23.取り敢えず……
病室。
少し切なそうな顔をしながら、村上アキは病室の窓の外を見ていた。その先には、長谷川沙世が、やはり切なそうな顔で、アキのいる病室を見ている。
「――そんなに見たって、あの子は来ないわよ」
と、立石望がそんなアキに言う。
「諦めろ」
と、三城俊がそれに続ける。
「分かってるけどさ」
まるで子供が拗ねるように、そう言ったアキに向けて、立石は言った。
「病院は苦手なんだって。ほら、自分の毒で患者を傷つけたら嫌だって」
「彼女は既にもう、それくらい制御できるようになっていると思うんだけど…」
「そうなんでしょうけどね。あの子の中では、不安は消えていないの。あの子にこびりついた自分の毒で誰かを傷つけるかもしれないという“恐怖”は、そんなに簡単に消えやしないわ。
分かっているのでしょう?」
「分かってるけどさ」
再び、アキは子供が拗ねるようにそう言って、外で待っている沙世に視線を向けた。立石がまた言った。
「よっぽど怖かったのでしょうよ」
――あなたを失うのが。
そうは続けなかったが、立石はそんな意味を込めた視線をアキに向けた。恐らくは、何よりアキを心配して、沙世は病室に近付けないでいるのだろう。もし、万が一が起こって自分の毒でアキを殺してしまったら、どうしよう? そんな不安を思っている。自分が、アキの命を救ったにも拘らず。弱っている今の状態のアキでは、毒を中和し切れないかもしれない、と。
「じゃあ、オレ達はもう帰るぞ。望んだ相手じゃなくて、悪かったな」
三城がそう皮肉を言ったが、アキには通じなかった。そのまま沙世を見ている。立石と三城が病室を出ると、沙世は二人と合流して、何事かを話した後で、またアキの病室を見て、それから少し手を振った。アキはそれを見て手を振り返す。しかし、それから沙世は二人と共に去ってしまった。
きっと、アキが会いたがっていた事を、沙世は二人から聞いたのだろう。だが、会いに来てはくれない。アキは少しだけ、不満を感じながら窓の外から視線を部屋に戻した。そしてその時に驚く。
『な・に・が、死ぬ気でいるだよ。元から生きる気満々じゃないか』
その場に白ギルが現れていたからだ。
「何の話かな?」
アキはそう惚けて問いかける。
『誤魔化すのはやめなよ。あれから直ぐに気が付いたんだ。君は、長谷川沙世が、混乱していて、自分を助けられるような状態にないと考えて、生きるのを疎んじているかのような振りをしたのだろう? が、彼女の涙に毒が含まれていないのを知って、彼女が充分に君を助けられる状態だと判断し直し、自分を助ける方法を伝えた。違うかい?』
「なんだかな。どうして、そんな事をする必要があるんだよ?」
『もし、彼女が君の応急処置に失敗をすれば、彼女の性格からいってきっと自分を責めただろう。だから、君は自分の生の可能性とそれを天秤にかけて、自分の生を捨てたんだ。自分が生き残る可能性よりも、彼女を護る方を優先させた』
「お前に隠す理由にはならないだろう」
『ボクが沙世ちゃんに、それを伝えるとでも思っていたのじゃないか? 少なくとも、その可能性があるのは事実だし』
それを聞くと、アキは笑った。
「まぁ、それは想像に任せるよ。それよりも、今日はどうして現れたんだ? まさか、そんな事を言う為じゃないだろう? どんな“善意”を促すつもりだ?」
それに白ギルは笑う。それから、こう本題を説明し始めた。
『まぁ、いいか。
じゃ、伝えよう。例のガンに侵された官僚が、いよいよ君の治療を必要とする状態に入ったよ。恐らくは、君が退院するのとほぼ同時に依頼があるはずだ。依頼主不明の問い合わせがあったら、それがそうだろう。君が、それを少しの時間無視すれば、きっとその官僚の命は助からない。
さて、どうする?』
それを聞くと、アキは即答した。
「助けるよ」
その様子に、多少は驚きながら白ギルは訊いた。
