6.村上アキについてと、レッスン1
「以前に村上アキが誰か他の女の子と付き合っていたって聞いたわ。その噂は本当なの?」
まず、立石望が三城俊に対してした村上アキについての質問は、過去付き合っていた彼女についてだった。誰でも女の子と付き合うくらいあるだろうが、その相手が裏社会と繋がっているとくれば、少し話が違ってくる。もしかしたら、村上は相手を利用したのかもしれない。三城はこう返す。
「イエスだね」
あっさりと。
「でも、もう別れているけど」
そう続けた三城に対して、立石はこう訊いた。
「ふーん、“別れている”。
フッたのはどっち?」
「相手だね。でも、付き合ってくれと言って来たのも相手だ。……悔しい事に、本当に悔しい事に!」
そう言い終えた後で、三城は歯軋りをした。それを見て立石は、“こいつ、どこまで真面目に話しているのかしら?”と少し不安に思う。しかし、
「なんであんな奴がモテるんだ! いや、あいつがモテるのは別に良いが、なんでオレがモテないんだ!」
と、それからそう叫んだ三城を見て、“いや、これはマジっぽい”と思い直す。
“……しかし、こいつ、モテないんだ”
「どんな経緯で別れたの? 知っている範囲で良いから、教えてくれないかしら?」
もしかしたら、利用価値がなくなったから、相手が別れたくなるように村上が仕掛けたのかもしれない。利用していた事を隠す為に。立石はそんな邪推をしていた。
「ああ、そもそもアキの方は、別に相手を好きで付き合い始めた訳じゃなかったんだ。付き合っているうちに、好きになるかも、くらいの感覚だったのじゃないかな。
でもって、あいつは基本的には誰にでも優しい奴だが、融通が利かない部分がある。きっと、それを女の子は思い違いしていた。で、フラれた。
多少は傷ついてたよ、アキのヤツ。“ま、仕方ない”とも言っていたが」
「融通が利かない?」
「うん。例えば、女の子が甘えてくるとする。それに対して、あいつは“君の為にならないから、自分で努力するべきだ”みたいな事を言うんだな。ま、本人してみれば、本当に相手の事を思ってなんだろうが、女の子はそうは思わないだろう。普通に考えればフラれるわな」
それを聞いて立石は、“怪しい”とそう思う。何にもない相手なら、“不器用な男”で済まされるだろうが、その付き合っていた彼女には裏社会の噂があるのだ。
「それって、村上がフラれるようにわざと仕向けたとは考えられない? もう、利用価値がなくなったから、穏便に捨てた」
それに三城は「あははは」と、少し力なく笑って、「やけに勘繰るね。なるほど、相手が裏社会と繋がっていたと知っている訳か」と、続ける。
「その話を、知ってるの?」
「少しはね。でも、どうかな? あれはあいつが原子力騒動に首を突っ込む前の話だったから、違うのじゃないかと思うけど。その前からアキは、裏社会と繋がっていた事は繋がっていたけどね」
その言葉に、立石は驚く。
「そんな話をしてしまっていい訳?」
「あいつは、本当に危険な重要な情報はオレには伝えない。大丈夫だと判断した情報だけを伝えてくる」
立石はその言葉を受けると、少し考えてからこう言った。
「それって、“あなたを巻き込まない為に情報を抑えている”とも捉えられるし、“あなたがそれほど信用されていない”とも捉えられるわね。一体、どちらなのかしら?」
「フッ」と、少し口元を歪めてから、「恐らくは、どちらともだろうさ」と、三城はそれに答えた。
シニカルさ。少しのそんな雰囲気を、立石は三城のその態度から感じ取った。どうにも、こいつらも全くの正常な関係という訳でもなさそうだ、それから彼女はそう思う。少しの間の後で、気を取り直すと彼女は質問を再開した。
「その原子力騒動だけど、もう少し詳しく教えてくれない? 村上が、首を突っ込んでいるってのは知っているのだけど」
「いいぜ。アキは前から、文部科学省の政策を支持しているんだよ。オレ達、能力者を貴重な人材として扱おうっていう。もちろんそれが建前で、この特区の利権を厚生労働省から少しでも奪いたいだけだってのは、充分分かっているみたいだけどな」
