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第八章 裏切りと天才と復讐 その三



 王都を出て流れゆく景色をクレナイ……アルテリゼ・ダンヴィルは眺めていた。馬車はさすが軍国十家が用意した上等なもので、振動も騒音もそう多くはない。王都に来るときに乗った、果物屋の主人の馬車とは天地の差があった。


 外を眺める彼女に迎えに座っていたトーマス・ローゼホームは話しかける。


「まさかお前からくるとはな。奴隷達を手厚く扱っていただろう。」


 若干皮肉の混じった言葉をアルテリゼはいつも通りの微笑み受け止めた。


「あら、私も目が覚めたのですよ。」


 くすりと上品に微笑み、言葉を続ける。


「所詮、彼らは獣。私達より劣った存在です。彼から逃げ出すことが出来ずこの国に連れてこられて……ここで貴方に出会えてよかったです。だから……」


 そう人好きする微笑みを一転、妖艶な女の顔でアルテリゼは言葉を続ける。


「あなたが望むなら、全てを叶えて差し上げましょう。」


 そう己の本性を微笑みと言う仮面の下に隠し、アルテリゼは睦言のように囁いた。男はその言葉に満足したのか、にやりと口の端を持ち上げた。


(なんとも容易い。)


 微笑みを張り付けたまま、アルテリゼは内心この男の器を測り終え、その器の小ささに失笑を堪える。


 この男はアルテリゼが士官学校を卒業した時の次席卒業者であり、元見合い相手でもあった。会った時彼の印象は、才能と野心が釣り合わない小さな男。彼は軍国十家の一つ、ローゼホーム家の次男で、優秀な跡取りである長兄と日々比べられて育った彼には、自分は本来こんなものではないという自尊心と、兄に対する劣等感の塊だった。そしてそれを覆い隠すような肥大した野心。兄を越え自分がローゼホーム家の跡取りとなり、さらには軍国を主導していくという大層な、アルテリゼにしたらどうでもいい野心だった。


 だがこういう男ほど、扱いやすいのも事実だった。野心で視野の狭くなった者は、目の前に望むものを差し出せばそれに飛びつき、都合の悪い事は全て失念する。

 今のアルテリゼにはとても都合の良い人物だった。


(しかし、この程度の男の家に父が嵌められるなんて……)


 この程度の器の男しかいないローゼホーム家に、かつて軍師排出の名家とまで言われたダンヴィル家が潰されるとは、とアルテリゼは心の中で嘆いた。





 アルテリゼが軍師になると決めたのは七歳の誕生日を迎えてからだった。


「お父様、私も軍師になります。」


 自分の為に開かれた誕生日の宴で招いた父の友人達が、ダンヴィル家が昔は多くの有能な軍師を排出する家系だったのに今は父しかおらず、一人娘しかいないこの現状に嘆いていたことをこっそりと聞いてしまったからだった。元々父がどんな仕事をしているか興味を持っていたこともある。


「アルテリゼ?」


 暖炉の前で本を読んでいた父が、驚き愛娘を見る。アルテリゼは決意を込めた目で父を見つめた。


「お父様みたいな軍師になります!」

「……それは楽しみだな。だが努力しないとだめだぞ。」


 父は愛娘の言葉を受け流した。それが引き金になるとも知らずに。


 アルテリゼは翌日から猛勉強を始めた。一般教養科目だけでなく、軍事関連の書物も読み漁る。そして解らないことがあれば、家庭教師や父に昼夜問わず指導を願った。だが質問内容が、日に日に即答することが難しくなっていくのだ。


「……年の戦いについてですが、やはり私は伏兵を使っての……」


 そのうち飽きるだろうと思っていた父は、飽きるどころか幼い柄も才能を開花していく愛娘に額に手を押えることとなる。まさか学校にも入学していない娘から、過去のダンヴィル家が参加した戦のダメだしが出るとは思わなかったのだ。

 付けた家庭教師は、既に自分では手におえないと匙を投げている状態。アルテリゼの父は、ダンヴィル家の当主として覚悟を決めるしかなかった。


「いいか、アルテリゼ。軍師は決して感情の揺らめきを表に出してはいけない。」


 まず父は軍師となる心構えをアルテリゼに教えることとした。知識など後でどうとてもなる。まずは軍師としての素質があるかが問題だった。


「軍師が兵士の前で動揺したら軍の士気にかかわる。どんなに不利な状況でも、笑っていられるような心の余裕や精神力が必要だ。おまえにできるか?」


 この父の言葉をアルテリゼは心に刻む。その後も勉学に励み、知識を詰め込み、女の身でありながら士官学校への入学を控え十歳となった。


 父が戦に出る前日、アルテリゼはいつものように父と軍略について話の花を咲かせていた。この頃にはアルテリゼは、子供らしい表情よりも大人びた微笑みをする子供となっていた。


