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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
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27.私、いらない人間なんだ…って

 千早は、アパート近くのマンションへと入っていった。

「…親戚でもいるのか?」

それにしては、こんな遅い時間になぜ…?

「行くだけ行ってみるか。」

きっとアパートじゃなくて、知り合いの家に泊まることになったのだろう。だがしかし、頭がどうも納得のサインをくれない。

 千早はそのまま階段を上がっていく。エレベーターがあるのに、使わないことが疑問を大きくしていく。

「…。」

一階分ほど間隔を空け、足音をたてずに追う武。ついに最上階に辿り着いた。

「最上階なんて…、!」

まだ上るのか?これ以上は屋上しかないはずだぞ?疑問が、不安へと変わっていくのがわかった。

 千早の身が、屋上へと出た。「立ち入り禁止」の板がつるされたチェーンを乗り越え、屋上へと足を踏み入れる千早。

「お…、おいおいおい…。」

足音が聞こえるのも無視し、チェーンを乗り越えた。その先には…

「千早っ!」

思わず怒鳴った。最悪の予想が当たってしまった。

「え…」

足を半分踏み出した千早、その顔が振り向いた。

「ちはやーっ!!!」

姿が徐々に見えなくなっていく。足が見えなくなり、胴体、そして顔が…

「ちはやっ!」

自分が落ちるかもしれない。後から思えばそんな無謀な行動だったが、頭から滑り込んで腕を目一杯伸ばす。

「ぐっ」

手が千早の腕をつかんだ。…が、降りしきる雪で滑ったのだろう。

「ちはやーーっ!!!」

そのまま、千早は仰向けに落ちていった。視線は、間違いなくこちらを向いていた。

“ガサッ”

マンションのすぐ脇の茂みに、千早の姿が消えた。暗くて見えない。

「こりゃまずいっ!」

あわてて体を起こし、チェーンをジャンプで越える。そのまま階段を駆け下りた。

「バカ野郎っ!何時だと思ってるんだっ!」

背中に怒号が聞こえたが、なんとも思わなかった。

「千早…、千早…。」

そればかりが頭を駆け巡った。

 最後の数段を飛び越え、茂みの方向へと走る。もつれそうになったが、その力さえ使って。

「千早っ!」

雪が積もった茂み、一つだけポッカリと穴が見えた。

 息を切らしてのぞくと、千早が背中を丸めて横たわっていた。

「おいっ、千早っ!しっかりしろっ!」

気が動転したまま、千早を抱きかかえた。そのまま車へとダッシュ。

 昔、こんな話を聞いたことがある。投身自殺をする者は、落下の衝撃で死亡するのではなく、落ちている最中にショック死するのだと。

「やめろやめろやめろーっ!」

自分の心の中でしか聞こえないはずの声に向かい、怒鳴る武。車の後部座席へと千早を運び入れた。

「とと…、脈の確認だったか…。」

やって間もない、教習所での応急救護を思い浮かべつつ、腕で脈を測る。

「…よかった。」

指に鼓動を感じた瞬間、体中の力が抜けていった。よかった、ちゃんと生きてる。

「呼吸は…」

口に手を当てて確かめる。が、

「…呼吸してない。」

もうとっさの判断でしかなかった。自分の唇を千早の唇に当て、息を吹き込む。

「二秒に一回だったか?…もうどうでもいい!」

フゥーっと吹き込んだ。回数も時間も数えずに。

「…ケホッ…ケホッ。」

千早の咳が聞こえただけで、こんなに嬉しいのは初めてだ。息を吹き返したのを確認し、安堵の表情が武に浮かんだ。

「千早、じっとしてろよ。」

自分自身もだいぶ落ち着いてきた。運転席に戻り、シートベルトを締める。

「とりあえず、家に連れてくか。」

クラッチペダルを上げ、車が動いた。


 “キッ”

武の家の前、車を止めて千早を運び出す。

「俺の布団だけど、ごめんな。」

自分の部屋に敷きっぱなしにしてあった布団に、千早を寝かせる。

「車置いてくるから、じっとしてろ。」

車に戻り、車庫へと入れる。せいぜい二分かそこらの行動なのに、心配でたまらない。

 いつもよりだいぶ雑に車を入れ、部屋へと駆け込んだ。

「…はぁ。」

千早は静かに横たわっていた。スースーという寝息が聞こえる。

「でも…、なんで自殺なんて…。」

千早がいじめられていたことは、薄々感じ取ってはいた。死を覚悟するほど、酷かったのか…。

「うう…、ううん…。」

千早のまぶたが開いた。まぶしいという風に、手で顔を隠す。

「大丈夫か?」

声に反応し、首を回す。

「た…ける?」

むくりと起き上がった。キョロキョロとあたりを見回す。

「俺の部屋だよ。」

「ああ、私…。」

落ちた記憶は確からしい。

「…あのね、…ありがと。」

「礼はいいよ。なんで自殺なんか?」

千早は答えなかった。うつむき、笑顔一つ見せない。

「いじめか?」

いじめ、という単語を出したくはなかったが、目の前に苦しんでいる人間がいるのに理由を訊かずにはいられなかった。

 長い沈黙がおりた。もう、喋れないかとも思えるような時間の長さだった。

「…私ね、」

ようやく口を開く千早。重い決断を、下したようだった。

「…いらない人間だと思うの。」

「いらない?」

コクリと、首を縦に振った。

「…私の、母親が死んだの知ってるでしょ?航太が殺してね。」

「ああ。」

「でもね、私はそれでよかったと思ってるんだ。…母親が死んでよかったなんて、狂ってるよね。」

武は何も答えられなかった。千早にとって、母親はどんな存在だったのか。それは、母親と共にこの家で生きてきた俺にはわからない…。

「でも、死んでよかったと思えるような母親から、私も産まれてきたんだよね。…生きる価値もない母親から産まれたんだから、私も生きる価値ないのかなって…。」

千早がそんなことを考えてるなんて、驚いていた。夏休みからいきなり活発になって、いつでも笑顔を見せるようになって、いじめにも負けることなく学校に通って…。

「…江口君にも、迷惑かけちゃったし。…航太も、全然助けてあげられなかったんだよね。」

千早…、そんなに悩んでいたのか。なぜ、助けてあげられなかった…。

「ひとつだけ、言わせてくれ。」

重苦しいこの空気を何とかしようと、声をあげた。

「俺が助けたんだから、生きる価値はあると思う。」

何言ってんだ、俺は…。だが今更戻れない、続けた。

「生きる価値がなければ、千早は死んでたと思う。今、ここに生きてるのは、生きる価値があるからじゃないのか?」

頭で喋っていなかった。体が言葉を発しているようだった。

「千早のお母さんがどんな人物だったか知らねぇけど、俺は千早に生きていて欲しい。千早が要らないなんて言うやつがいるのなら、俺はそいつこそいらねぇヤツだと思う。」

語尾は力強かった。

「…。」

「江口の件は、すでに聞いている。千早が告白したその日の内に、連絡がきたからな。」

「え…。」

「江口はこう言っていた。千早は俺のことが好きなんだと思っていた、だから江口の方に告白して両股踏むなんてズルいんじゃないかと、ね。」

「…。」

「結局、江口と千早がどういった経緯で疎遠になってしまったのかなんて、詳しくはわからない。俺だって、全て知ってるわけじゃないしね。」

ここまで言って、千早に理解する時間を与えた。千早は、黙ったままだった。

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