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モブデブ  作者: 鈴木鈴
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2

 


 さきほどデブが焚いたフラッシュのせいで、向こう四人は完全に臨戦体制だ。


「サービス精神旺盛ですなー。山田氏ー、お願いだからカメラお願いしますおー。手が痛くて、もーげんかーい」


 俺お前嫌いで、もーげんかーい。

友人に振るう腕力を超えて、思い切り殴って黙らせた。あごにジャストミートさせた結果、デブはよろよろと崩れ落ちた。


「えー、怪しい者じゃありませーん! 写真とってすみませーん!」


「怪しすぎるだろ!! 騙されるかぼけぇ!」


 トカゲ男にそう言われ、なにも答えられない。

怪しいだろう。それはわかっている。でもわかってほしい、あんたら4人のほうがよっぽど怪しいからな!


「す、少なくとも敵意はないー! そんな力もないー!!」


四人との距離はある。しかしバックパッカーの自分一人でもキツいのに、この足でまといのデブがいては、逃げられるはずはない。唯一の逃げ道が背後の門だが、それを試していいものかどうか……。

 とりあえず、前の四人の敵意を背けないことには――


「ね、ねぇ、とにかくさ、早く逃げようよ!」

「こいつらどうするんだよ、人間に背中狙われるとか、俺は嫌だぞ」

「じゃあ殺してく? 敵意ないって言ってるけど」

「人間なんて信用できるか! でもまぁ、一人は動き遅そうだし」

「魔法使いじゃないかね? あたしゃ、ここで叩くに賛成だよ」


 いかんなこれは。逃げよう。ジリジリと下がり門を押す。が、ピクリともしない。後ろを向いて蝶番を確認した。そりゃそうだ。引かなきゃいかんのか。

 なんでだよ!

あのおばさんは、門を閉めたのだ。左右から扉を押して、つまり、向こう側の門は引きながら開けるのに、こっちも引きながら開けなきゃいけないってなんでだよ!

 扉を引く――動きそうだ。力を込めれば開くかもしれない。


「ちょ! おいおいおいおい!!」


 四人うち誰かの声が神殿に反響しながら、俺たちに届く。デブも復活する頃だろう。四人が俺の動きを止める前に、元の世界・・・・に帰ろう! それが一番いい!

 これは夢だ! 門を開けるとあのホビーショップがあり、その横には小さな洋館があり、その亭主のおばさんを殴り倒して、一度警察に追いかけられるだろうがとにかく必死に逃げ、総武本線に乗り、小岩駅で下車して、ツーウィークで借りたボロのアパートへ帰り、今日の戦利品をブログにアップするデブを小馬鹿にしつつ、明日はどこへ行こうかと雑談をして――


「来た来た来たぞ! とりあえず籠城するぞ!」

「ほら、ほぉら追いつかれた! ちょっとどうすんのさ! 人間なんか相手にしてるからぁ!」

「そうだけど、それはいま置いとけって!」


 思考を遮るように、声が神殿に響く。

さっきの声は俺の行動に対したものではなく、四人が疎通するための掛け声だったのだろうか。四人は慌てるように扉を閉めて、神殿の中央までやってくる。すでに俺たちへの敵意はなく、むしろ焦燥感が感じ取れた。


「グランゴは側面から! 俺が受け止めらた、一撃で仕留めてくれよ!」

「お、おう!」


アルマジロがトカゲ人間(グランゴ?)に指示を出す。ドタドタとチームから離れ、両手にどっしりと槍を構えたトカゲ人間は、気が付かなかったが、肩で息をしている。


「ばあさん! 俺に術かけたら、後ろに下がってろよ!」


 ばあさん――なんていたのか。あのフードの魔法使いだろうな。いまはブツブツと呪文を唱えながら、杖を構えている。え、本当に魔法とかあるの? 火がボールで、ドラゴンがスレイブしちゃうの?

ちょっとワクワクしながら待っているが、一向になにも起こらない。ふと、すぐ近くまで猫娘が後退しているのがわかった。もっとも俺たちの場所も確認しながら、決して警戒は解いていないようだが。


 パシャ、パシャ、パシャ


 そりゃ警戒されるわ。死ねよデブ……。

フラッシュを焚くたび、ばあさんを除いた三人の視線が突き刺さるが、デブは全く気にしてない。いや、気にしたら負けだと言わんばかりだ。なんでお前そんなにメンタル強いの、そしてこんな危険なときだけ復活早いのすごいイライラする。

 もう一度デブを殴ろうと拳を握り締めたときだった。


 ドン!!!!!!


 鼓膜が痛くなるほどの音が、神殿に響いた。

なにもうやだ、脳みそが追いつかない。わかるのは、四人が閉めた扉が、なにかの形に変形しているという事実。


「ね、ねぇネコさんや……」

「え、ちょ、あたしのこと? なに?」

 

 猫娘は視線を扉に向けたまま、猫耳だけがこちらを向いた。

うひょーケモ耳キターとデブが喚くが、興奮しすぎてもはやプギィプギィにしか聞こえない。ローアングルを攻め続けるデブを踏みつけるため、猫娘に一歩だけ近づく。


「あんまり聞きたくないんだけどさ、何に追われてるの?」

「え、あー、んとねー、あたしもよくわかんないけど、もうすぐわかるよ」


 そ、そうか。もうダメかもしれない。

 少なくとも、この四人より言葉が通じるというわけじゃないようだ。


 ドン!!!!


