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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
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21.23日の会話を求め

 武にもらった、翔太のアドレス。が、千早の希望を乗せ送られたメールに返信が届くことはなかった。

 学校のどこかで会えば、目線を逸らすかのように下を向いて歩いていく翔太。まるで千早が存在しないかのように。嫌われているというよりは、存在を認めていないとも言えるような行動だった。

 希望は…、不信へと変わろうとしていた。


 10月23日、日曜日。

「はい、31HR全員いますかー?」

戸塚が声を張り上げているのは、地域の芸術会館の前。31HRだけでなく、甲斐学園山梨高校の三年生全員が集まっているはずだった。

 今日は、学校の芸術鑑賞教室の日だ。ミュージカルというか、演劇のようなものを鑑賞し芸術的感性を養うというイベントで毎年やっているものだった。

「おーあぶねえあぶねえ…。」

「武遅いー。」

「目覚ましのセット間違えちまったんだよ。今日は日曜日だから、作動しないの忘れてた…。」

他のクラスも、人数の確認をしているようだった。

 「じゃあ31HR入りまーす!」

戸塚の声で、クラスメートたちが移動を始める。

「ちょっとー、くっつかないでよー。」

「仕方ないだろ、後ろからギュウギュウ詰めにされてるんだから…。」

千早と武も、他の生徒に押されながら館内へと足を踏み入れていった。

 演劇会場は広々としていた。出席番号の通りに、クラスメートたちが各々の席へと腰を下ろしていく。

「2Aの34…、2Aの34…。」

自分の席番号を繰り返しながら、二階席をうろつく千早。

「千早、ここじゃないか?」

「2Aの34、ああここね。」

出席番号の関係上、隣同士で座る千早と武。

「何やるんだろう?」

「演劇なんていわれてもなー。」

芸術と名の付くものには、とんと興味のわかない千早。武、いや生徒の大半も同じであろう。

 下の階には、他のクラスの生徒が続々と入ってきていた。

「…。」

見下ろす千早の視界に、翔太が捉えられた。他の男子生徒といっしょに、楽しそうに会話しながら席に座る翔太。

 今日は、理数科を含めた三年生全員が芸術会館に集まる日。すなわち三年生が一箇所に集まる珍しい日だ。千早はこのチャンスを待ち望んでいた。

(江口君は自転車通学だった。だから、鑑賞教室が終わったら駐輪場に行くはず…。)

あの日、6月17日から128日経った。この間、全く会話のなかった翔太に話しかけてみようという計画だった。普段は理数科の補講で会うことのできない翔太。会ったとしても、決して口を開けてはくれないだろう。

 だが今日は違う。こちらから仕掛け、硬い口をこじ開ける。なぜ私を避けるのか、その理由を知る為に。


 演劇は「命続く限り」。近代化が始まったヨーロッパを舞台に、親を亡くし頼れる人もいない少女が懸命に生きていくのを描いた作品だ。時には盗みをし、またあるときにはそれを反省し、最後にはたった一人誰にも看取られずに死んでいくという内容だった。

 私と似ている。それが千早の第一印象だった。頼れる人もおらず、ただ一心に生きていこうとする姿に、自分を写し取ったのかもしれない。

「…でも、私は死なない。」

どんな困難があっても生きる。それが千早の答えだった。涼子のいじめだって、自分が変わっただけで好転すると考えるのは楽観的だろう。絶望という見えない敵に、負けたくはなかった。

 演劇が終わると、周りから声が聞こえてくる。

「あーあ、やっと終わったぜ。」

「最後死んじゃったんだよね…?」

「俺途中から寝てたわー。」

「あのタキシードのおっさん、やっちゃんに似てなかった?」

“パンパン”

「はい注ー目。今から分ける用紙に、感想を半分以上書いて提出してください。明後日の朝、回収しまーす。」

と、戸塚の突然の感想文提出課題に、

「えー。」

「マジかよ。」

不満の声があがる。

「ちぇ、だったら始めに言えよな。そういうことは。」

武も不満そうに口をとがらす。

「内容半分書けば通っちゃうんじゃない?戸塚先生って、割と適当だし。」

「そうかなぁ。まあ家でゆっくり考えよ。」

 クラスメートの波にのまれながら、劇場を後にしていく千早と武。

「いよいよ…。」

「え?」

千早の小声に、反応する武。

「あ、なんでもないの。うん、なんでもない。」

「千早?」

不思議がる武に、まさか聞かれているとは思いもせず冷や汗をかく。今回は、武や他のメンツを交えずに一対一で話したいのだ。

「じゃあ31HRは、これで解散にします。お疲れ様でした。」

戸塚の解散宣言に、あいさつもそこそこに散っていくクラスメート。

「じゃあ、私用事があるから。」

そう言うと、武の返事も聞かずにその場を離れる。駐輪場へと先回りだ。

「さっき見た感じじゃあ、理数科はまだ解散してないはず…。」

小走りで、そう遠くない学校へと向かいながら千早は計算する。会館から学校までは歩いて10分程度。まず逃すことはないはずだ。


 「来た…。」

駐輪場の隅に身を潜め、翔太をじっと待つ千早。

「…何やってんの?」

自転車を取りに来た勲に訊かれた。

「うん、ちょっとね。」

なんだかわからない、という顔をしながら去っていく勲。

 そして駐輪場についてから30分。ついに、その時がやってきた。

「じゃあな。」

「おう、また明日…じゃなかった明後日な。」

うまい具合に、単独となる翔太。条件は整った。

 今だ。心の中でそう言いながら、千早は翔太のところへと駆け寄った。音をたてず、自転車と挟むように。

「…江口君。」

声に、翔太は振り向いた。特に驚いた様子ではなかった。

「どうして…、私を避けるの?」

逃げられる前に…と、単刀直入に訊いた。あまりいい訊きかたではないのは承知の上だ。

「い、いや…。避けているわけじゃないけど…。」

声は明らかに動揺していた。

「は、恥ずかしいじゃん。いきなりあんなこと言われたら…、その…。」

答えに困っているのか、それとも言い訳を探しているのか…。視線は千早の方を向いてはいなかった。

「じゃあ、私がキライなの?」

「そ、そういうわけじゃないってば…。」

しどろもどろの返答。納得がいかず、さらに攻め込む。

「じゃあ、なんで私のメールを返してくれないの?」

「それは…、恥ずかしいんだって。」

どうも嘘くさい…。「恥ずかしい」の一辺倒だ。私を騙しているの?

「ねえ、」

視線を向け、というより睨みつける。顔と声はまだ優しさを保っているが、視線は鋭い。

「私の他に好きな女子がいるならそう言ってよ。何も言わないんじゃ、私もどうしていいかわからないの。」

「俺はまだ…、ああいう感覚がわからないんだ。だから他に好きな人もいないし、西園寺さんが嫌いなわけでもないって。」

どうもまともな答えが返ってこない。心の中で舌打ちし、

「とにかく、メールだけは返して。心配してるんだから。」

会話という最低限の目標は達成できたと、その場を去った。


 「はぁ…。」

帰り道、ため息と後悔ばかりが出てくる。

「なんであんな口調になっちゃったんだろ。」

本当は、もっとやさしい口調で話したかっただけだったのに。事実を聞きたいあまり、強気になってしまった。

「もう一回、会えるのかな。」

ポジティブに考えよう。またメールを送って、返ってくることに期待しよう。

 そう心に言い聞かせ、横断歩道を渡った。

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