序章 炎と慟哭と悪夢
【注意:この作品は『転生王子と光の英雄』の続編です。前作を先に読むことをお勧めします。】
炎が夜空を天まで赤く、紅く染め上げていた。
本来なら静かな夜の森は、そこに住む動物達に等しく眠りに誘ったであろう。しかし木々は炎の柱と化し、見渡す限りの視界の全てが炎の海と化した。
その炎の海の中、仲間に囲まれながらも地面に膝を付き、絶望に打ちひしがれる女がいた。
「なぜ……」
そう彼女は問いかける。それは周囲に身を案じている仲間達に対してではない。ここにいない主だった者へ、そして己への問いかけだった。
彼女の深紅の髪が炎の熱風に煽られ、夜空の闇のような色の瞳が、赤々と燃える炎を映す。
(どこで間違ったというの……)
彼女は自問する。
士官学校を卒業してから彼女は一度も敗北しなかった。
男性優位のこの国で、女の身でありながら、彼ら以上の戦功をあげ、国の発展に尽力を尽くした。
だがそれは国の為だけではない。最初は没落した己の家を復興する為であった。父は戦死し、母も倒れ帰らぬ人となり、代々軍師を排出していた彼女の家は没落した。彼女に残されたのは己の頭脳だけだった。
しかしその目的は次第に変わっていった。家の復興よりも、彼女は出会った仲間達の為に、その頭脳を振うようになった。彼女はどんな困難な戦であろうと、彼らと共に乗り越え、そして結果を残し続けた。
古い歴史のある士官学校を、開校して初の十四歳という年齢で卒業し、軍師として国に仕え十年余り。
周りからの嘲笑も侮蔑も仲間達と共にずっと耐え続け、この戦に勝てばやっと自分も仲間も国に認められるはずだった。
「なのに、どうして……!」
己の拳を地面に叩きつけ、彼女は叫ぶ。いつもの彼女では考えられない行動に、周りの仲間たちは驚くと同時に、彼女の余裕のなさに危機感を覚えた。現に炎がすぐそこまで迫っているというのに彼女は動かない、否、動けないでいた。
「これが、これが……の答えだというのッ!?」
そう彼女は叫び、今度は両手で地面を叩きつける。そんな彼女に近づく青年がいた。
体を揺さぶられ闇色の瞳が開かれた。覗かれた瑠璃色の瞳とぶつかり数度瞬かし、思考を逡巡させ、その人物が誰かと思いだし、ふわりと温かみの感じる微笑みを浮かべて、彼女は身体を起こす。
「……もう、夜遅いですよ。」
そう彼女は声量を押え言い、言外に休んでいないことを咎めた。
場所はグレイシス王国の王都到着を明日に控えた、街道から逸れた森の中。視線を巡らせば、離れた所にたき火があり、その側で彼らの恩人が大きな身体が座りながらも、舟を漕いでいるようで上体を揺らしている。
彼女はそれを確認し視線を戻すと、青年は深い青の髪を揺らし、彼女の横に腰を下ろしたところだった。
「……大丈夫か?」
彼女の言葉をあえて無視し、青年は気遣い気な視線を女に向けつつも、彼女を抱き寄せた。彼になされるがまま、彼女は抵抗することもなく身体を預ける。青年の体温を感じ不覚にも安堵を覚え、小さく吐息を漏らした。まだ秋口だというのに、思っていた以上に身体は冷え切っていたのだろう。
地面にひいた毛布も、羽織っていた外衣も、防寒に関しては心元ないほど薄いものだった。ただその冷え切った体と青年から感じる体温が、これが現実だと確認することが出来た。
青年は彼女の腰まである長い深紅の髪を撫でながら、その耳に口を寄せる。
「……またか?」
そう低い落ち着いた声で話しかける。睦言というには甘い雰囲気はなく、彼女を心配しての言葉だった。
彼女の微笑みが強張る。だがそれは彼女に長年寄り添うようにいた彼だからこそ解る程度の変化だった。
「忘れろ。」
青年は知っている。彼女が瞳を閉じる毎夜、あの光景を夢に見て魘されていることを、そして表面はいつも通り笑っていても、彼女の中で燃える炎は未だ衰えていないことを。だから彼は何度も諭すように言葉を紡ぐ。
しかし彼女の返答もいつもきまっていた。
「嫌です。」
そう彼女は微笑みとは裏腹にきっぱりと拒絶する。青年はいつも通りの返答に、嘆息するだけだった。
そんな彼に彼女は表情を曇らせ、彼の背中を……否、今は外衣で隠されている彼の背中から突き出た人間にはないものを見る。
「翼は、大丈夫ですか?」
彼女の問いに青年は沈黙で答える。その沈黙が答えだった。
「……ごめんなさい。」
微笑みを消し去り沈痛な面持ちで呟いた彼女は、彼の逞しい胸板に顔を埋めた。
馬車が王都を目指し街道を進んでいた。
「主、そろそろ到着のようですぞ。」
馬車の小さな窓から遠くに王都を確認した男が己の主に言葉を投げる。三十代中頃の精悍な顔つきに黒く長い髪をうなじで一つにまとめた、黒い瞳の男はその言葉と同時に窓の外から車内に戻し、二人分の座席に行儀悪く寝ころぶ自分の主を見る。
「おー、やっと?」
そう言って身体を起こしたのは青年というには幼く、ただ子供と言うには憚れる今年で十五となる鳶色の瞳を持った、温和で優美な顔立ちの少年だった。赤みのかかった肩につかないくらいの金髪を手でかき回しつつ欠伸を零すと、その場で大きな伸びをして固まった筋肉をほぐす。
少年は無造作に手櫛で髪を後頭部に一つに集め、男が差し出した紐で括り、一息つく。肩を揉みながら己も小窓から王都を見て、久々の故郷に安堵を覚えた。
「到着したら、いかがいたす?」
「そうだなぁ……」
男の言葉に、主と呼ばれた少年は頬をかきながら考える。
いろいろと報告したいこともあるし、聞きたいこともある。得に自分が外を回っている間に起ったことは漏れなく確認せねばならない。ふと視線を車内の一角に積み上げられた大小様々な箱を映す。それは旅先で手に入れた土産だった。
「そうだな、まずは家族に……久々に弟に会いたいな。」
そうグレイシス王国第六王子、彼の素行を知る人物からは放蕩王子と呼ばれるテッセリ・グレイシスは呟くと柔らかく微笑んだ。
大変長らくお待たせしました。
転生王子シリーズの第五弾、大陸編及び軍国の至宝がスタートです。いつもどおり今回もシリアス成分多めでお送りいたします。タグ通りコメディーな部分もありますからね!
更新は二日から三日に一回予定の不定期更新を予定です。とはいってもいい意味でも悪い意味でも予定は未定です。
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感想は物語が完結したのち解放いたします。
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誤字・脱字は時間が空いた時に直していきますので、生暖かくスルーして頂ければと思います。
では楽しんで頂けたら幸いです。
楠 のびる
2015/07/25