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Call my name  作者: 小林
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第二章 出会いとはじまり

 だが、どうやら今日は違うようだ。14時頃、珍しく一つの企業からメールが返って来た。しかも、今日メールを送ったばかりのところだ。株式会社日本旅行という中規模ではあるが有名な旅行代理店。巷では略して日旅と呼ばれている。返信が早過ぎるだろと思いつつ、光一は無気力にクリックする。

「件名 一緒に遊びませんか?」

「本文 はじめまして、光一君。わたしは杏。もしお暇でしたら一緒にあそびませんか?」

 一瞬ドキッとして変な汗をかいたのが分かった。それから光一は、まずこれが詐欺業者の迷惑メールではないかと疑った。しかし、それはないと思い直す。これから金をむしり取る獲物の名前を明記するなんて、だめ元で詐欺の標的とするにしては手が込んでいる。それになぜ俺が暇だと知っている。あてずっぽうか。大量送信するならそれもあり得るところだ。仮にこれが事前に送信相手の情報を調べてから行う、新手の詐欺の初手だとしても、やはりおかしい。なんせ自分が履歴書を送った日旅のアドレスからメールが届いている。日旅の社員は光一とは違い、決して暇ではないはずだ。では一体どういうことなのか。

 この6畳間の小さな部屋に現れた、ゴールする必要のない迷路の入口で、光一は久しぶりに、何かに引き込まれるような、体の奥が熱を帯びるような感覚を得た。ある人はこれを興味と呼び、またある人は気まぐれと呼ぶかもしれない。とにかく光一は有り余る暇に手助けをされて、試しに返信してみることにした。もしかしたら新種の採用試験という可能性も否定できない。

「どちら様でしょうか。一緒に遊ぶというのはどういうことですか?」

 送ってしまった。今まで光一は迷惑メールなどとは関わらないようにしてきたが、今回は気になってしまった。10分程してまたメールが届く。

「ごめんなさい。自己紹介が適当になってしまいました。緊張しています。私は杏といいます。杏って呼んで下さい。こう、なんていうか、信じてもらえるか分かりませんが、私は……幽霊……です。足はちゃんとありますけど。待って下さい! まだ読むのを止めないで! お願いだから少しだけ私の話を聞いて下さい。

 私は知らないうちに死んでしまったようで、気がついたら知らない道端を歩いていました。生きていた時の記憶は全くありません。普通にしていたら私のことが見える人もいないようです。気がついてから何日か辺りをブラブラとしていたのですが、ある日ジメジメとした生温かいオーラみたいな感覚を感じ取りました。本当に甘くて素敵な感覚だったと記憶しています。フカフカのソファーに包み込まれているような。そのオーラが漂う方へ吸い込まれていくと、そこにいたのが……その……あなた……でした。一目惚れというのでしょうか。それからしばらくはあなたのことをずっと見ていました。もちろん今も。でも、ただずっと見ているだけではどうにも私の心が落ち着きません。あなたにも私を見て欲しい、会って話がしたい、あなたのこともっと知りたい。だからこうしてメールをしようと思いました。

 でも、会いたいというのは私のわがままに過ぎません。だから、あなたとゲームをして、私が勝ったらあなたに会えるという提案をしたいのですが、どうでしょうか。私自身、いきなり会うというのも心の準備がいると感じています。強い念みたいなものを込めれば、生きている人間にも私が見えるということは試してみました。テレビをご覧になっていましたよね? 一緒に遊ぼうというとはそういうことなのです。分かって頂けたでしょうか。」

「ずっと見ていた」のところまで読んだ光一は、ガタっと立ち上がり、振り向いて部屋を見渡す。別に怖いわけではない。何となく、念のためだ。ほら、何もいやしない。そのはずなのだが、梅雨の湿気がまとわりつくような、ヌメヌメとした感覚に背中がゾクっとした。純粋に気持ちが悪い。

 ちなみに光一は怖がりである。子どもの頃からそうだ。小学校低学年の時、風呂上がりに突然姉に後ろから「わっ!」っとおどかされて、大泣きした。姉は「ごめんごめん、びっくりした?」とか言ってニヤニヤしながら光一の頭をなでていた。小学5年生の時には、林間学校で肝試しをやったことがあった。先生方も生徒に楽しんでもらうために頑張ったのだろう、宿泊施設の階段の手前で骸骨の人形が突然落ちてくるという、少々手の込んだ仕掛けがあった。人形が落ちてきたまさにその瞬間の写真が高山家には残っているが、光一は目に涙を浮かべているように見え、大変かわいらしい。本人曰く、これはたまたま光の加減で赤目になっただけであり、決して泣いているわけではないという。実は大人になってからも、例えばホラーな映画を見た日の夜は、その映画のシーンが頭から離れず、なかなか寝付けなかったり、夜中に起きたりする。

