21.目的
「どうする?」
と、声を発したのは黒田勘だった。それを合図に全員が村上アキに注目をする。今回の指揮権は自然の成り行きで、彼が持っているのを皆が認めていたのだ。もちろん、彼に迫られた決断は、このまま沙世を助けるのか、それとも原子力発電所の爆破を止めるのかといった行動の選択だった。
しばらく悩んで、歯を噛締めながらアキはこう言った。
「爆破を止めよう。今のこのメンバーなら、比較的楽にできるはずだから。爆破を止めてしまえば、連中が、沙世ちゃんに危害を加える意味もなくなるはずだし」
もちろん、彼が無理をしているだろうことには、全員が気付いていた。いつもは察しが悪い椿でさえも。
「分かった。じゃ、私はここに残るわ」
そう言ったのは立石望だった。
「多分、そっちに行っても、私じゃそんなに役に立てないでしょう。何かあったら、連絡できるしそれに、ここでなら、それなりにやれる事があるかもしれない」
アキはそれに頷いた。
「よし。なら、こっちはできるだけ急ぐぞ」
それから、そう黒田が言うと、立石を除く全員が、彼の車に乗り込んだ。大き目のワゴン車で、後部座席には“ネズミ達”の為のスペースもある。ネズミ達も同時に乗り込んだ。
「作戦は、どうする?」
そう尋ねたのは三城俊だった。アキがそれに淡々と返す。
「基本的には、さっきと同じ方法でいくよ。椿ちゃんのネズミと俊の感知能力で、爆弾を探す。爆弾を見つけたら、黒田君の能力を僕の幻物質を通して発揮して、爆弾を止めてしまえば良い。俊の特殊な、サイコメトリーのサポートがあれば可能だ。俊は、感知だけでなく、感覚の伝達もできるから。
もし、爆弾が電子部品で制御されていなかったら、信じてもらえるかどうかは分からないけど、原発関係者に爆弾が仕掛けられている事とその場所を伝えて、僕らはできるだけ遠くに逃げよう」
淡々と語ってはいたが、アキはむしろ自分を抑えている時の方が無感情な様子になる。それを知っている三城は、「無理するな」と、話しかけようかと思ったが、少し迷ってから止めた。その言葉が、逆にアキを動揺させてしまいそうな気がしたからだ。
“一刻も早く爆弾を止めて、長谷川さんを救い出す以外に、方法はないな。この場合”
そう思うと、三城は目を少しきつくした。
原子力発電所の近くにまで来ると、ワゴン車を降りる。すると、早速、椿はネズミ達を放った。しかし、それから言う。
「分かってる思うけど、ネズミ達の数が足らへんわ。ここらにいるネズミを集めて補充するけど、そいつらは村上君の幻物質は食べてへんから…」
それを聞くと、アキは頷いた。
「分かっている。多少、効力は弱くなるけど、緊急策でいく。ネズミを補充したら、一箇所に集めて。酸素を創って、吸わせるから」
「パンの耳でなくてもできるんやね…」
それからその言葉通りに、椿はネズミを一箇所に集めた。アキはそいつらに自分の創り出した酸素を吸わせる。これで、アキの幻物質を通しての繋がりが、このネズミ達にも生まれた事になる。
「よっしゃ! この数ならいけるやろ! 行ってきぃ! 冒険者たち!」
そう椿が言うと、それからネズミ達は原子力発電所に向かって走り始めた。三城が椿の肩に手を置いた。感知を始める。
「原子炉は丈夫だし、監視もきついだろうから、恐らく爆弾は仕掛けられていない。効率良くダメージを与えるのなら、使用済み核燃料の辺りだと思う……」
アキがそう言う。椿はそれにこう返した。
「そんな事言われても、分からへんって」
それを受けると“確かにそうか”と思ってから、アキはこう言う。
「俊。この施設の人以外の人の気配。いや、何か不自然な意志を持った人間の痕跡は、見つけられないか?
