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生い茂る青葉―Story of the past―  作者: 賦羅和鼓卯小説掲載委託有限会社(発注者:天城孝幸)
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1.ひとり…じゃないよね?

 2005年4月7日―

「…ふぅ。」

“甲斐学園山梨高校”と名前のある校門をくぐった、一人の女子高生。

 今日から三年生、西園寺さいおんじ 千早ちはやだ。

「あーあ、春休み終わっちゃたなー。」

「今日とか寝坊したー。アハハハ。」

周りには、そんな他愛もない会話をはずませながら登校する高校生たち。

「…はぁ。」

もう一つため息。トボトボと校舎へと足を運ぶ。

 千早には友達がいなかった。どうもクラスに馴染めず、また身長の低い千早は目立つこともなかった。運動や勉強だって、平凡かそれ以下でしかなかった。

 階段を上る時、自然と端のほうを歩いてしまう自分が情けなく感じる。

 「あっ…、今日から三階だった。」

四階へと続く階段を上りかけて、ハッと気づいた。

「えっと…、31ホームルーム…。」

 六つの教室のうち、四つは普通科で残り二つは理数科の教室だ。年度ごとにシャッフルされるHR。教室のドアに、運命の紙は張り出されることになっている。

「…。」

無言で、自分の名前を見つけた31HRの教室へと入る。すでに半分ほどの生徒が、あちこちで雑談会を開いていた。

 千早は、窓際からふたつ離れた席に座った。前からは二番目にあたる席だ。バッグを掛け、一息ついた。

「ふぅ。」

左のポケットからケータイを取り出す。だが、別に目的はなかった。

「7時50分か…。」

時間だけ見てパタン、とケータイを閉じた。ふと無意識に窓の外を見ると、青い空に雲がポツリと浮かんでいる。

「目線、やっぱり低くなるんだ…。」

前まで見えていた駅舎が、南校舎で見えなくなっていた。


 「卒業していった先輩方、これから入ってくる一年、これらに恥ずかしくないようにキチンとした行動を…」

体育館の中では、始業式が進められていた。校長が例年通りの言葉を並べている。

 視線を校長に向けている千早。視線は向いていても意識は上の空だ。右耳から入った声は、そのまま左へと抜けていく。

『一同、起立!』

全員が立ち上がる音に、ハッと我に帰って立ち上がる千早。

『一同、礼!』

 始業式を終わらせ、続々と教室へ帰っていく生徒たち。シューズを履き替える順番が遅かった千早は、あとの方から教室へと帰ってきた。

「千早。」

腰を下ろす千早は、突然の男子の声に呼ばれて振り返った。

「武!このクラスだったの!?」

今日始めて、千早の顔に浮かぶ笑顔。

「そうか、朝いなかったから気づかなかったんだね。」

千早のすぐ後ろに座った、真田さなだ たける

 千早の幼少期からの幼馴染だった。二年生までは、別のクラスだったから会うことはほとんどなかったが…。

「いやぁ、完全に春休み気分でねー。予定通りの遅刻。」

「友達とかに起こしてもらえなかったの?」

「それがさ、江口のやつも寝坊してやんの。みんな揃って職員室で頭下げたって、笑えるだろ?」

 笑いながら喋る武。

今年はいい年になるかもしれない、だって武がいるもの。


 “キーンコーンカーンコーン…”

「千早、今日はどうするんだ?」

武が訊いてきた。

「できるだけ顔は出してくつもりだから。…武は来るの?」

「今日はいいや。また明日。」

「うん、じゃあね。」

 武に向かって手を振り、教室を出る千早。バッグを抱えながら、小走りで西側の階段へと向かう。

 階段を下ろうとして、

「えっと、ここは三階だから…?」

あわてて振り返り、連絡通路を駆ける。別に急ぐようなことがあるわけではないが、間違いを誰かに見られたようで恥ずかしかったからだ。

 物理室のドアを開けようとして、

「あれ?」

鍵がかかっている。おかしいな…?

「あ…西園寺さん、今日からこっち。」

準備室から出てきた富岡とみおか 神奈かんな先生が、準備室から顔を出して言う。

「今年度から地学室になったの。」

「そうなんですか。」

 地学室のドアをガラッと開ける。

「それでね、その娘がさ、」

「頭悪るすぎだよね、それ。」

地学室の端っこで、二人の女子高生が雑談していた。

「久しぶり~、秋ちゃん。」

「千早ちゃん、相変わらずだね。」

「わ、私を無視しないでよー。」

二人は松山まつやま 秋恵あきえ輪島わじま 琴音ことね。たくましいショートヘアーと、か弱そうなロングヘアーの組み合わせは、とても中学校からの付き合いとは思えない。

「今日は何するのかな?」

「例年通りのミーティングみたいなものでしょ。琴音がまた何かやらかしてくれると嬉しいんだけどな~。」

横目でチラリと琴音を見る秋恵。

「やっ、やめてよ…。」

ちぢこまる琴音。

“ガララ…”

「今日から地学室かぁ…。」

ドアの音と共に、数人の男女が入ってきた。

「七海ちゃん、おひさ~」

「千早久しぶり~、何週間ぶり?」

「二週間?」

井山いやま 七海ななみ。隣では滝本たきもと 桃子ももこが秋恵にいじられていた。彼女ら二人は理数科だから、部活くらいでしか会えなかった。

 千早は、ドアの近くでたむろっている男子高校生を見つめた。

「いよいよ三年生か。」

「毎日暇だわ~。」

理数科の江口えぐち 翔太しょうた勝川かつがわ いさお。千早は翔太をドキドキしながらじっと見つめていた。気づかれないか心配になりながら…。


 自然科学部は、部員二十数名の文化部だ。活動はしているが、一生懸命なんてのは一部である。男子に至っては無駄話を咲かせて帰るのがお決まりのパターンだ。同じ文化部の模型部と、運動部から脱落してくる生徒の受け皿にもなっていた。

「…ということで、部活動登録証を返却します。ので、今年もやりたいという人は担任の印をもらって再度提出するようにして下さい。」

「建山先生、期限はいつまででしたっけ?」

「期限は…えーっと、巻本先生、いつまでにします?」

「え、一週間後くらいでいいんじゃないですかね。」

「はい、じゃあ一週間後を期限にします。遅れないように。」

 主顧問の建山たてやま 広一こういち先生、理数科の巻本まきもと 森尾もりお先生も前に立ち、部活の再登録の話で終わった。

「はぁ~、なんか暇になっちゃったね。」

「ま、どうせ理数科は補講で潰れるから変わらないね。」

「そだ。琴音、定期切れちゃったから電車賃貸して。」

「もう、またぁ?」

「うんまた。」

仕方なさそうに財布を取り出す琴音。

「理数科って、もうずっと補講?」

千早が七海に訊く。

「ううん、たまに休みはあるよ。なんで?」

「みんな時間ができたら、どこか遊びにいこうかな…って。」

「いいねそれ。考えといてよ。」

「どこ行くの?カラオケ?」

「ボーリングもいいんじゃない?」

駐輪場で、キャッキャとはずむ話。

「あ、じゃあ私はここで。」

「じゃあねー。」

 一人だけ反対方向のスロープを下る。千早。一気に周りがいなくなる空しさは否めなかった。

「…はぁ。」

ため息をつき、ペダルに力をかけた。

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