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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
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9.二度目の出来事

 千早は、武に直してもらった自転車で登校した。時間に余裕ができたのは、今日が久しぶりだ。スカートをなびかせながら、駐輪場のスロープを登る。

 東階段を上がり、教室へと入る。武は登校時間すぐ前にやってくるから、今日は武より早く来たことになる。

「…っ!」

入って息を呑んだ。自分の机が無造作に倒され、ゴミがかけてあった。ここまでエスカレートした事態は始めて見る。

 どこからともなく感じる視線を無視し、倒れた机のそばにバッグを置く。朝からやるせない気持ちに襲われる千早。全身の力が抜けていくのがわかった。

 しばらく動けなかったが、ハッと我に帰ると机の上を片付けだした。ゴミ箱を直に持ってくると、かけてあるゴミを手づかみでゴミ箱に突っ込む。

「ふぅん。掃除好きなんだ。」

後ろを振り向くと、涼子だった。怪しげな笑みを浮かべている。

“バタン!”

次の瞬間、涼子はゴミ箱を蹴り飛ばした。千早の突っ込んだゴミがあたりに散乱した。

「どうぞ。お気の済むまでやれば?」

クスクスという笑い声が、うつむく千早にもしっかりと聞こえた。

「…。」

あまりの衝撃に、動きのとれない千早。どうしていいか、わからなかった。

 女子たちは楽しそうに千早の惨めな姿を見ていた。朝いる男子はおとなしめの者が多いせいか、誰も声ひとつ出さない。

「…はぁ。」

ため息を一つつくと、掃除ロッカーからホウキと塵取りを持ち出して、机の周りを掃き始めた。まるで周囲に誰もいないかのように、無表情で。

 女子が黙って見ている間に千早はゴミ箱にぶちまけられたゴミを捨てなおすと、自分の机を丁寧に立てた。転がっている椅子も元に戻し、周りの机の位置を正す。教室は、ただその音だけが聞こえていた。

“ガララ…”

男子が数人入ってきた。それを見届けると、千早はホウキと塵取りを掃除ロッカーにしまった。そして自分の席に戻ると、後は何ごともなかったかのようにじっと黒板を見つめた。

