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モブデブ  作者: 鈴木鈴
4/7

4

 


 リバースしたからか、視界は良好だ。鼻水は相変わらずだが……。


「ちょ、すご! なにあんたら! あ、グランゴ、目覚めた!?」

 

 すれ違う猫娘がなにか言っているようだがこれ夢だから。完全に夢だから。だからデブはカメラしまえ、夢ならいいじゃん、じゃねぇ据え膳なんて用意されてないんだよイチャコラフラグ立ってないからね立ってるのネコミミとお前の股間くらいだからなに言わせるんだ死ね。


「すごいのあの人間! 槍で、ズババーンって! あ、レスター大丈夫かな!」


 ズババーン言うなお前の齟齬が俺と一緒とか嫌だ。


「おい、そっちいいか? せーので引っ張るからな」

「おけー」


 俺は右を、デブは左の取っ手を持っている。


「行くぞ、「「せーの!!」」


 掛け声とともに引っ張る。一回じゃ無理だな。だが、無理難題ではないらしい。左の扉はデブが体重で引っ張っているだけあって、いまもズリズリと動いている。


「もっかい! せーの!!」


 ゾリリ――と床を傷つけながら扉が開いた。


「あー……そういうこと」


 門は開いた。だが、だが、


「山田氏……これ潜るのは、ちょっと無理ゲーだよ」

「だな。壁だもんな」


 真っ白な壁。神殿の壁と全く同じ、真っ白な壁。触ってみても、ひんやりとした触感が伝わるだけで、魔法の壁のように手がヌメーっと入っていくわけじゃない。


「アニメの見すぎか……」


 無意識に下唇を噛み締め、両手には力がはいる。いつのまにか、拳を振り上げていた。物にあたるっていうのはしたくなかった。怒られたからだ。でも、怒ってくれた人はもういない。だから、


「山田氏、それ、いつ振り下ろすの?」


 壁殴ったら痛いだろうなーとか、皮むけちゃうなーとか、そんな安易な理由で手を下げたわけじゃない。想像しただけで痛くなり、拳を摩ってしまった。


「山田氏ー、俺もよくわかんないんだけど、なにがどうなって、俺TUEEEになったの?」

「お前がつええええかどうかは置いといて、なんか、口に出すと、すごい間抜けだからあまり言いたくはないんだけど、ここ、日本じゃないと思う」


 いや、本当は地球ですらないと思っているが、それは口に出さなかった。厨二病乙とこのデブに言われてしまったら、舌を噛んで自殺する自信があったからだ。


「つまりアキバのイベントじゃないと? じゃああのネコミミたち本物ってこと? 地球じゃないじゃないですかやだー」

「そ、そうんだよ! 地球じゃないと思うんだよ!」

「うえーマジかよ山田氏が厨二病発症しちまったよ!」

「お前ぶっ潰す!!」


 自殺願望は衝動的殺意にうち消された。

 どうコイツをぶっ潰すか考えていると、猫娘の悲鳴が聞こえた。次から次へと面倒な。脳内を、もう一体のブタクサが現れたらという恐怖が支配しているが、それは杞憂で済んだ。デブと一緒に猫娘のほうを向くと、猫娘はアルマジロを揺すっている最中だった。


「グランゴ! オルト婆!! 早く!! レスターが!!」

「三次元巨乳娘が俺を呼んでる、キリっ!」

「んなわけねぇだろ。レスターってアルマジロが、たぶん……」


 たぶん息をしていない。

 トカゲ男はよろよろと立ち上がり、婆さんもそれに続く。


「山田氏今後も翻訳よろー」

「今後なんてねぇよ。帰るよ」

「帰る方法について教えてほしいわけだが」

「……知るかよ」


 いかんせん現実感がない。あの四人が完成度激高のコスプレイヤーに見えているせいだろうが、あれは本物なのだろう。そうとわかっていても、それが現実と直結していない。

 俺たちはゆっくりと四人へ近づく。警戒されているし、命を狙われるかもわからないが、たぶん、人恋しいのだ。世界から取り残されている感じがして、なんとも右目が疼くぜ。


「ねぇ山田氏……」

「うん?」


 デブの視線はブタクサに向いていた。それだけで、なんとなく言わんとしていることが伝わってくる。


「あぁ、俺もよく見てなかったけど、あれ倒したのお前だよ」

「マジかよ……」


 しかも、トカゲ男とアルマジロが倒せなかった相手だ。どう言葉をかけていいのかわからないが、とりあえずビデオカメラを構えるには不謹慎すぎるので止めておいた。まぁ、彼らがビデオカメラがどういうものか理解していないのは、なんとなくわかっているのだが。


「死んだの山田氏」

「わかんねぇ。とりあえず行こうず」

「おけー」


 口数は少なくなる。

 近づけば、なんてことはない。アルマジロは生きていた。だが表情は苦痛に歪み、見れば右腕はグチャっと折れていた。背中に寒いものが走る。ハプニング映像に出てきそうな失敗を、目の前で見た気分だ。


