20.もう一度友達になって
“チチチチチ…”
「うーん…」
朝だ。大きく伸びをする千早。
「あ、起きたんだお姉ちゃん。」
すぐ横に航太がいた。すでに鞄を片手に、制服を整えている。
「じゃあ、俺は朝錬があるから。」
「あ、うん。いってらっしゃい。」
パタン、とドアが閉じた。
「…私も準備しなくっちゃ。」
よっこらしょっと起き上がり、布団を片付ける。
片付けたところで、
「メール?」
ケータイのランプが光っている。誰だろう、と開いてみた。
「“どうしたの、急に?別にいいけど。”」
ああそうか、七海ちゃんに「もう一回お友達になって欲しい」ってメールしたんだっけ。七海ちゃん、許してくれたんだ。
素直に嬉しかった。自己中だと思われて、無視されるんじゃないかと思っていたからだ。メールが返ってきて、こんなに嬉しかったのはいつ以来だろうか。
「“いろいろ考えたんだけど、またやり直したくって。”」
なんて返していいかわからず、正直なような遠まわしのような返事になってしまった。
“ピロリ~ン♪”
「“そうなんだ。またよろしくね。”」
千早の顔に、笑顔が浮かんだ。よかった。私はまた、七海ちゃんと友達になれるんだ。
「“ありがとう。”」
幸せな気分に浸りながら、パタンとケータイを閉じた。
その日の昼休み―
周りでは、生徒たちが雑談しながら昼食を共にしていた。千早は、いつものようにパンを一つほおばっている。
「桃子ちゃん…、勝川君…、また友達になってくれるかな…。」
口ではそういいながら、どこか自信があった。二人とも根に持つような人物ではない。だから…
ケータイでメールを打つ。さっき武から、二人のアドレスを手に入れておいたのだった。
「“千早です。またよろしくお願いします。”」
とりあえず、桃子へと送った。桃子はメールに鈍感だから、すぐには返ってこないだろう。じっくりと待とうかな、と心の中で自分へと言い聞かせた。
“ブルブル”
ケータイが震えた。着信だ。珍しいな、こんなに早く返ってくるんだ。
「“え?ああ、はいよ。”」
どうも妙な内容だった。まるで、メールが来るのを知っていたかのような…。
「まあいっか。次は勝川君に…っと。」
否定されるような内容ではなかったのね、別にいいやと次の行動に移る。
「“西園寺です。またよろしくお願いします。”」
なんか、桃子ちゃんに送った文と似てない?そんなこと、どうでもいいや♪
“ブルブル”
すぐに返事は返ってきた。
「“なんかよくわからないけど、了解です。”」
うーん。こちらも何か裏があるような内容…。七海ちゃんに訊いてみよっと。
「“ねえ、桃子ちゃんと勝川君にはアドレス消しといてねって言っちゃったんだよね?”」
自分から言っておいて迷惑かと思ったが、疑問を晴らしたい気持ちが強く、手早く打ってしまった。
“ブルブル”
「“あ、二人には千早ちゃんが受験で忙しいらしいからしばらく連絡とれない程度でしか言ってないけど…。”」
そうだったんだ。七海が正しく伝えなかったことが、図らずしていい方向に転じた。
「“了解。ありがとう。”」
これで、三人とまた友達になれた。二ヶ月前の自分には、想像もできなかっただろう…。
あと一人。一番難しい相手と…。
“キーンコーンカーンコーン…”
授業が終わると、千早は真っ先にケータイを開いた。ここ二日は、授業で頻繁に発言しているせいか終了時に寝落ちしていることがなくなった。
ケータイには、一件のメールが届いていた。武が授業中に送ってくれたものだ。
「“st_elmo0923@azwed.ne.jp”」
翔太、江口 翔太のメールアドレス。千早がもっとも声を聞きたい人物のアドレス…。見る限り、以前とアドレスは変わってはいないようだった。
「送れてたか?」
「うんきてた。ありがとっ。」
千早の嬉しそうな顔に、思わず武にも笑みがこぼれる。ここ最近で千早の笑顔の恩恵を最も受けているのは、紛れもない武だった。
「じゃあ私、先生のところ行かなきゃ。」
「あれ?最近どうしたんだ?」
「進路どうするのって言われまくってるから。行かないと、お先真っ暗になっちゃう。」
「ハハハ、それは大変だな。いってらっしゃい。」
武に手を振り、職員室へと小走りで駆け出した。
“ガララ…”
「失礼します。31ホームルームの西園寺です。」
職員室のドアを開けると、女性の教師が一人立ち上がった。
「西園寺さんね。こちらへいらっしゃい。」
職員室の隅っこにある談話コーナーへと案内された。涼子に手を出したとき、いろいろ並べられたときと同じ場所だった。
「あなた、進路はどうするの?」
「えっ、どうするのって…。」
千早の驚いた声に、教師は一枚の紙を取り出す。
「あなたの出席状況、今年はがんばっているようだけど、去年が悪すぎるの。ほら、五日に一度は休んでる。補講が終わってるから卒業させることはできるけど、進学も就職も厳しいです。」
二年生、出席を求められる日数200日に対し、出席日数は154日。バイトで体がもたなくなり、欠席を繰り返した記録だった。
「残念だけど、上級の大学推薦は諦めて。これじゃあいくら成績がよくても、出席状況を問われたらどうにもならないわ。」
「う…。」
「家庭状況がわからないからなんとも言えないけど、私立大で出せるところに出すか、一般で行くのか決めなさい。一週間後、また訊くから。」
帰り道、自転車を扱ぎながら考える千早。
「私、卒業したらどうしよう…。」
毎日を生活することに精一杯だったおかげで、進路なんて全く考えてなかった。どこか行きたい大学があるわけでもないし、これをやりたいというのもない。
「あーあ、どうすればいいんだろ。」
来週までに考えるなんて、そんなの無理。
「ま、来週まであるからバイト中にでも考えよっと。」
以前とは違い、前向きな考え方がここでも発揮される。だが、こんな形での発揮の仕方はいかがなものか…。
信号で止まると、おいしそうな匂いがした。
「あれ…、なんだろ?」
交差点の角にある、小さな総菜屋。中には数人の客がかごを下げて惣菜を見ている。
「今日の晩ごはんは何にしようかな。」
青になった信号を見て、ペダルにグッと体重をかけた。
「ありがとうございましたー。」
出て行く客を、レジでお辞儀しながら見送る千早。コンビニ店内の時計は十時を指している。
「時刻はっと…。ああ、もう十時か。西園寺さん、もう上がるかい?」
「あー、じゃあ今日は失礼させていただきます。」
丁寧にお辞儀すると、ロッカーの方へと歩いていく千早。
「ふぅ~。今日も終わった終わった。」
着替えるついで、ケータイを開く。着信はなかった。
「忙しいのかな?」
バイトに入る前、武からもらった翔太のアドレスにメールを送った。
「“西園寺です。もう一度、お友達になってくれませんか?”」
意を決して送ったメールだったが、返事が届いていない。
「理数科は忙しいんだ。…うん、きっとそうだよね。」
七海ちゃんも桃子ちゃんも勝川君も、みんなもう一度友達になってくれた。江口君だって、友達として戻ってくれるはず。今は勉強で忙しいんだよね。
「じゃあ、失礼しまーす。」
「はい、お疲れさん。」
店長にあいさつすると、自転車を扱ぎ始めた。




