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第一章 王子と秋空と邂逅 その二


 豊穣祭を控え準備に賑わう城下町の中、フードつきポンチョを着て人ごみを縫うように進む小柄な影があった。

 行きかう人々はその小柄な人物を見ると誰もが手を振り挨拶をし、それを受ける人物も手を振りながら進んだ。その人物こそ城を抜け出し城下町に姿を現したハーシェリクだった。本日は門を通らず以前使っていた隠し通路を通ってきたため誰にも咎められず気分も上々。久々のお忍びにハーシェリクの中に溜まったストレスが、空気に溶けて霧散していくような錯覚さえ覚えた。


(やっぱり一人だと楽だ!)


 目撃した者がついつられてしまうような微笑みを浮かべながらハーシェリクは思う。


 アトラード帝国との戦の前までは、命が狙われる可能性があった為護衛がいなければ外出が出来なかったが、今は諸々が片付いたおかげでとりあえずは命が狙われることはなくなった。だが身分を偽りそして王子ということが露見した為、以前のようなお忍びはできなくなる、城下町の人々との別れをハーシェリクは覚悟をしていた。しかし城下町の人々は偽っていたことを咎めもせず、以前と変わりなくハーシェリクを受け入れてくれた。その時のことをハーシェリクは涙が零れそうになるくらい嬉しかった。


 ということで、諸事情が片付いた後もお忍びという名の城下町ぶらりは、ハーシェリクの何事にも代えがたい大切な時間だった。


 しかし別の意味で問題が起った。

 帝国との戦でハーシェリクと共にその名を国内に轟かせた腹心達が問題の原因だった。


 ハーシェリク自慢の腹心達は、ハーシェリクのお忍びにも随行し護衛をするのがとにかく目立つ。

 城下町へ出た瞬間、彼らは城下町の人たちに囲まれる。まるで前世のアイドルに群がるファンの如く人の壁ができるのだ。特に女性には、若くてイケメンでそれでいて決まった相手のいない彼らは嫌というほどもててしまう。あっという間に女性達に囲まれてしまい、それに巻き込まれるハーシェリクはお忍びどころではなくなってしまうのだ。


 悪意がない女性達に暴力をふるうことを許すわけがない主の手前、腹心達は彼女達を邪険に扱うことも出来ない。

 一人は猫の皮を何重にも被り微笑みと共にあしらい、一人は苦笑と共に彼女達を宥める。残った一人は人間不信気味な上大勢の人に囲まれ、威嚇する猫のようにブチ切れ寸前で、ハーシェリクが何度も押しとどめた。その為彼は現在王城へ引き籠ることが多くなってしまい、別問題が発生している。


 とりあえずその問題は置いておき、筆頭達を引き連れてうら若き夢見がちな乙女たちに囲まれる城下町の忍びは、各自最初の一回で懲りたハーシェリク。ポンチョを被って顔を隠すハーシェリク一人なら、城下町の皆はそれとなく察してくれる。だが一人歩きは腹心達、主にクロが渋い顔をする。ということでハーシェリクはしばしば腹心達の目を掻い潜り、一人こっそりお忍びをしているのだ。毎度帰った後、執事から説教をもらうことになってもやめることはない。


(今日は仕事も残してきたし、すぐには追ってこれまい!)


 クロが聞いたら拳骨ではすまれないようなことを考え、内心ほくそ笑みながらハーシェリクは城下町をぶらぶらする。

 途中でお菓子屋の奥方からもらったクッキーを頬張りながら、ハーシェリクはいつもの場所に向かう。目的地の店先では、日焼けした健康的な肌色をした女性が果物の詰まった木箱を持ち上げているところだった。


「こんにちはルイさん!」


 そう背中から話しかけると呼ばれた女性は振り返り、笑顔でハーシェリクを出迎えた。


「あら、リョーコちゃんいらっしゃい!」


 リョーコと呼ばれたことにハーシェリクは笑顔を返す。

 帝国との戦の前、まだハーシェリクが王子だとわかる前同様、発覚した後も偽名のリョーコや若様、坊ちゃんと呼んでくれることが嬉しかった。


 ハーシェリクはルイから視線を動かし、果物が並べてある店舗の中をみる。果物が入った箱に並んで置かれている籠には、生まれたばかりの赤子が気持ちよさそうに眠っていた。


「こんにちは、リーシェちゃん。」


 籠を覗き込みながら、起こさないよう注意しつつハーシェリクは赤子に挨拶をする。果物屋夫妻の長女で、偶然にもハーシェリクがお産に立ち会うこととなり、夫妻の願いで自分から文字をとってリーシェと名付けられた。


 前世の姪っ子の赤子時代をふと思い出し、ハーシェリクの頬が緩む。人差し指を伸ばし、赤子の頬に触れると思った以上に柔らかく、ハーシェリクの目じりはだらしなく下がった。


(赤ちゃんはやっぱかわいいなぁ……)


