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戦場――まさか、人間とこのリザードマンたちが戦争しているとは、夢にも思わなかった。冗談じゃない、こんなわけのわからない世界に来たかと思えば、戦時中だと? 情報もクソもあったものじゃない。
「なに、ここら辺の戦況は安定している。お前らだけで進めば、そう問題もないだろ」
「えーっと。つまり、あなたがたは、人間たちと、せ、戦争をしているんですか?」
花粉症は置いといても、頭痛がひどい。デブも驚いて、俺と四人を見比べる。
四人には疑問に思われただろう、戦争などという大事、この世界に暮らす人間(というか知識生命体)が知らないわけない。
案の定トカゲ男は苦笑いだ。表情は非常にわかりにくいが、その声は、いくらか安穏としていた。
「あんたら、ホントどっから来たんだ?」
「あぁー、俗世から切り離された、大変平和な街です」
「ふーん。戦争はもうずーっと前からだよ。あたしが生まれたときには、もう戦争してたし……」
猫娘の表情が曇る。まぁ戦争だ、深くは考えないようにしよう。
「デブはなんか聞きたいことある?」
「え、あー……わかんねぇ。あ、電気とかあるの?」
あ――そういえばそうか。神殿が明るいので失念していた。神殿の柱の光源を見れば、それはクリスタルだった。どことなく、お婆さんが魔法使ったときの、杖の光にも似ている。そのことから考えれば、いや、俺の知るファンタジーRPGには電気がない。ランプと自然照明の恩恵しかないかもしれない。
「あの、電気ってあります?」
「雷か。そういう精霊さまはいるが、大抵接収されている。なにかに使うのか?」
「あぁ、いえ、雷ではなく、電気があったらなと。生活の一部になっているような」
「ん? だから雷だろ?」
……めんどくせぇ!! なんだそれめんどくせぇ! 電気って概念がないので、雷っていう言葉に翻訳されているのだろう。どらえもーんホンヤクコンニャク出してよー! なんて面倒臭いのだろう。頭痛くなってきた。
「す、すみません。忘れてください。他には?」
「ネコミミって種族なの、とかかな? あ、おっぱい大きいのってスタンダードなんかな?」
「もういいそうです。情報ありがとうございました」
結構深く頭を下げて礼を言ったが、そのことにも向こうは驚いていた。
「あ、あんた人間だよね? 珍しいっていうか、なんていうか……」
「え?」
「俺たちが知る人間ってのはみんな横柄だからな。すまない、少しばかり心得違いをしていた。謝罪する」
俺が下げた頭より深く、レスターは頭を下げた。面食らったが、戦争とは言ってもそこまで深刻な溝はないのかもしれない。
「い、いえ、大丈夫です。じゃ、その、そちらのお願いっていうのは?」
当面の情報はもらった。進展はゼロでむしろ後ろ向きの情報しか得られなかったが、不用意な行動は避けられそうだ。
とりあえずこの神殿から出て、二つある月とか、ドデカい月とか、いっそもう一つの地球とか見て、「本当に異世界なのか……」とか言ってみたいもんだ。
「俺たちがこの遺跡にきたのは、ありていに言えば依頼を受けたからだ。遺跡の奥に一ヶ月に一度くらいのペースで精霊さまの水が溜まる。それを回収しなきゃならんわけだ。せっかく怪我も治してもらったし、それをやってから案内をするつもりだ。で、その間の護衛を頼みたい」
なるほどわからん。なんだ精霊の水って。まぁ、動くのはデブだし、どうでもいいか。話しを聞く限り、ドラゴンとかオークとかはそうそう会えるものじゃないらしいし。
「遺跡出るまでの護衛だって」
「おkーと言いたいところだが、どうすればいいの? 俺武器ないお?」
「あー、そういえばそうか。すみません、護衛の話しはやぶさかじゃないんですが、コイツ武器なくて。なんか貸してもらえませんか?」
「あんなに強いのに? そのカバンの中は?」
