二話 魔王
「今回の報酬は救出に向かわれた町人の分を差し引いて4万シルです、ご確認ください」
「はい、確かに」
「それでは報酬の受け取り空欄にサインしてください、それとももう一枚、救出依頼の報酬分配の受領書にもサインをお願いします」
「分かりました」
まだ日が昇ったばかりの気温が上がりきっていない時間にカウンター越しにやり取りする二人の女性の姿を長椅子に腰掛けながら見守る。
一人は赤毛おさげの魅惑的な体系を修道服で包んだ二十代半ばの女性、背中にはよれよれのバックパックが背負われている。
一人は耳が長く垂れ下がったパンダの様な外見の職員風の女性。
カリカリ―と筆を走らせる音を聞きながら。
まだ寝足り無いなぁ
そんな事を思いながら白い長髪を首の後ろで結んだだけの紫色の瞳を持つ中性的な少年は辺りを見渡す。
ホワイトウッドを磨き上げたカウンター、カウンターの越しにトカゲの様な風貌の職員と駆け出し冒険者風の男性が話している。
カウンターの中には三人の職員が居て、各自担当の違う話をしている様だ。
間仕切りのように設置されている丸太を積み上げたようなデザインの壁、ブラウンウッドで出来た長椅子が並べられた室内、壁際には緑色に塗装された木製プレートが三箇所に掛けられて『初級』・『中級』・『上級』の三つの文字で区切られており、所狭しと紙が貼り付けられている。
上級に張り出されてるのは一枚しかないけど。
中級板を眺めながら相談している猫耳を生やした毛むくじゃらの男女、風貌からして冒険者パーティだろうか。
ここは『冒険者組合アルシア支部』、アルシア自治区にある冒険者組合である。
特にやる事も無いしなぁ
軽い気持ちでふらっと初級掲示板の依頼を見てみる。
『商品積み込み手伝い:力持ち歓迎。報酬:半日[八千シル] 募集期間:今月27日まで 連絡先:行商リック倉庫まで』
『飲食店手伝い:ホールキッチンスタッフ募集 まかない有り 報酬:昼[六千シル]・夜[七千シル] 募集期間:今月末まで 連絡先:宿場区サンクレク酒場まで』などなど
シルというのはこの世界の通貨単位である。
トコトコと中級板を見ている猫耳族の後ろを通り過ぎ上級掲示板の前に立つ
デンッ―そんな効果音が出そうな堂々とした立ち姿をしたつもりだった。
「え?あんな子供が上級を!?」そんな風に思われたいのだが。
猫耳族の二人は初級掲示板の方に歩いて目に留めた依頼内容を見ながら猫がどうとか話している。
ふっ―何々?魔族海域で紅毒海月の捕獲?
海洋調査協力依頼か...危険度レベル40を超える為腕の立つものを募集?
捕獲成功時には100万シル・・・100万シル!?
一月4万シルで生活してるのが平均だから――
二年くらい暮らせるのか!?
死亡しても自己責任、期間は捕獲完了までか、魔族海域か....
こりゃ無理だろ...
