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おかえり、ただいま

男はポカンと自分を見るウーカに目もくれず通り過ぎると、真っ直ぐ長の家に入っていき後ろ手に戸を閉めた。

その背に大量の毛皮があった。


「ウーカ、あの人・・」


すっかり仲良くなったデクタが話しかければ


「うん」


ウーカも首を傾げて返すだけ。

毛皮を背負っていたからには売りに来たという事?うーむ。

暫くして長と男が出てきた。


「ウーカ」

「はい」

「支度をしておいで」

「支度?」


ウーカの首がもっと傾ぐ。


「迎えが来たからの」

「迎え?」


今度は反対側に首を傾げる。

長はその様子にフフと笑い、


「お前を迎えに来たんじゃよ。直ぐに出るそうじゃから旅の支度をしなさい」


そのまま笑いを滲ませ、ウーカを促した。

ウーカは首を傾げた態勢のまま長を見、長の後ろに立つ男を見上げる。

いつものように凪いだ眼だ。こちらを見ているようで見ていない。


「うん。わかった」


だがウーカも相変わらずであった。

ウーカは首を片方に傾げたまま長と男に背を向けると、世話になっていたデクタの家へと歩いていった。「ウーカ、なんで首そのままなの?固まっちゃうよ!」それをデクタがもっともな事を言い追いかける。


「フ、フ、フ。ウーカにかかってはお主ほどの戦士も形無しじゃのぅ。フ、フ、フ」


男は僅かに顔を顰めて長への返事とした。


「ウーカ!また遊びに来てね!」


掛かる声を両手一杯振って返事をした後、ウーカと男が向かった先には、丈夫そうな足をした馬と大層な荷物を積んだ驢馬が佇んでいた。


「うわー!!すごーい!すごいこれー!!」


ウーカは物珍しげにぐるぐると馬と驢馬の周りを走って回った。

男の口角が僅かに上がる。


「これ何!?」

「・・・・・」


男は元の無表情に戻ると好奇心一杯のウーカの両脇を抱え鞍に乗せた。弾みをつけて自身も跨る。「シッ」と息を吐くようにして馬に合図を出すと一行は出発した。


山々は春の訪れを歓迎するかのように色とりどりに色彩を放ち、その短い季節を大いに楽しんでいた。木々は常は厳めしく伸ばした腕を茶化すように新芽が覆い、その間を鳥達が子育てに姦しく飛び回り、風は優しく、花々は競いあって虫達を呼び込んでいる。頭上にある太陽はその全てに恩恵を与えるかのように輝き、空はどこまでも青く突き抜けていた。

初めて乗った馬のその高さ。それらの違いも相まってウーカの世界を新しく大きく広げていく。

ウーカは五感一杯にその喜びを表した。笑い飛び跳ね、眼には入る全てのことに質問し、勝手に感想を漏らす。腕を振り回したり馬の鬣を引っ張り触り話しかける。驢馬へと首を回し落っこちそうになる。

はしゃぐウーカをしかし男は叱ろうとはしなかった。ただ巧みにバランスを取りながらウーカの好きにさせていた。


午後も大分過ぎ、川に出たところで男は止まるとウーカを下ろした。どうやら今日の野営地はここらしい。

バシャバシャと川で遊ぶウーカを放って驢馬の背から荷を降ろし、しっかりとしたテントを組み立てる。

気付いたウーカが目を輝かせて作業に見入り完成すると


「これ何?家?ここで寝るの?」


入っていいかと聞くと、男が頷くのを待たずにテントへと入っていった。

中で歓声が上がるのを少し口元を緩めて聞いていた男だったが、はしゃぎ過ぎたウーカによって支柱のうち2本が折

れ、作業をやり直す羽目になった。

「もう二度とテントで暴れない」と誓った後、男について森を歩き回り、夕陽が最後の光を投げかける頃。「やりたいやりたい」と強請るウーカを最後まで男が無視して無事に夕食は出来上がった。

森で採取した木の実やキノコ、男が途中でしとめたウサギ、長達から貰った山羊の乳で豪勢なシチュー。暖かい湯気の立ったご馳走をウーカは幸せなため息と共に受け取り、3杯おかわりした。