まぁフィギュアが一種の武器であることは否めないが、それはオタク同士の格の見せ合いだ。実際ゴブリンとかにフィギュア見せても、やつらと和解できるとは……思えな……思え……いやないな。
「リュックの中はゴミです。俺のはすごいお宝ですが、コイツのはゴミです」
「ちょ、おま屋上」
「うるせぇ。お前もう財布のなか空だろ」
青ざめたデブを無視し、話しを戻す。
「護衛をしてほしいということであれば、ナイフかなんかでいいので、コイツに貸してやってください。俺はいらないので」
「ナイフー? なんか、炎の剣とか使いたいんだけどー」
「んじゃ、これ」
猫娘が、ナイフの刃を掴んでデブに向ける。いいよね? とレスターとトカゲ男に聞くと、二人とも頷いている。
デブは恐る恐るナイフを受け取って、所在なさげにナイフを構えている。まぁ、ないもんね置く場所。ベルトに挿しておくと、太ももを刺しそうなくらい肉乗ってるしな。
「さて、じゃあ行こうか」
「あ、ちょっと待ってくれ」
リザードマンはブタクサを踏み分け、緑の絨毯に手を突っ込む。ブファっと花粉が舞っている光景に頭痛がひどくなる。花粉が絨毯に戻るころ、リザードマンが拳くらいの大きさの、黒い石を取り出した。
「グランゴー! グッジョブー!」
猫娘の声援を受けトカゲ男改めグランゴは、照れくさそうに笑う。それにしてもグッドジョブか。この非現実感は確実に、流暢な日本語のせいだな。
俺たち六人は慎重に神殿から出る。
通路はそこそこ広い。六人がゾロゾロと歩いてもぶつからずに歩ける程度だ。暗いのは難点だが、グランゴが持つランプにより、いくらか良好だ。
「このダンジョンって広いのかなー。あんまり歩きたくないんだけどー」
デブの愚痴を聞きながら、ああ、と思う。確かにダンジョンだよなココ。モンスターは出ないと聞いておいて良かった。そこそこの安心感がある。
「ねぇねぇ、いまあの人間はなんて言ったの?」
「あー、動くの嫌いでぶーって」
「あははは! 人間って案外面白いんだねー」
横にひょこひょこやってきた猫娘に笑われる。いや、笑われたのはデブなのだが。それにしても犬歯が怖いよ! 猫なのに犬歯だよ! 村だかどっかについたら、イヌ娘に癒してもらわなきゃ。イヌ娘なら某国民的アニメの映画で何回か見たような見た目のはずだ。耐性はあるし、むしろ萌える。俺は巨乳なんかには騙されない!
「ちょ! 山田氏! 仲間はずれはいやだよ!!」
「今度は?」
「いや、わかんねぇ」
「なんでだよ!」
デブは猫娘とどうにかして交流を図ろうとするが、言葉が通じない。一生懸命「ソーイチローソーイチロー」と奇妙な鳴き声を発し続ける。日本語を理解されないどころか、日本語そのものを忘れるなんて……。
そういえば、先頭を歩くレスターとグランゴに話しかける。
「気安く話しかけて申し訳ないけど、ちょっといいかな?」
「なんだ人間」
「人間側ってどんな文化なんだ? その、なんというか、野蛮なのかな?」
グランゴは首を傾げた。レスターも眉にあたる部分をひそめながら、顎をさすっている。まぁ戦争相手だ。いい印象を持っているわけがない。
「肉を生で食うという話だ」
俺の耳は、なんというか、本当に万能なのか疑ってしまう。だって、いまにも生肉に齧り付きそうなリザードマンに、そんなことあるわけないけどな、と笑われているのだから。
「あぁ、それは俺も聞いたことあるぞ。戦争は俺たちを食うためだって。実際捕虜になったやつらはこっちに戻ってきてないし……」
レスターは不機嫌そうに呟く。
「人間領行きたくねぇっすねー」
「お前も人間だろ」
「生肉うまそうに食う人間には会いたくないっすよ」
かゆ、うま?
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それなのに更新していないなんて……ガンガン行きたいです!
たぶん!