魔族海域とはアルシア島より東に離れた海洋域で平均レベル50以上の海魔物が生息している死の海域。
船がアルシア島と魔国本土までの浅い海域しか運航しないのは海魔物に船ごと沈められて食われる為だ。
『第十二代目大魔王モルガン・クレンブル』の政策の内に人族界の冒険者組合を魔族界でも連動させるものがあった。
魔族王都でも冒険者組合が立ち上がり、街道の魔物退治を魔族冒険者に任せているらしいので魔物の数が減っているようだ。
しかし海洋域は手が出せないので危険らしい。
「それでは、こちらの控えをお持ち帰りください」
「ありがとうございます」
そんなやり取りがカウンターから聞こえる。
そろそろ終わりかな
振り返ると、赤銅色の目を持つ赤毛の修道服を着た女性が歩み寄ってくる。
「お待たせ!コレはクローバーの分ね?」
銀硬貨一枚が渡される5千シルの価値の有る流通硬貨だ。
コクリと頷きながら受け取り、ズボンのポケットに無造作に入れる。
長めの白い髪を首の後ろで縛っただけの無造作な髪型に粉雪の様に白い肌、まつ毛まで白いその目の瞳は紫色だ。
クローバーと呼ばれた中性的な少年は少し大きめのブカブカの白いシャツを着ている。
貰い物である、以前使っていた服は汚れてしまった為に捨てたのだ。
「まさかあの熊がこんな金額になるとは思わなかったわ!」
嬉しそうに喋るこちらの赤毛おさげの女性はモネ・カネラ。
アルシア自治領でフィーゼ・ホーム孤児院を運営する院長で、クローバーの名付け親であり保護者である。
なぜ冒険者組合に居るのかと言うと、モネが依頼を持ち込んだからである。
『救助以来:アルシア大森林で魔物に襲われている家族を救って欲しい』と。
緊急の依頼だった為に自警団と冒険者が協力し急いで森に駆けつけたときには巨大熊が倒されていた。
誰に?クローバーと三名の孤児院職員が協力して倒したのだ。
結果的に巨大熊の死体を自警団達が回収し、孤児院メンバーを冒険者達が保護する事となった。
この依頼は『危険度レベル25の巨大熊狩った報酬から駆けつけてくれた者の報酬を差し引く』と言う形で幕を閉じた。
しかしコレがちょっとした騒ぎとなった、アルシア大森林地帯の危険度が島の南側最深部でも20レベルと言われていた。
孤児院では月に一度はモネをリーダーに薬草採取に森に入る。
モネは薬師であり元行商人で、行商時代の伝を使い薬を販売し孤児院の運営費に回していた。
職員三名の内一人は元冒険者剣士だったので、パーティでそれほど深く入らなければ問題ない。
そう思っていたのに出くわしてしまった。
アルシア自治領で孤児院職員の元冒険者剣士の実力はトップレベルで誰もが認めていた。
剣術の腕だけであれば負け無しの剣士が熊に左腕を砕かれ現在療養中である。
パーティでなければ死んでいたかもしれない、そんな状況となったと有らば領民が怖気付くのも無理はない。
他の冒険者や商人も森に入ってアルシア大森林でしか取れない薬草などを採取していたが、危険度が引き上げられ15レベル以下の冒険者や商人が寄り付かなくなってしまった。
『アルシア自治領』魔族国本土から海を挟んで西北にある小さな島だ。
人族と半魔族が共存している比較的平和な魔族領土である。
人族界と魔族界を繋ぐ『転移水晶門』のある場所であり、人族界との貿易が街の主な収益になっている。
『転移水晶門』とは莫大な魔力が収められた魔力石の古代遺産の一つで人族界と魔族界を繋ぐ門の役割をしている。
全長30メトル横幅10メトルほどの巨大な黒水晶の柱、その黒水晶が島の西北に突き刺さるように配置されており、磨かれた壁面には魔力的な文字が所狭しと浮かび上がっている。
