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第二章 蝶と獣人族と信頼 その三


「あ、そういえば自己紹介していませんでしたね。私はハーシェリク・グレイシス。この国の第七王子です。」


 思考の淵から戻ったハーシェリクはソファから立ち上がって自己紹介すると、彼女に歩み寄り手を差し出した。つられて手を出した彼女の手を握りにっこりと営業スマイルをするハーシェリク。

 次に青年に手を差し出したが、青年は手を握り返すことはなかった。だがそれは拒否しているというよりは、戸惑っているようだった。無表情な青年に困惑が浮かんでいたからだ。


「あなたが……」


 ハーシェリクの手の温かみの残る己の手を見つめながら女性が呟く。だがその声はハーシェリクに届くことはなかった。


 青年に差し出したが握り返されるこのとなかった手を所在無げに揺らして戻しつつ、ハーシェリクは重要なことに気が付く。


「名前を聞いても?」


 そういえば名前を聞いていなかったとハーシェリクは思い、首を傾げながら問う。


「……答えられません。」


 そう答えてから彼女は己の失言に気が付く。そしてそれをハーシェリクも気が付いた。


「なるほど、答えられない、ですね。」


 だがハーシェリクは、それ以上彼女に追及することはしなかった。


「でも呼ぶ時困るな……うーん、紅い髪と青い髪……アカ、コウ、セイ……なんかしっくりこない。」


 もしこの場に腹心達がいたら、いやな予感はしただろう。彼の名づけはよく言えば単純明快、悪く言えば壊滅的なセンスなのだ。だがそれを止める者はこの場にはいない。


「ではクレナイさん、アオさんって呼ばせてもらいます。」


 そう言ってハーシェリクはにっこりと笑ってみせ、入ってきた扉を見る。


「あ、そろそろ時間かな。」


 その言葉と同時にノックが室内に響き、続いて重々しい扉が開かれた。


 現れたのは四人。一人はここに案内した優男。もう一人は妖艶な美女、宵闇の蝶の女主人ヘレナだ。


「若様、ご機嫌麗しく。」


 背中を撫でられたようなゾクゾクした感覚を覚える艶やかな声で、女主人ヘレナがハーシェリクに挨拶すると深々と首を垂れる。緩くパーマのかかった薄紫の長い髪を肩から落ち、顔をあげると紫苑の瞳がハーシェリクを映す。身支度の途中でかけつけてくれたのだろう化粧は薄く、服は肩のでる体の曲線がはっきりとわかるロングドレスに、薄い衣を羽織るのみ。しかしそれでも滲み出る熟された色香は、青年男子だったら唾を飲み込んだであろう。

 しかし話しかけられたハーシェリクはまだ幼く、前世は女、さらにその前世さえもそういった色恋事には疎い為、彼女の溢れる色香に惑わされることはなかった。


「ヘレナさん、お部屋をお借りしました。助かりました。」

「そんな、私と若様の間に遠慮はなしてございます。」


 そうヘレナは手を己の頬に添え、微笑みを作りながら答えた。口元にある黒子が彼女の色香を割増しさせる。


「お役に立てるならなんなりとお申し付け下さいまし。若様の為でしたら宵闇の蝶一同、ありとあらゆる手管を使ってご満足頂けるよう努力を惜しみません。」


 そう妖艶に微笑みつつ独特な言い回しをする女主人に、ハーシェリクは苦笑を漏らす。


「甘えている手前、そう言って頂けると助かります。今度何かお礼をさせて下さい。」

「若様がお気になさることはございません。」


 ですが、とヘレナは妖艶でいて肉食獣を連想させるような微笑で言葉を続ける。


「若様の部下の方々に遊びにいらしてとお伝え頂けると。娘達は若様の部下の方々をおもてなししたいといっておりますの。」

「あはは、それは本人達にきいてみないと……」


 そう言ってハーシェリクは残りの二人を見る。


「だそうだけど、二人とも?」

「……ハーシェ、迎えにきた。黒犬がかなり怒ってたぞ。」


 ハーシェリクの問いかけはあえて無視し、苦笑いしつつ要件を切り出したのは癖のある金のメッシュが入った橙色の髪に垂れ気味な青い瞳が温和な雰囲気を醸し出す青年だった。

 彼の名はオクタヴィアン・オルディス。グレイシス王国の騎士の名門、オルディス侯爵家の三男であり、ハーシェリクの筆頭騎士である彼は、ハーシェリクよりオランジュという愛称と信頼を得ていた。先の帝国との戦で獅子奮迅の戦いを見せた彼は、国内だけでなく国外にもその勇名を轟かせた。その髪色からと、敵対する者に人生の黄昏を運んでくることから『黄昏の騎士』と称されつつあった。


