表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
24/28

24.翔太との再会

 交差点の信号を見て、自転車のブレーキをかける。キッと自転車は止まった。

「えーと、今ここをこっちに来たから…。」

自転車にまたがる千早。片手には地図を握っている。白い息を吐きながら、周りをキョロキョロ。

 年が明け、2006年の1月14日。今日はセンター試験、千早自身もセンター試験の会場へと向かっているところだった。見慣れぬ場所に戸惑いながらも、自転車を走らせていく。

「ここを曲がって…。あれかな?」

会場となっている大学を見つけた。

 どこも受験者らしきで一杯だ。駐輪場を探し当てたが、広い大学の駐輪場さえもほとんどが埋め尽くされていた。

「受験票を出して、こちらへ移動してくださーい。」

直行便のバスには、ギュウギュウ詰めで人が乗っている。いったいどれだけの人が受けるのだろう。

 入口付近にいた職員に、受験票を見せる。

「はい。じゃあこのまま真っ直ぐ進んで、案内板があるからそれに従ってください。」

人の波に乗り、大学内を進んでいく。案内板の前には人だかりができていた。

「1790C?1700Cから1899Cまでが医学部棟だから…っと。」

医学部棟はすぐそこだ。そのまま真っ直ぐ進み、医学部棟へと入った。

「受験票を確認しますので、出しておいてくださーい。」

受験票を見せると、手に取り入念にチェックする職員。

「はい。あなたは三階の307号室ですので、階段で三階に上がってすぐ右です。」

「ありがとうございます。」

短く礼をすると、階段を上る。学校よりも広い階段だった。

 案内された307号室には、すでに数人が座っていた。

 この空気…なんなの?最初に感じたことがそれだった。殺気立っているわけではないが、穏やかな雰囲気ではない。妙に居心地の悪い感じだった。

「…。」

正面の黒板を見る。席順が白いチョークで書かれていた。

「1790C、1790C…」

空気に負けじと、受験番号を呪文のように唱えながら席を探した。向かって左の窓際、後ろに近い席だ。

 堅い木の椅子の上に腰を下ろす。暖房がついて間もないのか、スカート越しに冷たさが伝わってきた。

「…。」

周囲の受験者たちは、そんなことには全く関心を寄せず参考書を睨みつけている。


 そんな空気の中、センター試験は進んでいった。最初は地理B、現代社会。お昼を挟んで国語、そして英語。普段、試験ともなれば睡眠時間に当てている千早ですら、どうも寝られない雰囲気があった。

