5.5
説明回
部屋に花粉がある状態で過ごすのは非常に不愉快だが、RPGでよくあるように、通路で敵とエンカウントするのもゾッとしないので、やむなく神殿に留まる。
扉を応急処置で塞いで、いつオークプラントがきてもいいように、神殿の奥の方へ地球人側、異世界人側で向き合い座っている。まぁ正確には地球人側が向こうで、異世界人側が俺たちって見方になるのだが、この際は置いておこう。
そしてこのタイミングしかないので、目の前の四人の容姿をよく見ておこう。ひょっとすると地球と共通する箇所を見つけられたら嬉しいなぁ。だらだらと長くなるが、まぁ頭のなかに留めておくとしよう。
向こうチームのリーダーであろうアルマジロ。おそらくはレスターさん。まず大きい。身長も二メートルほどあるだろうが、体積が大きそうだ。本当に、アルマジロにちゃんとした手足が生えましたって感じの生物。目はつぶらで、ちょっと可愛い。甲殻は硬そうで、全裸であっても勇者顔負けの防御力を誇るだろう。実際、さっき骨は折れていたが、目立つ外傷はなかったし。格好は軽装で、胸当てと盾、メイス以外、冒険者らしい装備はなく、むしろ作業着にヘルメット被っている土木のお兄ちゃん方を彷彿とさせる。あ、足は短いので、格好に反比例して動きは重装備のそれだ。
次は、駆け出し冒険者トカゲ男。なんだっけ、グラタンとかそういう名前。あのときは思考が追いつかず、名前など気にしている余裕はなかったし。赤黒い鱗を備えるリザードマン。身長はアルマジロより小さい。まぁそれでも180センチくらいあるのだが、猫娘より猫背であるため全長はわからない。格好は気合の入った冒険者だ。胸当て肩当て腰当て篭手と、足にもすね当てを装備している。もっともオークプラントに与えられた一撃で凹んでしまったようで、それを気にしている彼の様子は、なんとも人間らしいではないか。目は黒く、光が反射していなければ、穴があいているのかと思うほど色が濃い。なんども口にしているが、獲物は槍。木製の柄だとは思うが、異様なほど重く、常人ならまず振るうことはできないだろうが、彼はその槍で連続突きしていたことを思い出し、喧嘩は絶対売らないと心に誓った。
魔法使いのお婆さん。名前は、なんだろ、なんとか婆って呼ばれていた。叩けば土埃が舞うだろう、小汚い茶色のフードに身を包んでいるため、顔も服装も見えないし、種族もわからない。すごく小柄なことから察するにネズミ人間とか小鳥人間とか、そこらへんだろう。ただ、しゃがれた声から察するに、ばばあを疑う余地はない。疑問があるとすれば、お婆さんが持つ杖の、なんというか、精霊だ。正直あれを精霊だと受け入れるには時間がかかる。もし肯定してしまえば、今後テイ○ズシリーズの召喚時間に、コントローラーをぶん投げてしまうこと相違ない。まぁ、この世界で魔法と呼ばれるものは、杖の中の生き物と交渉して、その生き物が行使するようだ。だとすれば、デブは精霊になったの?
猫娘に関しては、あまり見たくない。アルマジロやリザードマンはゲームで見る機会も多いが、猫娘はもっともーっと多い。日本の異世界アニメをつければ、ほぼ全ての作品にネコミミ娘は出てくる。むしろ出すためにアニメを作る。されど! 猫娘は違う。根本が違う。ほぼ全ての作品に出てくるのはネコミミの生えた美女だ。しかれども! 目の前に座る彼女は、猫人間だ。身体は人間、顔面は猫、その正体は、化け猫! この世界の精霊に負けず劣らず、異世界ファンタジーへの夢想を打ち砕いたのはコイツだ。だが巨乳だ。二次元はオワタが、三次元は始まっていた。たゆんたゆん動くたび、視線の向きに非常に困る。二重の意味であまり見たくない。デブは許可を得てビデオカメラを回している。是認させたのは俺で、ビデオカメラの説明を省いだのも俺だ。こういう病気だと説明したら、いちおう納得――はしていないだろうが、しぶしぶ巨乳、あ、失敬、許容してくれた。デブ、グッジョブ!
