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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
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7.小さなことから大きな怒り

 月曜日の放課後―

“ガララ…”

地学室のドアを開けると、一年生たちがシャーレや顕微鏡を脇に置き、何やらせっせと腕を動かしている。

「あれ、何やってんの?」

「建山先生がね、自然科学部の活動を知ってもらうために砂のやつ、やってるんだって。」

「へー。」

 砂のやつ、というのは、小さな鉱物採集の体験のことだ。自然科学部は近くの科学館などのイベントにたびたび出展しているが、そのときのメインである。

“ガララ…”

武が入ってきた。室内を見渡すなり、あれ?という顔をしている。

「真田君ってこういうのはやってなかったよね。やる?」

「え、俺はいいよ。もう知ってるし。」

 奥の方では、翔太が一年生へ熱心に教え込んでいた。後輩の面倒見がいい翔太。今の二年生が入りたての頃も、積極的に話しかけて回っていた。

「江口は熱心だね~。俺にはあんな真似できないよ。」

武が感心したように言う。

「でもちょっとやりすぎかな。自分でやるってのも身につけさせたいし。」

そう言って、桃子が翔太のところへと行った。桃子は元部長だ。翔太と似ていて、同学年によく気を使っていた。

「どうする、私たち。やることないね。」

「いいんじゃない?ここでゆっくりして、なんかあったら手助けとかすれば。」

秋恵がのんびりと言う。そうだね、と千早も同意した。

 その時だった。

「なんでだよ!?そんなに教えるのが悪いのかよ!?」

怒鳴り声にも似た叫びが聞こえた。

「ち、違うよう…。私はただ…。」

声の出どころは翔太だった。すぐ前では桃子が、小さくなっている。

「もう知らねえ!勝手にやってくれ!」

翔太はそう叫ぶと、大股で歩き出す。自分のバッグを引っつかむと、地学室から出て行った。

「…何があったの?」

「さあ…?」

千早たちは、キョトンとするしかなかった。何が起こったのか、理解が追いつかない。

「桃子、何があったの?」

たまらず、七海がしょげている桃子に訊く。

「う、ううん。何でもないよ。ちょっとね…。」

そう言って桃子は、地学室を出て行った。

「…どうなってんの?」

「翔太君、怒ってたみたいだけど…。」

琴音が不安そうに言う。たった数分かそこらで、地学室は沈黙してしまった。


 “キーンコーンカーンコーン…”

放課後の予鈴と共に、千早は地学室へと駆け出した。いつものように、とりわけ理由もない小走りで。

 “ガララ…”

地学室のドアを開けると、すでに理数科のメンバーは集まっていた。…ひとりを除いては。

「…やっぱり、来てないんだ。」

翔太の姿はなかった。

「もう帰っちゃったのかな?」

「朝の反応を見ると、それもありそうだな。」

桃子の心配に、現実的な反応を見せる勲。七海が静かに頷いた。

“ガララ…”

全員の視線が、地学室のドアに向いた。しかし、目に入ったのは武の姿だった。

「え、どうしたの?みんなこっち注目しちゃって。」

「江口かと思ったんだ。昨日の一件があるからな。」

「ふーん。そういやあ、たしかに姿が見えないな。」

キョロキョロと室内を見渡す武。

「桃子、何があったのかくらい話したら?」

七海が桃子に言う。

「いや、私だけで解決するから…。」

「どう考えたって、桃子だけじゃ解決しきれないでしょ。」

七海の言葉に、ちぢこまる桃子。当の桃子自身が、よくわかっているらしい。

「えっとね…、江口君がね、教えるのがそんなに悪いのかって。」

「そんなのわかってるよ。知りたいのは、なんでそんな言葉が出てきたのかってこと。」

容赦なく責める七海。桃子の顔は、今にも泣き出しそうなくらい真っ赤だ。

「七海ちゃん、ちょっとやりすぎ。桃子ちゃん泣いちゃうよ?」

「あ、うん。でも事情を知らないと、手助けもできないよ。」

うつむく桃子。わずかに開けてある窓から吹き込む風が、カーテンを揺らす音が聞こえる。

 「えっとね…」

沈黙の末、桃子が口を開く。千早たちの意識が、桃子に傾く。

「江口君がね、一年生の砂のやつを指導してたの。これはこうするんだよとか、あれをこうしてねとか。」

「やってたね。そういうの熱心だから。」

「それでね、私が言ったの。あまり教えすぎると、自分で考えることがなくなっちゃうから、ほどほどにしてねって。」

「それで、江口が反論したのか。」

勲の言葉に、頷く桃子。

「私、別に咎めるつもりで言ったんじゃなくて、ほんのアドバイスのつもりで言ったのに…。怒ることなんてないのに…。」

桃子の声に、泣き声が混じる。耐え切れなかったようだ。

「さて、どうしようか。このまま放っておくわけにもいかないし。」

腕を組む七海。

“ガララ…”

「え、なんで桃子ちゃん泣いてんの?」

秋恵と琴音が入ってくるなり、桃子を見てびっくりする。

「ああ、昨日のこと訊いたらね。」

「七海ちゃんがいじめたの?やなことするねー。」

「違うよ。今は真剣は話なんだから。」

七海に真剣な表情で言われ、地学室に漂う重苦しい空気に気づいた秋恵。

「だから江口君来てないんだ。」

「心配だね。」

琴音も不安そうな目つきをしていた。


 次の日、地学室から下校する千早たち。今日も地学室に集まったが…、

「すぐ帰っちゃったね、江口君…。」

「…。」

うつむいたままの桃子。

 地学室に姿を見せた翔太。だったが、桃子とはいっさい会話を交わさず、すぐに帰ってしまった。その顔に、笑顔はなかった。

 「ちょっと変だよね?桃子はそんなに強く言ったの?」

「え?全然だよ。あまり教えすぎない方がいいよ、みたいな感じで軽く…。」

「うーん、それだけであんなに反応するってもの不思議だよねぇ。」

駐輪場で考え込む五人。

「…もしかしてさ、あれじゃない?勝川君。」

「え、何?」

突然、勲を出す七海。

「一昨日さ、登校時に何人か捕まったらしいじゃん。自転車どーのこーので。」

「あーあれね、通っちゃいけないところを通ってたとかどうとかってやつか。」

何それ?と三人が反応する。

「一昨日さ、北門で生徒数人が土門先生に捕まったらしいんだ。自転車通学のやつらがさ、通っちゃいけないルートで登校してたとかって。」

「でも、本当は通ってもいいところだったらしいね。」

「そうそう。それで土門先生が捕まった生徒の前で謝罪したって話だけど、捕まったせいで補習が入ったりしてるってさ。」

「そういえば、うちも一人捕まってたな。」

武が言う。

「まあ時が経てば、何とかなる…と思うよ。」

「うん、そだね。…じゃあね。」

千早は武たちに手を振った。

「じゃあね、千早ちゃん。また来週ー。」

ゆっくりスロープを下りる千早。

「…江口君。」

頭に、今日の翔太の姿が思い浮かんだ。浮かない顔をし、何を考えているのかわからない翔太を。

 こんな時でも江口君を思ってしまう自分。

「…バイト、間に合わなくなっちゃうな。」

千早は首を振ると、小走りで校門を出て行った。

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