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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
11/28

11.いいの?善意なの?許されるの?

 「なぜあんなことしたんだ。暴力を使って人を脅すなんて、善悪の判断をできないのか?」

職員室の隅っこにあるテーブルで、千早は教師を前にしていた。いつの間に嗅ぎつけたのか、もう一人女の教師が向かい合っている。

「西園寺さん、あなた去年に欠席ばかりだったわよね?もう卒業なんだから、常識というものを身につけないと。」

「社会へ出れば、ツラいことばかりだ。八つ当たりは結局自分に帰ってくることになるぞ。」

交互に喋る二人の教師。話し方こそやさしいが、言ってることから千早が悪いと決め付けているのがわかった。

 なんで私が悪いの?いじめに対して反旗を翻し戦うのはダメなの?何もできずにボロボロになって、自ら命を絶っていく人の方が正しいの?

 「社会へ出れば、理性を持った行動を求められるのよ。今よりもっと辛いことをたくさん経験するし、それを乗り越えていかなくちゃ…」

 ロッカーを勝手に開けて中の物をばら撒くのはいいの?机の上にゴミをぶちまけるのは善意なの?集団で恐喝して、挙句の果てに裏で暴力を振るうのは許されるの!?

「みんなじっと我慢してるんだからな。嫌なやつとか気に入らない相手とか、それでも一緒にクラスで協力していこうと考えてるんだぞ。」

 無言を貫く千早に、教師の言葉は耳に入らなかった。暴力や自殺、それも表に出たものしか、いじめと認めない教師。どんなに不利な状況にあっても、残された手段での反撃に出た時点でその芽を摘まれる学校。

 千早にとって、教師は目の上のコブでしかなかった。陰湿ないじめに対抗するのに邪魔な存在。いじめる者を擁護しているようにさえ思えて仕方がなかった。

 「塚本先生。」

横から女性の声がした。事務の職員に、立ち上がる男の教師。

「さっき医務室に運ばれた木佐貫さんですが、特に大事には至らなかったようです。一応、近くの病院へ行くと連絡がありました。」

「あ、そうですか。わかりました、わざわざすいません。」

頭を下げる教師。学校の規定により暴力などの行為が及んだ場合、被害生徒が病院へ行くかどうかが指導内容の一つの基準となっていた。

「相手は病院へ行くそうだ。家で反省しろ。」

「三日間の自宅謹慎にします。ちゃんと反省して、次の登校日に反省文をここに持ってきなさい。いいわね?」

反省も後悔もなかった。あったのは、教師や涼子に対する怒りだけだった。

「…。」

千早は残っていた理性を全部使って、無言で頷いた。口を開けば、罵倒の言葉が滝のように出てきそうだった。

 女の教師と共に、千早は教室へと向かっていった。クラスに顔を出したくない、という千早の心の声を無視するかのように教師は速いペースで教室へと歩く。

 教室まで数メートルのところで、ちょうど戸塚が出てきた。

「ああ、戸塚先生。今いいですか?」

「どうしました、三島先生?」

今日始めてみる千早の姿を見ながら、戸塚は女の教師の話をふんふんと聞いた。ときどき、納得したように相槌を打つ。

「わかりました。どうもお手数かけましてすいません。」

「それじゃあ西園寺さん、今から真っ直ぐ帰宅して、三日後に戸塚先生に反省文を提出しなさい。わかった?」

きびすを返し、職員室へと戻っていく女の教師。小さく、何度も礼をしながら見送る戸塚。振り向くなり、

「何があったのか詳しく知らないけど、暴力は駄目だろ暴力は。」

そう言って、そのまま戸塚も職員室へと戻った。

 クラスは何ごともなかったかのように落ち着いていた。ただ、やはり千早を見て見ぬふりをしているような感じは受けた。

「千早…ごめん。」

机に戻った時、武だけが小さな声でそう言った。怒りで一杯となっていた千早の心に、やわらかな風が流れる。

「大丈夫だから。」

それだけしか返す言葉が見つけられなかった。手早く荷物を整え、教室を足早に出て行く千早。

 ふと、ロッカーが片付けていなかったと思い出し振り向く。だが、ロッカーはこちらも何ごともなかったかのように整然としている。不思議に思ったが、いまさら中身がどうなっていても構わないと無視して階段を下りた。

 外に出たところで、校舎を振り向いた。朝日が登り、これから授業が始まる学校。気持ちよくない新鮮さがした。

“キーンコーンカーンコーン…”

