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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
12/28

12.仲良くなれるかな

 6月17日、午前7時35分―

「おはよー…。」

「おはよう、桃子ちゃん。」

ここは甲府駅のバスターミナル。開校記念日で学校が休みとなったこの日、名古屋へと向かう四人がいた。

「あとは七海だけね。あと五分しかないってのに…。」

7の数字に長針が重なっている腕時計、千早は顔を上げた。

 桃子と翔太は、お互いに視線を逸らしあっている。緊張感が抜けない二人。

「高速バスで四時間ってとこか。そんなにかかるんだったら、俺が運転してやるよー。」

「ほー。真田、お前は免許持ってんのか。」

「え?無免許だからこそ暴走しても大丈夫だろ?」

「意味わかんね。じゃあ真田だけ一人で行けよ、その辺からバスでもタクシーでもかっぱらってさ。」

「いやいや、パトカーで行くから。」

くだらないことを楽しそうに話す二人。翔太の緊張感をほぐそうという行動にも取れなくはなかった。

「ゴメンゴメーン!あっぶな~。」

バスターミナルに目当てのバスが見えた瞬間、七海が駅から走ってきた。

「七海ちゃん遅すぎるよー。」

「間に合ったんだからいいでしょー。桃子はこういうところが堅いんだから。」

“キキーッ。”

「はい乗るよー。」

「割とガラガラだね。」

「平日だからじゃないか?休みは俺らだけだものな。」

バスに乗り込む五人。

「あっ。」

「おっと。」

乗車扉でつまづく千早。後ろに倒れそうになるところを間一髪、翔太がつかんだ。

「大丈夫か?足元気をつけないとあぶないよ。」

「あ…、うん。」

恥ずかしくて顔を背けてしまった。腕を握られただけで、こんなに緊張するなんて…。

『名古屋ライナー甲府号、名古屋行きです。まもなく発車いたします。』

ドアが閉まり、バスは動き出した。千早が短い時間をやりくりし、一ヶ月かかって練り上げた旅行が動き出した。


 中央道を長野方面に、岡谷ジャンクションで折れて岐阜へと走るバス。梅雨のわずかな合間を縫い、顔を出した太陽が空高く上がっていく。

 「千早ちゃん、千早ちゃん。」

普段の疲れから、いつの間にか寝てしまった千早。心地よい揺れの中、スースーと寝息をたてる。

「千早ちゃん、そろそろ着くよ。」

揺すられる千早。

「ん…、ふあぁ~。」

「千早ちゃんおはよ。もうすぐ着くよ。」

伸びをする千早。反対側の席では、武と翔太が雑談している。

「ああ、そうなの。今どこらへん?」

バッグからペットボトルを取り出し、口に含む。渇き気味の口が潤された。

「一個前の停留所を過ぎたとこ。」

「それじゃあ、もう名古屋ね。」

ふと後ろを見ると、桃子が寝息をたてていた。

「さっきまで起きてたのに、もう寝てる。」

「まあ、着くまで寝させてあげようよ。」

バスが速度を落とした。高速を下りたらしく、いよいよ名古屋市へと入る。


 『名古屋駅に到着します。お忘れ物のないようにご注意下さい。』

開いたドアから、武が顔を出す。続いて翔太、空いて千早。七海が桃子を引っ張りながら降りてきた。

「来ちゃったねー、名古屋。」

「やっぱ都会って感じがするなー。」

武が名古屋駅を見上げた。

「次はっと…。東山線に乗り換えね。」

「移動ばっかり~。休もうよ。」

「桃子はさっきまで寝てたじゃない。ほら体動かして目を覚まして。」

七海が桃子の背中をグイグイ押していく。

「七海ちゃん…、そっちは逆方向…。」

「え、ウソ。早く言ってよー。」

あわてて桃子を今度は引っ張ってくる七海。翔太がハハハと笑う。

「千早、とりあえず行こうぜ。こっちなんだろ?」

「うん、そっちに入口があるはず。」

千早と武が先頭となり、五人は歩き始めた。

 東山線の駅までは、そう遠くはない。数分で着いた。

「名古屋港まで260円かぁ…。」

「おい真田、20円持ってないか?」

「俺が欲しいくらいだ。あーちくしょ、お茶買わなければよかった。」

券売機に千円札を突っ込む千早。札を使うのに抵抗感があるのは、貧乏くさいのかな?

