や冒険者に知らないものは居ないほど有名である。
元々独自の環境からアルシア島では犯罪が少ない、しかし荒くれ者が自警団に多く治安を守る活動をする者が治安を乱していた。
それを良しとしなかったクレンブルの部下が自警団の指導教官になって欲しいとグリウスに頼み込んだのだが、
グリウスは「面倒ごとはごめんぢゃ!」と突き帰したという。
その後モネの口添えもありグリウスは渋々指導教官として自警団の訓練に参加した。
身長の低い女の子が壇上に上がったかと思えば、機嫌が悪そうに「面倒は嫌いなんぢゃ、指導してやるからまとめて掛かって来い」と啖呵を切った、荒くれ者は挑発に乗り戦うが相手にもならなかった。
その後戦意の有る無し構わずボッコボコにしてグリウスは去ったと言う。
グリウスは目蓋の無いような大きなギョロ目に耳元まである大きな口に丸みお帯びた鼻、彼女にとってはこの顔が原因で人族界を離れる事となった為コンプレックスだったのだが、隠す事でうまくやっていると思い込んでいる...
しかし実のところ彼女は戦闘となると笑うのだ...妙なクセである。武者震いの笑いバージョンだ。
苦笑いなどを含めて彼女は笑う事が下手だ、その作り笑顔に狂気すら感じるほどに。
それに加えて嬉々として抵抗の薄くなった者すらも殴り倒していく狂犬である。
単純に戦う姿が怖いのだ、普段顔を隠している分ギャップが有り戦闘狂いの悪魔の様に見えてしまう。
その事件の後グリウスは「自分に教官が務まるとは思えない」と断ったが、訓練を見に来るだけでもお願いしますと自警団長に頼み込まれ訓練に行って見ると、恐怖の余り綺麗に整列をした荒くれ者の姿があったという。
「これなら少しは教えちゃる」とグリウスが指導した自警団はメキメキと強くなり治安維持力も向上し荒くれ者は丸くなりでアルシア島の治安は守られたのだった。
そしてこの出来事は自警団達の中で伝説となった。
「あのグリウスがあそこまで追い込まれるたぁどんな化け物だったんだろうな」
「あぁ、丁度俺の勤務中に救助依頼が来たんで行ったんだ、そしたら馬鹿デカイ熊でよー」
男達はまだ気づいていない、聞き耳を立てながらも不気味な笑みを浮かべる狂犬の姿に
「そういや朝方に大きな熊の死体があったな...あれか!」
「それだ、俺達が駆けつけた時には熊はもう死んでたがよ」
「そうなのか、やっぱグリウスが倒したのか?腕を犠牲に打ち倒すなんて熱い展開じゃねーか」
「いや、それがよ。フィーゼ・ホームのメンバーで倒したらしいんだよ」
「本当か?」
男達は話に夢中で忍び寄る影に気づいていなかった
「あぁ、しかもトドメを刺したのがクローバーってガキらしいんだよ」
「あの小さいガキがか...」
「グリウスも見た目が小さいから最初は舐めてたけどよ、クローバーってガキはグリウスの愛弟子だってんだぜ?」
「あぁ、そういや師匠の為にとか言って嫁さんの店でケーキ買ってたわ...」
「ははっ師匠想いの良い奴じゃないか」
ダンッ!
「なんぢゃ?クローバーの話か?ケヘへへッ―――」
男達の前に不気味な笑みを浮かべながら立つグリウスの姿があった。ミルク酒の瓶とグラスを持って。
男達は知らない、グリウスが愛弟子の話をしたくてしたくてずっと我慢していることを。
クローバーの知らない所でクローバーの名前は語られていた。
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商業区にて
ガヤガヤと騒がしい荷物整理をする倉庫に長めの白髪を後ろで纏めただけの少年が入る。
「こんちゃーす!お騒がせしてすみませんね」
「おや、誰かと思えばクローバーか、お前の話で持ちきりだぞハハッ」
おどけた調子で入っていくクローバー、ココは商業区の商店街のような所だ。
現在は倉庫の一角に数人の店主が集まり話し合いをしていた。
「もっと早く顔出しに来たかったんですけど、院長に連れ出されてましてね。危うく堅苦しい礼服着せられる所でしたよ」
「クローバーも大変だな、心配すんなこっちは満場一致で賛成だよ。儲かるなら乗るっきゃないでしょこのビックウェーブに!」
短く刈りそろえられた茶髪に細い目の男商人がクローバーと軽快に話す。
雑貨商レイン・ヨークと言うこの人物こそ、クローバーを商人として誘った人物である。ガッツポーズを取る陽気なおじさんである。
「やめてくださいよレインさん、よく考えてください?僕みたいな子供が領主になるかも知れない話なんですよ?それに領主になったらレインさんの所で働けないじゃないですか~」
