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第三章 末王子と放蕩王子とお土産 その一



 ハーシェリクは城下町からの帰還した後、王族専用の談話室への扉の前へと訪れた。


 なぜかといえば、国外へ留学に出ていた第六王子である兄が帰還し、その兄から兄弟達への招集がかかったのだ。本来ならすぐにでも参じなければならなかったが、思いのほか遅参になったのはわけがある。


(お役所は融通効かないよね。)


 ここに来るまでのやり取りを思い出し、ハーシェリクはやれやれと小さくため息を零す。だがため息を零したいのはハーシェリクではなく、当直の門番であろう。いつの間にか外出していた末王子が、不審人物二人を連れて戻ってきたのだから。


 問題ない、自分が責任を持つと主張するハーシェリクと、身元不明の人物を王城にいれるわけにもいかない門番達。もしハーシェリクが第三者の立場であったなら、明らかに理は門番にあることがわかったが、彼らを城下町に残す事ができはずもない。だからと言って秘密の抜け道を通って城内に招きいれるとしても、それは問題の先送りにしているだけで、むしろ見つかった時の問題が大きくなる。


 だからハーシェリクは城門から帰還しようとしたのだが、やはり予想した通り問題は起った。


 結局ハーシェリクと門番達との押し問答は、見かねたオランが「自分が全て責任を持つ」と申し出た為問題は表面上解決した。なぜ王族の自分が同じことを言っても信用されず、オランだと信用されるのかハーシェリクは小一時間ほど問い詰めたくなった。


 後宮に移動している間にその不満が顔に出ていたのであろうハーシェリクに、オランは苦笑いしつつ言う。


「皆、心配なんだよ。ハーシェはいろいろ前科があるし。」


 既にハーシェリクが行ってきた数々の行動は明るみに出てしまっている。容姿は子供で大人しそうなのに、それとは真逆な大人顔負けの行動力で、己から問題に突っ込んでいく。だからだろう、家族や筆頭達だけでなくハーシェリクに好意を持つ者は、その人の予想の上を行く行動力に気が気ではない。例え先の戦を早期終結した功労者であっても、信用がないわけではなくただ心配なのだ。またその幼さと同年齢の子供達と比べ華奢な身体は、それに拍車をかけている。


 また前世の記憶を持つハーシェリクは、時々その客観的事実を忘れるのもしばしばあることも問題だった。その前世でさえも、「冷静な猪。突っ走りだしたら曲がることは出来てもブレーキは踏まないし、周りが見える分だけ小技が効くから誰も止められないしで、たちが悪い」という評価は、姉からの被害を被っていた前世の妹談である。


 そんな冷静な猪は、急ぎ自室に戻るとこめかみに青筋を浮かべていた執事出迎えた。そして彼から兄弟達が呼んでいると聞くと彼が説教モードに入る前に手早く状況を説明し、連れて来た二人の世話を頼むと、ハーシェリクは急ぎ談話室へと向かったのだった。


 ハーシェリクは一度だけ深呼吸をして扉を開く。


「遅くなって……」


 申し訳ありません、とハーシェリクは謝罪の言葉を口にしようとしたが、最後まで言うことはできなかった。開けた扉が閉まるよりも早く、自分の両脇に手を差し込まれ抱き上げられ、そのまま高く掲げられ地面から足が離れて宙ぶらりとなる。


「ハーシェリク!」


 ハーシェリクが驚きで固まったことを意に返さず、喜色に染まった顔が自分を見上げられていた。


 赤みのある金の髪……薄い桃色の髪を後頭部で纏めた、他王族達に負けず整っていて、しかし親しみを覚えやすい柔和な顔立ちの少年だった。


 彼はすぐ上の、とはいってもハーシェリクより七つは年上の兄である第六王子テッセリ・グレイシスといった。ハーシェリクはその桃色の髪を前世で見た桜のようだと思っている。薄い茶の瞳が幹を連想させ、美しく咲き誇るが短期間で散ってしまう桜のようだと思い、前世の記憶を思い出させ、ハーシェリクは少々切なくなる。だがそれは表情には出さず、長旅から帰還したすぐ上の兄に、微笑みかけた。


「テッセリ兄様、お帰りな……」

「ちょっとは身長伸びた? 重くなった?」


 ハーシェリクの言葉を最後まで聞かず、持ち上げたままのハーシェリクを見上げ、微笑みを一転させ心配そうに首を傾げた。


「うーん、あんまり変わらないかも? ちゃんと食べてるの?」


 その悪意のない一言は、ハーシェリクの心に人の耳には聞こえない音を立てて突き刺さる。


 自分でも薄々感じつつも認めてたくなかった、年を重ねても改善されることのない貧弱な体躯。運動センスは地につくどころか地面を抉り、魔力はなし、容姿も家族の中では地味なほうで、その上体躯まで残念仕様な現実。


(涙が出ちゃう、だって女の子……じゃないけどな!)