黒水晶の壁面に向かってズブズブと入れば、人間界側の黒水晶からズブズブ出ると言う寸法だ。
しかし未だにこの水晶は謎とされ、なぜ魔力が尽きないどころか常に上限値をキープしているのか不明。
1600年以上前にこの黒水晶の魔力を別のことに使おうと考えた魔王が居たが、魔力を引き出した瞬間周囲2キロメトルが焦土と化した為、転移以外の目的で使用する事を禁じたらしい。
その結果アルシア島は三日月形に森が残っている形状の島となった。
転移水晶門の周りは舗装され、囲うように壁が作られており、壁を通ると入国管理や輸出入などの検査をする建物がある。
壁と街を繋ぐように四つの道が伸びており、商業区・宿場区・行政区・運輸区に分かれている。
島の南東に運輸区が設けられているのは魔族国本土に向け船を出せる港があるからだ。
島の住人が住んでいるのは、この区の一段上である。
転移水晶門から伸びる道路で区切るように階段が伸びており階段を上がった所が居住スペースとなる。
焦土となって固まった地面を基盤に街を構成したので階段状になっている。
転移水晶門から溢れ出る人族界からの空気が魔族界の瘴気を薄める事により瘴気弱耐性のある人間と瘴気と酸素が無いと生きれない半魔族が暮らせる環境を作った。
純魔族等にとっては酸素が毒になる為近づけない、その上瘴気が薄く惰気が無い。
結果生活が出来ないのである。
強者が入る事が出来ない小さな聖域『弱者の楽園』である。
そんな弱者の楽園に強者である、第十二代目大魔王モルガン・クレンブルその人が護衛も連れずに訪れていた。
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クローバーとモネが孤児院に帰っていると、玄関前の門塀に見知った小さな姿があった。
ダボダボの修道服を魔改造して鎧の様にした服で露出を最小限にし、頭に丸っこい耳の付いた黒っぽい帽子を被りボサボサのオレンジ髪で顔を隠すようにした女性。
僅かに覗く目はギョロッと大きく光の加減や見る場所によって白目の部分まで黒目になったり、耳まで裂けるような大きな口と薄黄緑色の肌は蛙を連想させる。
彼女はこの島最強の剣士である。クローバーが師匠と呼ぶ人だ。
だがその左腕は三角巾で吊られている。そして身長は低い、だが横には広い。
「ようやく帰ったけぇ、客人が来とるきに、呼びに行こうかとおもたんよ」
ザラザラした声、彼女の名はグリウス・カルチ。
人族界で冒険者をしていた人物だ、その見た目から迫害を受けて冒険者を辞めた頃にモネに誘われ職員となった。
「あら、お客さん?じゃぁ急いでいかなきゃ」
「おまんぢゃなかよ、クローバーの方らしい」
「え?僕にですか?」
「あぁ、何でも大切な話らしくての」
けへへっと笑うグリウスを背に玄関をくぐり、長い廊下の先にある応接室まで歩く。
誰だろう?僕を訪ねるなんて珍しいな
ドアを開けると、白い髭に白髪のジェントルメンな貴族風の初老の男性が座っていた。
誰だこの人!まったく知しらない!
こちらを見つけるや立ち上がり、優雅に胸に手を当てお辞儀をする初老の男性。
「私は魔族王都ゼネララから参ったモルガン・クレンブルという者だ」
良く通る渋い声だった。
「えっ!?クレンブル大魔王様!?あぁ、失礼しました、僕がクローバーです。以前お会いしたときと姿が違っていたもので」
師匠が変に笑ってたけどこれか!驚かせる気だったわけね...超驚いたけどさ...ドッキリ大成功!