子供とは言っているが魔族に年齢は余り意味を成さない、成人していても子供の姿をしている種族が居るからだ。
とは言え身長や見た目は相手に与える印象は大きく変わる、クローバーは魔王になった場合不快感を与える立場になる事は理解している。
「何言ってんだ、ココに居るみんなで考えた結果だよ。お前はココのプロ相手に値切ったり売り込みをしてたんだぞ?そんな商人顔負けの奴が領主になったとして商人が損する立場になるとは思えねぇのよ」
クローバーは商人との交流が深い、ビルの人嫌いのシワ寄せでもありモネが商人だった為もあるが、度々顔を出すので覚えられている。
下町商店街の小さなアイドル的な存在だったわけだがベストオブ値切リスト。しかし手法は可愛らしいものが多く後腐れなく交渉が終了するので一目置かれている。
基本的には二つ買うから安くして欲しいなどだ、ビルと分けれて嬉しい、商品がはけて嬉しいのwin-winな交渉である。
後は冒険者組合に所属していないクローバーに直接の依頼をすることで中間手数料を省く採集などだ。
冒険者組合に所属している冒険者が個人で引き受けるのは規約違反なので、一般の狩人などが肉を降ろしたりするのが一般的だが、クローバーの実力は冒険者レベルなので良質な素材が手に入る、裏でビルも協力しているので質が良いのは当たり前なのだが冒険者を雇わず入手できるのは双方にメリットがあった。
「そぉそぉ、ココで店出してる連中でクローバーの事を悪く思ってる奴なんて居ないんじゃないかしら?」
惣菜屋のおば...大変綺麗で美人なお姉様はおっしゃられている。
「ちげぇねぇ、女の子に見間違えるほど可愛らしかったのに立派になってよぉ...ズズッ」
涙もろい白い鉢巻をした八百屋店主が言う。
「なんか恥ずかしいです!やめて!全然立派じゃないんで!」
クローバーは暖かく迎え入れてくれる商店の皆の事が好きである、子供だからと釣銭を誤魔化したりなどしない人達だ。
それどころか「ちゃんと釣銭は確認するんだぞ?」とアドバイスをし計算の仕方まで教えてくれた人達だ、子供を可愛がる親のようなポジションに居る。
孤児院の子だから特別に哀れみを向けているわけでもない。善意から教えてくれたのだ。
そしてクローバーも商人達の交渉方法を覚え実践して使うのだ、商人からも好かれていった。
「まぁ安心しろ!もし魔王に成れなくたってココに居場所が有る!泥舟に乗って沈んで来い!」
「泥舟じゃぁ...沈む事確定ですか!?」
クローバーが来ると商業区は花が咲いたように元気になる、その元気に引き寄せられてやってくる住人が多い。
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七日などすぐに過ぎてしまう、アルシア島民による魔族界初の住民投票で魔王を決める瞬間である。魔族界が大きく民主主義に代わるきっかけとも言える出来事だ。
人口400人に満たない小さな島なのですぐさま集計される。
住居区よりも南、まだ開発の済んでいない草原に雑な作りの木製ステージが作られていた。
壇上には白い髪を束ね高そうな礼服を着たクローバーの姿がある。集まった島民は島の人口の七割はいる。
「堅苦しい挨拶なんてするつもりはありません、皆様の期待に答えれるよう精一杯頑張らせていただきます!そして結果で期待に答えれるよう努力します!若輩者ですが何とど――」
噛んだ!だって緊張するんだもの!
「よろしくお願いします!」
張り切って頭を下げる、おそらく若者らしい姿勢だろうが国の王としては気軽に頭を下げるべきではないのだろう。
堂々と威厳の有る姿など持ち合わせてはいないので頭を下げるのだ。
割れんばかりの拍手が起こる、その拍手の中意外な人物が壇上へと挙がった。
威厳たっぷりの老紳士風のクレンブルだった
「では、私クレンブルからゼネララ中央魔国の一部を譲渡する。アルシア中立国の領主、魔王クローバーの誕生だ!励んでくれ!」
二人は固く握手を交わす。中立国とは名ばかりの癒着満載な国の誕生である。
結果はあっけなかった、孤児院のメンバーの名が売れすぎていたのも有るが意外とクローバーの姿が見られていた。
モネと住居区を訪れて子供と遊んだときも遠巻きから見られていたし、グリウスに絡まれてクローバーの話を聞かされた者も多い、商人達は味方で行政区の面々はクレンブルの部下なので味方も同意。
人口400人程度の島である、悪い噂も無い対抗馬も居ないクローバーには後押し一つで良かったのだ。
だがしかし、大変なのはこれからである...
クローバーはまだ何も成し遂げてはいないのだから!