「…。」

面白くない、という表情で、女子たちは自分の席に戻っていった。


 七時限目が終わった。移動教室だったクラスメートたちは、教室へと戻っていく。

 千早もその中に混じり、教室へと帰った。混じったといっても、ただ集団の後ろにくっついているだけで関わりは一切なかった。

 教室の入口で何かあったようだ。気持ち、人だかりができている気がする。教室に入った生徒が、男女問わず足を止めていた。

 千早は教室に入り、自分の席を見る。今度はバッグがひっくり返され、中のものが散乱していた。バッグには踏まれたような跡がある。

 またか、というのが最初に感じたことだった。しゃがみこむと、落ちているものを拾い上げる。数学の教科書は破かれていた。

「…。」

無言で、バッグをパンパンと叩きホコリをとる。そして、散乱しているものを入れなおしていった。

 前、後ろ、横、視線を感じた。かわいそうという視線ではない、あざ笑われている感覚だった。悔しさを押さえ込む千早。

 バッグの中身を入れ終わった頃、武が教室へと戻ってきた。武に心配をかけさせるわけにはいかない。これは私自身の問題なんだから。

「なんか、妙な空気だな。何かあったのか?」

「ううん。私にはわからないけど。」

武の言葉に、平然と答える千早。つくり笑顔は、武にどう映ったのだろうか。

 すぐに戸塚が教室に入ってきた。帰りのホームルームが始まる。

「はい席につけー。当番、挨拶。」

「起ー立。」

「お願いします。」

 いつものように全員が席についたのを見届けてから、戸塚は口を開けた。明日の予定が主な内容で、特に気になることではなかった。

「じゃあこれで終わる。はい当番。」

「起ー立。」

「ありがとうございました。」

放課となり、教室がざわつく。


 「はぁ…。」

またため息をつく地学室の前。この様子では、明日も平和ではないだろう。

 武に気づかれないかと思う一方、気づいて欲しいなと矛盾した気持ちになる。どこかで助けを望んでいるのだろうか。私の中で、意地と理性が戦ってる…。

 「ええ!?」

ドアを開けようとして、後ろからの声に振り向いた。七海、桃子たちだった。

「ど、どうしたの?」

「あ、千早ちゃん。とにかく中入ろ、中。」

七海に押され、地学室へと入る千早。中には数名の二年生しかいなかった。

「で、どうしたの?そんな…」

「勝川君が江口君にメールしてね、行き先どこがいいかって訊いたんだって。」

「あ、そうなんだ。それでどうなったの?」

「どうもこうもないよ~…。それでさ、勝川君がメールで変なこと言ったらしくてね、江口君が怒ってるらしいの。」

よく理解できなかった。えっと、江口君には行き先候補地を訊いたんじゃないの?

「つまり、勝川訓は私と同じ状態になっちゃったわけなの。」

「だって、ああいう風にとられるとは思ってなかったからさ…。」

困ったように言う勲。

「ということで、また変なことになっちゃったの。どうする?」

「どうするって言われても…。」

“ガララ…”

武が入ってきた。

「おお武!聞いてくれよー。」

「はぁ?一体なんだよ、いきなり…。」

勲が来て早々の武に訴える。ふんふんと聞く武。

「つまり、お前が江口にメールしたことが、江口にとっては侮辱されたと勘違いされたってわけだな。」

「そういうことじゃ…、いや、そうなるね…。」

はぁ~とため息をつく武。

「じゃあ旅行中止になっちゃう?」

「いや、桃子と仲直り計画は表に出してないから、行くことは確定だと思う。ただメンバーが一人減ったね…。」

うわぁ…。という空気が地学室に下りた。

「…旅行計画が健全なら、誰かまた行き先を訊かないと。次は誰?」

「七海ちゃん…次は誰って訊くと、次の犠牲者は誰みたいに聞こえるよ…。」

「え、私はそんなつもりで言ったわけじゃ…。」

武は勲になにやら言っている。向こうは男子同士でどうにかしたい、ということだろう。

「じゃあ私が連絡とろうか?」

千早が小さく言った。

「ホントに!?じゃあお願いします!」

ペコリと頭を下げる七海。なんでお辞儀?という顔の桃子。


 その日の夜、千早は部屋で緊張しきっていた。何せ気になる男子にメールを送るのだ。しかも状況が状況だけに、不安も感じる。

「“旅行の行き先がまだ決まっていないんだけど、ちょっと妥協してどこかいいところはない?”」

送信ボタンを押した瞬間、落ち着きがなくなってしまった。ソワソワしてじっとしていられない。

“ピロリ~ン♪”

ほどなく、返事が届いた。手を震わせながら、ケータイを開く。

「“別にどこでもいいよ。近場でも構わないし。”」

うーんと考える。ジャンルを指定した方がいいのかな?

「“じゃあ大まかに希望はない?テーマパークとか遊園地とか。…USJはゴメンね。”」

“ピロリ~ン♪”

「“テーマパークと遊園地って同じじゃない?まあ地域でって言うなら名古屋の方行ってみたいかな。”」

テーマパークと遊園地。あ、と気づいて真っ赤になる。何やってんの、私…。

「“名古屋行きたいんだ。じゃあ名古屋の方で色々調べてみるよ。”」

“ピロリ~ン♪”

「“うん、ありがとう。わざわざすまないね。”」

 やりとりの最中は緊張しっぱなしだった。メールの着信音が来る度にドキッと体が反応していた。

「行き先は…名古屋ね。」

明日これをみんなに伝えなきゃ、と千早はケータイを閉じた。

「そうだ、宿題やらないと。」

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