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【残酷な描写】ありです
『回復薬を使おう』のクエストに失敗しました。
リトライしますか?
ニアNO/NO
チュートリアル進められないとか積みゲー確定じゃないですか……。
俺の表情を読み取ったのか、猫娘は諦めてトカゲ男をビンタする。
「起きて! グランゴ! レスターがやられちゃうよ!!」
あ、そういえば。アルマジロを見ると、トカゲ男を一撃で倒したオークプラントと対等に渡り合っていた。葉っぱ攻撃は盾で受け、隙をついて棍棒で攻撃。同じ丸さを持つデブとは大違いだ。
《我、力を求める》
声が響いた。あの婆さんの声だろう。証明に杖から光が放たれている。神殿の光景も合間って、なんと神秘的なのだろう――でも遅いよ。遅いよ婆さん。呪文唱え始めて二分は経ってるよ。テ○ルズでも最後の物語でもサクっとファイアーだよ。むしろファイアーでワンパンの植物なのに、なんで杖から出てった光はアルマジロのほうに行って、なんでアルマジロのスピードはアップしてるの、結構速くなってるやだすごい。
二倍速とまではいかないが、なかなか速くなっている。ビデオを構えるデブくらい早い。いやお前もなんでそんな速いの? 帽子とれよハゲてるんだろホントは認めろよ。
「ね、ねぇ山田氏……ここ、もしかしてアキバじゃないの? ってなにその涙? 気持ち悪いよ。まさかあのリザードマン死んじゃったの?」
気持ち悪いのはお前のカメラの中身だ。不吉なこというな。
「ここがどこかわかんねぇ。リザードマンは死んでない。あと、あのアルマジロが死んだら俺たちも死ぬと思うし、あのブタクサ倒しても、たぶん命を狙われる」
「え、なにそれ、ってか俺が気絶してる間になにがあったの? あの美熟女は? ブタクサってなに?」
ブタクサの危険性を一から説明するのは億劫だし、コイツが気絶したのは俺が殴ったからだし、ここであのおばさん気にするのはなんとも的外れだ。いや、そうか、門だ。どう転んでも俺たちが危険であるということは変わらない。なら、門を潜って秋葉原に帰るという選択に賭けるのが、一番いいじゃないか。そうと決まればデブの体重を利用して門を開けようじゃ
「山田氏やばいって!」
振り返りたくないが、一応振り返る。
ああ、見なきゃよかった。
アルマジロがオークプラントに吹き飛ばされる瞬間だった。会心の一撃であるかのように、トカゲ男が吹っ飛んだ勢いよりも強い当たりだった。転がることなく、壁に激突する。
オークプラントの次の獲物はわかりやすい。
「くそっ!!」
さっきの正義感を引きずっているのか、俺は一目散に走り出す。
「ぐぇええ!」
アルマジロのほうを心配そうに見ていた婆さんの腰を引っ掴み、華麗なリターンを決める。一瞬だけブタクサを見る。やべ、ついてきた。
「え、こっち来るなって!!」
「なんでこっち来るよさ!!」
デブと猫娘が義理も人情もないことを言う。実に腹立たしいが、知ったことじゃない。死ぬときは一緒だ、俺たち、仲間だろ!
ばあさんをトカゲ男の背中に向かって放り投げ、槍を拾う。腰くらいまで持ち上げた。重い。ダメだ。
「とととととりあえず、このトカゲ男をここに置いて、俺たちは隙を見て逃げ出そう」
「却下だ!!」
さらっと見捨てる判断をした俺の意見が、猫娘に一蹴された。反論しようと猫娘を見ると、ばあさんとトカゲ男を守るように、ナイフを構えている。見る限り、本当にただのナイフだ。十徳ナイフのような、小さなナイフ。
奥歯を砕けそうなほど噛みしめ、腰だめにナイフを構える猫娘は、目じりに涙をためている。わかっているのだ、手も足も出ないことを。でも、それでも仲間を守るために――いや感動してんだからカメラ構えるな台無しだ……って、いや、ひらめいた。
「デブこっちだ! 槍使うぞ!」
槍は重い。でも二人なら持てるだろう。そして、俺には一つの知識があった。土踏まずで槍の石突きを抑え、騎兵を迎え撃つという戦法だ。幸か不幸かオークプラントには歩く速度程度のスピードしかなく、自滅は狙えないだろうが、牽制にはなるはずだ。その間になんとしてでもトカゲ男をたたき起こしてもらって、それからアルマジロをたたき起こす! それから俺たちは二人で逃げるんだ。完全に他力本願だが、なんだ案外いいじゃないか!
なんとも頼りないデブの足取りを気にしつつ、槍の刃を石突き起点にオークプラントへ向ける。トカゲ男とアルマジロの攻撃が効いているようで、茎が二か所ほど傾いている。房も何個か落ちていて、花粉が舞っていた。マジかよ……。
「そっち踏みつけろよ!」
「お、おう!」
デブが石突きを踏みつけ、槍に角度をつけるために持ち上げた瞬間だった。
視界が――飛んだ。いや俺が飛んだ。槍から手を離してしまったのはわかった。あと飛んでいるのはわかる。デブが槍を持って空を見上げ、猫娘も見上げ、ファサっと何かに包み込まれる。
ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ
「ほげえええええええ!!! ほげえええええええええええ!!!!!」
俺がなにに包み込まれたのかは、体調が教えてくれた。あたしいま、ブタクサの上にいるの!!
「ほげえええええ!!! 死ぬよぉぉぉぉおおおおお!!!!」
ジタバタと暴れ、どうにかこうにか転がり落ちる。床と距離もあっただろうが、衝撃は花粉症の前にどうということはない。涙は視界を遮り、鼻水は滔々と溢れ出る。経験上、これからひどい頭痛にも襲われるだろう。
なにが起こった、なんで俺飛んだ、俺死ぬの?