一時限目開始の予鈴が鳴り響いた。


 家に戻った千早。ケータイをとって連絡したのは、バイト先のコンビニだった。

「あ、店長ですか?西園寺です。えっとですね、今日は今から入れますか?…はい。…はい。…わかりました。あ、あと明日と明後日はどうですか?…はい。…わかりました。」

家でゴロゴロしているくらいなら、バイトに出て生活費を稼いだほうがいい。もう一回暴力事件を起こしたならまだしも、バイトくらいで退学にはされまい。

 ブラウスとスカートを脱ぎ、私服に着替える。昼間にバイトへと出れば、その分夜に見つからなくて済む。ボタンを止めながら、そんなことを考えた。

 “バタン”

自転車にまたがろうとして、一応家にはいるんだと思わせておこうと降りた。去年の担任はここへと家庭訪問に来ている。まさか来ることはないと思うが…。

 まだ太陽が登りきっていない午前中、風を感じながらコンビニへと向かう。

 江口君も授業受けてるのかな。理数科で、七海や桃子と一緒に黒板を見つめているんだろうな。武はどうしてるのかな。今日は数学の小テストがあると言ってたけど、ちゃんと点数とれたのかな。

 こんな時でも江口君のことが出てくる。ああそうだ、江口君が桃子ちゃんと一緒に行ってもいいよって言ってたのを伝えられなくなっちゃったな。

 「西園寺さん、学校どうしたの?」

「…今日は休みだったの忘れてて。」

作り笑顔で嘘をつく千早。ロッカーで着替えると、レジへと立った。


 そのまま二日が過ぎた。夜、千早はケータイの画面をじっと見つめている。明日は登校日だ。

 謹慎中、教師が尋ねてきたりしたら面倒くさいなと思った。が、幸いにも来なかったようだ。まあ来たところで、親がいないのだから話にはなるまい。第一、上がらせるつもりはなかった。

 「高速バスで名古屋駅に行って、そこから東山線に乗って…」

右手にはメモ用紙と鉛筆、旅行日程をことこまかに書き込んでいく。七海や桃子とメールを交わし、旅行の行き先は「名古屋港水族館」になった。特にお金もかからず、イルカショーが見れるんじゃないかという理由からの大雑把な計画だが、ようやく落ち着いてきたようだ。

「高速バスの時間は…、七時四〇分かー。早いなぁ。」

これじゃあ七時集合になりそうね、なんて独り言を言いながら鉛筆を走らせる千早。こういった計画をたてるのは千早の特技であり、楽しみでもあった。

“ピロリ~ン♪”

「んー?」

メールだ。桃子に名古屋港水族館の位置を調べといて、と頼んでおいた。今日は仕事が早いのね。

「“旅行の行く先は決まった?井山さんにも訊いたんだけど、西園寺さんに訊いてーってばっかり言われて。”」

翔太からだった。不意打ちを喰らった千早。

「あの…えと…。」

誰もいないのに、周りを見渡して緊張の声を漏らす千早。急に手汗がにじんできた。モジモジしながら返事を打つ。

「“行き先は名古屋港水族館に決まったよー。つまらなかったらごめんね。”」

“ピロリ~ン♪”

割と早く、返事が届いた。

「“つまんなくなんかないと思うよ、考えてくれてありがとう。すごく楽しみに待ってるから。”」

気になる人にこういうことを言われると、テンションも上がってくる。七海や桃子に伝えた時は、へー決まったんだ、くらいの返事しか返ってこなかった。

「“気になったんだけど、なんで名古屋に行きたかったの?”」

“ピロリ~ン♪”

「“昔、名古屋に住んでたことがあったんだ。ちょっと懐かしくなっちゃってね。”」

翔太が名古屋に住んでたなんて初めて聞いた。武とかは知ってるのかな?

「“そうだったんだ。じゃあ名古屋での案内は江口君にやってもらっちゃおうかな~”」

“ピロリ~ン”

「“いやいや、昔だから全然だよ。俺なんかより、西園寺さんが一生懸命調べてくれてるんだから、そっちの方が頼りになりそう。”」

あー、体中がくすぐったい。頼りになるなんて言われたら、恥ずかしくなってしまう。顔を真っ赤にする千早。

「“そんなことないよ~。私はただ調べてるだけだし。”」

手が震えて上手く打てない。何度も打ち直す千早。

“ピロリ~ン♪”

「“十分だよ。ガイドさん、よろしくお願いします。”」

 一昨日のことは、千早の頭からすっかり飛んでいた。ウキウキ気分の女子高生がここにひとり。

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