「アルテリゼ、お前はこの国の軍師に向かないかもしれないな。」

「お父様?」


 父の言葉にアルテリゼは首を傾げる。


「お前は、軍国の軍師になるには情が厚く、理想が高すぎる。私はそれが心配だよ。」


 父の真意が読み取れずアルテリゼは再度首を傾げたが、その様子に父は笑って頭を撫でただけだった。


 そしてアルテリゼの父は戦に出たまま帰らなかった。父の失策が敗北を招き、戦場で散ったと知らされた。それを聞いた元々心臓に病のあったアルテリゼの母は倒れ、父を追うようにこの世を去り、残されたのは士官学校へ入学を控えたアルテリゼのみだった。 


 敗戦によりダンヴィル家はその地位から没落した。名前も微かにしか知らない親族達はアルテリゼの母の葬儀の後、呆然とするアルテリゼを尻目にダンヴィル家の少ない資産を取りあげて行った。アルテリゼが気が付いた時は、家も物も思い出の縁も何も残っていなかった。


 茫然自失しつつ家の中に父と母の面影を探して彷徨っていたアルテリゼが、その話を聞いてしまったのは偶然だった。葬儀にきたローゼホーム家の当主が、廊下の角の陰にいたアルテリゼに気が付かず、部下の男に話していた。


「……死人に口なし、とはよく言ったものだな。」

「ええ、あの男が殿軍を買って出てくれた為、助かりました。」

「おかげで全て責任をやつの責任にすることが出来た。家も没落し後腐れもない。」


 笑いながら去る男達に悟られぬよう、アルテリゼは声が漏れぬよう手で口を押える


『いいか、アルテリゼ。軍師は決して感情の揺らめきを表に出してはいけない。』


(はい、お父様。軍師は決して感情を外に出しません。)


 溢れる涙は止まらずとも、口は微笑む形に持っていくことはできる。


(絶対に、許さない。)


 それからアルテリゼは士官学校へ特待生として入学した。寝る間を惜しんで勉学に励み、常に成績は主席を保持した。さらには飛び級で学校の歴代の記録を次々と塗り替え、本来なら八年で卒業する学園をたった四年という最年少記録をつくり卒業、軍国の軍師となった。


 だがいくら優秀だといっても男性優位の軍国で女という性別、その上戦で大敗の原因となったダンヴィル家の元令嬢という彼女の存在は、軍では煙たがられる存在だった。だからといってその才を惜しむ声もある。その為、生かさず殺さず、戦闘奴隷部隊への指揮官へと配属したのだが、それが軍上層部での判断の間違いとなった。


 アルテリゼは劣悪な環境でも戦功をあげて行った。むしろその環境だからこそ、好き放題やりたい放題だった。


 やったもん勝ちで勝てばいいんでしょ勝てば? 命令違反? 私が助けなくちゃあなた達は全滅でしたよ? 命の恩人に対してその態度ってあなたの頭の中は空洞なんですか? と人好きする微笑みと丁寧な言葉に隠されてはいるが、そんな心情が見え隠れするアルテリゼは、あっという間に実績を積み、同時に奴隷部隊も無視できぬ存在へとなっていった。そして彼女がその存在を無視できない存在となったとき、彼女は国を揺るがす要求をしてきた。


「また奴隷部隊が戦功をあげただと……」

「次の戦功を上げれば、奴隷から解放し市民権を得るという……」


 それは国の奴隷制度という根本を揺るがすことだった。軍国は戦争で勝つことにより領土を広げてきた国家だ。その為絶えず内乱があり、その不満を外に向ける為に周辺に侵攻を進める国である。そして支配した領土の住民は多額の税を納めねばならない。さらに獣人族の場合は、人間よりも多くの税を納めなければならない。一度でも払えなければ獣人族は皆奴隷とされる。それは能力の高い彼らを奴隷として支配するだけの口実でしかなかった。


 アルテリゼはその事情を知った上で、己の部隊の奴隷解放を上申してきたのである。上層部……軍国十家は、彼女の存在を消すことを決定した。






 それはいつも通りの内乱の平定のはずだった。上層部の命令によりアルテリゼが率いる奴隷部隊は出撃し、隊を複数に分け夜の森に伏せていた。だが目の前が紅く染まったかと思うと、爆発音が響き、当たり一面が炎の海と化した。


「軍師! 各隊との連絡はとれません! 指示を!」

「周囲に敵影多数! 囲まれている! 軍師どうすれば!?」


 次々と入ってくる部下達の報告が耳を素通りする。アルテリゼは呆然としていた。


(なぜ? 情報がどこから漏れたというの?)


 情報がなければ暗いこの森のどこに伏兵がいるなど、全知全能の神でなければわかるはずがない。しかし敵はまるで神のように、伏兵の位置を把握し攻撃をしてきた。配置を知るのは自軍のみだ。自分達の他に位置を知るのは、ローゼホーム家の当主が率いる自軍本隊だけだのはずだ。


(……まさか!)