声を聞きつけてモネがお茶菓子を持ちつつも急いで応接室まで来た。
「クレンブル様・・・驚かせるのはやめてください」
「すまんな、ちょっとしたユーモアだよ。久しぶりだねモネ、昔みたいに名前で呼んでくれ、ムズかゆい」
そう言いながらクレンブルは黒っぽい赤毛の整った顔立ちの青年の姿に変化した。
「毎度毎度...姿を変えてくるのは遠慮して欲しいわ。『大魔王様』?」
「ちょっとしたユーモア...すまんかった」
「よろしい、お久しぶりですねモルガン」
院長と大魔王は昔からの付き合いらしい、孤児院の運営を院長任せたのが大魔王だったのだとか。
魔族界で大魔王を下の名前で呼ぶのはモネくらいしかいない。
モルガン・クレンブル、現在の魔族界六国の魔王を纏め上げる大魔王だ。性別は不明、と言うか多分無い。
人族界を旅した経験があり、人族のように協力する事を魔族に説き繁栄をもたらした魔族界最強の王である。
クレンブルは無形魔族という種族だ、魔族だが生物では無い特殊な魔族である。
内臓を持たない魔族版の心臓[魔導コア]だけの存在なので子孫を残す事はできない、そして魔力を使い切ると体が砕け瘴気に変化しその命を失う。
近しいモノだと魔力石やダンジョンコアやゴーストなどが無形魔族の親戚である。
魔族界において自然発生する固体だが波があり、津波のように大きくなった時に生まれるのが魔王級の無形魔族。
クレンブルは無形魔族の中でも特殊で消化器官が無いのにも関わらず、生物を食べる事ができる。
生物から惰気を吸収し魔力に変換すると同時に姿を奪う。
すなわち人の姿をしたクレンブルは人を喰らった魔族という事だ。
「クローバー君も久しぶりだな。前会った時はこんなに小さかったのにな」
「お久しぶりです、クレンブル様」
数年に一度クレンブルは孤児院を訪れる、目的は孤児院を旅立つ子供達への仕事の斡旋だ。
クレンブルが部下と連携し冒険者組合を通じて子供達の職業訓練などをしているが、そこに不備が無かったかなどを部下を使わずに直接来るのだ。
惰気の薄い場所へわざわざ無理をして足を運ぶ、ほんとに国民想いの魔王なんだ、自治領にしているのも人族が住める環境だから魔国では無く中立地にする為だとか。
領土内の人族にすら住む場所を与える素晴らしい御方です。
「それで?モルガン、今日はどのような用件なのでしょう?」
モネが着席を手で促しながら聞く
「今日来たのはだな、ずばりクローバー君が施設を出ると聞いてなのだ」
クローバーに笑いかけながらクレンブルは言った。
「はい確かに、僕は数日中にはココを出ますね」
「クローバー君は人の外見をしていたからな、覚えておったのだ」
「クレンブル様に覚えて頂けているなんて光栄です!」
幼い頃、剣の訓練中にお爺さんが門先から訓練風景を見ていたので客人だと思い院長の元まで手を引いて案内したら実は、お爺さんの姿をしたクレンブルだった、なんて事があった為に面識はある。
「そこでだ、私と共に働いてみないか?内容は人族界と魔族界との友好関係の構築だ。
人の姿をしているから普通の魔族よりも警戒されにくいだろう?魔族の繁栄の為にどうだろうか?」
願っても無い話である、人族界の商人に誘いを受けたので着いていく気だったのだ。
それにクローバーはクレンブルに憧れを抱いている。
「本当ですか!?ちょうど人族界に商人として渡ろうかと考えていたんです!」
「ちょうど良かったようだな、では改めて仕事の話をしたい。少し外で話さないか?」
モネの居る孤児院では話しにくい内容らしいので場所を移す。
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恋人同士であれば今すぐにでも抱き合っているだろうムードのある景色が広がっている、眺めの良い灯台のある台地まで登った。
「ようやく二人きりになれたね...」なんて言葉が出てきそうな。
舗装された地面に落下防止用の柵が立てられ、潮風が吹き抜ける場所だ。
二人は横に並び街が見える場所で話しをする。
「さてと、私も一応上位魔族なのでな、長居をすれば寿命が縮むので手短に話すとしよう」
「はい、わざわざ足を運んで頂いてありがとうございます!」
「君に任せたいのは、アルシア島の繁栄と人族界と魔族界の貿易の規模の拡大や人族界で活動する魔族の救出や粛清だ」
おぉ、魔王の部下らしい重大そうな仕事だ!