 脳内で一人ノリツッコミをしつつ、見るからに落ち込むハーシェリク。


「テッセリ、もう降ろしてやれ。」


 その様子に二人の再会を見守っていた長兄マルクスが、苦笑しながら口を挟んだ。極上の磨き上げられた紅玉のような髪と瞳に、元々整っていた顔立ちには年を重ねる事に色気と貫禄が加わり、その美貌に磨きをかけている。帝国の戦、そしてバルバッセとの問題が終わった後は、所属する軍務局の仕事や公務だけでなく、国政に関しても父王の補佐をしている為激務のはずだが、その疲労をみせないのはさすがというべきだろう。


 長兄の言葉に反応しハーシェリクが周りを見れば、王城にいる兄弟全員がこの部屋に集まっていて、やはり自分が最後だったということに申し訳なく思い目じりを下げる。


「ああ、ごめんね。ハーシェ。」

「……お帰りなさい、テッセリ兄様。遅くなって申し訳ありませんでした。」


 テッセリに降ろしてもらい、頭を下げるハーシェリク。


「ただいま。それから……」


 そんな彼にテッセリはにっこりと笑いながら、その笑顔のままハーシェリクの頭に拳骨を落とした。ゴチッといい音が室内に響き、それを聞いた兄弟達は、心配げな表情をするか、当たり前だといった風情で気にもとめなかった。


「つッ!? ……テッセリ兄様?」


 ハーシェリクは頭に手を置き残る鈍痛を堪えつつ、その原因を作った人物を見上げる。するとさきほどとは打って変わって怒りの表情をしたテッセリがハーシェリクを見据えていた。


「無理をした罰……うまくいったからよかったものの……」


 そう言ってすぐに表情を柔らかいものにし、ハーシェリクが頭に乗せたままの小さな手に、己の手を重ねる。


「本当に、無事でよかった。」


 心の底からの安堵の声だった。その声にハーシェリクは何も言えなくなる。


 過去を振り返れば、そういえばまだ国の現状を知らない赤子だった時、一つ上の兄は父の次に接点が多い家族だったと思い出す。とはいっても、何かあるとお菓子を人づてに届けてくれたりした程度で、ハーシェリクが三歳になりこの国の現状を知って、四歳になって本格的に活動初めて自分の事でいっぱいになった時には、国外に留学していた為、他の兄弟同様関わりは薄かった。


 時々留学先から帰ってきては、その国のお菓子や特産をお土産で置いて行き、すぐに別の国に旅立っていく。さらに彼が留守中には各国の姫君や令嬢から山のように恋文が届くと噂がたち、臣下の中では好き勝手に出奔する彼のことを「放蕩王子」と呼ぶ者もいる。

 好き勝手行動することに関してはハーシェリクも負けず劣らずだが。


「ありがとう、ございます……」


 置かれた手の温かさにハーシェリクは気恥しさを覚えつつもお礼を言った。その返事に満足したテッセリはハーシェリクの手を握ると彼の手を引く。


「と、いうことでお説教時間は終わり。ほらハーシェリク、お土産買って来たから。」


 そう言ってハーシェリクを促すと、談話室のテーブルの上には国内にはないお菓子や小物が並べられている。テーブルについた兄弟達は物珍しい見上げを各々手にとっていた。


 テッセリがハーシェリクに渡されたのは万年筆と本、そしてチョコレート菓子だった。万年筆は持つ部分が木で出来ていて普段使っているものよりも軽い。本は以前テッセリからもらったハーシェリクが息抜きに読んでいる小説の続刊で、国内では品薄で手に入れることが出来ず諦めていたものだった。さらにチョコレートは一口サイズの大きさで、高そうな箱に綺麗に並べられている。その一つ一つの細工が異なっていて、色や艶から味も一つ一つ異なると予想出来、ハーシェリクの頬を緩ませた。どれもこれもハーシェリクの好みを押えたお土産だった。


「で、テッセリ。成果は?」


 一通りお土産を配り終えたテッセリに次兄のウィリアムは言う。父譲りの長いプラチナブロンドを緩く三つ編みに結び、深い青い瞳をテッセリに向けた。外交の仕事以外では表情筋が仕事を破棄している為、瞳の色も相まって冷めた印象を与えがちだが、この場にいる兄弟達の間ではさほど問題にならない。


