表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
23/28

23.武、航太、心配ないよ

 “キッ”

峠の山頂にある駐車場。車が止まると、二人はドアを同時に開けた。

「…寒いな。」

「当たり前だよ~。冬なんだから~♪」

「…だな。」

白い息を吐きながら、眼下の町を見下ろす。まばらな光が輝いていた。

「千早、お前…将来何になりたいか?」

「ふぇ?まだ決めてないよ?」

結局、センター試験の申し込みはした。申し込みをして受けるだけで、その先は全く決まってはいなかった。

「そうか…実は俺もなんだ。デンジャラスストリートランナー辞めるけど、どうするかな~?って思っている。」

「話し振っといた本人が決めてないなんてバカだな~。」

意外だと思った。成績も悪くないし、出席日数だって当然足りてるはずの武が、進路に悩んでいるようには見えなかったからだ。

「お前に言われたきゃねぇよ。まあ、レーシングドライバーになるのも悪かねぇなって思ってはいる。」

武がレーシングドライバーか。

 峠を登ってくるときの、武の運転。最初は怖く感じたが、カーブをぬける度に薄れていった。慣れたといえばそれで片付くのかもしれないが、

「…武なら出来るよ。」

笑顔を作ってそう答えた。やっぱり、武の運転技術があってこその安心感がどこかあったのであろう。それに武が夢を語るのを見たのが初めてで、否定したくはなかった。

「どうも。あと、親父と同じ海軍軍人かな?小学生の時、清水港に行って駆逐艦や海を見て憧れていたな。」

「おお、何か相交わらない職業が出てきた。」

「まあ、今の所はレーシングドライバーか海軍軍人か…。運び屋は、いつまで生きていられるか分からんし。」

「私より給料良いバイトしておいて!この~!!」

「痛くねぇぞ~。」

笑われてる。じゃあ…、

「えいっ!」

“ドスッ!!”

「あべしっ!本気にする奴いるか!?」

「いるよ!」

「どこだ!!」

「ここに!」

「そっか!!」

アハハと笑った。武といると楽しいと感じたのは、久しぶりだった。

「…そろそろ時間か。」

武が腕時計をのぞいた。

「今何時なの?」

「二十二時半ぐらい。」

「あ、なら早く帰らないと!」

お洗濯しないと、明日までに服が乾かなくなっちゃう。

「そうだな…。」

 武は街の明かりを背に車の方へと向いた。

「千早…。」

車の前で、振り向く武。

「なに?」

「俺はお前のことが好きなのかもしれない。」

「…え?」

びっくりした。武が…、私のことを…?

「…なんでもないや。今さっきのは忘れてくれ。」

ドアを開ける武。忘れてくれといわれても、余計気になることだ。

「何よ!何て言ったの~!」

“ガバッ”

「うおっ!」

思いっきり、後ろから抱きついてみた。

 …武の背中って、こんなに大きかったんだ。

「帰るぞ!」

「も~!武なんて知らない!」

「なら置いてくぞ~。」

「それは嫌だ!」

「なら早く来い…。」

「は~い!」

助手席のドアを開けた。


 「はぁ~。今日も終わった終わった。」

12月31日、大晦日の夜。千早はバイトからの帰路についていた。

 自転車のカゴには、コンビニでもらったお弁当やパン。年越しにパンとは斬新であるが、何もないよりはずっとマシだ。

“ガチャ”

「ただいま~。」

「あ、おかえりお姉ちゃん。」

アパートの部屋には、航太の姿があった。

「航太も物好きねぇ。家の方が温かいし、おせちだって食べられるでしょ?」

「母さんなら、今日の朝にどこかに行ったよ。お留守番してなさいってさ。」

相変わらずの母親だった。息子を置いて一人だけ出かけるとは…。

「…まあいいわ。航太の好きにしなさい。」

そう言って、弁当が入っている袋を机に置く。

「食べる?お弁当。」

「うん。」

ガサガサと袋を漁る音がする。その音を耳にしつつ、千早は外に干してあった洗濯物を取り入れる。

「やっぱりカチカチね。室内の方がいいのかな…。」

「お姉ちゃんはどれ食べるの?」

「あ、私はなんでもいいよ。航太が好きなの食べて。」

固まってしまった上着をたたみながら答える。

 遅い夕食をとったあとは、姉弟の貴重な団欒の時間だった。

「へー、この人紅白出てたんだ。」

「全然知らない…。」

航太のケータイを使って、紅白歌合戦を見る二人。

「航太さ、学校はどう?」

自分が自分だけに、気になる航太の学校生活。いじめられてはいないか、勉強にはついていけているのか…。

「どうって?」

「勉強とかしてる?」

「ちゃんとしてるよ。この前だって、クラス四位だったんだから。」

「すごいじゃない。あそこってレベル高いんでしょ?」

「言うほど高くないよ。入るときだけ。」

自慢げな航太。やや引っ込み思案は航太だが、大丈夫みたいだ。

「ねえ、お姉ちゃんはもうすぐ卒業でしょ?どこ行くの?」

「どこって…、大学?」

「え、進学するんじゃないの?」

「えーと、進学するつもりだけど…。」

痛いとこをつかれ、返事に困る千早。まさか弟に言われるとは思わなかった…。

「ま、まあ行けるところ行くと思うよ。うん。」

焦りながら返事を返すと、

「…お姉ちゃん、そんなに生活苦しいの?」

真剣な顔で迫られてしまった。

「え?違う違う!ちゃんと生活費は…」

「だって、お姉ちゃんはずっとバイトしてるのにお金ないんでしょ?進学諦めて働かなきゃならないほど苦しいんじゃないの?」

「いや…、あの…、えと…。」

そ、そりゃあ確かに貧乏だけど、進路が阻害されるくらいじゃあ…

「お、俺のバイト代あげるよ!少ないけど、何かの足しにはなるでしょ!?これでも月三万はもらってるからさ!」

「いや…、あ、あのね…。」

「だから大学行ってよ!ずっとお姉ちゃんに頼りっぱなしだったけど、もう大丈夫だから!」

あまりの勢いに、うまく返事ができない。

「あ、あのね。私はちゃんと…」

“ゴーン…。ゴーン…”

うまいタイミングで、除夜の鐘が鳴った。2006年の年明けだった。

「あ…、明けましておめでとうございます!」

“ゴンッ!”

とりあえず、この状況を脱せねばと航太にお辞儀をした。したまではよかったが、なぜか敬語になってしまった上に机に頭をぶつけてしまった。

「こ、こちらこそ、明けましておめでとうございます!」

航太もなぜか敬語で返答。お互い、なかなか顔を上げなかった。

 こうして、姉弟いっしょに2006年を迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