表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

選択のラヴァハ

続いて男目線です。

男は近くの町に着くと放浪に必要な物を買い求めた。質が良い物は王都の方が多いらしいが男にとって其処は鬼門だ。わざわざ近寄る事もなかろう。

それに、北の地最大の町である此処エインだ。必要物資に不足はない。


「そういえば聞いたかい」

「おう、どうしたい、‥もしかして王都の情報か?」

「まさに。王宮の話なんだが、王弟殿下が暗殺されたそうだ」


男が品物を選んでいると不意に物騒な話が聞こえてきた。咄嗟に近くにあった毛布を手に取り、眺めるフリをする。


「何だってぇ!そいつは大事だ!」

「そうなんだよ。先王が後継者を決めないまま死んじまっただろ?先王には王子がいなかったからなぁ…」

「だなぁ。せめて庶子様でもいれば。…ん?というと‥ノルド公が王に即位する事も?あの人は先王の従兄弟だろ?」

「ああ、なあ。あの人なら国を良い方向に導いて下さるだろうから、わし等はあの人の方がいいがね」

「異母弟のグリンカム殿下はどうだ?あの方は武はからきしだが、頭は切れるともっぱらの噂だ」

「ノルド公なら、宰相閣下の方が向いてるんじゃないかね。王陛下になられると身動きもままならんだろう」

「それもそうか。たが候補から外れてはいないそうだ」

「無闇矢鱈に荒れる事がなければいいが…」

「当分、王宮はきなくさい儘かもなぁ」

「ああそうそう。きな臭いと言えばあそこの露店商が…」


男は別の噂話を始めた男達と然り気無く距離を取った。


(俺には関係ない)


あの抜けた子供がどうなろうと自分の知った事ではない。

あの牢から連れ出し、村に預けただけでも男にとっては自分に驚いているのだ。


(俺にしては真面まともな扱いだ。あの儘牢に残せば政略争いに巻き込まれるのは目に見えているし、いくら間の抜けた子供でも気が触れるかもしれん。山で野垂れ死ぬ事もさせなかったし、どういう理由かは知らんが手練揃いの村に預けたし…)



あの抜けた子供は死を前にしてどう出るだろうか。

ヘラッとした緊張感の欠片もないにやけ顔が浮かぶ。それとは反対に静謐と言ってもいい様な大人びた表情も。


(…抜けてるから危険に気が付かないかもしれない。それか…何もかも受け入れて死にそうな気がする)


男はぴたりと足を止めた。後ろから荷を担いだ商人らしき男がぶつかり、文句を言いながら追い越していく。

男は聞いてなかった。ぶつかった事さえ気にしてない。



『…命を奪う時、そうしなければならない時に一瞬も躊躇ってはいけない』


『…だが、一度その命を躊躇うのなら最後までその命に尽くす。それがラヴァハの戦士の掟だ』


遠い…昔。

誰かがそう言っていた様な気がする。

それは年輩の戦士だったか彼の部族の長だったか、それとももう顔すら覚えていない父か。


(…ラヴァハは滅びた。亡霊共め、煩いぞ)


「毎度ありぃ!」


ハッと気付くと露店の前で男はブーツを手にして立っていた。

毎度ありと言われた事は買ったのだろう。

手にしたブーツは鹿皮で出来ており、滑らかだが丈夫で光沢が美しい。男性が履いてもおかしくはないが…サイズが問題だった。


(誰が履くんだ)


ブーツはどう見ても男の脚には小さすぎる。


(俺は何をしてるんだろう)


男は荷物が増えたため新たに買った驢馬と、その背に乗る大層な荷物を見てため息を付いた。男一人の旅にしては明らかに多すぎる。お陰で所持金が底を尽いた。

あの子供を迎えるつもりなのか。自ら厄介事に突っ込んでいくと?復讐を果たし、やっと自由を手に入れたのに?


(あの子供には村の者が付いてる。容易には手を出させん筈だ。あの村は普通の村じゃない、一度迎え入れれば守ってくれるだろうが…)


それどころか向こうに見つかってさえもいない。


(だがもし…。何を馬鹿な事を。肝心の子供が俺に付いてくると?)


