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第二章 蝶と獣人族と信頼 その一



 ハーシェリクは後ろに果物屋の主人、青い髪の青年と赤い髪の女性を引き連れて、花街へとやってきた。

 夜になると賑わうこの場所も、日の高いうちは閑散としていて人は少ない。だがそれでも学院にすら行っていないハーシェリクには、この場所は似つかわしくない。しかしハーシェリクは意に返さず先頭を歩む。


 そしてたどり着いたのは花街の中でも上客しか入店を許されない最上級の娼館『宵闇の蝶』。この娼館で一夜を過ごす為には、一般人なら一か月の給金が必要と言われるほどの高級娼館だ。しかも金持ちなら誰でも入れるわけではなく、一見さんお断りの紹介者が必要な上、マナーの悪い客は貴族だったとしてもたたき出すという娼館である。もちろん金額に比例し、娼婦や男娼達の質も、サービスも最上級のものが用意されている。


 ちなみにハーシェリクはこういった水商売に偏見がない。人間生きていれば性欲があることは普通のことだし、需要があり商売として成り立ち、法を犯していないのなら問題はない。お互いが納得して一夜の夢として過ごすなら、他人がとやかくいうべきではない、と考えている。


 それに綺麗なお姉さんやお兄さん達とお喋りしながらお酒を飲むのは、とても楽しそうだと個人的に思っていたりする。ちなみにハーシェリクは前世も今世もそれなりに面食いである。前世は二次元限定の残念オタク干物女だったが。


 そんなハーシェリクが貴族の屋敷にも引けを取らない『宵闇の蝶』の店前にくると、丁度男が一人店から姿を現した。


「あ、こんにちは!」


 ハーシェリクが声をかけると男が振り返った。優男な風貌の彼は男娼ではなく、この『宵闇の蝶』の用心棒だった。礼儀のない客を叩きだすのが彼の仕事なわけだが、他にも掃除や買い出し等雑事もこなしている。ハーシェリクも町で買い物中の彼と何度も会い、挨拶をする仲だ。


「お、坊ちゃん。こんな所でどうした? 今日はいつもの付き人じゃないな。」


 優男はそう片手を上げて軽口をハーシェリクに近づきつつ、彼の背後に続く人物達を見て一瞬目を眇める。果物屋の主人はともかく、他二人は見知らぬ人物の為警戒をしているのだ。そんな彼に、ハーシェリクは緊張感の欠片もなしにいつも通り話しかける。


「彼らは置いてきちゃいました。」

「それは残念。うちの姉さん達は皆、坊ちゃんの付き人達と一晩でもいいからお相手をしたいと手ぐすねを引いているんだがな。」


 暗に売り上げに貢献しにくるよう言ってくれという優男の、本気とも冗談ともとれない軽口に笑いつつハーシェリクは本題を切り出す。


「ヘレナさんは起きていますか? ……部屋を借りたいんです。」


 後半は声を潜める。ハーシェリクの言葉と真剣な眼差しに、優男も察して居住まいを正した。


「生憎、主人は準備中です。ですが貴方様にはいつ何時でも便宜を計らうよう承っております。どうぞこちらへ。」


 そう態度も口調も改めた優男は扉を開けてハーシェリク達を高級娼館へと迎え入れた。


 外は石造り、中は王城には負けるが磨かれた大理石で出来た高級娼館は、まだ夕方にもなっていない時間帯の為静かだった。あと一時間もすれば娼婦や男娼達が起きだして準備を始め、料理人達も動きだし、給仕係が客を迎える準備を始めるだろう。


 優男に促され大理石の廊下を進み奥の部屋……宵闇の蝶の中でも最高級の部屋に通される。人が五人は広々と寝る事ができるだろう天蓋付の寝台に、金縁のテーブルやソファ等高級家具に囲まれた広々とした部屋に入り、扉の外で待機する彼にハーシェリクはお礼を言った。


「ありがとう。それから……」

「人払いもお任せ下さい。」


 心得たとばかりに優男が言い、頭を深く下げて扉を閉めた。


 これが、ハーシェリクがわざわざこの娼館に来た意味だった。

 教会が巻き起こすテロ未遂事件の前、ハーシェリクは偶然にもこの娼館の女主と娼婦や男娼、従業員達を助けることになった。ハーシェリクにとっては自分が勝手にお節介をやいただけだったが、恩義を感じた娼館の皆はなにかとハーシェリク達に協力してくれるようになった。協力とはいってもお酒や寝物語でお客が漏らす噂話を教えてくれたり、こうして密談をする時の場所を提供してくれたりする程度だ。彼らも商売である為、顧客の情報を易々と漏らしたりはしない。


 店の一番奥にあるこの部屋は、遮音性が抜群で誰にも聞かれたくない話をするにはもってこいの場所だった。ハーシェリクは王城の自室以外で、誰にも聞かせたくない話をする時は、この場所を借りている。もちろん営業時間外だから融通してもらっているにすぎない。


「さて、旦那さんは既婚者だから、ここにいていらぬ噂が立っても申し訳ないので、手短に話しましょう。」


 王城にあるものと遜色のないソファに腰かけ足を組みながらハーシェリクは言う。三人に座るように促してはみたが、自分以外は座ろうとしない為、ハーシェリクは苦笑を漏らした。


「王子。」


 果物屋の主人が大きい体を揺らす。今更ながら申し訳なく思えたのだろう、その巨体を前のめりに小さくなりながら、迷いつつも言葉を続けた。


「……二人を助けて欲しい。」


 そう主人は言って二人を見る。男女の二人はただ静かにその場に立って成り行きを見守っている青年は無表情に、女はただ静かに微笑んでいるだけだった。


(ふむ?)