『やけに、あっさりしているね。もっと葛藤するかと思った。その役人の命を救ったら、君は用済みだよ?』
「それは、その役人が死んでもどうせ同じだろう? それに、もう決めたんだ。これからは、小細工なしでいこうってね」
『どういう事?』
「僕みたいな高校生が、権謀術数や情報戦で戦いを挑んでも無駄って事だよ。それよりも、地道に僕らも僕らの能力も世の中の役に立つって事を示していく方が、効果的だと思ったんだ。
それに、本当は色々と画策した役人やなんか達だって、鬼や悪魔って訳じゃない。きっと、そこら辺にいる人と変わらないよ。普通の人だって、その立場になれば、同じ様な事をやり始めると思うんだ。人は権力に結び付いたり、集団になったりすると、おかしくなるから。ただ、それと同時に目を醒ます事もあるはずだ。僕はそれに賭けてみようと思ったんだ」
『それは、つまり、人間を信じてみようと思ったって事かい?』
「まぁね。沙世ちゃんを見ていたら、あれこれ策略を考えている自分が馬鹿馬鹿しくなったってのもあるけど。その方法の方が、危険も少ないだろうし」
それを聞くと、白ギルは少し寂しそうな表情を浮かべた。
『そうか。その選択は、正しいかもしれない。だけど、そうなると、ボクと君が会う機会も少なくなりそうだね』
「そうなのか? お前らは本当に融通が利かないんだな」
『自分でもどうする事もできないんだ』
それを聞くと、アキは奇妙な表情を作ってからこう訊いた。
「一度は尋ねてみたかったのだけどさ。お前らの存在は、本当に一体、何なんだ? 会う機会が減るっていうなら、教えてくれよ」
すると、白ギルは笑う。
『それが分かれば、ボクも苦労しないよ。こっちが教えて欲しいくらいだ。ボクらだって、何でも知っているって訳じゃないんだ』
“まぁ、そりゃそうか。そんなに世の中は簡単じゃない”
と、それを聞くと、アキはそう思った。それから、『君がもう、積極的には行動しないだろう点は、しかるべき相手に伝えておこう。それじゃ、とりあえずはさよならだ』と、そう言うと、白ギルは消えていった。霧が晴れるように、フっといなくなる。
“まぁ、そのうち、また会おう。僕もお前らは、けっこう好きなんだ”
姿が見えなくなると、アキはそう思った。それが彼に届いているかいないかは分からなかったけど。
それから、数日後。アキは退院した。学校のある日だったにも拘らず、長谷川沙世が病院の前で彼を待っていた。
アキはそれに目を丸くして驚く。しかし、何も言わない。沙世も。そのまま黙って、二人は一緒に歩いた。
しばらくして公園が近付いて来ると、アキは沙世を誘った。
「沙世ちゃん。少し寄って休んでいこう。実は少し疲れちゃって」
本当は疲れてなどいなかったが、アキはそう言った。沙世と少しでも長くいたかったのだ。家に着いたら、きっと沙世はそこで帰ってしまう。沙世が自分を心配して付き添っているのだとアキは気が付いていた。沙世は黙って、それに頷いた。
「今日は学校は良かったの?」
しばらく公園内を進むと、アキはそう沙世に問いかけた。沙世は、それに「一日くらい平気でしょう」と返す。用事があって遅れると学校には連絡を入れてあった。具体的には伝えていないが、恐らく立石あたりはアキを迎えに行っていると気付いているだろう。
「ふーん」と、アキはそれにそう返す。それから、こう続けた。
「ねぇ、沙世ちゃん。そういえばさ、僕はまだ報酬を受け取ってなかったよ」
沙世にはそれが何の事だか分からない。
「何の事?」
と、質問する。アキはにっこりと笑ってこう言った。
「忘れちゃった? ほら、沙世ちゃんが毒を克服したら、抱き締めさせてって言ったでしょう? 訓練の報酬」
それを聞くと、沙世は目を丸くした。それからこう言う。
「なっ! だって、アキ君、あれから何度かわたしを抱き締めているじゃない!」
アキは困ったような笑顔を見せながら、それにこう返す。
