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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
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4.抗っても抗っても

 黒板にチョークを叩く音が聞こえる。教師の戸塚が板書している真っ最中だ。今日は数学の教師として、教壇に立っていた。

 始業式から幾日も経たないうちに、もう授業だ。一日七時限の50分授業、一年生の頃はどんなに長かったか。

 「はい、では今日から関数と極限という単元に入っていきます。関数自体はだいぶ前からやっていると思いますので、極限について説明していきたいと思います。」

黒板に振り返り、また板書を始める。ノートに写している者、ボーっと聞いているだけの者、すでに夢の国へ招待されている者もいる。二年生から進級したところで、二日三日では変わらないクラスの風景だ。

 千早はシャープペンを走らせていた。ほぼ毎日のアルバイトのおかげで、大抵二時間目あたりから落ち始める。そのせいで、去年はあやうく留年を喰らうところだったのだ。

“コンコン”

「はい、これ見て。y=2x、このxに1から順番に数値を入れていくとどうなるか。皆さんならね、簡単にわかると思います。」

黒板へと表を作り始める戸塚。正直、書く方の身にもなってくれよと思った。


 昼休み、千早は食堂へと下りていく。すでに生徒で満杯の食堂だ。発券機の前には長蛇の列ができている。

 その発券機の列には並ばず、手前の自販機の前へと立った。パンなんかが100円ちょっとで売っている、食品販売機だ。

“カシャン”

100円玉を入れ、ボタンを押す。大きめのバターロール一つ。これが千早の昼食の全てだ。

 再び階段を上がる千早。下りる生徒の間をかき分けるように教室へと戻った。

 自分の席へ着くなり、パンの封を開ける。武は他の男子の席へと出張している。机だけが取り残されている。

 外を眺めながら、千早はパンをかじった。外といっても、目線が下がったせいで半分は南校舎しか見えない。空を見上げても、雲がひとつふたつ浮かぶ青空が見えるくらいだ。

「航太…、大丈夫かな…?」

ふと、こんなことが頭をよぎった。カップラーメンばかりということは、食事も作ってもらっていないのだろう。また暴力を振るわれたりしていないだろうか…。

 そういえば、心配事といえば昨日のコンビニで感じたよくない予感は何だったのだろう。帰ってきて寝て、朝起きて登校して、昼休みまできたが特に変わったことはない。

「…気のせい、だよね。」

今度は弱気な自分が悲しくなった。毎日一度は悲しみに襲われる。自分は哀れだ、と思うこともあるし友達がいないのを心のなかで嘆いたことも多々ある。理由もわからず、突然悲しみに襲われたこともあるくらいだ。

 パンを食べる手が止まっていることに気づいた。


 “ガララ…”

「すいませーん、遅れました。」

放課後、地学室に入る千早。戸塚に呼ばれたのだが、急用でうやむやになってしまった。

「じゃあ全員揃ったことですので、自己紹介でもやってもらおうかなと。」

「え、どこからですか?」

「どうします、巻本先生?」

「我々からしてしまいましょうか。あとは三年生からで。」

地学室がにわかに騒がしくなる。後ろを見ると、一年生なのか見慣れぬ生徒が数名いた。誰も彼もが緊張しているように見える。

「えーでは、皆さんこんにちは。顧問の建山です。一年生はね、理科なんかの授業でよく会うと思いますんで、よろしくお願いします。」

笑いながら、恥ずかしそうにお辞儀する建山。

「顧問の巻本です。理数科の方がメインなんで、理数科の生徒以外はあまり会うことはないと思いますが、ああ自然科学部にこんな先生いたっけな、程度で覚えていてもらいたいです。はい。」