可能性を考える。
・アニメのように俺の身体に触手が巻き付き、引っ張られた。
・思ったより早く、トカゲ男が起きて、自分の槍を持っている俺たちを吹き飛ばした。
・俺にはなにか特殊な能力が授けられ、あるポーズで発動するようになっている。
いや、考えたってしかたない。逃げるのが先だ。歪む視界で立ち上がり、壁まで退散する。ゾンビのように歩きだし、探し当てた壁を背にオークプラントのほうを見た。やつは俺が当たった衝撃か、よろよろと後退している。反対側の壁には、倒れこむアルマジロ。身動き一つとっていない様子から、戦線復帰は難しいように思える。一方のトカゲ男は、
「え」
なんで、あの槍をデブが構えているのだろうか。俺とデブの腕力の差などたかが知れている。相撲じゃ勝てないが腕相撲なら勝てる程度の違い。火事場の馬鹿力はあると思うが、いまはやつにとってその時じゃない。
懐かしむはPCゲームのイベントのコーナー『聖剣を抜こう』だ。台座に刺さった聖剣エクスカリバーを抜いた人には、アーサーの声優とそのほかのキャラの声優とのサインがもらえるという、オタク垂涎のイベントだった。そのために学校を休んでまでお台場に前のりしたのはいい思い出である。デブは、そこで誰も抜けなかった聖剣を抜き放った。そのイベントでネタばらしされたが、成人男性三人でようやく抜ける仕様だったらしい。アーサーは女性の声優があてているのに、細かい気の使い方ができないイベントスタッフである。
しかし今回はやつの力は関係ない。デブの後ろにネコミミ娘がいるとはいえ、野生の猪のような目をしない限り、あのデブは本気じゃない。それは間違いない。
ならば、いまは理由が必要か?
「倒せ!! 倒せるぞ!!」
呆然とするデブを叱咤する。正直テキトーに言った。倒せるかどうかなんてしらないよ。
だが、デブが走り出したとき、それは確信に変わった。
速い。なんと速いのだろう。槍を持っているとは思えないスピードでデブは走り出していた。ブルブルと視界を頬肉が遮りながら走っている光景に吐き気を覚えたが、いまはアイツに命を預けようじゃないか。
「いけぇぇえっぶおぇぇぇえぇ」
吐いた。
ビチャビチャと神殿を汚す自分が、ひどく罰当たりに思えてしかたない。カラカラの喉で大きな声だしたからだ。涙、鼻水、ゲロと、もうなんだろう死にたい。でもブタクサ関連では死にたくないので、本当に倒してくださいお願いします。
下を向いてしまったため詳しい描写はわからないが、デブがそりゃもう、あれだったと思う。なんかズババーンって、槍を振るっては葉っぱを斬り、槍をついては茎が千切たのだろう。下を向くのが一瞬遅れたため、昼にメイド喫茶で食べたパフェに鼻腔を強襲されだ。それを放置するとしばらく甘い匂いに悩まされるから、それは鼻をすすってでも吐き出すしかない。すすれば、それは第二波の合図でもある。パフェどころかオムライスまで吐いてしまった。チョコと卵が混ざってそれだけで気持ちが悪いのに、これが俺の胃袋のなかにあったと考えるだけで第三波だ。トマトケチャップの萌え萌えキュンが喉に残っていて、非常に不愉快である。チカチカする視界に耐えながら顔を上げたときには、全て終わっていた。
ゲロ前オークプラントだったものが、ゲロ後は斬り伏せられて花粉をヒラヒラと舞わせる、緑の絨毯になっていた。
「や、やった!! やったよ山田氏ってなにそれゲえええええ」
貰いゲロしたデブを見ながら、これは夢なんじゃないか……そう思い始めていた。
まずデブがあの槍を持ったことに疑問があるし、なおかつ使いこなせているという事実がおかしい。普通に考えれば、あの巨大なブタクサが動いているということがありえない。もうひとつ言えば、秋葉原とこんなところがつながっているということ自体、なんとも瓢箪のなんとやらではないか。
ブタクサから落ちたとき打ち付けたであろう背中と肘の痛みが、これは現実だおーと言っているようで癪に障る。だが、ベッドから落ちたら、こんな痛みを夢のなかで感じても、だれが文句をつけようか。むしろベッドから落ちた時点で起きなかった俺の睡眠欲に、深い敬愛の意を示さなければならぬ。
だから、俺は口の中の米粒を吐き捨てながら、デブに話しかけていた。
「なぁ、夢ならそろそろいいだろ。起きよう。んでやっぱ池袋行こう。アキバはもういいじゃん」
「ペッ、ペッ。あー夢かー……そうだね山田氏。俺も妙に身体軽いし、そうだねー。でもさ、夢ってどう覚めるの?」
「よくわかんないよ。なんだろ、あ、門潜れば起きれるって。ちょっと体重かしてよ」
「おけー。夢かー。カメラの中身も消えるとか……山田氏知ってる? 俺、夢のなかだと非童貞なんだぜ!」
「俺もだよ。あー、頭痛くなってきた。頭痛薬買っといて良かったー」
「え、夢のなかでも使えるん?」
「違うって。起きたら使うの。覚えてたらね」
いや、忘れよう。門を通って秋葉原に戻ったら、全てを忘れて牛丼食って帰ろう。これ以上なにも考えたくない。もし門を潜っておばさんがいたとしても、視線すら合わせず帰ってやる。絶対に帰ってやる。
俺たちは、門に手をかけた。