それを目印にした方が、恐らくは早いと思う」
三城は「分かった。探してみる」と、それに応えると、目を瞑った。意識を集中し始める。
明らかに違った種類の緊張感を持って、施設を歩いた人間の気配の痕跡。漠然としているが、なんとなく“人の差”は感じられた。三城は、その中から少しずつタイプを選り分けていく。たくさんのネズミ達から来る情報で多少、混乱したが、やがて、その人間の通った筋のようなものを見極めていった。それから、その筋を進む。
そして、
「あった……」
三城はそう呟いた。
全員が、三城のその言葉に注目した。
「椿さん。ネズミ達を止めて。多分、この感覚が爆弾だ」
それを聞くと椿は黙って頷き、そして、黒田を見つめた。
「黒田君…」
黒田は何も言わずに椿の肩に触れた。三城がその黒田の背中に触れる。黒田に爆弾の感覚を伝える為だ。
「ここが何処かは分からないが、なるほど、確かに爆弾のようだ」
少しの間の後で、黒田が言った。更に、
「オレが分かるって事は、もちろん、電子部品だ。止められるぞ」
そう続けた。
ホッとした雰囲気が、流れる。それから呆気ないほど簡単に、爆弾は止まった。黒田が「止めた」と宣言したのだ。だが、それからアキは不審そうな声を上げたのだった。
「黒田君。爆薬の規模も分かる?」
「いや、電子部品以外に関しては、オレは何も分からないな。ただ、装置を止めたのは確実だ。もう、何も起こらないだろう」
「そうか。なら、俊。その爆弾がどれだけの大きさか分かるか?」
「そんなに大きくないぞ。リュックサックに入るくらいかな?」
アキはその説明に腕組をする。
「やっぱり、おかしい」
「何がや?」
爆弾が止まったのだから、それでいいはず。そんな表情で椿が訊いた。
「これを計画した人間の目的が見えない。そもそも、何が目的だったんだ? もしかしたら、その爆弾はブラフかもしれないぞ。仕掛けが簡単過ぎる」
「確かに、信じられないくらい上手くいったから、却って不安になる気持ちも分かるけどな。それは考え過ぎじゃないのか?」
そう尋ねたのは三城だった。アキは三城を真っ直ぐに見つめながら、こう言う。
「いや、実はずっと考えていたんだ。もし仮にこの爆破が成功したとして、誰か得する人間がいるのか?って。
少なくとも、僕にはそんな人間は思い当たらなかった。損をする人間しか思い付けない。つまり、ただのフェイクの可能性が大きい。本気で爆破するつもりなんてなかった」
黒田がそれを聞くと尋ねた。
「もし、そうだとして、その目的は何だ? そもそもフェイクをしかける意味がない」
少しの間の後で、アキはこう答える。
「もしかしたら……、沙世ちゃんかもしれない。沙世ちゃんを捕まえる為の囮。急ごう。この予想が正しくても間違っていも、沙世ちゃんを助けに行かなくちゃ」
その後で、全員、無言のまま車に向かって走り始めた。
立石望は、放った髪の毛から得た音の情報を整理していた。彼女はビル内の様々な場所に髪の毛を放ち、内部の情報を得ていたのだ。まず分かったのは、どうもビル内の人間が“長谷川沙世捕獲作戦”を決行している事。電子制御で閉ざされた扉の向こうに沙世を閉じ込め、今は防護服を装備した戦闘訓練を受けている人間に、沙世を取り押さえさせているところらしかった。
立石は当然、沙世を心配したが、それと同時に奇妙にも感じていた。イレギュラーで沙世がこのビルに侵入したにしては、準備が良すぎる。まるで、前もって沙世の侵入を警戒していたかのような態勢だ。立石は沙世が今は何処にいるのか、大体の場所も把握していた。ビルの三階の中央辺りに彼女は閉じ込められているらしい。道順も大体は、予想する。もちろん、沙世を解放する為に黒田の能力で電子制御された扉を開ける、その下準備をしていたのだ。
“しかし、それにしても……”
準備が整って、アキからの連絡がないかと携帯電話を確認しながら立石は思う。
“まさか、こいつら、最初から沙世を捕まえるつもりだったのじゃないでしょうね? 一体、何が狙いなのかしら?”