「富岡です。いっしょに楽しくやりましょう!」

富岡の短い自己紹介が終わると、建山が千早に立つようにジェスチャーする。

 ガタッと椅子を下げ、立ち上がる千早。

「さ、31HRの西園寺 千早です。…よろしくお願いします。」

言いたいことがうまく言えず、そそくさと座る千早。しかたねぇな、という感じで武が立ち上がった。

「同じく31HRの真田 武です。僕も今年から入ったんで、わからないことだらけですがよろしくお願いします。」

「よろしく、後輩!」

勲が野次を飛ばした。ハハハ、と笑いがこぼれる。

 またやってしまった、そう千早は感じた。

「どうしたの?千早ちゃん?」

琴音が顔を覗き込む。

「あ、ううん。なんでもないよ。」

あわててはぐらかす千早。不思議そうに思った琴音だが、順番が来たらしく立ち上がった。

「輪島 琴音です。33HRで、…」


 次の日、千早は体育館裏のゴミ置き場へと向かっていた。掃除の関係で、ごみ捨てに行ったためだ。

「うんしょっと。」

ゴミ袋を置き、立ち去ろうとする千早。…ふと、肩を叩かれた。

「西園寺さんだよね?ちょっと来てくれない?」

ロングヘアーのその姿は、どこかで見たことがある。クラスメート…?

「え、あ、はい。」

自分より頭一つぶんほど長身の彼女に引かれ、部室棟の裏側に連れてこられた。

 足を踏み入れた瞬間、千早の目に入ったのは…

「…涼子。」

腕を組んで立っていた、木佐貫きさぬき 涼子りょうこ。周りには4人ほどの女子生徒が、囲むようにして立っている。クラスで顔を見た人物も混じっていた。

「昨日、九時過ぎにコンビニでバイトしていたのを見ちゃった。」

声のトーンを上げて、千早に向ける涼子。学校では夜九時以降のアルバイトは禁止であり、バレれば即退学の可能性もあった。

「たまたまコンビニに寄ったら、ねえ。今から戸塚に言っちゃおっと。アイツ、生真面目そうだしね~。」

何かを誘うように喋りつづける涼子。

「…。」

「まあ、口止め料を下さるってのなら、見逃しもいいけどね~。」

口を閉ざす千早に、本音を出す涼子。千早は怒りと怖さ、両方を感じていた。

「…いくらよ?」

「そうねぇ、ここに六人いるから六万円でどお?」

 冗談じゃない、千早のバイト代は生活費だ。桁二つ下げても厳しいのに…。

「そんなの…、払えるわけないでしょ…。」

「あらそう。じゃあ今から言いに行きましょ。」

そう言って、立ち去ろうとする涼子。その言い方に、千早の中で何かが切れた。

「アンタみたいね、毎日ゴロゴロしてるわけじゃないのよっ!」

叫びながら、涼子に飛びつく千早。背中から倒れこんだ。

「何すんのよっ。」

「うるさい!このヤンキー女!」

“バシッ!”

右手を挙げ、ビンタを喰らわせる千早。

「このっ…」

もう一度喰らわせようとしたとき、不意に右腕をつかまれた。そのまま捻り倒される千早。

“ドゴッ”

「うっ…」

四方から蹴りとばされる。今度は首をつかまれた。

「ぐぅっ…!」

「チビのクセに生意気ね!」

“ビシッ”

ビンタを喰らった。何度も何度も。

「ホラホラ、やれるもんならやってみなさいよ。」

背中に蹴りが入った。意識はどんどん薄れていった。


 「…。」

冷気で目が覚めた。ブラウスからスカートの裾まで、砂だらけだ。

「いた…っ。」

立ち上がろうとすると、痛みが走った。腕はアザだらけだ。壁に寄り添い、フラフラとようやく立ち上がる。

 物色されたのか、中身が散乱したバッグを整理する。盗るものがなかったのか、あるべきものはあった。

「あっと…。」

ブラウスの袖で顔を拭くと、真っ赤になった。鼻血も出ているらしい。だいぶ手ひどくやられたみたいだ。

「…はぁ。」

痛みの走る左足を庇いながら、夕日の沈みそうな空の下を校門に向かって歩いた。

 「おい!どうしたんだ、傷だらけじゃないか!」

駐輪場スロープ手前で、陸上部の顧問が気づいた。

「あ、グラウンドで転んでしまって…。すぐに帰るんで大丈夫です。」

「大丈夫じゃないだろう。すぐに医務室に行きなさい。」

「いえ、本当に大丈夫ですから。本当に…。」

左足を引きずりながら、小走りでスロープを駆け上った。

 前から、千早はこうしていじめを受けていた。教室内での無視、仲間はずれは当たり前。教師に言ったこともあったが、今度はそれを口実にいじめが再発した。

 もう誰に言っても解決しない。引っ込み思案な性格も相まって、いじめの悪循環が千早を襲っていた…。

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