 切符を改札に通し、ホームに入ってきた電車へと乗り込む。地下鉄だから、外の景色が見れないのが残念であるが…。

「このまま終点まで行くの?」

「あ、栄駅ってところでいったん降りて、名城線に乗って金山まで行って、名港線の終点が名古屋港なの。」

「うーん、なんか乗り換えしなきゃならないのって不便な気がするね。便利なはずなのに。」

桃子の不思議な感覚と共に、地下を走りぬける名城線。


 階段を登りきった瞬間、太陽がまぶしく照り付けてきた。

「あーまぶしいっ。」

「目に困るわー。」

「昼はまだか?もう腹減って腹減って…。」

「江口お前、さっきポテチむさぼってたろ…。」

歩きながらキョロキョロとあたりを見回す千早。たしかこの辺に…、

「みんなー。お昼ファミレスでいいー?」

名古屋に来たからには味噌カツでもと思ったのだが、個人の好みを全て把握しているわけじゃないし、そういう店は高かった。

「おっけーおっけー。どこでもいいわー。」

「何だ、名古屋名物とか食べるんじゃないの~?」

「名古屋名物って、七海ちゃんは何が食べたいの?」

「あんこうー。」

言葉に詰まる桃子。名古屋の名物をあんこうだと本気で思っているのだろうか…。

「しかし、なんでまたあんこう…?」

「刺身にでもするのか?」

「いやいやいや、そもそも名古屋の名物ってあんこうじゃないだろ…。」

 歩いていくと、「名古屋港水族館」の看板をそこらじゅうで見かけた。

「大きいの?名古屋港水族館て。」

「うん、けっこう大きいよ。イルカショーもやってるし。」

「時間合うのかな?見てみたい気もするけど…。」

「いけるんじゃない?ホラ。」

七海のケータイに、全員の視線が集まる。

「二時十分からか。なんとかなりそうだね。」

「ね。お昼食べて、水族館に着くくらいでちょうどじゃない?」

「イルカショーか。初めて見るな。」

「俺も。…いや、むかーし見たような見てないような。」

「へぇー。江口にもイルカを見るという楽しみ方があったのですか。」

「なんだそりゃ。じゃあ真田はどうやって楽しむんだよ。」

「俺はふつーに見る。江口は食べる。」

「え、イルカ食べちゃうの?」

「そうそう。あのイルカは旨いんだ…って、違うわ!」

翔太の見事なノリツッコミに、笑顔が溢れた。

 よかった。江口君と桃子ちゃん、打ち解けているみたい。二人の笑顔、久々に見たなぁ。

 「じゃあ武、あとお願い。」

ファミレスの前まで来ると、千早は足を止めた。

「ああ、終わったら連絡入れるから。」

「え!?千早ちゃん、どこ行っちゃうの?」

「うん、ちょっとね。お昼は、みんなで食べてて。終わったらまた帰ってくるから。」

「千早の知り合いが近くにいるんだって。ちょっと会いに行くらしいんだ。」

「別にお昼ご飯削ってまで会いに行かなくてもいいような…。」

「大事な用事があるから。お昼は、別のところで済ませてくるから。」

千早の言葉に、ファミレスに入っていく四人。入る直前、武が振り返り目線を送ってきた。

 入ったのを見届けると、千早は近くの公園のようなスペースへと歩みだした。

 本当は、誰かに会うような約束はなかった。本来、おこづかいがあるわけではない千早。お昼も買えない自分は、いても邪魔になるだけだろうと昼食の席を外していようときめていたのだった。

 「…はぁ。」

公園でため息をつく千早。バッグから健康補助食品を取り出し、お茶で流し込む。コンビニでもらってきた期限間近のこれが、千早の昼食だった。

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