後片づけはウーカが頑張り、男の確認で終了した。

風がでてきた。荷物から毛布等を取りだし、る支度を始め男たに向かってウーカが我が儘を言う。


「体洗いたい」


一日、目一杯体を動かしていたので汗を掻いて気持ち悪い。

男は聞いていないように体を動かしていたが、ウーカが動かないでいると洗った鍋を手渡して川を指した。

ウーカがよたよたしながら運ぶと、火を大きくしていた男が受け取り暖め始める。ちょうど良い加減になったところで焚き火から下ろすと、ウーカに布の切れ端を渡す。


「ありがとう!うれしい!」


そしてウーカはその場で服を脱ぎ始めた。恥じらいもなく。些かの迷いもなく。

一糸も纏わない身を湯に浸した布で豪快に拭っていく。

男は体を強ばらせた。まさか目の前で脱ぐとは思わなかったのだろう。ゆっくり背を向け、ウーカの声が掛かるまで振り向きはしなかった。ただため息を一つ。

ウーカは最後に髪を濯いでスッキリすると、湯を捨て、男も拭うか聞いた。

男は黙ってテントを指さした。寝ろという事だろう。ウーカは鍋をもう一度丁寧に洗うとテントに潜り込んで毛布の間に体を滑り込ませた。

まだ湿った髪に案外滑らかな毛布の感触。ほうと頬を緩めながらウーカはずっと前からこうしていた感覚になる。

男がまた現れてびっくりはしたが、また一緒にいる事に抵抗感はなく、むしろ自然に、楽しんでさえいる。

どうしてなどという疑問はウーカにはない。それがウーカなのだ。

ウーカは男がなにやらしている音と夜の森が立てる独特の雰囲気を子守歌代わりに眠りについた。

こうして再び2人の旅が始まった。


日中、男は狩りをして仕留めた獲物を捌き、毛皮を剥ぎ取る。ウーカは森を歩き回り、男に教えてもらいながら薬草や香草などを採取した。ある程度纏まると近くの村落まで荷を卸す。時には長の村まで出向いてそこでも荷を卸したりした。

男の持ち寄る毛皮は品質がよく、町でも高く売れるそうだ。またウーカが採取する薬草などは珍しい物もあって重宝がられた。


そんなふうにして幾数月が流れた頃、ウーカは長の村に逗留していた。男が危険な場所まで狩りに行っているためだ。目前まで来た冬に備えて、そこにしか生息しない動物の毛皮が欲しくなったらしかった。長がいうには軽いのに段違いに暖かく、また丈夫で何とも言えない程素晴らしい手触りだそうだ。


「ワシにも少しくれんかのう。・・・・無理じゃろうなぁ」


長は口にしただけという風にため息をこぼしたが、ウーカには男がその毛皮を手に入れるのは当然といった口振りの方が気になった。一瞬だけだが。

男が村をたって10日目、村は予期せぬ訪問者・・・それも複数を迎えた。


「以外と遅かったのぅ。しかし奴が不在時に来るとは・・・」


長は訪問者達を小窓から十分観察した後、ウーカに呼ばれるまで決して家からでないことを約束させると外へと出ていった。

ウーカは小窓から顔半分を出して訪問者達を長のように観察した。少しだけ違うのは長の目には警戒心が、ウーカの目には好奇心が表れていることぐらいか。

外ではいつぞやの男とウーカの時のように、長を中心に村の男衆が訪問者達と対峙している。

訪問者達は全員馬に乗り、ここいらで見たこともない上等な服を着ている。腰には長剣が差してあり、時々陽に煌めいた。中央の訪問者が馬から下りると全員がそれにならい、続けて何か長に言っているらしかったが、ウーカには聞き取れなかった。それに応える長の声はもっと小さいようで両手を広げて肩を竦める姿が確認できるだけだ。