男は馬に合図を出し道中を戻った。

眉間の皺は中々消えなかった。








「正直、戻るとは思わんかったぞ」


くせ者の長はニヤニヤしながら男に茶を出した。


男はそれを無視すると、テーブルに毛皮の束をどさりと乗せ、長の向かいに座った。

これは?長の目が期待に輝きながら男を促す。


「礼だ」

「ほ―――――お?こりゃ大層な物を。まぁまぁ有り難く頂戴するよ」


長はホクホク顔で受け取ると男衆に渡した。


「さあさあさてさて…ウーカの素姓はわかっておるのか。生半可な相手ではないぞよ」

「椅子の取り合いをしているノルドの事か」

「なんじゃ、知っておったのか」


長が茶化すように身を乗り出すのを、男は斜めにした態勢からゆっくり視線をやる。殺気をざらりと込めて。

己の読みが浅かったか?…子供の情報でも売ったか、それともこれからだったか?

其れを長は肩を竦めて軽くいなした。


「お主が懸念する事はない。自衛の為、情報集めをしているだけじゃ。…わし等が関与する事はない。落ち着け、ラヴァハよ」


男はもう一度殺気を込めて長を見る。


「おお、怖い怖い。さて…今後どうする心算じゃ。当分向こうは余裕はないだろうが、何時かは捜し当てられるぞ」


男は先程の長の様に肩を竦めると立ち上がった。長も「愛想のない奴だ」と言いながら立ち上がる。

長の家を出ると子供が首を傾げて男を見ていた。相変わらずボケた顔である。


(…付いて来ても残っても良し)


男はもう決めている。子供が付いて来なくても村の外から、少なくとも男が納得出来るまで守ると。戻る道中何度もやめようと思ったが、もうどう自分の心を否定しても無駄だ。この子供が気になって仕方ない。どんな理由を付けても良い。暇でも、あのあめ玉を貰ったからでも。

だが男の杞憂も呆気なく子供は男との同行を決めた。あまりにもあっさり頷いたので驚きが顔にでも出たのか、長がからかう程だった。








(大分マシになったかと思ったが…)


男は子供がいきなり全裸になった事に頭を抱えた。男もおよそ常識とは無縁の位置にいるが子供のは酷い。10歳ほどだとしても、女なのだ。もう少し警戒心だとか慎みだとかあっても…


(村で学んだのではなかったのか。保護しているとはいえ、他人の自分の前でしていい事ではない)


男は今日何回目かのため息をこぼすと、顔を洗って子供の寝るテントに入った。子供はすやすやと寝息をたて熟睡している。

男は何時かのように子供の頬へ指を滑らす。十分な環境下に居たからだろう。男と別れた時より、ふっくらとして顔色も良い。呼吸は正しく健康そのものだ。


(俺に付いてきて本当によかったのか?)


男は指を滑らしながら寝る子供に問うた。









男が子供と住を共にするようになって数ヶ月後、ちらほらとちょっかいを掛けてくる輩が出始めた。

例の椅子の取り合いに関してだろう。


「ギャッ!」


人相の悪い『輩』の足を斧で薙ぎ払い、倒れた所を胸に両刃の短刀で深々と刺した。


「チクショウ!ラヴァハじゃねぇかよ!割に合わねぇ仕事だ!」


仲間を見捨てて一人の輩が逃げ出した。

男は短刀を死に行く輩から引き抜くと馬から弓を取り出した。4本の矢を構えギリギリと弓弦を引き絞る。逃げる輩の背がどんどん小さくなっていく。

フッ

男は小さく息を漏らすと指を放した。

矢は天を突くように上がり…真っ直ぐ輩に落ちた。どうと馬から落ち、やがて動かなくなる。矢は首と胸に3本、頭に一本貫通している。

男は弓を下ろすと周りをゆっくりと見て、まだ息をしている者がいないか確かめた。ある者は首が飛び、ある者は胸が裂け、ある者は頭蓋を叩き割られ、灰色の脳漿が散乱している。


男は輩達が乗ってきた馬も殺すと荒野に放置した。狼が食べるなり腐って森の一部になるなり、後は自然が淘汰してくれるだろう。放った者が見つけるなりしても構わない。輩達の腐った哀れな様は何より雄弁なメッセージとなるだろうから。

男は血飛沫もそのままに子供に向き直った。酷く青醒めた顔をしているが目は逸らさない。男は斧や短刀を仕舞うと子供に手を差し出す。


(この血塗れた手を、取っても取らなくてもいい。選択は常にお前にある)


子供は躊躇しながらも手を重ね、男に自身を委ねた。

びゅうと風が吹く。


「つめたい」


子供が首を竦めた。



もうすぐ冬が来る。






絶防寒、軽重、肌触りの良さ。それに加えて、見た目光輝く光沢。

毛皮の中でも最高級の部類にある白テンの毛皮、シェブンセーブルだが。

…世界唯一その毛皮が捕れる此処では…氷山を越え、尚且つ、うようよと辺り一面蔓延る狼達の縄張りを突っ切った先のシェブンの森に(死の女神シェブンから由来している)生息している為…狩りに行く者は稀であった。途中で命を落とす危険度の方が圧倒的に多いからである。


ゴキッ…!


