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第六章 商売繁盛と誘拐と不思議な王子 その二


 部屋の外で怒鳴り声が響いたかと思うと複数の人が慌ただしく駆けて行く足音が聞こえ、ハーシェリクは椅子に座ったまま眉を潜めた。それからすぐに部屋の扉が勢いよく開かれ、身形のいい中肉中背の憤怒に顔を染めた男が一人部屋に入室し、勢いよく扉を閉める。そのけたたましい音、にハーシェリクがさらに眉を潜めると男は慌てて取り繕い、作り笑いを顔面に張り付けた。


「ハーシェリク殿下、中座して申し訳ありませんでした。また慌ただしく申し訳ありません。どうやら近所の餓鬼が悪さをしたようで、庭でボヤ騒ぎが……」


 そう男は背筋を曲げお辞儀をしつつも、媚びた視線をハーシェリクに向ける。その視線を受け、ハーシェリクはいつもの愛想のよさの欠片もなく、不愉快気な表情をつくったが、口を開くことはしなかった。


 場所は王都貴族居住区のとある屋敷の薄暗い照明が灯された一室。室内にはその男を含め四人の男がいた。

家具は売りに出されているのだろう埃を被らないよう布がかけられていたが、ハーシェリクが座っている椅子と目の前のテーブルには布は無く、代わりに一枚の書類が置かれていた。


(数がそれなりにいるな……)


 ここにつれてこられるまででも五人以上はすれ違っていたことを思い出し、ハーシェリクは内心ため息を漏らす。逃げ出す隙を窺ってはいるが、例えここをうまく抜け出せたとしても、外に出る前に捕まってしまうことは明らかだった。


 そんなハーシェリクの心情を無視し、男は机の上にある書類を指す。


「さて殿下、さきほどの話の続きです。殿下にはこの書類に署名をしていただくだけでいいのです。」

「断る。」


 愛想よく笑う彼にハーシェリクは鋭い視線と短い言葉で拒絶する。


 男が指した書類は、どうみても普通ではなかった。

 まず書き記された内容が普通ではなかった。内容は彼が冤罪であることと、今後国の重要職につけることを確約するというという内容。さらにその書類は怪しく薄い紫色に仄かに輝いている。それは操作系魔法の一つ呪法が施されている証だった。


(魔力がないから、魔法にかかったら終わりだ。)


 魔力がなくともシロという魔法オタクな教師から魔法を教わっているハーシェリクは、その書類に署名してはいけないとすぐにわかった。


 操作系魔法の内、他人の精神に作用する魔法は軒並み成功率が低い。理由は単純で、本人の持つ魔力が、精神操作の魔法を退ける鎧の役目を果たすからだ。それに通常時なら本人の強い意志があれば、操作系魔法は滅多にかからない。しかしハーシェリクの場合その鎧となる魔力もなく、さらに精神操作の魔法の中でも物を介して行われる呪法は、他と比べ比較的に成功率が高い。シロからいざという時の為に結界魔法が記憶された銀古美の懐中時計もあるが、物理的な魔法なら兎も角、呪法には役に立たない。だからハーシェリクは断固拒否をし続けるしかなかった。


 既にこのやりとりだけで一時間以上していた。愛想笑いを浮かべていた男が、全く署名する気を起こさないハーシェリクに対して、ついに化けの皮がはがれ眉を吊り上げ机を勢いよく叩いた。


「殿下は、臣下が苦しんでいても見捨てるのですか!?」

「苦しむ? 見捨てる?」


 あまりにも身勝手ないいようにハーシェリクの口角が皮肉げに上がる。


「己の欲から借金し、それを国庫から横領で返済していた者を、私は王国の臣下だと思わない。あなたが予算を誤魔化して横領したせいで、どれだけの民が苦しんだと思っているのか、ゴールトン子爵?」


 突き放すようにハーシェリクは言った。


 このゴールトン子爵は、罪が発覚するまでは法務局の財務室に勤めていた男だった。帳簿をいいように改竄し、国庫をちょろまかせていた為、ハーシェリクは容赦せずに司法の場に引きずりだしたのである。