「はい!全力で勤めさせていただきます!しかし人族界での魔族の救出や粛清と言うのは?」
「人族界にも魔族は居るのだ、人が変異し魔族になる事もあれば魔族の子を産む事もある。
そんな魔族達は排除されるか見世物にされたりなど、とても悲惨な現状が待ち受けている。
そして力の有る魔族は人を喰らう。昔の私のようにな...」
クレンブルは遠い所を見て、哀愁漂う表情をしていた。
「老人の戯言だと思って少し昔話に付き合ってはくれまいか?」
「クレンブル様のお話でしたらどんなお話でもお付き合いしますよ!」
クレンブルは機嫌良さそうに軽く笑った後、真剣な表情で口を開いた
「ならば安心して語らせて貰おう、私はな...家族と言うものが無いのだ、産まれも生物ではなかったからな。
生きる為に誰に教えられる分けでもなく近くに居る生物を見境無く喰らった。
虫だろうが小動物だろうが魔物だろうが自分より弱くて食える生き物なら何でもな。
気づけば強くなっていた、そして魔人を喰らった。
初めての高濃度の魔力を喰らった瞬間病み付きになってしまったのだ。
それからと言うものより高濃度の惰気と魔力を求めて、純魔族や上位魔族などを手当たり次第喰らった、
自分の中にある魔力量が濃度を増し膨れ上がっていくのを感じたもんだ」
何だろう、武勇伝と言うよりは生い立ちを語っているような...
「当時の魔族は集団になる事をしなかった、私と同じように強さを求め他者を殺す為だけに生きて居る魔族ばかりだったのだ。
しかし王都まで足を運ぶと魔族に集団で取り囲まれたのだ。
『同属喰らい』として有名になっていたらしくてな、魔族軍が動いたのだ。
戦いになると思っていたが「そんなに惰気を喰いたければ人族界へ行かないか」と話を持ちかけられた。
今思うと人魔戦争の為に人手が欲しかったのだろうな。
魔族を喰らう事にも飽きていた事だし仲間になる事にしたのだ。
そこで初めて私は言葉を交わせる仲間を得たのだ、家族を知らない私には新鮮だった。
その仲間たちは魔王軍だった、ゲートをくぐって人族界への侵略に同行した。」
莫大な量の魔力を消費する為魔術系の上位魔族にしか使用できないが、人族界に行く転移門は魔力を消費する事で作ることが出来る。
これが400年前の人魔対戦のきっかけか...
クレンブル様も魔王軍として侵略していたとは...
「初めて人を喰らった時大量の惰気を得る事ができた、恐怖などの感情が惰気となるようでな。
その上虫の様に沢山居るからな...どれだけ喰らっても少し移動したら居るのだ。
私は惰気を喰らうことで強くなっていった。
私には舌が無かったから味が分からなかったが仲間たちは子供の肉は柔らかくて美味いだの言っていたな。
私は生きたまま喰らう事が一番惰気を手に入れるのに都合がいいと気づいた。
今考えれば酷い事をしたと思う...しかしなクローバー君、魔族とは本来こういうものなのだ...
人族界で出会う魔族がすべて良い魔族とは言えないのだ...覚えておいてくれ。」
平和ボケしているが、本土の魔族の大半がこういう魔族だ、未だに人族界に侵略している魔族も居るって商人の話から聞いている。
その魔族達を纏めているのだ...魔王ってのはすごい。
「その後村や街を襲って一つの国を喰らい尽くした。
そんな時にだ、強い人族が群れを率いて襲ってきたのだ、やつ等は私の仲間を皆殺しにした。
私も強い者の肉を喰らうべく戦ったのだがね、どうやら残ったのは私だけのようだった。
あれは、魔族を討伐しに来た勇者だったのかもしれないが、気づけば喰らっていたよ。
仲間も人族も喰らって私だけが生き残っていた、強くなりはしたが何も残っていない。
その後は一人で村を襲った、私の姿を見るだけで逃げ出す位だったからな...
当時の私はひどい姿をしていたのだろう。
容赦無く喰らった、動く者は全てな。
しかし何処からか人の匂いがしてな、どうやら頑丈な倉庫に人が集まっているようなのだ。
私は生きたまま喰らいたかったので、倉庫を壊す事はしなかった。
代わりに体を小さくして扉をこじ開けた。
すると男が刃物を持って飛び込んできた。
そのまま喰っていると、倉庫の奥から老人が束になって道をふさぐ様に並んで歩いてくるのだ。
帰ってくれと頼まれたが無論喰った、何の足しにもならなかった。
今度は人族の女が出てきてな、人族界でも美人だっただろう。
なんでもするから見逃して欲しいと頭を地べたに擦り付けながら頼まれた。
当時の私は、苦しんでくれとお願いしながら喰った。
同じように他の女達も出てきてな、泣きながら懇願するのだが当然喰った。
更に奥に進めば、涙を流しながら少年が近寄ってきてな...私の前で目を瞑るのだ...