では、本筋に戻そう。俺は四人を見て切り出した。
「時間はありますか?」
四人は俺の質問に虚を突かれたようだ。緊迫した空気が若干薄れる。本題を聞いてもいいのだが、モンスターが来ないと楽観視はしたくない。
「ああ、問題ない。オークプラントはレアモンスターだ。あそこまでバラバラになると、売り物にはならんがな。核は探しやすそうだ」
「ま、あたしらの狙いはあれじゃないけどね。怖かったー」
「レアモンスターって……通常のモンスターは?」
そう言うと、四人は顔を見合わせた。
「ね、ねぇなんかこの人間おかしいよね?」
「だな。なんなんだコイツは……」
いかん、なんか勘違いしていたみたいだ。PRGに出てきそうな人たちと話しているせいか、そういったゲームのイメージの世界かと思っていたが、改めなきゃいけないな。
ここの地域は、住んでいたところとは違いすぎる――そう前置きし、話題を変えた。
「あの、たとえば、草原に出たとして、狼に襲われたりします?」
「ああ。野獣はいるが、街には近づかない。野獣と言っても縄張りは守るし、俺たちが不用意に入らなければ問題ない。運悪く空腹の獣に見つかって襲われる商人はいるがな。で、この遺跡にはモンスターも野獣も住み着いていない……はずだった。たぶんオークプラントの種が芽吹いたんだろうな」
崩れているところあっただろ、とアルマジロが他の三人にも説明した。つまり、それだけのレアケースだということか。
「人間は嫌いだが、正直助かった。コイツらを守ってくれてありがとう」
「助けたのはこっちのデブですよ」
「そうか、ありがとう」
アルマジロは、頭を下げてお礼を言った。日本式のようで、なんとなく心象がいい。
「ブタクサ倒してくれてありがとうって」
「あ、やっぱり俺? いやいやー俺もなにしたかわかんないっていうか、ドキドキして記憶吹っ飛んだっていうかー」
デブの言葉を聞いて、四人はキョトンとしていた。
面倒だ。もうデブは喋らないでほしい。
「あぁ、デブはいま、なにしたか、緊張して覚えていないって言ったんですよ」
「なんだ、そこのデブっちょは俺たちの言葉はわかるが、喋れないのか? 珍しいな」
「え、だって、細っこいほうがデブっちょに言葉を……あれ、え?」
ん? なんだ、俺も混乱してきた。一旦、趣旨を変えて、俺に注目しよう。
日本語をAにして――ダメだ。俺の口から出る言葉をAにしよう。彼らの言葉はB。ついでに精霊の言葉をCとする。日本語は、べつに日本語でいいか。
まずはデブのことを考えよう。デブはAもCも理解できない。俺との会話は日本語なのでなんの問題もない。
彼らの場合は、日本語とCの言語を理解できない。だが、AとBは解っている。
精霊のケースは、婆さんと俺だけが話すことができる。そして、ここで一つの思い出したことがある。
『あんた精霊さまの言葉がわかるのかね?』
といった婆さんのことだ。いつぞや説明したと思うが、Cの言語を使ったお婆さんと精霊の会話は、Bの言語を使う猫娘たちには伝わらない。だが、Cを聞きAで話す俺の言葉は、おそらくこの場にいる全員に聞こえるはずだ。
それを踏まえてようやっと、デブと冒険者の言語の違いに突っかかれる。
デブはBまたはCを把握するためにAを必要している。すると、デブはBまたはCも、Aという形で理解できる。
デブの話す日本語はBまたはCを使う人間には理解できないので、これまた日本語をAに翻訳しなければならない。
つまり、日本語の翻訳を日本語(A)でしなければ、BまたはCの言葉を伝えることができない。
冒険者側からしてみれば、BまたはCの言語をデブに伝えるためには、日本語しか話せないし聞き取れないデブに対して、なぜか俺がBまたはCの言葉を伝えているという、わけのわからない構図になっているのだ。なんと、なんと分かりにくい! あとで英文も実験しよう。
さて、ここでもう一つの疑問が生まれる。いや、その疑問は根本と言ってもいい。
なぜ俺がそんな便利な性能になっているのか。
理由があるとすれば、十中八九コイツのせいだ。
俺は右手の小指を凝視する。金色の指輪だ。なにかしらの文字か模様が彫ってあるが、意味は検討つかない。しかし、この世界に来た原因があの変な店だので、あの店主から渡されたものは全て疑っておいたほうがいい。
デブの、左右の手の甲を見る。
右手には星の模様。
左手には剣の模様。
デブがオークプラントを細切れにできた理由は、おそらく左手の模様の力だ。いつぞフードの婆さんが「精霊の加護」とか言っていたので、そういう理解でいいと思う。そしてレスターの腕を治した魔法は、呪文を唱えて右手甲の星が光ったので、そっちの加護があるのだろう。アキバで見たときはただの切り絵だったが、それがデブの手の甲に移っていることに、寒気を覚える。
まぁデブのほうが羨ましいというのが正直な気持ちはある。が、いまはいい。なんでもいい。とりあえず生きて地球に戻れれば、あの店主をぶん殴る程度で許してやろう。
「コイツは俺の言葉しかわからないんですよ。なんというか、そういう呪いです」
呪いという単語を聞いて、不憫そうな目を向けられるデブ。デブに小突かれつつも、話しは移す。
「あなた方は人間が嫌いって認識でいいんですか?」
俺の言葉にレスターが頷く。
「ああ。俺たちどころか、この世界で人間が受け入れられるのは、人間側の世界だけだ」
「人間側の世界……ですか。それって、もしかして、ああいう門を潜って行ったりします?」
俺たちの世界とこの世界が対立している――そんなことあるのだろうかと思いつつ聞いたが、答えはネガティブだった。
「あの門が開いているのは、今日初めて見た。俺も何度かここにきたことがあるがな。まさか開けて壁だとはな……。人間の領地に行きたければ案内するぞ」
「案内してくれるって――」
「戦場だがな」
全身の毛穴が開く。ゾワゾワと背筋が凍り、頭痛がしてきた。
花粉症の悪しき影響が出はじめたようだ。