「でも、それは報酬としてって訳じゃないし。それに、一度は沙世ちゃんの方から僕を抱き締めた訳だし」
沙世は黙った。照れているのだ。しかし、そこにアキが少し悲しそうな表情で、「嫌かな?」と尋ねると、
「嫌じゃないけど」
と、そう返した。“その表情、少しずるい”と、思いながら。
「なら、いいよね?」
アキがそう言うと、渋々ながら沙世はそれを承諾した。
「分かった。じゃ、抱き締めていいわよ」
相変わらず照れたまま、沙世はその場に立ち尽くした。色気がないが、いつでもどうぞ、といった感じで。
「じゃ」
アキはそう言うと、そのまま沙世を抱き締めた。その日は少し肌寒く、互いの体温が互いにとって心地良かった。
――んっ
と、沙世は少しだけ声を出した。
“久しぶりだな”
と、そう思う。
そして、それから、アキはそのままの流れで、沙世にそっと口づけをした。軽く。だけど、温かい。二度目の、唇の感触。
「なっ!」
それに、沙世は驚く。離れてから、沙世はこう言った。
「なんで、キスをしたの?」
アキは誤魔化すように、「やっぱり、少し疲れたな」と言って、ベンチに座る。沙世はもう一度、尋ねる。
「なんで、キスしたの?」
アキは少し迷うと、
「う~ん。利子じゃ駄目? ほら、報酬を貰うまでに随分と時間が経ってるから」
怒っているのか、単に照れているのか分からないような表情で沙世は返す。
「駄目」
それを聞くと、「タハハ」と笑いながら、アキはこう言った。
「だって、したくなっちゃったんだもん。ほら、沙世ちゃん、入院している間、一度も見舞いに来てくれなかったし。寂しくて」
それを聞くと、沙世は反射的にこう返した。
「わたしだって、行きたくなくて、行かなかった訳じゃ……」
そう言いかけて止める。それから、顔を真っ赤にすると、アキの横に座った。照れた顔を隠すように、ちょこんと。アキが言う。
「沙世ちゃん分が足らなくてさ」
今度は、喜んでいるのか怒っているのか分からない表情で沙世はこう返した。
「もう、言わないで」
それから、少しの間が。冷たい風がソッと流れた。なんとなく、仕合せな、落ち着いた雰囲気が漂っている。陽射しが少しだけ温かい。アキが口を開いた。
「ねぇ、沙世ちゃん」
「何よ?」
彼女はまだ照れているようだった。アキはその沙世に向けて、こう続ける。
「取り敢えず、結婚しようか?」
「話の脈絡が分からない!」
「いや、ほら、だから、取り敢えず」
「取り敢えずの意味が分からない~」
でも。
取り敢えず……、二人は結婚したという。
原発問題がストーリーに絡みますが、このお話は、実は原発事故前に書いたものだったりします。
いつもより娯楽性の強いものを書こうとこの話を考えていた時と、僕は原発反対なのに、それほど取り上げて来なかったな(原発事故前から、少しは取り上げています。過去の作品を見てくれれば分かるけど)、と反省した時期が一致しまして、で、どうせなら組み込んでみるか、で書いたのですね。
ちょうど書き終わるくらいのタイミングで、原発事故が起こって、ビックリしました。これは何かの運命かと思いかけましたが錯覚でした。
さる事情(ウッキー!) ←なにこれ?
で、今までアップしていませんでしたが、この後に同じキャラが出てくるボケとツッコミの社会問題会議シリーズを書き始めたんです。アップしたのはこのシリーズの方が先ですが。もちろん、キャラ紹介にボケかツッコミかを書いたのは、ポイズン~で試してみて、面白いし、どんなキャラか思い浮かべ易くなると思ったからです。同じキャラを使ったのは、せっかく、キャラが固まったのに、使わないのはもったいないと思って…。
因みに、同じようにさる事情(ウッキー!)で、どこにもアップしていない長編がまだ二編ほどありますが、まぁ、大丈夫でしょう(何が?)。
以上でした。
では、また。




