23.武、航太、心配ないよ
“キッ”
峠の山頂にある駐車場。車が止まると、二人はドアを同時に開けた。
「…寒いな。」
「当たり前だよ~。冬なんだから~♪」
「…だな。」
白い息を吐きながら、眼下の町を見下ろす。まばらな光が輝いていた。
「千早、お前…将来何になりたいか?」
「ふぇ?まだ決めてないよ?」
結局、センター試験の申し込みはした。申し込みをして受けるだけで、その先は全く決まってはいなかった。
「そうか…実は俺もなんだ。デンジャラスストリートランナー辞めるけど、どうするかな~?って思っている。」
「話し振っといた本人が決めてないなんてバカだな~。」
意外だと思った。成績も悪くないし、出席日数だって当然足りてるはずの武が、進路に悩んでいるようには見えなかったからだ。
「お前に言われたきゃねぇよ。まあ、レーシングドライバーになるのも悪かねぇなって思ってはいる。」
武がレーシングドライバーか。
峠を登ってくるときの、武の運転。最初は怖く感じたが、カーブをぬける度に薄れていった。慣れたといえばそれで片付くのかもしれないが、
「…武なら出来るよ。」
笑顔を作ってそう答えた。やっぱり、武の運転技術があってこその安心感がどこかあったのであろう。それに武が夢を語るのを見たのが初めてで、否定したくはなかった。
「どうも。あと、親父と同じ海軍軍人かな?小学生の時、清水港に行って駆逐艦や海を見て憧れていたな。」
「おお、何か相交わらない職業が出てきた。」
「まあ、今の所はレーシングドライバーか海軍軍人か…。運び屋は、いつまで生きていられるか分からんし。」
「私より給料良いバイトしておいて!この~!!」
「痛くねぇぞ~。」
笑われてる。じゃあ…、
「えいっ!」
“ドスッ!!”
「あべしっ!本気にする奴いるか!?」
「いるよ!」
「どこだ!!」
「ここに!」
「そっか!!」
アハハと笑った。武といると楽しいと感じたのは、久しぶりだった。
「…そろそろ時間か。」
武が腕時計をのぞいた。
「今何時なの?」
「二十二時半ぐらい。」
「あ、なら早く帰らないと!」
お洗濯しないと、明日までに服が乾かなくなっちゃう。
「そうだな…。」
武は街の明かりを背に車の方へと向いた。
「千早…。」
車の前で、振り向く武。
「なに?」
「俺はお前のことが好きなのかもしれない。」
「…え?」
びっくりした。武が…、私のことを…?
「…なんでもないや。今さっきのは忘れてくれ。」
ドアを開ける武。忘れてくれといわれても、余計気になることだ。
「何よ!何て言ったの~!」
“ガバッ”
「うおっ!」
思いっきり、後ろから抱きついてみた。
…武の背中って、こんなに大きかったんだ。
「帰るぞ!」
「も~!武なんて知らない!」
「なら置いてくぞ~。」
「それは嫌だ!」
「なら早く来い…。」
「は~い!」
助手席のドアを開けた。
「はぁ~。今日も終わった終わった。」
12月31日、大晦日の夜。千早はバイトからの帰路についていた。
自転車のカゴには、コンビニでもらったお弁当やパン。年越しにパンとは斬新であるが、何もないよりはずっとマシだ。
“ガチャ”
「ただいま~。」
「あ、おかえりお姉ちゃん。」
アパートの部屋には、航太の姿があった。
「航太も物好きねぇ。家の方が温かいし、おせちだって食べられるでしょ?」
「母さんなら、今日の朝にどこかに行ったよ。お留守番してなさいってさ。」
相変わらずの母親だった。息子を置いて一人だけ出かけるとは…。
「…まあいいわ。航太の好きにしなさい。」
そう言って、弁当が入っている袋を机に置く。
「食べる?お弁当。」
「うん。」
ガサガサと袋を漁る音がする。その音を耳にしつつ、千早は外に干してあった洗濯物を取り入れる。
「やっぱりカチカチね。室内の方がいいのかな…。」
「お姉ちゃんはどれ食べるの?」
「あ、私はなんでもいいよ。航太が好きなの食べて。」
固まってしまった上着をたたみながら答える。
遅い夕食をとったあとは、姉弟の貴重な団欒の時間だった。
「へー、この人紅白出てたんだ。」
「全然知らない…。」
航太のケータイを使って、紅白歌合戦を見る二人。
「航太さ、学校はどう?」
自分が自分だけに、気になる航太の学校生活。いじめられてはいないか、勉強にはついていけているのか…。
「どうって?」
「勉強とかしてる?」
「ちゃんとしてるよ。この前だって、クラス四位だったんだから。」
「すごいじゃない。あそこってレベル高いんでしょ?」
「言うほど高くないよ。入るときだけ。」
自慢げな航太。やや引っ込み思案は航太だが、大丈夫みたいだ。
「ねえ、お姉ちゃんはもうすぐ卒業でしょ?どこ行くの?」
「どこって…、大学?」
「え、進学するんじゃないの?」
「えーと、進学するつもりだけど…。」
痛いとこをつかれ、返事に困る千早。まさか弟に言われるとは思わなかった…。
「ま、まあ行けるところ行くと思うよ。うん。」
焦りながら返事を返すと、
「…お姉ちゃん、そんなに生活苦しいの?」
真剣な顔で迫られてしまった。
「え?違う違う!ちゃんと生活費は…」
「だって、お姉ちゃんはずっとバイトしてるのにお金ないんでしょ?進学諦めて働かなきゃならないほど苦しいんじゃないの?」
「いや…、あの…、えと…。」
そ、そりゃあ確かに貧乏だけど、進路が阻害されるくらいじゃあ…
「お、俺のバイト代あげるよ!少ないけど、何かの足しにはなるでしょ!?これでも月三万はもらってるからさ!」
「いや…、あ、あのね…。」
「だから大学行ってよ!ずっとお姉ちゃんに頼りっぱなしだったけど、もう大丈夫だから!」
あまりの勢いに、うまく返事ができない。
「あ、あのね。私はちゃんと…」
“ゴーン…。ゴーン…”
うまいタイミングで、除夜の鐘が鳴った。2006年の年明けだった。
「あ…、明けましておめでとうございます!」
“ゴンッ!”
とりあえず、この状況を脱せねばと航太にお辞儀をした。したまではよかったが、なぜか敬語になってしまった上に机に頭をぶつけてしまった。
「こ、こちらこそ、明けましておめでとうございます!」
航太もなぜか敬語で返答。お互い、なかなか顔を上げなかった。
こうして、姉弟いっしょに2006年を迎えた。




