3.自然科学部に来てね
“キーンコーンカーンコーン…”
予鈴と共に、教室にいた生徒が一斉に出て行く。ダッシュで出て行く男子もいれば、仲良しグループを作って後にする女子もいる。
「千早、今日顔出してもいいか?」
地学室へ向かおうとする千早に、武が声をかけた。
「え?別にいいけど…、なんで?」
不思議そうな顔を見せる千早。
「いや、なんとなく。…ああ、ちょっと職員室寄ってから行くわ。」
「うん、わかった。」
武が北校舎へと向かうのを見届けると、また小走りで南校舎へと向かう。もちろん、特に急ぐ必要もないが。
誰かに見られているような、そんな視線を感じつつ地学室へと駆け込む。
「はぁ。」
ドアをそっと閉じ、ため息をつく。中にはまだ誰もいなかった。
隅に座り、ケータイを開く。メールの受信ボックスを開いて、
「…はぁ。」
もうひとつ、ため息。こまめに連絡する人がいるわけでもない千早。受信ボックスはガラガラだ。
パタンと閉じた。窓の外からは、青空に浮かぶ雲が見える。無意識に窓側へと寄った。
少し遠くに見える駅舎。ホームに入ってくる電車が見えた。どうも違う世界に来てしまった。そんな孤独感が千早を襲った。
“ガララ…”
「あ、いたいた。」
秋恵が入ってきた。メガネ姿の琴音も後から姿を見せる。
「何ひとりでボーっとしちゃってんの?」
「え?何でもないよー。」
「もしかして恋の悩みー?」
違うよーと返しながら、ついさっきまで私は何を考えていたんだろうと恥ずかしくなった。
“ガララ…”
「おーっす。」
前触れもなく、武が入ってきた。背中には大きめのリュックサックを背負っている。
「真田君久しぶり。」
「久しぶりー。」
「うん、久しぶり。二週間ぶりくらい?」
秋恵、琴音と言葉を交わす武。
千早はふと気づいた。手には何やら紙を持っている。
「武、何それ?」
千早が紙を指差す。
「ああ、これ?こんなやつ。」
と言って見せたのは、部活動登録証。
「なにこれ~、一年生しか書いてないじゃない。」
秋恵に突っ込まれる武。一年生時の所属部活の欄に“ウェイトリフティング部”とだけ書いてある。
「ああ、キツくてすぐ辞めちゃって。教師に部活に入ってないと、進路厳しいぞって言われたんだ。」
「えー、じゃあここ入るの?」
「どうしようか考えてる。模型部にしようか考えているけど…。」
そこまで言って、千早の目がキラキラ輝いているのを認めた。
「ど、どうした千早?」
「ううん。なんでもない。」
ふぅ。と一息つき、ボールペンを取り出す武。
「31HRっと。とりあえずクラスを埋めて…うーん。」
カチッと先をしまい、腕を組む武。
“ガララ…”
「あれ?真田か。昨日は来なかったのに。」
「そりゃ、俺だって年中暇なわけじゃないからな。お前みたいに。」
「はぁ?理数科は忙しいんだぞ。」
翔太が入ってきた。ドキッとする千早。
「勝川は?」
「掃除じゃないかな。すぐ来るだろ。」
武が翔太のところへ行き、女子三人が残る。
「そうだ、千早ちゃんは進路決めた?」
「え、まだだけど…?」
「やっぱりね~。私も決まらないのよ。あんなのすぐ決めろって言われてもムリ。」
「ちゃんと考えないとだめだよ。」
琴音が指摘する。
「琴音は真面目すぎるんだから。たまにはパーッと騒がないと。」
「そうそう。去年の自己紹介のときみたいに。」
「あ、あれは秋恵がやらせたからで…。」
「じゃあやらせよっか♪」
突然、準備室のドアが開いた。出てきたのは顧問の建山。
「おっ、めずらしいのがいるじゃないか。」
「あ、どーも。」
準備室は理科の教師達個別の職員室だ。職員室から遠いからと言って、騒げばたちまちお縄となってしまう。
「ここで油売ってていいのか?部活はどうした?」
「えー今悩んでまして…。」
作り笑いをする武。千早と秋恵は顔を見合わせた。どうやら、この流れだと入部することになりそうだ。
“ガララ…”
「ふー。」
「あー疲れたー。」
「私は全然疲れてないけどね。」
勲を先頭に、七海と桃子が入ってきた。
「結局このメンバーが最初かよー。」
「だいたいそうだろ?土肥なんかは週一だし、内海は生徒会だしな。」
妙に得意そうに説明する翔太。
「じゃあ、お願いします。」
武の言葉。案の定、建山に説得され入ることになったらしい。
「ようやく部員になったのか。よう、後輩。」
「誰が後輩だ。お前が先輩じゃあ頼れねえな。」
「え?元々頼って欲しくありませんが何か?」
翔太が武をいじっている。
「こんちわー。」
「おおこんちは。二年生も来たな。」
「部長、桃子。巻本先生が呼んでるよー。」
「ああはいはい、今行く。」
桃子が準備室のドアノブに手をかける。
武が自然科学部にやってくる。それだけで千早は嬉しかった。
「こんばんは…。」
コンビニの裏口のドアを、そっと開ける千早。武というクラスでの友達ができたことで、一人になったときの孤独感が増してしまった。嬉しさの代価であるかのように、どうも小さくなってしまう。
「西園寺さん、飲料の補充お願い。」
「あ、はい。」
黙々とアルバイトをこなす千早。接客業ゆえ、何も考えずに手だけを動かす。お世辞にも気持ちのよい時間とは言えない。
飲料の補充を終わらせたあと、今度は弁当の回収。
「いらっしゃいませー。」
誰か客が来たらしい。足音が後ろを通った。ハイヒール…女性?
レジを打つ音が聞こえる。
「ありがとうございましたー。」
店員が頭を下げる。特に変わった様子もない。が、千早には何かよくない予感がした。
「いらっしゃいませー。」
また客が来たようだ。弁当の回収を追え、ボックスを裏へと運ぶ。チラリと見た店内には、今来店した様子の男性と、レジの店員。いつも通りの景色だ。
「?」
そのままボックスを持って裏へと出た。
「西園寺さん、お疲れさん。もう上がってもいいよ。」
気づいたら十時をまわっていた。
「ああ、じゃあ後よろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀をして、ロッカーを開ける。先ほどの予感が、頭をよぎる。
「なんだったの…?」
ロッカールームから店内をのぞく。やはり怪しいことは何もなさそうだ。
「…。」
何だか気味が悪くなり、急ぎ気味に自転車に乗った。
アパートまでは1キロあるかないかくらい。たいした距離ではないが、この時間ともなれば道中は真っ暗闇だ。
千早は走り始めてすぐの角を曲がった。今日だけは、明るい場所を選んで帰りたかった。