 ただ眠っているだけだというのに、飽きもせず赤子を見つめるハーシェリク。そんな自分も周囲の人々達から、微笑ましく見られていることを本人は知らない。


「今日は一人なの?」


 日が暮れるまで赤子を見ていそうなハーシェリクにルイは話しかける。


「はい。ちょっと時間空いたので出てきました。」


 赤子の頬を再度つついた後、ハーシェリクはルイの質問に答えつつ振り返る。するとルイが少々呆れたような顔をしていた。


「……後で彼らに怒られてもしらないわよ?」


 ルイの言葉にハーシェリクの視線がさ迷い、誤魔化すように笑う。一人でこっそり出てくることは今回が初めてではない。そしていつも腹心の執事か騎士に見つかってはお小言をもらうのだ。しかも過保護な執事は年を重ねる事にその度合いが膨れていき、説教の時間も伸びる。騎士はハーシェリクが出歩くことに関しては諦めているらしく、いつも執事を宥める役に回っている。ちなみに魔法士は我関せずである。


「ところで、旦那さんのお戻りは?」


 ハーシェリクは思い出したようにルイに問うた。この果物屋の主人である無口で熊のような体格の旦那とハーシェリクは、ルイと同じく旧知の仲である。

 確か遠方の町に出荷に出かけており、近日中に戻ると聞いていた。妻と赤子を残していくことを無表情ながらも雰囲気で心配していると感じとったハーシェリクは、城下町に出る度に気にしていたのだ。


「今日戻ったわ。そうそう珍しく旦那がリョーコちゃんに相談があるって言っていたわ。」

「相談?」


 ルイの言葉にハーシェリクは首を傾げる。


(なんだろう?)


 己の中で心当たりを探すが思い浮かばないハーシェリク。


「あ、おかえり、あんた。リョーコちゃんが来てるわよ。」


 ハーシェリクの思考を中断するかのようにルイの言葉が聞こえた。ハーシェリクが視線を向けると、ハーシェリクが三人は入るだろう木箱を二つ、両腕でかかげるように軽々と運んでいる大男が近づいてくるところだった。


「旦那さん、おかえりなさい。」


 ハーシェリクはそう言いながら駆け寄る。ふと旦那さんの後ろに見慣れない旅人のような出で立ちの人物達がいた為足を止める。


 一人は長身の深い海のような瑠璃色の瞳を持つ男性だった。深い青色の髪はうなじの部分だけ伸ばしてあり長く、そこだけを縛っている。飾りだろうか紅い羽が縛り紐につけられ、風に揺れていた。薄汚れた外套を羽織っており、背中にはなにか背負っているのか不自然なふくらみがある。


 もう一人は女性だった。フードつきの薄汚れた外套を頭から深くかぶっている為、顔はわからないが、肩幅が狭く性特有の曲線のある体躯の為、性別を推測することが出来た。またフードから零れた一房の髪の紅い色が、ハーシェリクの目を引いた。

 ハーシェリクの周りには兄である第一王子や腹心の騎士の家族など赤毛は多い。色合いは明るい赤で、特に第一王子のマルクスの赤毛は、磨き上げられた極上の紅玉を溶かしたような色だ。だが彼女の赤は彼らとは異なり、やや暗い赤……深紅という色が当てはまった。


 彼女はゆっくりとフードを取り、顔を顕わにする。年は二十代中頃だろう、とハーシェリクは予想する。微笑を湛えた闇色の垂れた瞳が穏やかで物静かな印象を与える顔立ちの女性だった。ハーシェリクと目が合うと彼女は丁寧にお辞儀をする。


 彼女に会釈を返しつつ、ハーシェリクは果物屋の主人に視線を戻す。


「……そちらの方は?」


 頭の隅で良くない予感がしつつも、ハーシェリクは確認するように果物屋の主人に問う。主人は木箱を降ろしつつ、一瞬躊躇うかのように、そして言葉を選びあぐねるかのように口を開閉し、ゆっくりと巨体を屈めてハーシェリクの視線に合わせた。


「……王子、相談がある。」


 無口な果物屋の主人が、小声で話しかける。その言葉にハーシェリクの表情が変わった。


「それは、ここでは言いにくい事ですか?」


 彼が頷くのを確認しハーシェリクは、一度だけふっと息を吐き出す。


 いつもリョーコと呼んでいる彼が、王子と呼んだ。それは自分が王子と言う立場でないと解決できない問題だということだとハーシェリクは即理解する。


「解りました。」


 多くは言わずハーシェリクは頷く。そして心配げに見ているルイににっこりと笑って見せた。


「ルイさん、旦那さんをしばらくお借りします。あ、もし私の迎えが来たら、蝶を愛でに行くと言って下さい。」


 そう言えばわかりますから、と言うハーシェリクに、ルイは頷いた。


 ハーシェリクは三人を連れて歩き出す。時々ちらりと背後を振り返り、三人がついてくることを確認しながら歩みを進めつつ、ハーシェリクはこっそりため息を漏らす。


(第二の人生も、まだまだ波瀾万丈みたいだね。)


 そうハーシェリは苦笑するしかなかった。




 


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