 ハーシェリクの氷のような視線を受けた子爵は一瞬だけ口を閉じたが、だが負けじとハーシェリクに詰め寄った。


「微々たるものです! 私以外にもしていた者も、多く横領した者もいます! それなのに……」

「ゴールトン子爵、これは金額の多い少ないという問題ではない。」


 聞き分けのない子供に諭すように、ハーシェリクは言葉を続ける。


「今更私があなたを庇ったとしても、冤罪だったと言ったとしても、既に証拠は揃っている。あなたは国庫を横領し司法で裁かれた。その事実は覆らない。」


 既に刑は確定しており、ゴールトン子爵は今まで横領した国庫の返済だったはず。強制的に私財を没収されたのだと、彼の様子から察することが出来た。


 そしてハーシェリクは視線を動かし、部屋の隅から自分達を観察する男を見る。眼鏡をかけ痩せた陰気な男がいた。その男には見覚えがあった。


「それにまさか、金貸し達と手を組むとは、ね。」


 その男は暴利をむさぼる金貸しだった。貧困に喘ぎ金に困った人に金を貸して、法外な利息を要求するヤクザのような闇組織の幹部だった男。

 その組織を訴えようにも警邏局の役人の一部が買収されていた為、被害者達は金を借りる前よりも苦しい生活を送らねばならなかった。


「前回でこりたと思ったんだけど?」


 そうハーシェリクが言うと男が眉を潜める。それもそのはず、ハーシェリクは以前大臣を嵌める為に行っていた虎穴にいらずんば虎児を得ず作戦、略して虎穴作戦でこの男が運営していた表向きは優良貿易商、裏は高利貸しの闇組織を潰しているのである。その組織はバルバッセともつながっていたのだ。


 前回は裏の高利貸し業を再起不能にまで追い込んだが、どうやら甘かったらしい。バルバッセがいなくなり有力な後ろ盾がなくなった奴らは、次の寄生先をこの男にしたようだった。


「……ならなぜ、王族はそのまま変わらず、贅を尽くした暮らしている!?」

「王族が贅沢をしている?」


 ゴールトン子爵の雄叫びのような断罪に、ハーシェリクは可愛らしく首を傾げた。


「おかしなことを言う。」


 ハーシェリクがクスリと鼻で笑い、言葉を続ける。


「あなたが思うほど、王族の皆は贅沢な暮らしていないよ。」


 確かに一般人と比べれば贅沢はしているかもしれない。だが、毎晩のよう瓶一本で金貨五枚の価値ある酒を何本も空けたり、高レートの賭け事に興じたり、そのせいで借金して国庫から横領したりはしていない。


「それにここは王が統べる国。王家は国と全ての国民の命を預かり責任を持つ為にある存在……あなたは国の頂点を蔑にする気?」


 もちろん行きすぎた贅沢は慎むべきだ。なにごともほどほどであるべきである。しかし、王家とは国の顔であるのその国の顔がボロを纏っていたら、国民はどう思うだろうか。

 王家の人々は誰もが国民に感謝している。その国民を守ることが義務だと思っている。そして大臣を野放しした罪を償わなければいけないと思い、行動を起こしている。


 そんな王家を、大切な家族を、この男に己の欲望と同等のように言われ、ハーシェリクは冷やかな笑みを浮かべながら静かに怒っていた。


「逆に問おう。」


 笑みから零れた声は、周りの温度を氷点下にまで下げるような冷めた声だった、


「あなたは己が贅を得る為に、国に何をしてきた?」


 父が無理やり玉座に座らされ、父や兄、娘を奪われ、家族を人質にとられ、苦しみ耐えるしかなかった時、この男はなにをしていたというのか。


「バルバッセの陰に隠れて、贅を貪る以外に、何をしてきた?」


 それは問いかけだったが、断罪でもあった。


 ゴールトン子爵は顔を真っ赤にして腕を振り上げた。反射的にハーシェリクは顔を庇うよう腕を上げると衝撃が走り、床へと投げ出される。椅子が倒れる音と、自分が床に叩きつけられたのは同時だった。