「なるほど。能力者が“研究対象”じゃなくて、“人材”になれば、彼の能力なら高待遇になるものね。で、それが、どう原子力騒動と関係しているっていうの?」
「能力者を“人材”と認めさせて、世間に受け入れさせるのには、能力者に対する世間の偏見を払拭する必要がある。そして、その為には能力者達の暴行事件をできる限り減らす必要があるんだ。世間を納得させる為に。
が、原子力発電所稼動に対する反対運動のお陰で、それが駄目になりそうになった。実は相当に過激な行動が起きそうでもあったんだよ。だからアキは、それを何とか止める為に東奔西走していたって訳さ。知っての通り、あいつには人望がある。医療行為のお陰で得た人望だ。それは、裏社会でも同じ。自分の命を救われて、感謝しない奴は少ない。感謝していないにしても、利用価値はある。いずれ、重要な存在だから影響力があるんだ」
その説明に立石望は驚いていた。彼女の能力には限界がある。当然、自分の知らない情報もあるとは理解しているが、まさかそんな事が起こっていたなんて考えもしていなかったからだ。
「実はアキの奴はさ、それに首を突っ込んでから、やたらに暗くなっちまって。以前から影のある奴ではあったけどさ。それで一応は、オレも心配していたんだ。が、そこにあの“毒娘ちゃん”が現れた。彼女に会ってから、アキの奴は急に明るくなった。あんなに機嫌の良いアキは久しぶりに見たな。
やっぱり、女の力は偉大だねぇ。とフェミニストのオレは改めてそう思ったのだが」
三城のフェミニストに対する概念は、少しずれている。立石は、それを聞き終えるとこう返した。
「ふーん。つまりは、だから邪魔するなって話かしら? でも、私はその話でもっと疑問に思っちゃったのだけど。
村上アキは、一体どうやって原子力問題で暴動が起こりそうだって情報を得たのかしら? しかも、それを止めるとなると、更に情報が必要になってくるわよね? 誰かを利用して、それを得た可能性があるのじゃない?」
「いや、だからって、付き合っていた彼女を利用して情報を得たとは限らないよ。というか、タイミングが違うから、きっとそれはないと思う。
ただ、確かに君の指摘した点は正しいんだ。腑に落ちない。知り過ぎてるね。実は、アキの奴は情報系能力者のオレでも驚くほど、速く情報を察知する事があるんだよ。断っておくが、誰かを利用するとか、そんなレベルじゃないぜ。迅速過ぎる」
三城は村上アキに、感知能力があると知っていたがそれは彼女には伝えなかった。アキがそれを秘密にしたがっているからだ。ただし、いずれにしろ時として見せるアキの情報収集能力は、その感知能力のレベルを遥かに超えていた。それから三城は思い浮べる。アキに触れた時に得た情報、映像イメージの中に現れる、白い人影と黒い人影とを。
「白ギルと、黒ギル」
それから、三城はそう呟く。
「え?」
それに対し立石は疑問の声を上げた。はじめはその言葉を理解できないといった感じだったが、しばらくして思い当たったのか、それからこう続けた。
「それって、都市伝説の中に現れる双子の能力者の事? 半分は現象で半分は人格を持った幻のような存在達。異常な程の情報収集能力と伝達能力を持ち、何処かの家に引き篭もって、そこからテレパシーか何かで、情報を何者かに伝えているとも、そもそもその存在自体が、ただの幻影のようなものだとも言われている」
三城は数度頷いて、こう返す。
「そう。そいつらだ。白ギルは、人間の善意を信じ、その人間がそれを知れば、正しい行いをするだろう情報を提供する。黒ギルは人間の悪意を信じ、その人間がそれを知れば悪い行いをするだろう情報を提供する。双子だとも、一人の人間の別側面が違った形で現れた連中だとも言われているが」
それを聞くと、立石は鼻で笑った。
「まさか、そんな話を信じているの? でもって、村上アキはそのギル達を利用していると。馬鹿馬鹿しいわ」