何度か応酬があり、焦れた様に訪問者が声を荒げた。そして何事かを宣言するように声高に言うと、俄かに場が緊張した。

と、訪問者の視線が村の男衆の間を抜けて真っ直ぐ向けられた。長の家へと。

ウーカは眼が合った訪問者の眼の色が鮮やかな碧であることに気付く。

あれ?どっかで見たような・・・

ウーカが引っかかった記憶に首を傾げると訪問者が何か叫び、一歩足を踏み出した。


その時。


ウーカは目を見張った。


訪問者達と長達の間、ちょうど真ん中。


男が立っていた。


静かに佇む背には真っ白な毛皮。今回の獲物だろう。そして手にはあの斧が握られている。

背を向けているので定かではないが、訪問者達が飲まれたように後ずさったので、あの、背筋が凍るような凍てついた顔をしているのだろう。

ごくり、と唾の飲み込む音さえ聞こえそうな緊迫した空気が流れる。

予期しない男の登場に臆した訪問者だったが、気を取り直した様で緊張した顔つきながらも男に向かって話しかけた。

男は微動だにしない。

反応がない男に焦るように訪問者が前に出る。

途端、男が斧を滑らし握り直した。

もう片手が上着に滑り込んだのを見てしまったウーカには男があの両刃の短剣を手にしたのがわかった。


(殺される!あの人達みんな死ぬ!)


何度となく男の戦いや狩りを見てきたウーカは確信した。同時に何時もの恐怖心がじわじわと背を上る。

男の気迫に他の訪問者達が腰の長剣に手をやり、身構えた。が、訪問者が手を横にやると渋々手を離す。訪問者は暫し男を見ていたが、やがて何か言うと長に軽く礼をして馬に跨った。馬上から訪問者が再び自分を見た。その苦しげな眼差しにまた引っかかる物があったが、何かを思い出す前に訪問者達は去った。

その姿が見えなくなるまで男はそこを動かず、いや見えなくなっても動かない。何度か長が促していたが動かない男に肩を竦めると、男をそのままにこちらへと帰ってくる。


「ウーカ、奴が迎えに来たよ」

「はーい」


何時もは荷を卸すと、夕だろうが夜中だろうがおかまいなしに引き上げるので、村の皆ともゆっくりできなかったが、今回は10日も滞在したので何やかやと用立てたり、貰ったりして荷物が増えた。


「えっと、これとあれと、あとこれもだ」


ウーカがゴソゴソと支度をしていると、その背に長が独特の口調でゆったりと話しかけてくる。


「のうウーカや」

「なにー?」

「先程の男達、知っておるか?」

「うんん。知らない人」

「ふむ」


長はまだ立っている男をちらりと見て


「誰か知りたいか?」

「うん知りたい。迷子?」

「フ、フ、フ。迷子か。はてさて、それはどちらの事じゃろうの」


おかしそうに声を立てて笑うとウーカの頭を撫でる。


「長ー?」

「よくお聞きウーカ。さっきの男、ワシ等に話しかけた男はお前の兄じゃ」

「あに?」

「兄が何か分かるか?」

「えーと、同じ人から生まれた、うーんときょうだい?」


生まれたときから牢獄にいたウーカにとって人は全て他人である。肉親の意味も分からず、また教えてくれる者もいなかった。看守はほとんどウーカに話しかけてこず、言葉と文字を教えてくれたあの者も教えてはくれなかった。

しかし、村での短い生活や荷を卸した村の人々との交流の中でそれらの知識と認識はできていった。それでも自分と男の関係自体はなんの疑問も浮かばないのがウーカらしい。


「そうそう。兄というのは兄弟のうち、お前より先に産まれた者で更に男である事を指す」


長はそこまで言うとウーカの反応を待った。


「そっか。あにね、うん。あに何しに来たの?迷子?」


自分に兄という近親者が突然現れた。にもかかわらずウーカの中では「あれは自分の兄、ここに来た、どっかいった」ぐらいの認識だ。感覚で言うと通りすがりの人と同じレベル。

長も最初はウーカの淡泊というか拘りのなさというか、とにかく言葉通り、あるがままに全部を受け入れるウーカに驚いたものだが、今では馴れたものである。この反応も予測していた。


