雨止まし
なんだあんた。
なんでさっきから俺のことをずっと見ていやがんだ?
なんか用か? 旅人? ふうん。で? ふんふん。
えーと、つまり、ここを通り過ぎようとして、こんなおかしな格好をしている男がいたからついつい見入っちまったって話だな。
いやいや、別に怒らねぇよ。
俺だって自分のこと、とんでもなく変な奴だと思うしよ。
ふふ、少し話でもするか?
俺のこの着物の派手な刺繍はな、俺がやったんだ。
俺が。全部だ。今までで一番苦労したんだぜ。
何しろそれまでは針仕事はやってこなかったからな。
苦労しただけあるだろう? 今じゃ針仕事なんざ屁の河童よ。
お、もう日が傾いてきたな。
うう、さむさむ。風も冷てぇし、今夜は冷えらぁな。
あんたも早く宿にでも行きな。もう興味は失せたろう。
あ? なんか言ったか? そんなもごもご言ってないではっきり言えって。
ふんふん。ふんふんふん。
なるほどな。そーかそーか。
このあたり一帯にはもう俺の家しかないのかい。
最後に買い出しに行ったときはまだ近くに集落があった気がしたがなあ。
そうかぁ、みぃんないなくなっちまったんだなぁ。そりゃそうだ。
なんでここに一人で住んでいるかって?
つか、なんであんたこんな何にもないような荒れ地にわざわざ来たんだ?
それに、一人かどうかなんてあんたには分かりっこないことだろう。
もしかしたら家にまだ誰かいるかもしんねぇのに。おいこらこっち見ろこの野郎。お前本当は何者だ。
…………。
ふん……まぁいいか。
泊まるところがないんなら俺の家に来な。そこで話をするかしないかはあんた次第だ。
もちろん、あんたがなんだってこんな一面何もねぇへんぴなところに来たかって話をだ。
さ、入んな入んな。
ここがあんたの寝床だ。部屋が一つ余っていてよかったな。
じゃなきゃ、あんた、今夜床でほこりまみれになって寝てたぜ。
少女趣味な部屋ですまねえな。妹の部屋だったんだ。もうお空に行っちまったがね。
いやいや、あんたが謝ることはじゃねぇよ。他の部屋は板が腐ったりして危ないしな。
妹の部屋だけは無事だから、我慢してくれな?
夕食が出来たら呼ぶからよ、それまでゆっくりしときな。
さ、今日は久しぶりの客だ。腕をふるって飯を作ってやらぁ。失敗してもご愛嬌さ。
ああ、食った食った。つっても少しだけだったけどな。
俺の手料理はどうだった?
ちょいとくせがあったって?
あんたも言うようになってきたじゃねぇか。それとも酒がそうさせているのかねぇ。
久しぶりに酒の相手をしてもらっているところ悪いが、明日にゃ出てってもらうぜ。
こっちだってそんなに蓄えがあるわけじゃないんだ。
ああ、食料はたまーに遠出してたくさん買ってくるんだ。
俺はもう働いてねぇからな。
金もそろそろ尽きるだろうから、いつ飢えてもおかしかねぇ。
でも、俺はこの先もずっと、毎日同じことを続けるんだろうな、きっと。
ヒクッ。
おっと。
そろそろここらで潮時かもな。今日はありがとな。
もしかしたら他人に会うのはあんたが最後かもしれねえ。
俺はもう、一生ここで同じ生活を繰り返すだけだ。
……聞いたんだろ? どっかで俺の話を。
あんたは相当な物好きと見える。だから、こんな何も無い所へ来たんだろ?
俺ぁ恨まれているだろうからなぁ。なにせ、自分の為に村を一つ潰したんだからな。
まったく横暴もいいところだよな。ああ? その話を聞きたい?