「生きてるじゃん! 良かったわ。魔法とかないん?」

「ないっぽい。回復薬とかも」

「魔法ないって……なんだよ本物のコスプレじゃん」


 魔法も回復薬もない。それがどういう意味をもつか、デブはわかっているだろうか。

 この神殿がどこにあるか見当つかないが、この四人の装備を見る限り、近くに民家があるとは思えない。つまり、この四人の装備がもう二倍汚れるまで、アルマジロは治療できないということだ。手足の骨折を放置するだけでも危険なのに、もし、臓器に傷があったとしたら……。


「お、俺はいい。もうこれ以上進むのは無理だろ。お前たちだけでも帰るんだ」

「レスター……変なこと言わないでよ。それより、とりあえずグランゴ、肩かして」

「おう。人間はどうするんだ」

「……わかんないけど、後ろから襲われるってことはないみたい。あの太ってるほう、すごく強いけど、ひょろっこいほうは助けてくれたし」

「あの強さ、たぶん精霊の加護を受けているんだろうな。あたしゃ、あんなに強い加護初めて見たよ」

「オルト婆、いまそういうのいらないから。それより、精霊の力でなんかできないの?」


 猫娘は目尻に涙を溜めながら、レスターと呼ばれるアルマジロを起こそうとする。アルマジロも起き上がるために力を込めたのだろう、一層苦痛に顔を歪ませ、倒れ込んでしまった。


「山田氏、手貸してやろうず」

「だけどなぁ……」


 トカゲ男の体重を考えるに、健康な俺とデブ、猫娘とトカゲ男をもってしても、動けないアルマジロを運べるのか、すごい不安だった。――いや、デブはいま力持ちだったな。


「そうか、お前運んでみろよ」

「えー。あ! そうか。いけるかもわからんね」


 俺とデブが不用意に近づいてしまったためだろう、トカゲ男の注意を引いてしまった。槍の刃先がこちらを向く。いかん、怖いよ。そういえば、命の危険がうんちゃらとは、一切考えていなかった。DQNに絡まれている程度の危険しか感じていない。それは槍を持ったデブも同じだろう。相手が血のでない植物だったからか、それとも理解が追いついていないからか。なんにせよ俺たちは、自分たちがどんな状況に置かれていて、これからどんな出来事が待っているのか、そんな不安になるようなことは、まったく考えていなかった。


「山田氏! 通訳!」

「お、おう。えー、我々は、あなたがたに危害を加えるつもりはありません。ただ、こちらの太ってるほうは、力が大変強いので、その、レスターさん? を運ぶのに、力を貸せると思いまして」

「イングリッシュプリーズ!」

「いや、これで大丈夫だって」


 日本語で話しかけた俺に戸惑ったであろうデブだが、交渉事は俺に一任するようだ。デブは恐る恐ると冒険者チームを見る。警戒は解かれていた。槍先は下げられ、猫娘はこちらにおずおずと寄ってきている。


「お、お願いしていいの? 食べない? 襲わない?」


 どっちもこちらのセリフだが、まぁ、ここは同意しておこう。というか『人間』にどんなイメージがあるんだろうか。こりゃあ彼らの街に行ったらどんな扱いされるかわからないな。

 デブに通訳を求められたが、大丈夫と、一言で全ては伝わった。デブはトカゲ男の強い視線を気にしながら、アルマジロに近づく。


「触るな人間っ」


 力ない声でアルマジロが叫んだ。ビビっているデブを呼び戻し、様子を伺う。


「なに、なんて言ったの? ネコミミ大好きって伝えて」


 嫌だよ。顔見てよ、毛がびっしりで怖いんだから。なんだよ怖いよ食われそうだよキャッツ思い出して泣きそうだよアニメってなんであんなにネコミミ娘が可愛いの? そのことをデブに訴えると、巨乳だから許すとか言われそうでちょっと嫌だ。許してしまいそうな自分が嫌だ。


「まぁ、人間が嫌われてるんだよ。触って欲しくないくらいには」

「オー……マジかよ。でもさ、じゃああの人やばいん違う?」

「違わねぇよ」


 早く運んでどうこうの傷じゃないとは思うが、この場で治療ができない以上は、治療ができる人に看せるのが一番いいはず。


「でもレスター! その傷じゃ……」

「だから俺は置いていけ。一人なら、隠れながら移動すればなんとかなるよ」

「なんとかって……どうする気だよ」


 向こうは諦め気味でお通夜状態だ。猫娘は涙を流しアルマジロの手を握っている。しかたない――のかな。


「山田氏……俺、言葉わかんないけど、なんとなくわかるよ……」

「せやな……」

「しかたない……のかな」

「せやな……」


 一瞬の沈黙のあと、デブは一言漏らした。




「見捨てたら、怒られるよな」




「――だね」




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