「迷子ではないよ、ウーカ。兄はな、お前を迎えに来たのだ」

「迎え?」


ウーカはきょとんとした後、男の方へと振り返った。まだ立っている。男を村の皆が遠巻きに見ている。


「お前の母親が・・・母親がわかるか?そう、お前を生んだ女だ。その女が危篤・・すぐ死にそうなので一目お前に会わせてやりたいと、それでお前を迎えに来たんじゃよ」

「へー」

「フ、フ、フ。それだけか?ウーカ」


ウーカは切羽詰まった訪問者の顔を思い出す。


「えっと・・・大変?だね」

「大変じゃな」

「えーと・・・あたし、会った方がいい?のかな?」

「ウーカはどうしたい」


うーん、とウーカは首を傾げた。脳裏に男とその手に握られた斧が浮かぶ。

またチラッと男を振り返る。さっきと変わらない。


「わかんない」


ウーカは笑顔で答えた。


「わからんか」

「うんっ」


ウーカは元気よく言うと、話は終わったとばかりに再び荷物を整理してそれを背負った。


「長またねー!今度は腰に効く薬草持ってくるね!あたし頑張るよ!」


長は考え込むように顎髭を撫でていたがウーカの挨拶に腰を上げた。


「おお、それは有り難いの。待て、ウーカ。そこまで見送ろう」


ウーカが厩舎に置いていた馬と驢馬を引き、村人達と話しながら男へと近づく。

男は何時ものようにウーカのことを見もせず手綱を受け取った。

そんな男の態度に何の頓着もせず、ウーカは眼を輝かせて男に尋ねた。


「オミヤゲは?」


男は10日振りにウーカに目をやった後、長を見た。


「お主がいない間、新しい言葉を覚えたらしいの」


相変わらず擬髭を撫でながら長がとぼけて返す。

男は暫し思案するように空を見つめていたが、上着の中に手を入れると小ぶりの林檎を取り出しウーカに差し出した。


「わー!リンゴだー!ありがとうっ!」


ウーカは男がくれた艶々とした林檎を抱え、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを表した。

男は馬の腹帯を締め直したり、驢馬の荷を結び直して準備を整えるとまだ跳ねているウーカの腰に手を回して鞍に引き上げた。

村人達の別れを馬上から手を振って返し、後にする。

かなり進んだ所で、突然ウーカが「あっ!」と声を上げ、急いで男を振り仰ぎ


「おかえりー!」


と満面の笑みで言うのを男は何時ものように無表情で頷いた。

ウーカは兄の事も母の事も口には出さなかったし、また男も訊ねる素振りを見せなかった。


* * *


ウーカが薬草の束を種類ごとに選別していると、大きな鳥が突然舞い降りてきて男の差し出した腕に止まった。男は鳥の足から何かを取り出している。


「食べ物?」


ウーカが男に尋ねた。眼は大きな鳥の腿部分に注がれている。口の端から、てろと涎らしき物が煌めく。

男は呆れたように息を小さく吐くと首を振ってから鳥を空へと逃がした。

ウーカが未練がましく鳥の姿を見送っている傍ら、男は小さな紙片にざっと目を通し、それを火にくべた。

何度かそんな鳥の来訪があり、次第にウーカも鳥が食べる対象ではなく、何かを運んでいる事に気がついた。


「それ何?」


何時ものように男が紙片を取り出しているとウーカがとうとう訊ねてきた。男は鳥を放つと紙片をウーカに差し出す。

ウーカは男をじっと見た。男の目は静かだ。何時もと変わらない。


ウーカは紙片に眼を戻し受け取った。


”今日も来たり。母親の病状は悪化の一途。調べたりは真実。主?”


