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第二章 蝶と獣人族と信頼 その二



 とある町で納品した品物の代金を受け取った果物屋の主人は、ふと騒がしいことに気が付いた。場所はフェルボルク軍国との国境に近い比較的大きな町。王都からは馬車で片道二週間はかかる場所だ。


 しかし王都に妻と生まれたばかりの娘を残している彼は、急ぎ馬を駆けさせて予定より二日早く到着した。普段でさえ無愛想なのにさらに拍車のかかった愛想のなさと厳めしい顔つきに、恐怖を覚え勘違いした商売相手から代金に手間賃を上乗せしてくれたのは僥倖だった。

 帰りは荷物がない為行きよりも速度が出せる。多めの代金で土産でも買って帰ろうと考えていると、警邏が慌ただしく駆けて行った。


(……なにかあったのか?)


 王都とまでいかなくともそれなりに人口の有する町だ。揉め事もそれなりに起こるだろうと己の中で結論付け、主人は己の馬車へと急ぎ戻った。

 そしていざ馬車を動かそうとした時、空の馬車から物音が聞こえた。主人はため息一つで馬車に上がる。野良猫か、もしくは悪戯で子供が乗り込んだのかもしれない、そう思ったのだ。だがいざ馬車の中を見渡して空の木箱陰に隠れている二つの陰に息を飲む。


 一人は紅い髪の女。煤けた外套を羽織、疲れが滲み出た表情をしていたが、闇色の瞳には強い光が宿っていた。その女を背後に庇い青年の瑠璃色の鋭い眼光が主人を射すくめる。深い青の髪の青年は女と同じように外套は煤けていたが、主人が注視したのは青年ではなく、彼の背中から生えたモノ。


「……獣人、族だと?」


 無口な主人から洩れた言葉に男がピクリと反応する。その手には小ぶりだが鋭利なナイフが握られていた。下手に動けない両者の緊張に水を差すかのように声が響き渡る。


「誰かいるか!」


 それで金縛りがとけたかのように主人は行動を起こす。反射的に馬車内にかけてあった野営用の毛布を掴むと、男女を隠すように広げ隠す。


「絶対に、動くな。」


 相手の言葉を待たず、主人は背中を向けて馬車から顔を出した。

 丁度馬車を覗き込もうとしていた警邏の制服を来た人間二人の視界をその巨体で塞ぐ。警邏の二人は馬車の中から現れた厳めしい大男にぎょっとしたが、咳払いしてすぐに平然さを装いつつ不審人物を見なかったかと問う。


 主人の脳裏にさきほどの男女がよぎったが、生来の無愛想の為表情に漏れ出ることはなかった。首を横に振ると警邏達は主人の迫力に押され、逃げ出すようにその場を離れた。


 主人は何も言わずそのまま馬車を発車させ、町から出たところで二人に事情を聞いた。しかし彼らは多くを語らなかったし、元々主人は口下手な為うまく追求することもできなかった。ただ軍国から来たことは簡単に予想できた。


 大陸の東にあるフェルボルク軍国は人間が支配する国だが、少数だが獣人族や亜人族も住む国でもある。だが獣人亜人族のほとんどは国民としてではなく、一部例外を除きそのほとんどが奴隷だった。


 軍国はその武力で周辺の中小国を取り込み急成長してきた国だが、取り込まれた国々の国民は、高い税金を払い軍国の民となるか、奴隷となるかの二択。取り込まれた国の中には獣人亜人族が治める国もあった。獣人亜人族への税は人間よりも高く設定されており、ほとんどの者が納税することができず、占領された国の獣人亜人族は強制的に奴隷となる定めである。


 軍国の圧政に耐え切れず、獣人族が国外へ逃亡するということも少なくない。ただそれは南へ行けば獣人族や亜人族が治めるルスティア連邦に行くのが常だ。他種族の入国を拒否するグレイシス王国へ逃れる者は皆無なはずだった。


 目の前の青年を除き。


「彼らをほっておくことが出来なかった。」


 口を挟まず口下手の自分の話に耳を傾けるハーシェリクに、果物屋の主人は言った。


 結局、主人は彼らを警邏に突き出す事も、見捨てることも出来なかった。

 数年前の彼だったら、己の保身を考えて見捨てたことも出来たかもしれない。だが目の前の、他人の為ばかりに動く幼子に出会いって、そのお節介がうつったようだった。己だけが良ければいい、そんな考えを恥じた。それにもう一つ理由がある。


「……俺も獣人族の血を引いている。」

「え?」


 果物屋の主人の告白に、先ほど以上にハーシェリクは目を見開いた。

 ハーシェリクは反射的に果物屋の主人の姿を上から下までを見たが、どこからどう見ても人間だった。


「俺の曾爺さんは獣人族の熊人クマビトだった。」

「クマビト?」


 首を傾げるハーシェリクに主人は言葉を続ける。他種族についてこの国にでは文献も少ない為、不勉強だったのだ。


 曰く、獣人族の中にも種族があり、熊の容姿や能力を有する獣人族を熊人、青年のように鳥の翼を持つ者を鳥人トリビトと呼ばれているそうだ。


「人間と獣人族の間でも確率は低いが子は出来る。姿は母親の種族となるが、能力が引き継がれることもある。俺は獣人族だった曾爺さんの体格と腕力が先祖返りしたんだ……この国では、一目で獣人達と解ってしまう者は生きていけない。」