 ともかく、光一はやっぱり関わり合いにならない方が良いかと思う。しかし、よく読んでみるとなかなか面白いことも言っている。別に自分が幽霊に少々重たい愛を告白されたという点ではない。ジメジメしたオーラがどうとかの方だ。それはまさしく今の光一を表すのに最もと言ってよいほど適切な言葉だった。そのことを光一自身も自覚していた。まさか幽霊にシンパシーを感じてもらう日がくるとは。もしかしてもう社会的に死んでるのかも、なんて半分冗談で考えつつ苦笑いをする。もう一つ気になるのは、テレビでの幽霊目撃談のくだりだ。まあこれは詐欺業者によくある、アイドルの大雑把なスケジュールを把握して時事ネタをはさみつつ相手を信頼させるという手口と同じなのかもしれない。とはいえ、やはりメールアドレスの件はかなり気になる。少しきいてみることにしよう。少しだけ。

「どうやってメールを送っているの? パソコンが使えるの?」

 すぐに返信が来る。

「かなり頑張らないと物に触れることはできません。だからパソコンは使えないのです。ですが、集中すれば精神をインターネットの回線みたいなものの中に入れることができるようなのです。あくまでイメージの話ではありますが。そこからあなたに向けて伝えたい言葉を紡ぎ出しているわけです。」

 こいつの話が本当なら、その回線とやらは、俺が直近に送ったアドレスを通っているということになりそうだ、と光一は考える。あくまで考えただけで、信じているわけじゃない、と自分自身に心の中で言ってみる。相手が何であろうと、光一にとってこれは絶好の暇つぶしだった。光一は、とりあえず奴がしたいとかいうゲームの内容でもきいてみるか、とメッセージを綴る。

「なんだかよく分からないけど、どんなゲームをするつもりなの? メールではゲームなんてできないんじゃない?」

 しばらく待ったが返信が来ない。このメールのやりとりが今日の光一の生きがいである。退屈な繰り返しに現れた一筋の光明。1時間程してから待ちわびた返信が届く。

「そうです。では‘しりとり’をするというのはどうでしょう。でも、ただしりとりをするだけではつまらないと思います。そこで、少し変わったルールでやりましょう。ルールを下にまとめておいたので読んでみて下さい。


 ルール① このしりとりはA欄とB欄で二つのしりとりを同時進行して行う。


 ルール② A欄またはB欄の最後に‘ん’がつけば負け。


 ルール③ 相手のメールを受信してから1時間以内に自分の答えを送信できなければ負け。


 ルール④ B欄で使用できるのは、ものの属性や種類など、カテゴリーに関する言葉のみ。例えば‘どうぶつ’や ‘くだもの’。


 ルール⑤ A欄で使用できる言葉は、一つ前のB欄のカテゴリーに属するもののみ。


 ルール⑥ 一つ前のB欄のカテゴリーに含まれる次のA欄の答えが存在しない場合には、B欄を回答した方が負け。


 ルール⑦ 固有名詞は使用できるが、数字は不可。


 ルール⑧ 相手の使用した言葉に不服があるときは、次の自分のターンで異議を申立てることができる。この場合には話し合いで解決する。まあゲームですので穏当にやりましょう。


 ルール⑨ 一度使用した言葉で回答を埋めることはできない。ただし、A欄で1度使った言葉をB欄で使うことや、その逆は可。


 こんな感じでどうでしょうか。そんなに難しいルールではないですよね? 最初にリハーサルをしてから本番を始めましょう。」

 なるほど、確かにしりとりならメールだけでもできるな、と光一は少し髭の伸びた顎をさすりながら頷く。どうせ暇なのだ。ルールが少々面倒な気もするが、奴のプランに乗っかっておくことにしようと思い、提案に同意する。

「分かった、それでいいよ。リハーサルっていうのはどう始める?」

 返信が光一の質問に答える。

「では最初はA欄がりんご、B欄がどうぶつからはじめましょう。

A欄 りんご B欄 どうぶつ

さあ、あなたの番ですよ。」

 さて、どう返そうか。光一は久しぶりに腕を組んでみる。ルール①によると、A欄とB欄で同時にしりとりをするわけだから、光一としてはA欄は‘ご’から始まる言葉を、B欄は‘つ’から始まる言葉を埋めなければならない。とりあえず、光一はA欄に‘ごま’と入れてみる。しかし、これではルール⑤に違反してしまう。ルール⑤によると、光一のA欄に入る言葉は幽霊さんのB欄のカテゴリーに属しているものでなければならないからだ。この場合、奴のB欄のカテゴリーは‘どうぶつ’なのだから、光一がA欄に入れることができるのは‘ご’から始まる動物という風に限定される。ということは、ここはしりとりの王道、‘ごりら’が活躍しそうだ。

 次にB欄はどうするか。光一は、とりあえず‘つみき’という言葉を考えてみる。しかし、これではルール④や⑥に違反しそうだ。‘つみき’はカテゴリーに関する言葉とはいえそうにない(専門家の間では様々な種類があるのかもしれないが)。さらに、次の相手のターンで、相手のA欄に入る言葉が無ければ光一が負けることになる。光一のB欄の回答は、次の相手のA欄に、積み木の一種である‘ら’から始まる言葉を回答する余地を残さなければならないことになる。でなければ光一の負けだ。そこで、光一は試しにB欄に‘つうか’と入れてみる。通貨の単位には、おなじみの円をはじめとして様々なものがあるはずだ。しかし、ここで光一は一つの問題と対峙する。