ウーカが男を探すと男は毛皮をなめして加工していた。

ウーカはちょっと首を傾げると紙片を火にくべ、最近覚えた薬草を丸薬にする作業を開始した。

その夜。

ウーカはそっとテントを抜け出すと歩きだした。

夜の森は静かで、ウーカが歩くとサクサクと落ち葉が足下で音を立てるのみだ。

ふう。と息を吐いて木の幹に凭れた。息が白い。見上げると木々の間から星が見えた。

どれくらいそうしていただろうか。

ウーカは頬に流れた涙をごしごし乱暴に腕で拭う。

冬の支配が始まろうとしている森は本当に静かだ。

だからウーカにも分かった。

男がすぐ側にいる事を。

そして言う。きゅっと口元を上げて。


「あたし、行くよ」





二日後、ウーカは村の真ん中に立っていた。

隣に男はいない。

男はウーカを下ろすとさっさと馬に跨り去っていった。一度もウーカを振り返らなかった。


暫くして憔悴しきったあの訪問者が村を訪れ、ウーカを認めると驚きと喜びの声を上げ、ぎゅうと抱き締めた。

兄の眼からは次々と涙がこぼれてウーカの頬を濡らす。


「ウールルカ」

「それ何?おいしい物?」


ウーカは相変わらず首を傾げたまま兄にされるがままにしていたけど。

兄に連れていかれた先は見た事のないほど立派な城だった。というか城を見たのもウーカには初めての事だ。

ウーカは着いて早々城の奥へと連れられ、父と対面した。ウーカは兄の眼に何かが引っかかった理由をポンと手を叩いて納得した。父は知った顔であった。あの牢獄でウーカに言葉と文字と世界の断片を教えてくれた、あの者だったのだ。父は兄と同じ碧の眼から涙こそ流さなかったが、ウーカを抱き締めてその体を震わせている。いやもしかして泣いていたかもしれない。再度父が顔を上げた時、その眼は真っ赤になっていたから。


「ウールルカ」

「もしかして食べ物じゃ、ない?」


兄に促され、父とウーカは母の部屋へと急いだ。柔らかな装飾の施された両開きのドアを開けると天蓋付きのベッドに女の人が横たわっていた。寝ているのか動きがない。

父にそっと押されてウーカがベッドに近づき、顔をのぞき込む。


「あたしと同じ髪の色だね」


ウーカが女の人の髪の毛を手にとって喋ると、取られた人がゆっくりと重たげに目を開く。その眼はぼんやりとウーカを見上げていたが、やがて焦点が合うと驚いたように口を開けた。ウーカは知らなかったがその仕草はウーカの取る癖の一つだ。

女の人は信じられないと呟くと震える手でそっとウーカの頬を撫でる。くすぐったさにウーカが笑うと女の人の眼から涙が溢れた。


「ウールルカ」

「食べ物じゃなかったら飲み物?あれ?違う?」


感動的であろう場面にも関わらず部屋は泣き笑いの体となった。


周囲は最初こそウーカの奇天烈な行動に度肝を抜かれていたが(鐘楼の屋根に上って野鳥の卵を取ろうとしたり、地下墓室の棺桶の中に(勿論中には白骨化したご先祖がいらっしゃる)一晩中入って城の皆に明け方まで捜索させたりした)慣れてくるとボケた言動と底抜けに明るい表情、裏表のないウーカを笑顔と共に(偶に、いや頻繁に爆笑を交えつつ)受け入れていった。





ウーカはポピーの花を指でそっと揺らした。

庭師によって手入れされ、可愛らしく咲くこの花だが、薬草として分類すると、沈静、催眠、止痛の効果がある。

勿論、そんな事に使うことはないが。ここでは花は花として楽しむのだ。

ウーカが城に来て約1年の歳月が流れていた。


「ウールルカ」


もうそれが自分の名だと知っている。

ウーカに対面した母は見る間に活力を取り戻し、やがて病を克服した。

母に呼ばれたウーカは立ち上がると、うーんと伸びをしてテラスへと歩き出す。

後ろからゴウッと強い風が吹いてウーカの髪を激しく巻き上げた。

ウーカが降り仰ぐ。

木々が枝をしならせ花片かへんが舞い、視界を一時奪った。


「・・・あ」


いる。

勿論、目に見える事なんかない。そんなヘマするわけない。

でも、ウーカは呟く。そこにいるかのように。


「・・・ただいま?」




佇む広い背中。手綱を握る傷だらけの手。陰になった眼には炎が揺れて。呆れた様に吐かれるため息に、時々笑いが滲んでいる事に気付いたのは何時からだろう。




「ウールルカ?」

「・・・はーい!今行くよー!」


ウーカは浮かぶ残像を明るい声で追いやると、胸の高鳴りを隠して母の元へと走った。





「今夜はやけに雲が早いな」


誰かがそう言ったその夜。

城の何処にもウーカの姿はなかった。







短い春を今まさに謳歌する山々。

その森の一つに高い声が木霊する。


「大きな魚・・・大きな魚でお願いします」

「・・・・・・・・・・・・・」

「大きな・・・脂がのった・・・あっ!ねえねえ!そういえばー名前なんて言うんだっけ!!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「あれー?あっ!魚!ご飯!ご飯が!ご飯が!」

「・・・・・・・・・・・・・」


低い声が答えるその周りを。

陽はどこまでも暖かく、風は何時になく優しく吹いた。

取りあえず本編終了という事で。

次は男目線とサブキャラ目線で。

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