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第十章 王子と軍師と奴隷 その二



8/24二回目更新。

最終話まで投稿します。ご注意下さい。




「……結局、お前は私を馬鹿にしていたのか!」


 その言葉と同時に光が煌めいた。ゲイルは反射的にアルテリゼを抱えたまま、その場を退くが、腕に走った痛みに顔を顰める。


「ゲイル!」


 アルテリゼが悲鳴を上げる。みればゲイルの腕は赤い血が流れ、トーマスの手に持たれた剣からも血が滴っていた。


「誰も彼も、私を馬鹿にしおって!」


 顔を真っ赤にしてトーマスは怒鳴る。先ほどの会話を聞いていれば、馬鹿でも自分がいいように利用されたことがわかっただろう。ゲイルは背後にアルテリゼとハーシェリクを庇いつつ、片手で棍を構える。


「殺せ! 殺してしまえ!!」

「しかし……」


 狂ったように命令するトーマスに、最初の襲撃で倒されなかった兵士達が困惑気味な表情を向けつつも、剣を持ち構える。


「ここには誰もいなかった! 『軍国の至宝』も『光の英雄』も! そもそもこんなところに王子がいるわけない。そうだろう!?」


 その言葉に兵士達が戸惑いながらも頷き合い、ハーシェリク達を逃がさぬよう包囲を狭める。だがそれも突然上空から落ちてきた影二つにより、無駄に終わる。


「待たせた。」

「助太刀いたす。」


 それは王都に置いてきたはずのクロとタツだった。


「クロにタツさん!? どこから……つーかシロ!?」


 予想してなかった登場の仕方に、ハーシェリクは驚き、上空を見上げ、顎が外れるくらい驚く。


「なんで飛んでるの!?」


 そこには天の御使いの如く空中を浮遊しているシロだった。何もない宙に座って足を組み、地上を見下ろす姿は、容姿も相まって神々しい。


「そいつの風魔法を参考にした。」


 その視線の先には、アルテリゼを庇いながらも空を飛ぶシロに驚いているゲイルがいた。なにか問題でも? といいたげなシロにハーシェリクは脱力したのだった。






 軍国の使者団を捕え終えたハーシェリク達。クロは拳のみで、タツは太刀を鞘に入れたまま戦った為、兵士達は打撲程度の怪我ですんだ。


「ハハハハ……これで軍国と王国は戦争だ。」


 両手を縛られ地面に座り込んだトーマスは自暴自棄になって嗤いながら言う。その言葉にハーシェリクは彼に視線を向けると、それに気が付いた彼はさらに嗤う。


「そうだろう? 王国は『軍国の至宝』を奪った上、我らに暴力を働いたのだから。」

「……王子。」


 ゲイルの手当てを終えたアルテリゼが、ハーシェリクを呼ぶ。彼が言うとおり、これは王国には不利な事態だった。


「何を言っているのかな、あなたは。」


 だがハーシェリクは、その意味が理解できないように首を傾げてみせる。


「王国は元より密入国者も、奴隷の売買も、そして獣人族の入国も認めていない。」

「王子?」


 今度はゲイルが訝しげに呼ぶ。


「クレナイさん、こちらへ。」


 アルテリゼは呼ばれ立ち上がると、ハーシェリクに歩み寄った、


「クロ、アオを取り押さえて。シロもお願い。」


 クロの応急処置を受けていたゲイルが動き出す前に、ハーシェリクはクロに指示する。クロは主の言葉通り、一瞬でアオの背後にまわると、片腕を彼の首に回し、怪我をしていないほうの手を空いた手で拘束する。体格差でいえばゲイルのほうが有利だが、体術を得手とするクロは、その体格差を覆し、ゲイルを抑え込んだ。シロもすぐ側に待機し、タツはハーシェリクの指示を不審に思いながらも、動くことはなかった。