ヒック。
ぶははは! いいぜ、酒の相手をしてくれた礼だ。たんと聞かせてやらあ。
つまらない話だぜぇ。きっと信じないだろうしな。ヒック。
ここらの土地はよ、知ってのとおりどこを見たってカラカラになった土と邪魔な岩ぐらいしか出てこねえ。
つまり荒れ地だ。
だがよ、昔此処はそりゃ豊かな村だったんだ。
そりゃあもう、今とは似ても似つかない潤った土地だった。
右見ても左見ても田畑ばかりでなぁ。
季節が変わると、その時その時の自然の色が本当に綺麗で、うまい飯をたらふく食ったもんだ。
不思議と干ばつなんかにならずに、毎年豊作だった。
丁度良い具合に雨が降り、また丁度いい具合に日が照った。
初めの頃此処に住み始めた村人たちは、これはいくらなんでも都合が良すぎると思った。
もしやと、誰かが言った。
こりゃあ空に神様がいらっしゃって、いつもおらたちを見守り、良い具合に雨雲を呼び、また良い具合に雲をどかしては、これまた良い具合に日の光をおらたちに分けてくれたんじゃないかってな。
なるほど、そうかもしれないと、たちまち村の人間は空の神様がいると信じたんだ。
それからが早かった。すぐさま出来る限りの立派な社を建てて、供物を供えた。
ああ、おらたちが幸せなのは空の神様のおかげだと、村人は皆口々に言った。
神様がいるのはこの村だけだった。
よく他の村から飢饉で逃げてきた人間が来た。
するとそいつらは一様に驚いた顔をして、なんでこの村だけがこんなに豊かなんだと言った。
それは空の神様がこの村にいるからだと、村の人間はそいつらに言った。
それを聞いた他の村の奴らは羨ましがった。
そこで逃げ込んできた奴らはこう言うんだ。
自分の村にある作物以外の物をこの村へやるから、食料を分けてくれってな。
それは両方の村にとって良い条件だった。
こちらには、たくさんの食料があれど、それ以外はなかった。
でもあちらの村にはここにはない何か、例えるなら民芸品がある。
あちらにとっても好都合。そうと分かればさっそく食料と民芸品なんかを物々交換した。
そういうことをだんだん他の村ともやっていって、交換するものが段々と金に変わっていった。
その頃からかな……村の人間に欲がでてきたのは。
段々と村の人間は自分の利益だけを考えるようになっていった。
金があれば、なんだって出来るって考える奴が増えたんだ。
ありがたみがだんだん薄れていったんだろうな。
その頃には空の神様のことを口にする者は、ほんの少しになっていた。
だけども、村にはある弱点があった。
それは他の村が豊作になってしまった時だった。
相手はもともと腹を満たす為に交換を始めた。自分のところでそれが補えるようになると交換はしなかった。
儲けられる時と、儲けられなくなる時。
初めの頃は、美味い飯が食えるだけで幸せだと感じていたのが、もうそれだけでは幸せだと思えなくなっていったんだ。
もう、社に供物を供える奴なんかいなかった。
ある日。いつもみたいに朝日が差していた。
気持ちのいい風が吹いていた。
空を仰ぐと雲が一つも見当たらない、真っ青な空があった。
なのに、突然。
そう、突然だ。
頬に水が一滴、二滴、ポタポタ落ちてきて、それからまるで滝のようなたくさんの雨が降ってきた。
俺は驚いて、すぐに適当な屋根の下に走った。
濡れた服を絞りながら、何かこれは妙だと思った。
狐の嫁入りっていうのは知ってるかい? 日が照ってるのに雨が降ってるっていう、あれさ。
事象だけを見ればそれっぽかったんだが、どうも何かが違う気がした。
これは俺の知っている狐の嫁入りって雨じゃないと思った。
第一、なんだか雨のくせにやけにぬるかったんだ。
なのに、なんだかその雨に打たれたあと、なんていうかな……寒かったんだ。
体が寒いんじゃない。もっと、俺の中のどこかが、すごく寒かったんだ。
結局、その雨は止まなかったんで、俺はそのままびしょぬれになって帰った。
家に帰ると妹が俺を見て、すぐに手ぬぐいを持ってきてくれた。
それから言ったんだ。今日の雨はなんだか悲しいね、ってな。
どういうことかきいてみたら、あいつ、熱が出てたのに外に出たらしい。
すぐに家の中に戻ったらしいが、口元についた雨粒が何かの拍子に口の中に入ったんだと。
そしたらなんだかしょっぱくって、外の雨粒をもう一度手で受け止めて舐めたんだ。