小さい体は食べ易かった...後から続けて出てくる幼い子供達を食べた...
倉庫の奥には赤子を庇う小さな女の子が居てな、当然食べた。
しかし、村一つを喰らい尽くしても何の足しにもならなかった。
味など分からないのに素晴らしく不味かった、二度と人は食わんと誓った。
そして人族に興味が沸いてきた、喰うだけの対象を詳しく知りたいと思った。
魔力も数百年分は溜まっていたからな、幸い能力があったから人の姿で旅に出た。
丁度今の姿でモネと出会ったのだ、そのまま共に旅をしてな。
モネは旅商人をしながら行く先々の村で薬を売っていた、病人が居れば調合した薬を作って治療に当たっていた。
人とは助け合いながら生きているのだなと、旅をしながら思ったよ...」
ドロドロした話からモネとの旅の話になりクローバーはワクワクする。
「そして、そんなモネに次第に惹かれて行った」
はっ!?唐突な恋バナ!?
「旅をして力だけが全てではないと知ったのだ。
モネは自分の能力を使って人族も魔族も関係なく治療していた。
人族界に居る迫害を受けた魔族達を献身的に治療している姿に心打たれてな...」
意外な事を聞いてしまった、院長と大魔王ってそんな関係だったの・・・?まじで?
「そういえばな、モネは人族ではなかったのだ」
「えっ!?まじで!?」
思わず声に出してしまった、爆弾発言をさらっと込めちゃってまぁ...気になります!
「あぁ、まじだ、これは他言無用で頼むが、モネの頭には髪に隠れるくらいの小さな角がある。
そして尻の上には小さな鱗のある尻尾が生えているのだ。
何で知っているかと言うのは言わせないで欲しい」
モネの魅力的なボディに尻尾が生えているのを想像するが母として見ている女性なので微妙な気持ちになるクローバー。
「ほ、ほぅ・・・と言うことは竜人族ですか?」
「いや、それは尻尾を見たときに聞いたのだが、どうも違うようでな。
半魔族でもなく純粋な龍族らしい。
母と父はレッドドラゴンだそうだ、しかし卵の殻から出たのは人だった為に捨てられたのだろう。
レッドドラゴンの生息する領域の近くを通った旅商人に拾われて育てられたそうだ。」
竜人族は胎生である為卵を産まない。
卵から生まれたモネはドラゴンの子なのだ、レッドドラゴンの人型変異種である。
「拾った旅商人が子宝に恵まれなかったそうでな、我が子のように可愛がって貰ったそうだ。
その事がきっかけで自分も誰かの為にと行動していたのだろうな...
私には愛情を向けてくれる者が居なかったからな...
多くの魔族と人族をこの手で殺めてしまっていた。
せめてもの贖罪としてどちらも繁栄できるよう助け合おうと誓ったのだ」
「なるほど・・・クレンブル様にはそんな過去が」
「そしてだ――――」
まだ続くの!?さすがに疲れました...
日が傾くまで話は続いた。
この人おしゃべりが好きな近所のおじさんレベルだ。
大魔王レベルだと存在の維持だけで恐ろしい魔力量を消費してるはずなのに数時間喋り倒していた。
モネとの旅の途中で第十一代目大魔王が勇者に討たれた事。
すぐさま自分が魔族であると明かし、大魔王になる為に魔族界に戻ったこと。
魔族界を安定させ人魔対戦で更なる犠牲を出さない為に十二代目大魔王として魔族界覇者となったこと。
魔族界に戦争孤児を救うために施設を作ったこと。
モネが魔族界に来たと言う知らせを受けアルシア島まで出向き孤児院の運営を任せたこと。
などなど、話を聞かせて頂きましたとも。
いやしかし、この名探偵クローバーの予想が正しければ...