「王子!?」


 ゲイルが慌てて王子を呼ぶ。だがハーシェリクは彼に視線を向けず、戸惑いの表情を浮かべるアルテリゼを真っ直ぐと見据えた。


「クレナイさん、膝をついて。」


 その言葉にクレナイは従う。王に対して騎士が忠誠を誓うように、アルテリゼはハーシェリクに膝をついた。それを確認し、ハーシェリクは言葉を紡ぐ。


「アルテリゼ・ダンヴィル。貴女は王国に不法に入国した上、奴隷を所持していた。これは我が国の法に照らし合わせれば、死罪だ。」


 死罪、と言う言葉にゲイルが目を見開いた。アルテリゼはあの温和な王子から出た言葉を、口を挟まず耳を傾ける。


「アルテリゼ・ダンヴィル、申し開きはあるか?」

「……ございません。」


 ハーシェリクの言葉にアルテリゼは反論しなかった。


 彼は王族。どんなに友好的で親身になったとしても、彼が優先すべきは王国の安全だ。それはアルテリゼも理解していた。ここで他国の者を優先するよりも、自国の為に排除するのが為政者として正しい姿だと理解していた。


「王子!!」


 ゲイルがクロの拘束から抜け出そうともがく。しかしクロの拘束が緩むことはない。ゲイルが魔法を扱おうとするが、シロが素早く結界魔法を構築し、クロごとゲイルを結界の中に閉じ込めた。これで彼は魔法を使うことはできない。ついでに声も遮断したのだろう。結界が張られたことにより、クロの拘束が解かれたゲイルは、結界の壁を両手で叩く。だがその音すら、ハーシェリク達には届かなかった。


 ハーシェリクは己の腰にさした剣を、鞘からゆっくりと引き抜く。


「グレイシス王国第七王子、ハーシェリク・グレイシスの名において裁きを下す。アルテリゼ・ダンヴィル、不法入国及び奴隷の所持により死刑とする。」


 その言葉にクレナイはただ頭を下げる。一回は彼に救われた命。ハーシェリクが死刑だと判断するのなら、命を差し出しても悔いはなかった。ちらりと視線を向ければゲイルが必死に何かを叫んでいた。


(自分は死んでも、王子はゲイルを助けてくれる。)


 そう思うことができた。ならアルテリゼには思い残すことはない。


 ハーシェリクの手が伸び、邪魔なのであろうアルテリゼの長く紅い髪を掴む。そして剣が振り下ろされた。


 だが痛みはやってこず、代わりにアルテリゼは短くなった己の髪が、己の視界の左右で揺れていることを確認する。


「……え?」


 口から零れ出た言葉。慌てて視線を上げれば、ハーシェリクは片手には剣を、そして片手にはアルテリゼの紅い髪の束を持っていた。


 シロが結界を解き、ゲイルとクロを解放する。それを見計らって、ハーシェリクは理解をしていないトーマスにアルテリゼの髪を突きだした。


「今、『軍国の至宝』アルテリゼ・ダンヴィルを処刑しました。」

「何を……」


 トーマスが理解しがたいものを見るかのように、ハーシェリクとアルテリゼを交互に見る。そんな彼にハーシェリクはにっこりと微笑んで見せた。


「彼女は私の臣下のクレナイ……アルテリゼ・ディ・ロートです。」


 ハーシェリクは悪戯を成功させたかのような顔で続ける。


「後日、軍国の指名手配犯が我が国に入国したので、処刑したと書面を送ります。まことに遺憾であるという書状も添えて……もうあなた達のいう『軍国の至宝』はこの世には存在しません。」