 彼の言う通りなら、人間の容姿をした獣人族の血を引く人間が想像以上に市井にいるかもしれない、とハーシェリクは考える。

 寿命や能力など人間と差異はあるが、自己申告しない限り隠すことは可能だろう。現にハーシェリクは旦那さんが打ち明けてくれなかったら、彼のことは「体の大きい力持ちな人」という認識だったからだ。


 主人は立ち去ろうとする彼らを、一度助けたことを恩義と感じるならついてきてくれ、と口下手な彼からしては上等だといえる文句をいい、人目を避けるように王都まで戻ってきた。


 彼らを助けることが出来るとしたら、彼しかいないと思ったからだ。


 だから、と主人は言葉を続ける。


「王子を頼るしかない……すまない。」


 そう言って口を閉じ頭を下げる彼に、ハーシェリクが考えたのは一瞬だった。


「旦那さんのお話はわかりました。頭をあげて……後は私に任せて下さい。」


 いつも通り無口なった彼にハーシェリクは言う。


 考えたのは助けるか助けないかの選択ではない。元々ハーシェリクの中に誰かを見捨てるという選択肢は存在しなかった。考えたのはどうやって彼らを助けるか、だった。

 今後の対策を頭の中で練りつつ、いつもよりも眉間に皺を寄せている旦那さんを安心させる為、微笑んでみせる。


「旦那さん、私を信頼して話をしてくれてありがとう。」


 彼が秘密を打ち明けてくれたことに、ハーシェリクは不謹慎ながら嬉しく思っていた。獣人族を匿った上、己の出生の秘密は下手したら重罪となってしまう。それなのに彼は自分を信頼してくれたことに、ハーシェリクは喜びを覚えた。


 さてどうするか、と思ったハーシェリクの耳に旦那さん以外の声が届いた。


「お話し中、申し訳ありません。」


 女性の声だった。この部屋には女性は一人しかいない為、ハーシェリクは紅い髪の女性に視線を向ける。

 ハーシェリクの視線を受けた彼女は一歩前に出る。紅い髪が揺れ、微笑みを絶やさない柔らかい表情をしていたが、闇色の瞳はハーシェリクを射抜くように見据えていた。


「なぜ、貴方は私達を助けようと思われたのですか?」


 助けてもらう立場では考えられないような言葉が彼女から出た。だがハーシェリクは非難することなぞせず、彼女の問いに首を傾げるのみである。


「なぜって?」

「私たちはどこからどうみても怪しい者です。偶然を装い取り入って、貴方に仇なすかもしれません。それに私達を助けてもあなたに利益はないはずです。」


 彼女のもっともな言葉にハーシェリクは苦笑を漏らす。もしもこの場に過保護な執事がいたら、彼女のように言うだろうと簡単に予想がついた。彼は自分に対して過保護で心配性な上、どちらかといえば利益を重んじる性格だ。きっと彼なら「自ら危険を冒す必要はない」と断言していただろう。


「そうですね。」


 彼女の言葉にハーシェリクは同意する。そうすると微笑を浮かべた彼女の表情が少し強張った気がした。


「ならなぜです?」


 微笑を浮かべた彼女の続いた言葉と、向けられた闇色の瞳には警戒の色があった。その瞳を見て、ハーシェリクは納得がいった。


(彼女は生きる為に最善を尽くそうとしているのか。)


 最初のあの落ち着いた雰囲気は、見極めようとしていたのだとハーシェリクは納得する。


 彼らは何も語らずとも、旦那さんの言った通り軍国から来たのは間違いないだろう。その上青年は獣人族。この国の人間を簡単には信用できないことも理解できた。下手に信用して裏切られたら彼らは命にかかわることである。ただ彼らにはこの国での選択肢はないに等しい。だから少しでも自分達の助かる道を模索する為に、彼女は余裕を感じとれる微笑みを浮かべ、見極めようとしている。


(なかなか胆の座った人だ。)


 ハーシェリクは出会って間もない、死中に活を求める彼女に好感を持つ。そしてその彼女に全幅の信頼を寄せている青年にも。そうでなければ、獣人族の証となる己の翼を晒すなど出来ないだろう。


(さて、簡単には彼女達は私を信じないだろうな。)


 信頼はすぐにできるものではない。知り合って間もない彼らに、自分を信用しろと傲慢なことをハーシェリクは言えなかった。だからハーシェリクは、小手先で誤魔化すのではなく、馬鹿正直に言うことにした。


「旦那さん達が助けてくれっていったからです。それ以外に理由なんて必要ですか?」


 さも当然のように言うハーシェリクの言葉に、彼女の微笑みが一瞬崩れた。だがすぐに表情を戻すと、更に問う。


「ですがこの国の法では……」

「確かにこの国の法は、獣人族の皆さんには理不尽で厳しいものです。」


 彼女の言葉を遮り、ハーシェリクは言う。


「だけど、法が全て正しいわけではない。」


 法とは守るべきものである。それはハーシェリクも理解している。だが法とは所詮人間が都合よく作ったものだともハーシェリクは認識している。


 時代、組織、人々……様々な要素で変化するのが法だ。変わる法が絶対的に正しいとはハーシェリクは思えない。


 それになぜこの国が、そこまで他種族に対して排他的なのかが気になった。


(その辺りも調べてみるか……)


 気になったら調べずにはいられないハーシェリク。そう思考の淵に沈んでいる為、彼女がその様子を観察していることを、気づくことができなかった。




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