「ウィル兄上はせっかちだなー。それが一番のお土産だから最後に渡そうと思っていたのに。」


 そう芝居がかったように肩を竦めつつ、テッセリは懐から纏められた手紙の束を取り出して、ウィリアムに差し出した。


「はい、周辺諸国の色よい返事貰って来たよ。他の所もそろそろ届くはずです。」

「助かる。」


 ウィリアムはテッセリから手紙を受け取り、確認をしていく。ウィリアムが確認し終えた手紙をマルクスが受け取り、同じように確認していった。


「なんですか?」


 ハーシェリクが首を傾げる。そういえばここ最近は過去の資料とにらめっこで外交などは気に留めてなかったのだ。とういうかそのあたりは全て外交局の仕事なので、ハーシェリクは下手に手を出さない、が正しい。もちろん大まかなことはハーシェリクもこっそりと知っていたりはするが。


「恋文。」

「え!?」


 一般人がやればドン引きするようなウィンクもイケメンがやれば様になる、を証明するかのようにテッセリが片目をつぶって見せる。返答に恋愛関係に耐性の低いハーシェリクは驚きの声を上げ動揺したが、すぐににやりと笑う兄に自分がからかわれたということを理解した。


「というのは冗談で、周辺諸国の要人達を豊穣祭に招待したその返事。」


 詳しく聞けば今年行われる豊穣祭に各国の要人を招くという内容だった。


(ああ、だから今年の豊穣祭の予算は例年に比べて多かったのか。)


 ハーシェリクは以前見かけた……というよりは習慣になってしまった内部監査でこっそりと盗み見た豊穣祭の予算案を思い出す。


 豊穣祭とは国内で行われる秋の祭典の一つだ。豊穣の女神に感謝を捧げ、実りに感謝し、来年の豊穣を願う祭典である。実際は国民が飲んで食べて踊って……と賑やかに祝うお祭りだ。王都での豊穣祭は一層華やかで、今年は同時期に武闘大会が催される予定であり、さらに王城では賓客要人等を招いた夜会が計画されている。例年友好国の要人が招待されているが、どうやら今回はそれ以外にも周辺諸国を招待したらしいとハーシェリクは予想する。


 予算案内容もしっかりしていた為、ハーシェリクは気には止めなかった。


「帝国はさすがに無理だったけど、周辺の友好国はもちろん軍国にも色よい返事をもらえたよ。」


 朗らかに微笑みながら報告するテッセリに、お土産の髪留めを濃い緑の髪に試しにつけつつセシリーが口を開く。


「さすが要領のいい末っ子。」

「今は末っ子じゃないよ。」


 セシリーの言葉に同じくお土産の魔法関連の書物を読んでいた、セシリーと瓜二つの顔を持つアーリアが顔を上げて訂正する。セシリーとの違いといえば癖のない緑色の髪を肩で切りそろえているくらいだ。


「しかも笑顔から黒さが滲み出るユーテルと違って、テッセリはふんわりしていて愛想がすごくいいからなぁ。」


 夕食前だというのに土産の焼き菓子を食べていた、セシリーとアーリアの弟で顔も瓜二つどころか三つ目のレネットが感心したように言った。レネットは黄緑色の髪を短く切り、三人の共通点は同じ顔とそこに嵌ったオニキスのような大きな瞳で、鬘を被ると違いを見分けるのは一般人には難しい。


「レネット兄上?」


 その隣でこちらもお土産の人形を傀儡魔法で操作していたユーテルが名を呼んだ。ラベンダーのような雪藍色の軽くウェーブパーマの髪は肩までの長さで揃えられ、ウィリアムと同じ深い青の瞳が、ウィリアムと同腹の兄弟ということを証明している。

冷めた印象を与えがちな兄ウィリアムと違い、儚げで優しげな印象を与える彼がにこりと微笑む。とても慈愛に溢れた表情だったが、それが逆にレネットの背筋に氷が滑ったような感覚に襲われた。


「ゴメンナサイ。」


 すぐさまレネットがユーテルに謝罪する。レネットの軽口にユーテルの笑顔の脅しはいつもの光景の為、誰も止めはしない。こう見ると二人の仲が悪いのかと思われるが、三つ子とユーテルは年も近い為、とても仲がいい。彼らにとっては仲がいいからのじゃれ合いでしかない。


「なぜ、豊穣祭に各国の要人を?」


 ハーシェリクが首を傾げて問う。その問いに答えたのは外交局に勤めているウィリアムだった。


「グレイシス王国は現在の状況は解っているな。」

「はい……ああ、なるほど。」


 ウィリアムの言葉でハーシェリクはすぐに理解した。




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