 『軍国の至宝』は死に、彼女は自分の臣下だというハーシェリク。それが時間をかけて脳に浸透させたトーマスは、怒りに顔を染める。


「……詭弁だ! ならそこにいる獣人族はどうなんだ!?」

「彼は獣人族ではなくて、私の臣下のアオ……ゲイル・ブラウ。王国に獣人族は存在するわけない。」


 トーマスの言葉に、にっこりと天使のような微笑みで答えるハーシェリク。


 つまりこの場にいるのは、軍国の至宝でも獣人族でもなく、ハーシェリクの臣下という立場の二人。彼らはグレイシス王国の民であり、ハーシェリクが守るべき存在である。


 トーマスの言うとおり詭弁だろう。しかしここは王国。王族が決めたことが真実になる国だ。王子であるハーシェリクがそう言えば、そうなるのだ。


(これは私もバルバッセのこと言えないな。)


 内心苦笑しつつも、やったことに後悔はないハーシェリク。

 権力でゴリ押ししていることは重々承知していたが、助ける為ならなんでもやると決めていた。


「……あなたこそ自分の心配をしなくていいの?」


 わなわなと怒りで震えるトーマスにハーシェリクは言う。


「あなたは王国内で、王国の王子を暗殺しようとした。この場で首が飛んでも、文句は言えない立場だよ?」


 その言葉に怒りとは別の震えが起こる。ハーシェリクの後ろに控えたクロとシロが、まるで虫にでも向けるような視線を彼に向けていたのも一因だ。


「それに、今うちはいろいろあって地方は治安が悪いかも。不幸にも賊と遭遇してしまうことがあるかもしれないね。」


 そうしたら不幸な事故だよね、とハーシェリクは朗らかに笑いながら言う。実際は笑いながら「ここで殺して埋めてしまえばばれない」と暗に脅しをかけているわけだが、誰も止めようとはしなかった。


「だけど、私は優しいから見逃してあげる。」

「この餓鬼が……!」


 トーマスが口汚く罵る。その言葉にハーシェリクは厭味ったらしく微笑んでいせた。


「命乞いくらいはしてくれてもいいんだけどね?」


 そして微笑みを一転、冷たく怜悧な視線を彼に向ける。


「……私は、軍国のやり方を嫌悪する。」


 ハーシェリクはちらりと視線をアルテリゼに向けた。ゲイルに支えられながらも、こちらに視線を向ける彼女を見て、再度トーマスへと視線を戻す。


「『軍国の至宝』と呼ばれた彼女は、ちゃんと手順を踏んで、長い間努力し続け、耐え続けた。その上で理想を追い求めた。」


 彼女は決して道を踏み外したりはしなかった。


「なのに軍国は、それを踏みにじった。」


 それはハーシェリクが一番嫌悪することだった。正直者が馬鹿をみる世界、努力が報われない世界。それは他国だからといって許容できるものではなかった。


 現にアルテリゼとゲイルは、多くの大切な者を失うこととなった。


「あなたが国にどう報告するかは強制しない。だがもしその報告の結果、軍国が我が国へと攻め入るというなら……」


 その先は言葉にはしない。だがそれでも、トーマスを見据え威風堂々としたハーシェリクの表情は、「国が亡びる事を覚悟しろ」と雄弁に語っていた。


 そこでトーマスは思い出す。彼は先の帝国との戦いで十万もの兵をたった二万の兵で勝利した王子。だから『英雄』と呼ばれる存在なのだと。


 ハーシェリクは彼らを助けると決めた時から、覚悟はしていた。それに彼らはもうグレイシス王国の臣下であり民だ。彼らを守る為に戦が避けられないなら、守るために戦う。


「では、無事にお帰り下さい。」


 わなわなと震えつつも、ハーシェリクに気圧され動けなくなったトーマス。そんな彼に一言だけ言いハーシェリクは踵を返し、クロとタツに軍国の者達の全員の拘束を解くよう指示をする。兵士達は彼らの実力を、身を持って知ったため反抗する気は起きなかった。誰もが己の命が大切なのだ。