 もう一度響く音。その音に少し遅れて、片方の扉が変形に耐え切れず、ズルっと外れた。


「ああ、もう……ありえないだろ」


 視界が歪む。絶望とはまさにこのこと。

 もし、万が一、ここが地球じゃないどこかだとしても、RPG的なモンスターが現れるのだと思っていた。

 ゴブリンとかオークとかキマイラとかスライムとかゴーレムとかドラゴンとか。

ポタポタと涙が流れる。ズズっと鼻をすすり、顔を背けた。乾いた喉が絡みつき、気持ちが悪い。ふざけるなよ、なんで、なんで、


「来るぞ! くそ、オークプラントだ!!」


 大きさは違うが、ある植物に似ていた。よくセイタカアワダチソウと一緒くたにされがちの雑草で、成長した背丈は大人の身長を軽々と越す。葉はヨモギに似ているが、小花が集まった房が天を着くようにいくつも生えているのが、他の植物との大きな違いだ。

そして、花粉症や喘息の原因の要注意外来生物でもある。

 

 ただの巨大なブタクサじゃねぇか!!!


 そして、その最大の特徴である房の一つ一つが、人の頭ほどの大きさ。花粉の粒もでかそうだが、俺の花粉症が発症していることから、その威力は変わらないと推察できた。両方の扉を破ってきたブタクサは、まずその大きさに目を見張る。この部屋を体育館と揶揄したが、それは高さも含めている。いや、高さだけなら、俺たちが通う大学の体育館と匹敵するだろう。

 根っこを足の代わりに、ずるずると入りきろうとしていた。


「でかいよぉ! こわいよぉ!」


 猫娘はネコミミを折りたたみしゃがみこむ。

 泣きたいのはこっちだ! むしろもう泣いてるわ!! 

そういえばデブは――写真をとるのも忘れて呆然としていた。これでデブも、俺たちが置かれている状況を理解してくれたろう。日本のアダルトビデオがどれほどクオリティをあげようが、カメラがなきゃ撮影はできないんだよ! だからデブ、周りを見渡すなビデオカメラを取り出すな舐めるように撮るななんでお前は花粉症じゃないんだよデブ!

 ブタクサが部屋に入りきる前に、アルマジロとトカゲ人間は動いていた。盾を鉄の棍棒叩きながら注意を誘うアルマジロは、左に円を書くように逃げていく。

 耳でもあるのか、ブタクサはアルマジロの方を向き、体を大きく傾ける。その動きに合わせ、トカゲ男が動いた。槍を両手で抱え、思い切り突き刺す。しかし、槍の刃先は幅広ではなく、茎に突き刺さるが致命的な一撃を与えたとは言いづらい。トカゲ男にもそれは分かっているだろう。あの長い槍を器用に連続で突く――と思ったが、器用ではないらしく、五回の連続突きで当たったのは遠目に見て三回だけだった。

 ネコミミといい、いまだ詠唱を続けるばあさんといい、熟練の冒険者プロではないようだ。デブに逃げるようにと目配せをすると、「なに言ってんのコイツ」みたいな顔で首を傾げられ、本当に殺意が沸いた。いっそブタクサに差し出して、その間に俺たち五人で逃げるほうが花粉症ともどもスッキリするだろう。

 デブは使えないと切り捨て、背後の門を思い切り引っ張る。一回引く事にズリっと数ミリ動いているようだが、いかんせん力と体重と、時間が足りない。ブタクサはその異名の通り、オークであった。その身長から繰り出された葉っぱ攻撃が、体育館の端から端まで届く風圧とともに、トカゲ男を吹き飛ばす。ガシャガシャと鎧と床が擦れ、トカゲ男は中央で動かなくなる。


「グランゴ! くっそおぉぉぉ!!」


 猫娘は、ネコミミを見る限り恐怖に打ち勝ったわけじゃないようだが、仲間を助けるために走り出していた。その光景を見て目頭が熱くなる。花粉症だからじゃない。デブが超ローアングルで猫娘の太ももの撮影を始めていたからだ。こんな情けないことがあるのか? 俺がコイツの親ならば、確実に殺していただろう。

 デブを踏みつけ俺も駆け出す。ここが本当に『そういう世界』ならば、ポーションとか薬草とか回復薬くらいあるだろう。ここで戦闘できるのは、パッと見てアルマジロとトカゲ人間の二人だけ。猫娘はレベルが低いのか初心者なのか、あるいはイベントNPCなのか、しっかり役立たずである。で、あるからに、戦闘要員に倒れてもらっては困るのだ。それに、少しばかり正義感もあったし。


「に、人間! 近寄んないで!!」

「いまそれどころじゃねぇだろ! そっち持てって!」


 トカゲ男の腕を持った瞬間に、この人は持ち上げられない重さだと直感した。うつ伏せで倒れている男の左手を俺が、右手を猫娘が持って、デブの方へ引きずる。トカゲ男の足に槍が引っかかっているが、引きずる分には支障ない。問題は鼻水だ。口呼吸しかできないから、簡単な動きでもすぐ息が上がってしまう。


「で、どうするの!」

「――え?」


 猫娘からまさかの一言。なにお前本当にNPCなの? 俺になにかのチュートリアルでもやらせようとしてんの? 『ポーションを使おう』的な? バカなの? 死ぬの?


「えーっと、回復薬とか? じゃなきゃ、魔法とか?」

「え? あんたらってそんなの持ってるの?」


 ……オッフ。




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