男は白テンの首を折ると、絶命したその肢体を無造作にずた袋に入れた。

もうこれほどでいいだろう。子供と己の分だけでいいので不必要なほど採るのは森と男の意志に反する。

男は近くの川まで歩いていくと、遠くで狼達の遠吠えを聞きながら皮を剥ぎだした。



毛皮と食べられる部分を残して川へ全て捨て、途中なめしながら男は帰途についた。


子供の好奇心に輝く青い目が浮かび、男の口元を緩める。


村まであと数百メートルという所で男は異変に気づいた。即刻足音を消し、気配を消して走る。既に手には斧があった。




「あれは…ウールルカ?間違いない!ウールルカ!」


若い、一目で貴族とわかる男が大声で叫ぶのを、男はそれを遮るかのように間に立った。

突然現れた男にギョッとした若い男は踏み出した一歩を戻す。

獲物は若い貴族を含めて7人。ゆっくり観察する。

狩りと一緒だ。見極め、タイミングを計り、一番弱い箇所を狙って殺す。

男の醸し出す何とも異様な気配に貴族達は後ずさった。


「いい所に来たのう。目指す物はきっちり採れたようじゃなぁ。あー羨ましい」


のんびりした場違いな長の声が聞こえたが、男は無視した。


「お前は…ラヴァハの狂奴隷だな」


長の一言が解いたというわけでもなかろうが、若い貴族は恐怖を抑えながら男に話しかけた。

「あ」という長の声がする。

男が少し眼を狭めた。


「やはりお前がウールルカを拐っていたのか!さんざん捜させ‥!!い、いや、今はそんな事どうでもいい。…ラヴァハの狂奴隷よ、私の名はヴァーラス・ノルド。ウールルカの兄だ!頼む!ウールルカを返してくれ!母が…危篤なんだ!今しかない!もう時間がないんだ!せめて一目だけでも…!」


若い貴族は喋る勢いのまま、また足を踏み出す。


どれが一番男の怒りを掻き立てたのか。


ラヴァハの狂奴隷と言われた事か。

拐ったと言われた事か。

危篤だという母に今更会えと強要する事か。




子供を己から奪おうとする事か。




男は斧を滑らし握り直した。間を置かず爆発するように殺気が辺りに満ちる。

若い貴族…子供の兄は息を飲んで男の空いた片手が上着に滑り込むのを見た。同時に後方で友人や部下達が長剣を手に取ろうとする気配がして慌てて止めた。


男は兄の評価を少しだけ改めた。まだ若いが分別と見る目はあるらしい。


「おお!無駄死にせんでよかったよかった」


それは長も感じたらしかった。何時もの物言いだったが。

兄は男は暫し見て


「今日は帰る。…村長むらおさよ、突然訪れて申し訳なかった。今回はここで帰りますが、また参ります…何度でも」


兄、と名乗る最上位貴族は長に軽く頷くと馬上の人となった。諦め切れぬ様、視線を後方に流したが後、僅かに息を溢し馬首を翻し去っていった。


「さてさて、どうするね」


長が話しかけてきたが男は無視した。

眼はじっと土煙を追っている。


「ウーカにどう説明しようかの」


無視。


「あの兄とやら、またこの村にやってくるじゃろうなぁ。しつこそうだし」


無視。


「ところでその白テンの毛皮だが譲ってはくれんか」


無視。子供の滞在費用なら既に払い済みだ。


「ケチんぼだのう。ちょっとくらい分けてもええだろ」

「長…」


村の男が見かねてか、呆れた口調で長を諫めた。


「使いをやるからあんまり遠くへ行かんでくれよ」


最後、長は確認するように男へ言うと肩を竦めて去った。

長は請われれば子供に話すだろう。

常識的な事柄には全くの無知に等しいが、理解はできるだろう。

子供は知りたいと思うだろうか。


「おかえりー!」


この声を聞けなくなる日が…いずれやってくる。









使いの鳥から紙片を取り出すと懲りずに鳥を見送る子供を放って置き、男は書かれた字を読んだ。


”収まりたし。椅子は他者に。諦める気はなしと”