「ま、そうだろうな。ただもし本当に白ギルと黒ギルが存在するのなら、いかにもアキの奴の所に現れそうだな、と思っただけさ」
それから三城は何かを振り切るように、こう続けた。
「ま、どちらにしろ、アキが、付き合っていた彼女を利用していたとしても、していなくても、結論は変わらないよ」
「どういう事よ?」
「アキは、相手を悲しませてはいないって話さ。あいつはフラれた方なんだぜ。しかも傷ついてた」
「相手が傷つかなければ、何をしても良いって言っているの?」
「そこまでは言っていないよ。案外潔癖なんだな。嘘も方便。例え誤魔化しだとしても、事が上手く運べば別に良いじゃないか」
「そういう事じゃないわよ。ただ、今回に限っては、つまり長谷川沙世に関しては、そうはならないから言ったの」
それを聞くと、三城は表情を変えた。
「どうしてだろう?」
「あの子はね、人に優しくされるのに免疫がないのよ。一度、付き合ったら、きっと自分からは別れようとしない。“飽きたから”とか、“思っていたのと違うから”で、淡白に誰かと縁を切れるほど、器用な人間じゃないの」
三城はその説明に少し面白そうにする。
「ふーん。じゃ、もし別れるような事にでもなったら、あの毒娘ちゃんは、怒り狂ってアキを毒殺でもしちゃうのかな?」
三城のその言葉に対し、立石は反射的にこう返した。
「どうして、そんな事をするのよ?」
“――あの子が”
立石望の想像の中で、長谷川沙世は悲しそうに泣いていた。村上アキに利用されて捨てられた彼女は、ただただ傷ついていた。憎悪の気配は微塵も感じられない。
その反応を見て、三城は不思議に思う。それでこう問いかけた。
「だって、危険な子なんだろう? そう言っていたじゃないか」
そう問われて、初めて立石望は、長谷川沙世が誰かを憎んでいる顔を自分が全く想像できない事に気が付いた。そして、不思議に思う。
あれ? なんでだろう?
しかし、どうイメージしようとしても、彼女の想像の中で、長谷川沙世はただただ悲しい表情を浮かべているだけだった。その様子を眺めながら、三城はこう言う。
「なるほどね。アキの奴が、どうしてあんなに長谷川さんに熱心になるのか、その理由がなんとなく分かった気になったよ」
それから、もう話が終わったと判断した彼は席を立とうとする。その瞬間、三城に対して立石はこう口を開いた。
「ちょっと待って。――私、今初めて気が付いたわ」
「何?」
「……私、私、」
ゆっくり口を開く。
「私、今回ボケてない!」
ボケ担当なのに。
「うん。それがボケだよね」
と、三城はツッコミを入れる。普段は、村上アキと一緒にいる所為で、ツッコミ担当になりがちだけど、今回は比較的ボケに回れたな、と思いつつ。
……自宅に着いてから、しばらくが過ぎると立石の元に髪の毛が帰って来た。“お、来たか”と、思いつつ立石はそれを拾う。それから椅子に座ると、その髪の毛から伝わってくる音を聞き始めた。
その髪の毛は、彼女が長谷川沙世の背中につけておいたものだった。もちろん、村上の訓練を受けにいく前に。
やっぱり、本命の本命は逃しちゃ駄目よね。
権謀術数とは無縁、人の裏を読む、そんな器用な真似ができない長谷川沙世では、仮に相手が騙そうとしていてもそれを見抜けない。だから、彼女は沙世に自分の髪の毛をつけて、村上の訓練を盗聴しようと思ったのだ。妙な言動があれば、自分なら気付けると信じて。
村上は沙世が教室に着くと、彼女に「場所を移動しようか? ここよりも、化学実験室の方がやり易い」とそう言った。訓練するのは、物質を制御する能力。確かに、それは理に適っていた。それから二人は、その言葉通りに化学実験室まで移動する。席に着いたような音がする。それから沙世は口を開いた。
『あの、前にも聞いたけど、本当にわたしなんかで良いの? わたしと一緒にいるだけで、毒で傷つくかもしれないのよ?』
それを聞いて、立石はコケた。
“だからっ!私はあなたに、村上を利用しろってそう言ったでしょう?”