「麻酔銃とかスタンガンか何かが使えれば、手っ取り早いし、お嬢ちゃんを傷つけないで済むんだけどさ。ほら、この防護服って手袋もこんなに分厚いだろう? それで上手く持てないんだよ」
長谷川沙世の目の前に現れた男は、おどけた口調でそう言いながら近寄って来た。
毒が通じないのなら。
そう思って、沙世は殴りかかっていったが、まるで通じない。明らかに男は戦闘訓練を受けているようで、軽く沙世は突き飛ばされてしまった。
「しかも、ほらさ。同じ理由で、関節極めてどうこうみたいな事もできないのよ。腕を上手く掴めないから。この手袋、こんなに分厚くする必要あるのかね?」
余裕のある口調で、男はそんな事を言う。
唯一沙世がこの男に勝っているのは、機動力くらいのものだった。重々しい防護服に身を包んだ男の動きは鈍い。だから沙世はしばらくは逃げ回っていたが、しかし、狭いビルの廊下内では、それにも限界があった。やがては追い詰められてしまう。すると男は、沙世を殴り飛ばした。
「ごめんねー。本当に。俺も嫌なんだけどさ。これも仕事だから。君が弱って、抵抗力がなくなるまで、こういう事をしなくちゃいけないらしいんだ。よく分からないけど、君の意識を失わせたらいけないらしい。お陰で首を極めて落とす事もできない」
飽くまで軽いノリで男は喋り続けた。
沙世は転がって、男の近くから逃れる。それから意を決すると、独自空間を発生させ、その中で何かを創り始めた。
「おぅ。面白いな。能力か。その空間には要注意だって言われていたな。この防護服も通しちゃう可能性もあるとか。
ま、村上アキなら別だが、お嬢ちゃんにはそんな事はできないだろうって話だったが。一応、近付かないようにしておくか」
確かに沙世は、その可能性も考えていた。独自空間を男の至近距離で発生させ、男の防護服の中で睡眠ガスを創る。しかし、それには時間がかかる。沙世がそれをする前に、恐らくは男に殴られてしまう。短い間合いでは、その方法は使えない。それで沙世は別の手を考えていた。彼女は独自空間の中で、硫酸を創り出していたのだ。
“もしかしたら、傷つけちゃうかもしれないから、嫌だったけど……”
そう思うと、沙世はそれを男に放つ準備をする。
「おっと、何か液体を創っているな」
男がそう言う。沙世は「顔は狙わないであげる!」と、そう言って、硫酸を放った。が、男に硫酸がかかっても、何も異変は起こらなかった。男は少し嬉しそうに、
「優しいねぇ。でも、生憎、その心配はないよ。強い酸くらいじゃ、この服は破れないし、顔にかかっても平気だ」
そう言って笑う。幻物質であるその硫酸は、直ぐに消えていってしまった。
「その優しさに免じて、この酸が消えるまで殴るのは待ってやるか。もし、顔が火傷でもしたら、大変だからな」
男のその余裕の態度に、沙世は絶望を感じていた。
――アキ達。沙世のいる榊原グループのビルに向かっている車の中。急いで車を走らせながら、黒田が突然に口を開いた。
「そういえば、さっきの話で少し思い出した事がある」
「なに? どんな些細な事でもいい。教えて欲しい」
アキは今、少しでも情報が欲しかった。実を言うならば、白ギルか黒ギルかの登場を心の底から願っていた。もちろん、できれば白ギルの方が、嬉しかったが。しかし、何故か彼らは今回は現れない。だから、黒田が言おうとしている事に期待していた。
「まず初めに断っておく。オレらは必要以上に情報を集めない。それが、裏世界でオレらみたいな能力者が生き残ってきた秘訣だ。だから、この情報はどの程度、信頼できるものかどうかは分からない」
「分かった。それは承知しているよ」