ぬるいし、しょっぱい。それに、どこか、とても寒くさせる。
この雨は涙のようだと妹は言った。
まさかと思って俺も外の雨を舐めてみた。
なるほどと思ったよ。確かにあれは涙の味だったよ。
雨はその後もずっと降り続けた。
空にはやっぱり雲はひとつもなくて、相変わらず照っていた。
そしてだんだんと村を侵していったんだ。
その雨は人を弱らせた。その雨に打たれると何故か人は感傷的になった。
ちょっとしたことですぐに落ち込み、もしくは、怒り出したりもした。
でも、やっぱりそれは感傷的になっているからというのが一番の理由だった。
そのうち、ほとんどの村人が気弱になっていった。病は気から、っていうのかね。
病にかかる者、衰弱していく者がどんどん、ね……ああ、そうさ。妹もその一人だったんだ。
もともと体が弱くってなぁ。よく体調を崩したんだ。
だから家の中にいる時間がいっちばん長くて、そのせいか友達を作ろうとしても難しいし、もし出来たとしてもあんまり遊べなかっただろうなぁ。
親は両方記憶に残らないほど昔、はやり病で、って俺たちを育ててくれたじいちゃんが言っていたよ。
そのじいちゃんもいなくなって、妹と俺の二人だけの家族になって、俺は働くために外へ行って……気が付いたら、あいつが一人でいる時間の方が、多くなっちまってた。
俺がさ、いつか、あいつに寂しいかって訊いたんだ。そしたら笑って、お兄ちゃんがいるから大丈夫だよってな。
だがよ、あいつはいつも外を駆けずり回る、自分と同じくらいの年の奴らを見ていたんだ。
飽きないのかってくらいにさ。
あいつは俺に心配をかけさせまいと、いつも笑ってたがよ、ふと陰から見てみると、いつも泣きそうな顔をしていた。
泣かないのは、泣いちまったら目の下が腫れて、俺に泣いてたことがばれちまうことを恐れてだろうな。
そんな奴だったから、あの変な雨で余計に塞ぎ込むことが多くなった。
俺の前で笑っていても、誰が見たって今にも泣き出しそうな面だと思ったろうさ。
そこで俺は、あいつを心の底から笑わせるには、どうすればいいんだと考えた。
考えて、その末に思いついたのが、あんたが見たあの格好さ。
ふん。単純な考えだったがな、俺にはその方法しか思いつかなかったんだ。
さっそく、変な服を作って、それを着ていきなりあいつの前に飛び出してって変な踊りをしてみたんだ。
あいつ、始め俺の頭がおかしくなったのだと思ったって言ってたな……ものすごく恥ずかしかったのは確かだな。
おまけに驚かせすぎて、笑わすことが出来なかったし。逆に心配もかけちまったし。
まぁ、嫌な気持ちを一瞬でも忘れさせることが出来たみたいだったから、それからも続けたんだ。
その時だけは、辛いことを忘れさせることが出来たと信じてんだ。
そんなある日のこった。俺は雨の中釣りにでかけた。
釣れるかどうかはわからなかったが、長雨で作物はほとんど駄目になっちまってたもんでな。
すると歩いてる途中、小さな女の子が雨をしのぐ物ももたねえで突っ立ってやがる。
「嬢ちゃんどうした?」
って、声をかけてみたらこっちをふりむいたよ。
一瞬どきっとしたな。嬢ちゃん、瞳の色が青くて、それにまったく雨に濡れてなかったんだ。
『あのね……』
嬢ちゃんが話し出した。
その声は耳で聞いたんじゃなかった。
頭の中に直接響いてくる、そんな感じだ。
嬢ちゃんがすがるように俺をみつめてくる。
そこで気づいたよ。嬢ちゃん、泣いてたんだ。
雨で分かりにくかったんだが、確かに眼は潤んでいて、そのふちからはたくさん涙がこぼれてた。
嬢ちゃんは続けた。
『みんなに、わすれられちゃった。みんな、ミンナ、ワタシノこと、わすれチャッた』
嬢ちゃんが俺の服を掴んで言った。
『ねェ、おもいダシテ、おネがイ、オモイダシテ、ワタシ、オネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガ――』
俺は、恐くなって、嬢ちゃんの手を振り払って逃げ出した。
アレは人じゃない。違うものだ。
ああ、だけど、どうしてかな。
アレの顔は妹のあの寂しそうな顔を思い出させたんだ。
家に帰って妹にそのことを話したよ。
俺の話を神妙な顔で聞いていた。話が終わると妹はふと俺に言ってきた。
「ねぇ、もしかしたらその子……空の神様だったりするんじゃないかな」
ソラノカミサマ?