王位を巡る椅子取りは終わったようだ。ノルドは弾かれたか、最初から興味なかったか。


(いずれにしても、こいつが言わねば行かせる心算はない)


男は何時ものように紙片を火にくべると、まだ見送っている子供を見て(今日は鳥を食うか)と弓を手にした。

紙片はあっけなく燃え尽きる。


それからも鳥の来訪が相次いだ。

それはもう、しつこいと感じる程に。


”手を出す気なしと。一目会わせたし?”

”公が来たりて。しつこく請われ、閉口す。主?”

”ウーカ事話したし。馴染むよう最大限に努力致すと。

”兄顔色悪かし。剣抜き…はせんかったが。追い詰められたし事、確か”


男はそれでも、一応長の話を聞いていたようで、遠くへ行くことはなかった。そして必ず子供の前で鳥を迎え、紙片を開いた。

男は待っている。

子供が選択するのを。


初めて子供が紙片を読んだ日の夜。

男は子供が毛布を抜け出す気配に目を開けた。身じろぎせずにいると子供がテントを出ていく。

10歩分の足音を聞いてから男は立ち上がった。


そう遠くへは行かず、子供はやがて大樹へと凭れた。

木々の間を透かすようにして凍てつく夜空を見上げている。

そして、その頬をゆっくり、ゆっくり涙が伝った。

男はそれを少し離れた所で見ていた。


(そうか)


ぎゅうと胸が詰まる。思ったより苦しい。覚悟はしていた筈なのに。

男も見上げた。

星々が突き刺さる様に煌めく。男を諌めるように。


「あたし、行くよ」


子供が何時もの溌剌とした口調で言った。いや意地悪い言い方をすれば少し震えている。


(…わかった)


男も胸の中で返すと静かにその場を去った。子供が帰ってくる前に戻っていなければならないだろう。


冷えたであろうその体を、せめて暖めてやろうではないか。


二日後、村まで子供を送っていった男は、子供が無事にノルド公の城へと入るのを見届けると旅に出た。大層な荷物と驢馬は粗方売った。もう必要ない。


森を抜け山を登り、川を下って海を渡った。

人とは極力接せず、いつも一人でいる事を選んだ。

その代わりに風に触れ、雷を読み、雨に包まれて星に叱られる。


そして毎日子供の幸せを祈った。








「ようやっと戻ったか。久し振りじゃのう」


約一年振りに村に寄るとわざわざ長が出迎えてくれた。



男は訝しげに長を見た。そんなに親しい間柄ではないはずだが?


「お主…もう少し人に好かれる事に慣れんといかんぞ。ほれ」


男は呆れたように言う長の手を見た。幾つかの紙だ。手紙のように見える。


「お主にじゃよ。ウーカからな」


男は長を見返した。その表情は誰が見ても驚いている。あのボンヤリとした子供が手紙を?そんな気の利いた事を本当にアレが?


「あのなぁ、お主の考えを否定…ううむ、もできんが、それでもちょっと酷いぞ」


「まぁウーカなら気にせんだろうが」長はそう言って男に手紙を渡した。






 ”名前も知らないあなたへ


 えーと。初めまして?あれ?ちがう?うーん。ま、いいや。

 あたしは元気です。

 城、というところには父と母と兄とたくさんのよくわからない人がたくさんいます。

母はちょっと元気になってきました。でもまだ毛布からでれません。

 あとーたくさんの、部屋、があってたまに迷子になります。

 食べ物じゃない花もたくさんあります。食べないのに育ててるんだよ!とって食べたらなかれました。

 ご飯はおさらにたくさん出てきて並びます。でもちょっと冷たいのがフマンです。オイノリをしないと食べられないからです。デクタのおうちみたいにフォークとスプーンとあなたと同じようにナイフを使って食べます。でもあなたがくれたナイフほど大きくも尖ってもいません。あのときみたいに口にささっても痛くなかったです。


あたしの名前はウールルカ・ノルドというそうです。名前はふつう2つあるのだそうです。

あなたも2つあるの?いちども聞きませんでした。


いまは

聞きたいです。


ウールルカよりウーカの方がいいウーカより。だってちょっと弱そうなんだもん”







