19.私、変わったんだから!
9月1日―
長い夏休みが明け、生徒が続々と登校してくる。二学期の始まりだ。
「今日から学校かよ~。」
「宿題やった?」
そんな会話が流れてくる中、千早も昇降口から校舎へと足を踏み入れる。今日はいつもよりだいぶ早い。
「おっはようございま~す!」
「はい、おはよう。元気だねー。」
昇降口に立ち、あいさつをする建山に初めて自分からあいさつをした千早。
今日から私は違う人物になるんだ。一ヶ月前とは違う、別の人に。
夏休みの間、例の小説から自分の理想の姿を探した千早。おバカキャラ、おバカさんを演じるというよりも常に元気な姿を見せるというのが結論だった。つまり、いつも元気でハキハキしていて、ときどきおっちょこちょいで。
「おっはよー!」
教室のドアを思いっきり開けた。中にいた数人の男女が、何ごとかと視線を向ける。
隅にいた二人の女子がゴニョゴニョと耳打ちをしているのを気にも留めず、自分の席へと座る。自分のことを耳打ちしているのは百も承知だ。
“ガララ…”
「間に合った間に合った。」
「バーカ。これで間に合わなけりゃ、みんな遅刻だろうよ。」
さてどうしようと決めかねていたところ、タイミングよく武が入ってきた。
「武ー!おはよ~。」
「おはよ、千早。今日はいやに元気じゃん。」
予想通り、どうしたんだ?といった顔つきの武。ふふふ、っと笑顔を返答代わりにする。
“ガララ…”
涼子が教室に入ってきた。友達の女子と楽しそうに喋っている。
「涼子、おっはよ~。」
躊躇いなく、涼子にあいさつを飛ばした。涼子の顔が一瞬千早へと向く。
「…。」
何アンタ、何であいさつなんかしてくるの?と言いたそうな表情。朝から強烈な一発を受けたのか、何も言わずに席に座る涼子。
「あーやっちまったあ~!千早、数学の宿題あるか?」
「間違いだらけの私のなら~。」
「それでいい!貸して!」
「うん。いいよ~♪」
「恩に着る!」
手を合わせ、ノートをありがたそうに持っていく武。
“キーンコーンカーンコーン…”
「礼。」
「ありがとうございましたー。」
長い長い、今日の授業が終わった。
「千早、ありがとう。」
武が、千早に数学のノートを差し出す。
「ああ、貸してたっけ。」
「助かったよ。おかげで居残りを回避できたぜ。」
「えへへ…。中身は保障できないけどね~。」
頭をかきながら、笑顔で受け取る千早。
教科書をロッカーに仕舞おうと、教室から出ると、
「千早ちゃん。お久しぶり~。」
秋恵がいた。
「秋恵ちゃんお久しぶり~。」
「最近姿を見ないからさ、心配したよー。」
「私はいっつも元気ですよ~。」
そう言って笑顔を見せる千早。できる限り、笑顔を絶やさずにっと…。
「千早ちゃん、いいことでもあった?なんか嬉しそう。」
「そーお?別に何もないけど?」
まあそういわれるのはわかっていた。今日も、クラスメートの何人かから「変わったね」と言われたし。
「おっと、じゃあ私行ってくるから。」
「あれ?帰るんじゃないの?」
「視聴覚室でね、進学者説明会があるんだって。まだ行きたいとこ決まってないから。」
そう言って走り出す秋恵。
「あ、私も進路決めなきゃ。」
そうは言っても、具体的にどこへ行きたいというのがないのだが…。
“ガチャ”
「ただいまー。」
五時ごろ、アパートに帰宅した千早。
「おかえりー。」
部屋には航太がいた。今日は泊まると言ってたっけ。
「お姉ちゃん、今日もバイト?」
「うん、そうだよ。」
制服から着替えながら答えた。
「あ、そういえばさ、何で今日はこんなに早いわけ?」
いつもならバイトが終わって帰ってきた頃、部屋にいるのがパターンであるが、珍しい。
「…。」
航太は答えなかった。うつむいている。
「…ま、いいけど。」
着替え終わり、制服をハンガーへとかける。
「じゃ、バイト行ってくるから。留守番お願いね。」
「…うん。」
航太は活発な方ではないが、あんなに暗いのは珍しいわ…。
気にはなったが、そのまま自転車にまたがった。
夜―
「ただいま~。ふー。」
バイトが終わり、帰ってきた千早。航太はゲームをしていた。
「あ、お帰り。お姉ちゃん。」
「うん。お腹空いた、ご飯食べよ。」
コンビニでもらってきた弁当を開ける。
「…お姉ちゃん。」
「ん、なあに?」
航太が小さな声で言ってきた。
「昨日ね、怖い人が来たの。」
「怖い人?」
首を傾げる千早。
「玄関…開けたらね、男の人達が何人かいてね、金返せって言われた。」
「それ…、借金とりってやつ?」
小さく頷く航太。
「しっかり母さんに伝えろって言われて…、母さんに言ったら無視されて…。」
母親が借金?疑問符が浮かぶ。
「それで学校から帰ってきたら、家の前にまたいて…。大急ぎで逃げてきて…。」
ははぁ…。それで制服のままなのか。
「そっか…。お疲れ様。」
今、自宅の生活状況がどうなっているか知らないし、母親が働いているのかさえ不明だ。まさか、働かずに借金生活でもしているのか…。
「航太。…もう寝たか。」
隣で寝息をたてる航太。千早はケータイを開いた。やりたいことがあるのだ。
「“武、七海ちゃんと桃子ちゃんのアドレスくれないかな?”」
「送信っと。」
もう無駄かもしれない。でも、また以前のように仲良くやりたい。
理数科のメンバーと、もう一度仲良くなりたいと思った。変わった自分を見せたいという、そんな思いもあったのだろう。
“ピロリ~ン♪”
「“構わないけど、どうした突然?”」
以外に返事が返ってきたことに驚いた。もう夜遅いのだが…。
「“もう一回、仲良くなりたいなって。…理数科の人達とは絶縁しちゃったから。”」
あの日のことが思い浮かんでくる。楽しかったあの日、満たされていたあの日。また戻ってくるのだろうか。
“ピロリ~ン♪”
「“そうか…。いいと思うよ、そういう前向きな考え方。”」
メールには、七海と桃子のメールアドレスが添付されていた。
「“ありがとう、武。”」
武に後押しされ、自信がついた。意を決して送る。
「“七海ちゃん、また友達始めてもいい?”」