 そのまま二日目。まずは科学、物理ときた。午後に入って数学Ⅰ・AとⅡ・Bという数学連チャンであった。

「ああ~、終わった~。」

数学Ⅱ・Bの試験が終わった時、小さいながらも伸びと一緒に出てしまった声。使っていなかった頭をフルに使った分、精神的にヘトヘトだ。

「こっから帰らなきゃなの…。」

軽く一時間はかかる帰路につかねばならない。考えただけでも嫌だが、ここにいるわけにもいかない。

「ではお疲れ様でした。以上で大学入試センター試験を終了します。解散。」

受験者が一斉に席を立ち始め、出口から姿を消していく。千早も流れに乗りながら、307号室を後にする。

 階段は人でごったがえしていた。人の渋滞で、一歩づつしか進めない。

「…!」

二階まで下りてきたときに、すぐ下の踊り場に見つけた。…翔太だった。

「江口君…。」

ここから、せいぜい数メートル。声を上げれば気づくであろう距離。人ごみをかき分けて肩を叩く事だってできただろう。

 だが今の千早にとっては遠すぎた。体と体は近くとも、そこに意識はないに等しかった。

「…。」

唇を噛みしめる千早。隣は友達なのか、笑顔が見える。何ヶ月ぶりに見たのか、翔太の笑顔だった。

 …あの笑顔が、もういちど私に向けられることはあるのだろうか。…江口君の前に、もういちど私が立てる日がくるのだろうか。

 階段を下りきり、医学部棟から出たところで理数科は集まっていた。混じるわけにもいかず、静かにそこを後にした。

「…江口君。」

涙が出そうだった。悲しい、というよりは悔しかった。それまでずっと忘れていた気持ちが、翔太を視界に入れた瞬間湧き上がってきたのかもしれない。

 逃げるように駐輪場へと歩いた。ぐっと涙をこらえ、悔しさをこらえ…。

「…武。」

道の脇に、武が立っていた。

「ああ、千早。」

笑顔を見せた武。

「武も、センター試験受けてたんだ。」

「受けたは受けたけど、結局進路決まってないしなぁ…。教師にはとりあえず受けとけ、みたいな感じで言われちゃってさ。」

恥ずかしそうに頭をかく武。

「私もそうだよ。夢もないし。…どうしよっかな、アハハハ。」

できるだけ明るく振舞う。絶対に、武へ心配をかけさせてはならないと決心しているから。

「で、どうだった?」

「数学とか全然。物理とか、サイコロ振ったほうが点数よかったりして。」

「俺もだよ。国語なんかは全滅だぜ。」

 会話しながら、ふと去年の暮れのことが頭に浮かんだ。武の運転で、峠を登ったときのことだ。あの時、武は…。

「…千早?」

武が顔をのぞきこんだ。意識が飛んでいたらしい。

「ああ、ごめん。」

「?」

不思議そうな顔をする武。

「じゃあ私、自転車だから。急がないと暗くなって帰れなくなっちゃう。」

「そうだな、千早は方向音痴だものな。」

「うー、家の方向くらいわかるもん。」

そんなことを言いながら、駐輪場の方へと歩いた。


 「はー…、疲れちゃった。」

その日の夜、コンビニのバイト。昨日休んだから、今日は休むわけにはいかない。

「もう十時じゃないか?いいよ西園寺さん、上がっても。」

店長の言葉に、ペコリとお辞儀してロッカーに下がる。

「そういえば、西園寺さんは高校三年生だよね?大学はどこへ行くんだい?それとも就職かい?」

突然訊かれ、びっくりしてしまった。返答に詰まる。

「あ…、えと…、まだ決まってないです…。」

「本当にか?だって、今日センター試験終わったんだろ?」

「ええ。なんですけど、決めかねていて…。」

思わず下を向いてしまう。

「早いとこ進路を決めて、受験勉強に精を出したほうがいいぞ。」

「ええ、はい…。」

進路を決めたい気持ちはある。が、どう決めていいのかすらわからなかった。やりたいこともない、夢も見つからない、出席日数は足りない…。

「あれ?」

そんなことを考えながら、アパートについた。部屋のドアの前に、誰かがうずくまっている。

「…航太?」

声をかけると、うずくまっていた影は起き上がった。

「…お姉ちゃん。」

「どうしたの?こんな遅くに…。」

ドアの鍵を開け、航太を中へと入れる。ずっと外にいたのか、着ていた上着はとても冷たかった。

「家で何かあったの?」

ドアを閉め、ゆっくりと喋りかけた。暗い表情から、よくないことがあったのは確かだ。

「…お前なんか出てけって言われた。」

低い声だった。

「母さんに?」

「うん。」

もうそこまで言うようになったか…。私のいない間に、状況はまた酷くなったのね。

「…お姉ちゃんが、今から言うことよく聞いて。」

「…うん。」

頷くのを確認し、笑顔を作りながら、

「今日はとりあえず、ここに泊まっていいから。それで、明日の朝早く家に戻りなさい。…ここまではいい?」

「…うん。」

「家に戻って、ちゃんと学校へ行くの。学校が終わったら、荷物を持ってこっちに来なさい。」

「それ…、明日からここに泊まるってこと?」

頷く千早。これ以上、航太を母親の元へおいておくわけにはいかない気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