「相変わらず食い意地が張っているようだ」


男は一人呟くと手紙と一緒に入っていた変色した花らしき物を摘んだ。食べないのに育てているのがよほど衝撃だったのだろう。


その時の光景が容易に想像でき、男は声を立てて笑った。


部族を消され、奴隷となり、両手に数え切れない程の殺し合いとしての見世物を得、王を殺し、子供と暮らして、そして独りになり。それまで子供と居ても声を立てて笑う事のなかった男が。

笑い方を忘れたように、実際忘れていたのだが…それはぎこちなく掠れていたが。

それでもそれは確かに笑い声だった。


手紙は全部で12枚あった。

一ヶ月に一度の頻度らしい。どの手紙にも食べ物の事が中心であり、それらは感嘆と不満、驚きと好奇心に溢れている。

時折ニヤリとしながら次々と手紙を開封し、読み進めていく。と、そのうちある事に気が付いた。


”でもあの時のシチューよりおいしくなかったです。香草がちがうのかな?”

”あの時食べたヤマウズラの焼き鳥がいいかなーといったらおかしな顔をされました。知らないって”


男が作った、もしくは一緒に食べた事柄が何度も出てくるのだ。

そしてもう一つ。


”母は毛布・・・じゃなくてベッドから出られるようになりました。朝のご飯をいっしょに食べます”

”母はもう一日ずっと起きてます。歌をうたってくれました”

”オイシャさんがきてもう大丈夫といってました。よかったです”


必ず母親の健康状態が書かれている。

男はまだ開封していない手紙を開けてみた。やはり書いてある。


(まさか)


ある考えがちらつき、男の胸が音を立てる。


(そんな事がある筈…ない。家族の元にいるんだぞ)


否定するように何度も読み返す。だがもう…消せなかった。




戻り…たがっている?


それとなく訴えているのか?




男は一旦そう思ったがすぐ打ち消した。あの思いついたら即行動の子供がそんな回りくどい事をするはずがない。

戻りたいのなら戻ると書いて寄越すだろう。家族に遠慮する情緒もないだろうし。

男はもう一度手紙を読み直してみた。

そして11枚目の最後にそれを見つけた。


"きのうユメを見ました。森であなたとご飯を食べてました。たくさん見ます。でもユメなんだよね"


…気のせいなんかじゃない。確信する。

どうやら戻りたいと思った心が無意識に出て書かせているようだ。

じわじわと喜びが男の胸を浸す。

家族の中にあり、今までの環境よりよほど快適に暮らし、大事にされているようなのに。

もう…もう何より、無意識といったところが嬉しいではないか。





(…呆れた子供だ)


小鳩のパイより山鶉の串焼きを。

手入れされた花より野生の林檎を。

堅固な城より雨弾く音が姦しいテントを。

瀟洒なドレスより鹿革のブーツを。

便利な馬車より風を感じる馬の背を。


家族の名より男の名前を。


ウールルカよりウーカを。



(呆れた奴だ本当に…本当に)


男は手紙から顔を上げると久方ぶりに見る、白茶けた森を眺めた。

日が短くなった。

もうすぐ冬が始まる。


「ウーカ」


男は凍えた唇に其れを乗せ、味わった後立ち上がった。

王侯貴族でも持てないような、上等の防寒着を用意してやるために。









うららかな春の日差し。

生き物達が命の喜びを歌い上げるその地で。


男は無事釣り上げた魚を手に、子供に選択を迫っていた。


「俺の名前と魚、どちらかを選べ」

「ええー!!」

「どれだ?」

「たまーに喋ったと思ったら!なにそれ!!」

「どれだ?ちなみに次はない」

「そんなー!!もちろん さか‥い、いや なま‥やっぱ さか‥あわわ」


慌てる子供をとくと眺めてから、男は企みを胸にほくそ笑んだ。




「ウーカ」




「…ああっ!!名前!初めて!」

「そうか名前か」


男は満足げに笑うと魚を川に投げ入れた。九死に一生を得た魚は幸いとばかりに姿を眩ます。


「ああー!!魚がー!ご飯がー!さかなぁぁあああ!!!」


子供の悲痛な叫びが森に響き渡る。

それに添うように掠れた笑い声も。

本文に出てくる」「白テン」ですが実在しません。白地に点々があるセーブルはあるようですが・・・

興味がある方は調べてみてね!あと毛皮って目ん玉引っ繰り返って戻ってくるほど高価いね!イェイ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