「おい。」


 敗北を噛みしめながら馬車に乗りこもうとするトーマスをゲイルが引きとめる。訝しげに視線を向ける彼に、ゲイルは鋭い眼光を向けた。


「俺は、お前達を……軍国を許しはしない。」


 それは低く地の底から響くような、怒りと殺意の籠った声だった。


「仲間を殺したお前達を俺は、決して許しはしない。」


 仲間達にアルテリゼを守れと言われ、ゲイルもそれを一番だと考えている。だが軍国に向ける負の感情はそれとは別だった。軍国は仲間を殺したのだから。


 一層声を低くし、ゲイルは言葉を紡ぐ。


「次、俺の前に現れたら……殺す。」


 言葉以上に殺気が籠った視線に、トーマスは震えあがり、腰を抜かす。そういえば『軍国の至宝』と並び、彼の噂も聞いたことがあった。


 死を運ぶ『青き疾風』と呼ばれる戦闘奴隷部隊の鳥人の隊長。その隊長が青き翼で戦場を翔ると、一瞬で敵兵の首が飛ぶのだ。狙われた兵は逃れられない。


 青くなったトーマスが我先に馬車へと逃げ込む。馬車の扉が音を立てて閉められると、それを合図に列もままならぬまま出発した。


「じゃ、帰ろうか。」


 軍国の使者団を見送ったハーシェリク一行は、帰路についたのだった。







 テッセリはソルイエに頭を下げる。


「では、すぐに手配いたします、父上。」


 ハーシェリクと別れたテッセリは、至急ソルイエの執務室に向かい、ハーシェリクがやろうとしていること、そして今後の対策について報告した。そして結果、テッセリの報告を聞いたソルイエは、すぐに了承をする。


「頼んだよ、テッセリ……君にも苦労かけてばかりいるね。」

「何言っているんですか、父上。家族なんですから当たり前ですよ。」


 申し訳なさそうにする父に、テッセリは苦笑を漏らし、再度礼をすると父の執務室を後にし、向かうは外交局だった。すぐに対軍国と対連邦についての打ち合わせをしなければならなかった。基本方針は父に報告した通りだが、細かい箇所や調整が必要な部分は外交局の役人や次兄のウィリアムと練らなければならない。もちろん長兄のマルクスにも報告せねばならぬだろう。


 走らぬ程度の急ぎ足で廊下を進みながらもテッセリは、ふと昔を思い出した。


「泣かないで、テッセリ。お兄ちゃんになったのよ?」


 かつて姉のように慕っていたハーシェリクの母親は、子を産んだ後、最後の時を迎えるまでの短い時間の間に、枕元で泣きじゃくるテッセリにそう言った。


「だって、だって!」

「お兄ちゃんは、強くならなくちゃだめよ。」


 駄々をこねるテッセリの頭を撫でながら、彼女は言葉を紡ぐ。


「そして家族を守るの……私の分も、この子を守ってね。」


 そう弱々しく微笑む彼女。


「約束、してくれる?」

「……うん!」


 頬を伝っていた涙を拭きとり、テッセリは力強く頷いた。


「ありがとう、テッセリ。」


 それをみた彼女の微笑みは、テッセリは生涯忘れることはないだろうと思った。


(守るはず、だったんだけどなぁ……)


 廊下を進みながらもテッセリは苦笑を漏らす。


(まさか下準備している間に、解決しちゃうんだもん。)


 旅先で聞いた大臣の死亡。それがまさか末弟が奴を追い込んだ末の結末だとは思わなかった。


「さすがは、あの人の子供、ということか。」


 つい独り言を呟く。思い出されるのは姉のように慕っていた寵姫。


(あの人もいろいろ規格外で破天荒だったけど、ハーシェも……)


 思い出されるのは兄から聞いた末弟の願い。


「負けず劣らず、他人に優しく……自分に厳しすぎるよ。」


 聡明で優しいからこそ、行きついてしまった願い。テッセリは一度歩みを止め頭を振る。


 今はそれについて考える時間はなかった。


「……さて、ではちょっと予定より早いけど、我が国も変わろうか。」


 そう呟きテッセリは歩みを再開したのだった。





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