「この餓鬼が! おい、魔法士を呼んで来い!洗脳する。」


 倒れたハーシェリクを見下ろしゴールトン子爵が金貸しの男に叫ぶ。


「第七王子は魔力なしの出来損ない。魔法のかかりもいいだろう。しかも王家からも民からの信頼も厚い。」


 ゴールトン子爵が残忍な嗤いを浮かべる。それにつられ、金貸しの男も嗤う。


「この王子さえいれば、私も……」

「バルバッセの後釜になる?」


 ゴールトン子爵の言葉を遮るようにハーシェリクは腕をさすりながらも上体を起こした。


「無理だよ。少なくとも彼は……」


 そしてにっこりと天の御使いのような極上の微笑みを浮かべた。


「あなたよりもずっと優秀で、有能で、狡猾だった。金貸しの甘言にそそのかされて、子供を攫うことしかできない程度のあなたじゃ、天地がひっくり返っても無理だね。」


 次の瞬間、ハーシェリクは這いつくばる様に床に伏せる。それと同時扉が開け放たれ、室内に暴風が巻き起こった。

 ゴールトン子爵は腕で顔を庇う。そして暴風が止んだ時、室内の様子を見回して愕然とした。

 金貸しの男達がみな、その場に這いつくばっていたのだ。意識がないのかピクリとも動かない。それだけではない。金貸しの男の側には、身長ほどの長い棒を持った青い髪の青年が、そして自分と王子の間に全身黒といっても過言ではない、黒装束を来た黒髪の青年が立っていたのだ。


「だ、誰だ!?」


 その問いは無視される。


「ハーシェ、怪我はないか?」

「ちょっと打っただけだから大丈夫だよ、ありがとう。思ったより早かったね。アオさんもありがとう。」


 黒装束の青年……クロに助け起こされながらハーシェリクはお礼を言う。アオも頷くだけだ。


「どうやって侵入した!? 見張りの者は……」

「全てボヤ騒ぎに駆り出され、今頃は庭で伸びているのではないでしょうか?」


 ゴールトン子爵の言葉に室内で初めて返したのは女性の声だった。その声の主は開けたままの扉から室内へと入室する。


「クレナイさん。」

「王子、ご無事でなによりです。」


 名を呼ばれいつもの微笑みのままクレナイは礼をする。いろいろと聞きたいことがあったが、とりあえず今はこの事態を収拾するのが先だと思い、ハーシェリクはクロに指示をする。


「クロ、殺してはだめだよ。殺して楽にしてあげるなんて、しなくていいから。」

「御意。」


 クロは短い返事のあと、怯えるゴールトン子爵を即行簀巻きしたのはいうまでもない。


「お慈悲を……どうかお慈悲を!」


 縄で簀巻きにされたゴールトン子爵が、椅子に座らされクロから殴られた腕の治療を受け終えたハーシェリクに土下座をしていた。すでに警邏局の者が到着し、金貸しや一味は全員回収され、残されたのはこの男一人だった。


「あのねぇ……」


 顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらも、命乞いする中年男にハーシェリクはげんなりする。


「一度は機会を与えたはずだけど?」


 彼が横領した金額は、一部はバルバッセに流れていたことも解っていた。彼の私財を全て没収したとしても足りたわけではない。だがそれでも全てを没収したわけではなく、最低限の生活はできるようにした。それは彼だけではない。


 バルバッセに肩入れした人間の中には、自ら進んで行ったわけではない者もいた。バルバッセに恐怖し従うしかなかった人間もいたのだ。だから最低限の生活は出来るように配慮し、努力すればそこから抜け出せるように取り計らった。


 ハーシェリクは自分が甘いと自覚しつつも、一部の人間を除き、悪に手を染めてしまった人間にも機会を与えた。


 だがそのことをこの男は少しも理解をしていなかった。


「どうか、お優しい殿下、お願いします、お慈悲を!」


 改心する人間もいる。だがしない人間もいる。目の前で這いつくばる人間は後者だった。それが現実だとハーシェリクはやるせない気持ちになる。


「私は優しくなんかない。だってそうでしょう?」


 ハーシェリクは淡々と、己の感情を殺したような声音で続けた。


「あなたのいう都合のいい慈悲深い王子だったら、あなたたちを追い詰めることはしなかったのだから。」


 それはゴールトン子爵には死刑宣告と同義だった。


「私は、一度は挽回の機会は与えても、二度は容赦しない。」


 子爵はその宣言に床に己の頭打ち付けるかのように伏すると、気が狂ったかのように絶叫した。


 ハーシェリクはその様子をただ静かに、だが泣くのを我慢するような表情で、目を逸らさずに見ていた。


 そしてその王子を、クレナイとアオは無言のまま、離れた場所から見ていた。





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