 そうとしか考えられなかった。だが考えたくなかった。まさか味方が情報を漏らすとは。だがそうでなければこの状況を説明できなかった。

 元々奴隷部隊は戦闘能力が高いが、人数は正規軍と比べて少ない。そこを伏兵の為にさらに分断している。そこを敵に囲まれれば、個別に殲滅されるのは時間の問題だった。


「……なぜ。」


 部下達の報告を聞きながらも、アルテリゼは己に問う。どこで間違ってしまったのかと。


 この戦が終れば、自分も仲間達が国に認められるはずだった。国が変わるはずだった。それなのにどこで間違ったというのか。


「なのに、どうして……!」


『いいか、アルテリゼ。軍師は決して感情の揺らめきを表に出してはいけない。』


 そう言った父の言葉が脳裏に蘇る。


『アルテリゼ、お前はこの国の軍師に向かないかもしれないな。』


 父は解っていたのかもしれない。この国はアルテリゼが求めるものを決して差し出しはしないと。どんなに努力しても、尽くしても、願い続けても……


「これが、この国あなたたちの答えだというの!?」


 アルテリゼの慟哭が、炎で紅く染まる夜空に響き渡った。





「どうした?」


 トーマスに話しかけられアルテリゼは意識を戻す。そして誤魔化すように苦笑を浮かべた。


「いえ、昔を……忘れられない昔を思い出していたのです。」


 あの炎の海に囲まれた日が遠いよう思えた。

 あの炎の中、仲間達は自分とゲイルを必死に逃がしてくれた。そして自分の死体が確認できなかった軍は、連邦側に検問を置くことは予想できた。だから王国側へ逃げるしかなかった。ゲイルだけでも安全な場所へと逃がしたかった。


 遠い目をするアルテリゼをトーマスは馬鹿にするように窘める。


「感傷的になるなよ。これからだ。」

「そうですね。」


 トーマスの言葉を右から左に受け流し、微笑みの仮面をつけたまま、アルテリゼは手を己の胸へと持っていく。そこには彼からもらった、首飾りが服の下に隠されていた。


(そう、これからです。私を、私達を裏切った者達に復讐するのは。)


 父の無念を、そして仲間達の無念を晴らすのはこれからなのだとアルテリゼは誓う。


(例えそれが、彼を裏切ることとなっても。)


 脳裏に浮かぶのは、感情の乏しい愛おしい彼の顔が、悲しそうに歪むところだった。


(大丈夫、あの方なら絶対ゲイルを助けてくれる。)


 あの心優しく、そして信念を持つ王子なら絶対に、とアルテリゼは確信を持つことが出来た。


「……ごめんなさい、ゲイル。」


 小さな声は、馬車の騒音に紛れて、トーマスに届くことはなかった。








 自分たちが王国に来た経緯と話し終えたアオは、一度深く息を吸い吐き出すと決心し口を開く。


「アルテは、軍国に復讐をする気だ。軍国を滅ぼそうとしている……それ以外考えられない。」

「軍国を?」


 個人で遂行するには壮大な復讐にハーシェリクはつい問う。だが至極真面目に彼は答えた。


「以前、アルテは言っていた。軍国を滅ぼすことは簡単だと。」


 酒に酔った勢いか、戦勝祝いで珍しく酔った彼女は酒の肴にそう語った。


「この国はつぎはぎだらけの国。はやく手を打たなければ、そこからほつれます。でもこの国の上層部も十家も己のことしか考えてないのです。」


 クスクスと笑いながらアルテリゼは言葉を続ける。


「やろうと思えばこの国を滅ぼすことは簡単です。上層部と十家を互いに争わせて、内紛をそこらかしこで発生させて……母体が弱ればあとは周辺諸国が食い荒らせてくれるでしょう?」


 言葉でいうほど簡単ではない。だが彼の天才軍師は、冗談でも出来ない事は言わない。


 彼女が軍国に復讐するとしたら、それ以外に考えられないと締めくくったゲイルの話を聞き終え黙るハーシェリク。そんな彼にオランはクロから応急処置を受けながらも言う。


「ハーシェ、クレナイさんは、最後、俺に言ったんだ。」


 クレナイはオランからは離れる直前、今にも泣きそうな微笑みでこう言った。


「私も、貴方のように、あの方にお仕えしたかった。」


 その言葉をオランは無理をしてでも、己を傷つけても主に伝えるべきだと考えた。


 ハーシェリクは瞳を閉じ拳を握る。そして再度碧色の瞳が開かれると、そこに迷いの色はなかった。


「ありがとう、オラン。後は私に任せて。」


 オランはその言葉に、重い瞼をやっと閉じる。シロが魔法をやめ、クロが手早く手当を施すと、ハーシェリクの指示で彼の寝室にオランを運んだ。


 そしてハーシェリクが今後について指示を出そうとした時、来訪者が訪れた。




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