 ハーシェリクは違和感を覚え、内心首を傾げる。旦那さんがなぜ二人を助けて欲しいと請うのか、その上二人は助けを求めるにしては落ち着いているようだった。

 だがまずは確認しないといけない、とハーシェリクは旦那さんに問いかける。


「旦那さん、それは私でないと助けられない、もしくは助けられる可能性が低い、ということですか?」


 ハーシェリクの言葉に旦那さんは頷く。厄介事が確定した瞬間だったが、ハーシェリクはそのことを表情には微塵にも出さず、旦那さんに話を促すことにした。


「旦那さん、助けられるかどうかは兎も角、詳しく聞いてもいいですか? 彼らは旦那さんのご友人ですか?」


 どう見ても親族でないのは明らかだった為、そうハーシェリクは問う。それなら旦那さんが必死になるのもわかる気がしたが、だがハーシェリクの予想は外れ旦那さんは首を横に振った。


「友人ではない。出先の町で知り合った。」


 つまりは赤の他人、ということだ。しかも知り合って間もない。そんな彼らをなぜ旦那さんが助けようと思ったのか、そして何に対して助ければいいのか解らずハーシェリクの疑問は湧水のように浮かんでくる。だがそこでハーシェリクは質問をするのではなく、話の続きを促した。質問など全て聞き終えてからすればいいのだから。


 しかし次の一言でハーシェリクの疑問は全て解決した。


「彼らは……彼は、獣人族だ。」

「……え?」


 ハーシェリクの口から間の抜けた声が零れ落ちた。


「本当に?」


 思わず聞き返し、視線を旦那さんと青年を交互に見る。


「ああ。」


 旦那さんが重々しく頷き、青年に視線を送る。すると青年は一度だけすぐ隣に立っていた女性に視線を向け、彼女が頷くことを確認し小さくため息を漏らすと、羽織っていた外套を脱いだ。現れたのは鍛えられた体躯、そして背中には人間には存在しない、髪と同色の一対の翼だった。ハーシェリクの上等な翡翠を思わせる瞳が零れんばかりに見開かれる。そしていろいろと察してしまった。


 この世界に住む種族はハーシェリク達と同じ人間他にも存在する。


 まず魔族と言われる種族。人間よりも多くの魔力を身に宿した種族。彼らは黎明の時代の終焉に、魔族と他種族との戦争に敗れこの大陸から去り、別大陸に移り住んだと言われている。


 次に亜人族。これはエルフやドワーフ等、精霊と混じったとされる種族のことを指す。


 最後に獣人族。言葉のまま獣の特徴を身に宿す種族。獣の耳が頭に、尻には尾を生やす者や、彼のように翼を持っていたり、肌に鱗を生やした者もいたりする。しかもそれはファッションではなく、獣の能力を持ち、俊敏な動きや剛腕、空を飛んだりするこができる種族だ。

 ちなみに亜人族と獣人族の多くは大陸の南、ルスティア連邦で暮らしている。


 またこの三つの種族は総じて人間より寿命が長い。特に魔族や亜人族は、人間の五倍以上の寿命があり、獣人族も倍以上の寿命だ。ただし長寿の為か、繁殖能力は寿命と反比例して低くなる。また使用する魔法も人間と比べ種族に応じて得手不得手が顕著である。


 これはハーシェリクがこの世界に来て、書物で学んだことで、実際に見たのは今日が初めてだった。


 他種族の事を知って、まさにファンタジーの世界と喜んだのはつかの間、グレイシス王国の現状を知り、絶望したのをハーシェリクは覚えている。


(ああ、これは王族じゃないと……というか王族でも助けられるかわからないわ……)


 そうハーシェリクが心の中で頭の中を抱えたのも仕方がない話だった。


 グレイシス王国は、獣人族及び亜人族、そして魔族等の他種族の入国を一切禁じている国だった。そして人身売買や奴隷制度を一切禁止している国である。


 遡る事先々代の王の時代、その時は国内に獣人族や亜人族が存在した。だがそれは国民ではなく奴隷としてだ。獣人族、亜人族は頑丈だったり、見た目がよかったりしたためだ。魔法により強制的に隷属とされた獣人達は、物として扱われた。


 だが時の王の勅命により、奴隷制度は例外なく廃止され、伴い人身売買も禁止される。そして奴隷である獣人族と亜人族は幼子や赤子含めて残らず処分された。さらに他種族の入国を一切禁止され、法を破った者は弁明の余地なく死刑という厳しい罰が待っている。


 その為現在国内には奴隷はおらず、同時に他種族も存在しない。つまりこの時点で、果物屋の主人も、彼ら二人も、そして関わった自分も、王国の法に照らせば弁明の余地なく死刑になるのだ。


 つまり旦那さんがいう助けとは、獣人族であり、密入国をした彼らを助けて欲しい、ということだ。


「……とりあえず、経緯を聞いてもいいですか?」


 どうするにしても、まずは確認が優先と考え、ハーシェリクは先を促した。どう対処するとしても、事実を見極めねばならない。


「彼らと出会ったのは、荷卸しした町だった。」



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