心の中でそうツッコミを入れる。それから、“全く分かってないんだから”と、そう思う。しかしその後で、
“まぁ、この子らしいけど”
と、口元に微笑をつくった。今回は本当に、自分はツッコミが多い、と思いながら。
『うん。僕は沙世ちゃんの毒を察知できるし、中和もできるから平気だよ』
村上はそう返す。それを聞き、“既に沙世ちゃん呼ばわりか、村上アキよ”と立石は思った。そしてその村上の言葉に対して、沙世はこう返す。
『でも、油断するかもしれないでしょう? 下手したら、死ぬのよ?』
『うん。だからこれから、そうならないように、訓練をするんだよ。コントロールできるようになれば、君の毒はもうそんなに危険なものじゃなくなるから』
村上は“死ぬかもしれない”という言葉にも全く動じていない。それに、立石は少しの好感触を持った。覚悟があるのか、優しいのか、または何か別の目的があるのか、は分からなかったけれど。
『じゃ、訓練を始めようか』
そして、それから村上アキの訓練が始まった。
「――さて。じゃ、まずは、沙世ちゃんの中の意識改革からね。これだけは分かって欲しいのだけど、実はこの世に、そもそも“毒”なんて物質は存在しないんだ。僕も前に“毒”って言葉を使っておいてあれだけど、“毒”って概念は、飽くまで便宜上のものだ」
訓練を開始すると宣言すると、まずアキはそんな事を言った。それに沙世は目を丸くする。
「毒がない……ってどういう事?」
意味が分からないという口調。
「うん。同じ物質でも、薬になったり毒になったりするんだよ。濃度とか、その他の使用条件によっては。
分かり易い例だと、農薬は草を枯らすのに、薬と呼ばれる。お酒は、少しなら健康に良いとかね。
つまり、人間の都合によって、場合によっては毒と呼び、場合によっては薬と呼んでいるだけなんだ。微生物による化学反応が、人間にとって有用なら醗酵で、害になるなら腐敗と呼ぶのと同じだと思ってくれればいい。物質はただの物質。それ以上でも、以下でもない。沙世ちゃんはそれを出しているだけ。だからそんなに自分を卑下しなくても良いんだよ」
それに沙世は混乱した。
「毒はないって…… なら、わたしの出しているのは何なの?」
「うーん…… 有害物質かな?」
「それ、酷くなってない?むしろ」
「なってるかもねぇ」
……有害物質娘。
ハハハ、とアキは誤魔化すように笑う。
「ま、僕が言いたいのはね。沙世ちゃんが毒だけを出している訳じゃないんじゃないかって事なんだよ。そもそも、毒なんてこの世にはないから、それだけを選別して出す能力なんてない、と考えた方が良いと思う。たまたま、運悪く沙世ちゃんはそれに当たる物質を多く出してしまっているだけ。実際、あの時僕に嗅がせた睡眠ガスは毒じゃないだろう?」
沙世はそれに反論する。
「でも、あの睡眠ガスは濃度が濃いと充分に危険だし……」
「でも、適量なら、不眠症の人にとってはありがたい薬だよね。そして、沙世ちゃんは今でもそれくらいはできる」
それを聞くと、沙世は“あっ”と思った。なるほど、確かに毒にも薬にもなる、とそう実感したからだ。その様子を見て、アキは二ッと笑った。
「だから、まずは調べてみようと僕は思ったんだ。君の出している物質の中で、比較的多くて、毒じゃないものがないのか。それを見つけたなら、取り敢えずは、それを多く出せるように訓練する。まずは、そこから始めてみるというのはどうだろう?」
それを聞くと、沙世はこくりと頷いた。それを受けると、アキは席を立った。沙世の目の前まで来ると、腕で何かを抱えるような形を作る。
「じゃ、やってみようか。
ここに、今僕は独自空間を創っている。この中に君が出せる限りの様々な物質を出して。少しずつで良い。ただし、明らかに危険な物質以外ね」