院長はクレンブル様を追いかけて魔族界に来たと思うんですよね...
クレンブル様はもしかして鈍いのだろうか?
すぐに駆けつけてくれた最愛の人が大魔王という夢を叶えて前に立っているのだ...
もしかしたらプロポーズされるかも!?とか思ってたに違いないと思うんだ...
なのに「魔族や人族など関係なく救おうとする君の姿に心打たれた、君しか考えられない。孤児院の運営を任せたい」って
院長どんな気持ちでオッケーしたんだろう...
あ、想像したら涙が...
「あの、クレンブル様は妻を迎え入れるつもりとかってないのですか?」
「何だ、突然...あぁークローバー君はそういう年頃だものな...」
何勝手に納得してるんだこの人は、遠回しに院長の事を聞いてるんだぞ
クローバーの中でクレンブルの評価が急降下していく。
「私には子孫を残せないからな、側室なども居ないのだよ」
「いえ、そういう事ではなく...意中の女性などと一緒になるつもりはないのかなと...」
「妻にしたいほどの良い女が居ればいいのだがね」
おっとぉ!?院長が居なくて良かった!マジでよかった!
「と言うのは冗談でな、好いた女はいるのだがな...
やはり好いた女には幸せになって欲しいのだ...
例え他の男とでも、家庭を築き、子供を育て幸せになれるのなら
それが私の幸せなのだよ」
ちきしょぅ!何だよカッコイイ事言いやがって!
しかし、あなたの想い人はあなたと共に居ることを望んでいると思いますよ!
何より院長はモテるのに誰一人として寄せ付けてないのはあなたの事が好きだからだと確信しています!
クローバーは院長と大魔王の愛のキューピットになる事を硬く決意する。
「それで、お仕事のお話とは...」
「あぁ、本題を忘れていた。人族界の事も分かっただろうし魔族が危険だと言うことも分かったと思う」
「はい、よく分かりました」
「それでも君は私と共に魔族の繁栄の為に働いてくれるかね?」
「もちろんです!」
院長の事もある、大魔王の下で働くのも悪くない。
「良い返事だ。では、クローバー君。君にこのアルシア島を任せる」
「えっ?」
どういうことだ
「君はこれよりアルシア島の領主となり、アルシア中立国の魔王となる」
「すみません、いつそんな話になったのでしょう」
「ずっと人族界と魔族界を繁栄させる話をしていただろう?」
「ですよね」
「クローバー君は私の仲間の新しい魔王だ」
「えぇ!?」
どうやら孤児院に出向いたときから魔王の話だったらしい。
やけに昔話するなと思っていたら魔王仲間として話していたのか...
確かに王と国民って間柄では無くなった気がしなくも無い...
大魔王の部下がすでに基盤は作っているので魔王という肩書きだけで実質的な統治などは無い。
しかし貿易の拡大だとか街の発展とかは丸投げだ、そもそも支持が集まるかどうかも怪しい。
しかしクレンブルと共に活動するのが魅力的なのも事実。
モネの事など様々な事情から引き受ける事にした。
だたし、一つの条件を付けた
アルシア島の領民が中立国への独立に賛成しクローバーを魔王と認めるならアルシア中立国の魔王になる。
と言う住民投票を条件にしたのだ。
クレンブルも国民に認められてこその魔王だと賛成していた。
商人か魔王...なんかとんでもない事になったぞ、自分が魔王の器でないことが分かっているし、駄目なら駄目で踏ん切りも付く。
もしも魔王になれたなら頑張るつもりである。
なんか割りと適当で良いって言ってたしな。
明日より人口400人に満たないアルシア島にて、クローバーの魔王となる為の戦いが始まる!