 その後ろでは美女が眉を顰めていた。長い純白の髪を邪魔にならぬよう緩く三つ編みにし、琥珀色の瞳は不機嫌そうにしている外見は絶世の美女だが、性別は正真正銘男である。

 彼はハーシェリクの筆頭魔法士で名はヴァイスといった。姓がないのは彼自身、魔法による洗脳の後遺症で幼き頃の記憶が不鮮明で名前を知らない為だった。ヴァイスとはハーシェリクからもらった名前であり、主だけはシロと呼んでいる。そんな彼は魔法の天才であり、能力は奇才であった。過去、陰謀により老化しない身体となってしまった彼の魔力は、人の有する魔力を軽く凌駕し、才能も上級魔法士を凌ぐ。さらには生まれつき周囲の浮遊魔力を己の魔力に変換する能力を持つ彼。魔法に関して彼と張り合えるのは、魔法に長けた魔族くらいだろうと思えた。むしろ魔族でさえ張り合えるか怪しい。そんな彼は魔法を使う時、純白の髪が光り輝く。それを見たハーシェリクが虹のようで綺麗と言ったことから『白虹ビャッコウの魔法士』と羨望を集めているが、本人は無関心である。


「……そんなにクロ怒ってた?」


 オランが縦に首を振るのを見て帰った後のクロの説教の時間を予想し、ハーシェリクは身から出た錆とはいえ、少々ゲンナリする。


「とりあえず、迎えに来てくれてありがとう、オラン、シロ。」


 迎えにきてくれた二人にお礼を言い、そして絶賛引き籠り中だったはずの魔法士に首を傾げて問う。


「シロはよく部屋から出てきたね?」

「……引っ張り出された。」


 ジロリと隣に立っている同僚に視線を向けるシロ。オランはその視線に苦笑いし肩を竦めてみせた。大方引き籠ったシロを心配したオランが自分を迎えに行くついでにつれて来たのだろうとハーシェリクは察する。オランはなんだかんだ面倒見がいいのだ。


「で、また厄介事か。」


 オランを睨むのをやめたシロが諦めた口調で言った。己の主が厄介事を運んでくるのは日常茶飯事だからである。何を言っても決めたら曲げない主に、彼ら腹心達は諦めの境地なのだ。執事だけはそれでも心配して母親の如く口煩くいうのだが、結局はハーシェリクに甘いということを同僚達の共通認識である。


「人助け、だよ。」


 シロの呟くにハーシェリクは強調して言った。そして男女に……アオとクレナイに言う。


「二人とも、旦那さんのところだと何か起きた時、二人の迷惑になります。一緒に来てください。」


 身の安全は自分が保証する、とハーシェリクは付け加える。そして己の筆頭達に言った。


「じゃあ帰ろうか。ヘレナさん、本当にありがとうございました。私がここにきたことは……」

「ええ、ここには誰もいらっしゃいませんでした。若様もお連れ様も。」


 そう妖艶な微笑みのまま、ヘレナは頷く。ちらりと背中から翼の生えた青年を視界にとらえたが、笑みは変わることはなかった。背後の優男も主人の言葉を肯定するかのように、完璧な一礼をする。

 その言葉にハーシェリクは再度お礼を言って部屋を出ようとして、足を止め振り返る。


「あ、帰る前に。」


 ハーシェリクはアオに歩み寄る。

 そして彼にしては珍しく口ごもり、後ろで組んだ手をもじもじとしたり、視線を彷徨わせたりする。そしてたっぷりと間を置いたハーシェリクは意を決し見上げる。


「……翼、触らせてもらってもいいですか?」


 そう頬を少々赤く染め、身長差で上目遣いでねだるハーシェリク。


 オタクだった前世。


 初めて見たファンタジーな獣人族。


 高鳴る胸の鼓動を押える事ができなかったハーシェリクだった。





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