再び沙世は無言のまま頷いた。自分も独自空間をアキに重ねるように創る。そして、幻物質をそこに創り始める。その途端にアキの空間内には、火花のような光がチリチリと発生し始めた。
アキは目を瞑っている。難しい表情をしていた。沙世の出している物質を分析しているのだ。
“硫酸、塩酸、一酸化炭素、うわ、これタリウムじゃん。水銀…… 駄目だ。全部毒。これは、多分神経毒か…… 活性アミンっぽい何か。これは、二酸化炭素。あまり知られていないけど、濃度が10%を超えると、致死量な猛毒なんだよね…”
そんなアキを沙世は心配そうに見守っていた。自分の出している物質に、毒以外があるなんて彼女は考えた事がなかったのだ。危険な物質は出すな、と言われたけど実を言うのなら、能力をコントロールができていない彼女には、自分の出している物質が何かという事も曖昧模糊としていてよく分かってはいなかった。数種類くらいしか、意識しては出せないのだから仕方がない。やがて、しばらくが経過すると、アキは目を開いた。
「あった……」
そして、そう呟く。
それを聞くなり、沙世は目を大きく見開いた。
「本当に?」
喜びの声を上げる。アキはその沙世の喜んでいる表情に向けてこう言った。
「うん。酸素と、そして水素だ。この二つは比較的、多く創れているみたいだよ。他にも無毒な物質はあったみたいだけど、量が少な過ぎてよく分からなかった」
沙世はその言葉を噛締めるようにこう呟く。
「酸素と、水素……」
自分が毒以外を創り出せている事実に感動する。涙を浮かべた。
「ありがとう」
と、それからお礼を言う。困ったように笑いながらアキはそれにこう返した。
「いやいや、まだ喜ぶのは早いと思うよ。今から、それを意識して出せるようにならなくちゃいけないんだから。
とにかく、また同じ事をやってみよう。君が酸素と水素を出せた時点でストップと言うから、その感覚を忘れないで」
そう言うと、アキはまた腕で囲むような形を作った。沙世はそこに幻物質を創り始める。しばらくすると、アキは「ストップ」と言った。
「今、沙世ちゃんは酸素と水素を出しているよ。そのままの感覚を維持してみて」
沙世はその言葉に頷くと、意識を集中し始める。
「よし、いいよ。ちゃんと、酸素と水素が出ている」
沙世はそう言われて喜びの表情を浮かべる。自分が、こんなにも簡単に毒以外を創り出せるとは思っていなかったのだ。しかし、その嬉しそうな顔を見ながら、アキは内心ではちょっと困っていた。
“確かに、水素と酸素が出ている。見事に出ている……。けど、なんでセットなんだ。しかも、僕の勘が正しければ、水素と酸素の比率が、2対1。つまり、反応すれば大爆発と共に水を発生させる水素爆鳴気。水を分解して発生させている訳でもないはずなのに……。毒ではないけど、危険だ……。酸素だけとは言わないけど、せめて水素だけなら、まだマシなんだけど”
しかし、もちろん喜んでいる沙世に向けてそんな事を言えるはずもない。因みに、酸素と水素という順で言っているのは、より安全な物質を強調したかったからだった。それからアキは備品のマッチを取り出すと、
「ちょっとだけ、酸素と水素を出してみて」
と、そう言った。沙世は言われた通りに酸素と水素を創る。少量だと確認すると、アキはそのマッチで火を点けた。その途端に、ポンッという小さな爆発音が。微かな水蒸気が後に残った。アキはこう言う。
「ほら、爆発したでしょ? 酸素と水素だからだよ。本当は危険だから、こんな真似はしちゃ駄目なのだけど、もう少しコントロールできるようになって自分だけで創る練習をした時は、火を点けて確認してみるといい。ただし、できるだけ屋外でやる事。後は、酸素だけを出せるようになるともっといいかな?」
それで初日の訓練は終わりだった。