俺は首をひねったよ。
そんな昔話は聞いたことがなかったんだ。
妹はさ、ずっと家に寝たきりだったから退屈を紛らわすためにしまいこんであった古い本なんかを読み漁ってたんだ。
その中に村の昔話が書かれた本があったんだと。
「この雨は神様の涙なのかな……」
妹はそんなことを呟いてたよ。
アレの言っていたことを思い出したよ。
つまりこう言いたかったんじゃねぇかって思うんだ。
『私は村人に忘れられてしまった。お願いだから思い出して』ってな。
アレが本当に神様だったのかって言うと、正直分かんねぇ。
だけどきっとあの感じからして人じゃねぇと思うし、姿が子どもだったのは、もしかしたら人間とは年のとり方が違ったのかもしれねぇ。
なんだかんだいって、神様は寂しがりやの普通の子どもと大差なかったのかもな。
「この村の中で空の神様のことを知っているのは、きっと私たちだけなんだろうね」
妹が寂しそうにそう言ったのを覚えているよ。
自分のことを重ねていたんだろうな。
神様なんてのはさ、その姿を見たことがある奴なんてめったにねぇ。
だから本当にいるのかって訊かれたら、誰だって首をひねったりする。
信じるか、信じないかだ。
それに比べて、妹はたしかにそこに存在していた。
けど、考えてもみろ。
妹と直接話すのなんて俺か医者くらいだ。
病弱な妹がいるんだって、俺が言わなきゃ誰も妹の存在に気付けなかったかもしれない。
誰にも、知られることはないんだ。
何日かして、妹は結局、な。
神様を恨んだよ。だけどいつかこうなるって分かっていたんだ。最期の瞬間、あいつはこう言ったんだ。
「お兄ちゃんが私にしてくれたように、あの子、神様にもあれを見せてあげて。私みたいに寂しい気持ちを少しでも忘れられるように……」
俺が頷いたら、あいつ満足そうに笑ってたよ。
それから俺は、村の皆に空の神様のことを話したんだ。
だけど皆信じちゃくれなかった。分かってはいたがな……。
だから、俺はある日、雨の降る、照った空の下であの変な格好をして、変な踊りをしたんだ。空に向けてな。
するとどうだい。しばらくして雨が止んだんだ。
……そりゃあ嬉しかったさ。
だけど次の日、またあの雨が降った。また俺が出て踊りをしたら止んだ。
それから毎日俺は踊ったよ。
朝も、昼も、晩も。やらなけりゃ、またすぐに雨が降るんでな。
俺を見て笑う奴がいた。どいつも笑ってた。
恥ずかしいと思った。恥ずかしく思った。
止めることは俺自身が許さなかった。
毎日やるごとに雨の降る日は少なくなって、ついになくなった。
普通の雨は降らなかった。干ばつになり、村の人間は俺が踊り始めてからだと気づいたさ。
周りに止めろと言われても止めなかった。強引なことをされても、また踊った。
――決めたんだ。生涯をかけて、あの、まだ子どもの寂しがりやの神様の為に、あの格好でおかしな踊りをして、そしていつかあの悲しい雨じゃなく、大地を潤すやさしい雨が降るまでやると。
村はなくなり、俺一人が残った。それでも、続けた。
ああ、でももし俺が生きてる間に出来なかったら、俺はきっとあの神様のところへ行って、また同じことをしてやろうと思うんだ。
妹を連れてな。
きっと、その時には寂しくなんてないだろうな。
だって俺もさ、実を言うと寂しがりやなんだ。
でも寂しがりや同士、集まりゃ、もう寂しいなんて思わないはずさ。
きっと、きっとな。
話はこれで終わりだ。さっさと寝ろよ。
さっきも言ったが、明日の朝になったらあんたには出て行ってもらうんだ。
それに、俺は俺で、朝から忙しいんでね。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
このお話はもともとは高校の時、童話として部誌に載せたものです。(だから私の本名が分かった方はお口にチャックですよ!)
投稿の際、ジャンルを童話にするか小説にするか迷ったのですが、友人からは「あんたのは不安タジーや。童話の皮を被った小説や」という感じのことを言われたことがあるので、やっぱり小説として扱うことにしました。
その後リライトしたらえらいことになったので、最小限の手直しで抑えました。