「ちょっと質問がある。言葉を調べるのにインターネットとか辞書とかを使ってもいいのか? ていうか使ってもバレないんじゃないか? 会ってるわけじゃないんだし。」

 さて、このもっともな疑問に対し、死者はこう答える。

「そうですね、言い忘れていました。私はあなたを監視することができるますが、あなたはできませんね。ルール的にも言葉を調べる方法が無いとすぐに詰まってしまうでしょうし。では、


 ルール⑩ お互いに任意の方法で言葉を調べてもよい。


というのを追加しましょう。」

 奴の言う通り、光一には‘ら’から始まる通貨の単位を知る由が無かった。ネットが使えるというのは大きい。あいつも精神がどうたらでネットぐらい見ることができるだろう。極めてフェアだな、うん。と光一は都合よく納得した。ただ、監視はいかんと思う。光一は、奴が少しずつねっとりと絡みついてくるイメージを思い浮かべ、少し顔を歪ませた。

 気を取り直して、光一はB欄の言葉を考える。突然だが、みなさんはラトビアという国をご存じだろうか。正式名称をラトビア共和国。バルト海に面するヨーロッパ北東部に位置する共和制国家で、リトアニア、エストニアとともにバルト三国と呼ばれる。なんと、この国の通貨は‘ラッツ’だ。これで次の相手のA欄に入る言葉が存在することになる。光一のB欄を占領する‘つうか’はセーフのはずだ。

 ここまで考えて、光一はリハーサルの意味を知る。このゲームにおいて、A欄は相手のB欄によって限定されることになるから、A欄での回答は、まさしく相手のB欄による攻撃に対する防御を意味する。逆に、B欄は次の相手のA欄を狭めるのであるから、相手に対する攻撃という役割を持つことになる。ということは、相手のB欄による攻撃を自分のA欄という盾でしのぎつつ、相手のA欄をB欄の剣で貫くことができれば、勝利できるといことだ、と、光一は勝利の条件を見出した。

 さあ、光一の回答が完成したのは良いのだが、ここで光一にはまた一つ思うところができた。正直に言おう。これはとてつもなく面倒だ。とてもやっていられない。ゲームの内容を尋ねたときの返信が遅かったのは、ルールを真剣に考えていたからだろうか? それもリハーサルまでやって。相当本気なのだろう。光一の頭をそれまでの彼女の動向が埋め尽くした。

だが、彼女には申し訳ないが、今の光一にとって、集中力と労力が要求される遊戯は、暇をつぶす一時の気まぐれとして全くふさわしくなかった。ちょっと裏山に上るつもりの軽装で、富士山にでアタックするのは得策ではないのだ。

「あのさ、ごめん。ルールは分かったんだけど、このルールはちょっと面倒だな。普通のしりとりじゃダメなの?」

 返信が来る。

「ふふ、照れなくても良いのに。ゲームに負けたら会うことになるんだものね。でも、私にはあなたがそう言うと分かっていたわ。だから、ちゃんとあなたが私に会えるきっかけを作ってあげる。あなたのことなら何でも知っているし、もっと知りたいんだから。

そういえば、あなたのお母さんの咳が長引いてるみたいね。早く元気になると良いんだけれど。アナタ次第ね。」

 それは表面だけは温かく、中身が冷たかった。何より文体がおかしい。背筋のさらにその奥が、氷がすべり落ちていくようにぞっとする。それにつられるように、光一の頭を冷たい思考が駆け巡る。こいつは知っているんだ。そして確実にいる。この家の中に。そんな、本当に? まさか幽霊なんて。現に奴は母の健康状態を把握しているし、しかもその原因が自分であることをほのめかしている。このゲームは、奴の提案やお願いなんかじゃない。脅迫だ。今後ろを振り向いてはダメだ。とにかく今はやるしかない。光一の本能が、ソレを確認してはならないと、体中の細胞に告げていた。

「分かった。やろう。」

 光一はあきらめると同時に覚悟を決め、ディスプレイに集中した。

「せっかくだから、リハーサルの続きを本番にしちゃいましょう。あなたの答えを送って。私のターンから本番よ。」

 光一はさきほど考えた回答を送信する。

「A欄 ごりら B欄 つうか(通貨)」

 少ししてから返信が来る。

「その気になったわね。大丈夫、私が勝つまで何もしないわ。恥ずかしがりやで意地っ張りなあなたのことだもの。ふふ、楽しみはとっておかなくちゃ。さあ、ゲームのはじまりよ。

A欄 ラッツ B欄 かみ(神)」

 彼女が隠していた牙をむき出しにしたのをきっかけに、光一の孤独な闘いが始まった。


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