「榊原グループに関する噂だ。その総帥の榊原直哉は、実は既に老衰により、正常な判断力がなくなってきている。当然、求心力も低下していて、表向きは従っているように見えても、実質は離反している部下も多い。そして、この総帥は大の特殊能力者嫌いでも知られていた」
アキはそれを聞くと、言った。
「つまり、今回のこの爆弾は、その総帥の指示だったと? だから、成功するはずのない杜撰な計画を部下が立てた」
「分からねぇよ。ただ、気にはなるな。そして更にだ。その総帥から離反している部下の中には、厚生労働省と繋がっている連中もいるって話だ。榊原グループは、元来文部科学省との繋がりがあるとされているが、最近は特殊能力者に対する意見の相違で、上手くいっていないとも言われている。しかも総帥に離反している部下も、特殊能力者嫌いって点だけでは一致するらしい。そして、今回のこれだ。
何か臭わないか?」
アキは少し考える。
「ねぇ、僕は実際には会った事がないのだけど、役人側にもサイコメトラーや、他の情報系の能力者がいるって聞いた事がある。そいつらの能力が、どれほど高いのかは知っているかい?」
何でそんな質問をするのかと訝しげに思いながらも、黒田はこう返す。
「オレらは自分が情報を握っていない事を証明する為に、何度か会っているよ。と言っても、覆面姿とかそんなのばっかりだが。が、間違いなくかなり優秀だ。噂じゃ、記憶操作の情報コントロールなんかができる奴までいるらしい」
その説明にアキは難しい顔をする。そして、「まずいな」と、独り言を言った。
“ギル達を利用して、情報戦で勝った気になっていたけど、ギル達が誰の味方でもない以上、相手の方が有利かもしれない。もしかしたら、今回の事件は、誰かの手の平の上って事も有り得るか……”
アキは不安に駆られながらも、それでも沙世を助けに行くしかない状況を呪った。そして、“沙世ちゃんだけでも、なんとかして助け出さないと”と、心の中で強く思う。沙世の状態が分かる例の水に意識を集中してみる。沙世の恐怖や不安や焦燥感が、そこからは色濃く伝わってきた。
――ドンッ
という音を沙世は聞いた気がした。
男の拳が沙世の頬に当たったのだ。厚手の手袋で覆われたその感触は、ボクシングのグローブに近いものがあるのかもしれない。クッションになる代わりに、その“重さ”が拳に乗り、効果的に脳を揺らす。
沙世はそれでまた倒れた。もう、何度倒れたか分からない。
“駄目だ。もう、そろそろ……”
沙世は倒れたままでそう思う。男がゆっくりと近付いて来た。恐らく、また沙世を引き起こして殴るつもりだろう。立ち上がって逃げたかったが、彼女にも体力的な限界が迫っていた。思うように身体が動かない。
この男にはかなりの体力があるようだった。ダメージを受けていないとはいえ、重い防護服を着たままで、これだけの運動をこなしているのに少しも衰えを見せない。軽口が減ってはいたが、それは体力的な問題ではなく、単に話す内容がもうないというだけの事のように思えた。
沙世はそこで少し思い付いた。意識を失った振りをして、男が扉を開けるのを待とう。それまで休んで体力を回復させ、チャンスを見て逃げ出すのだ。他の人間がやって来ても、ガスマスクさえ付けていなければ、睡眠ガスで眠らせる事が可能だ。
が、男は油断しなかった。沙世が目を瞑っているのを見ると、おもむろに沙世の肩と腕を掴んでこう言う。
「動かなくなったか。じゃ、一応肩を脱臼させて縛っておくか…」
それを聞くと、沙世は慌ててその手を振り解いて逃げた。男は面白そうに言う。
「なんだよ。やっぱり、まだまだ元気じゃないか。悪い子だな。大人を騙そうとするなんて」
沙世は男からできるだけ離れようとした。もう恐怖で立ち向かう勇気がない。しかし、体力がなくなってきている彼女は、直ぐ男に追い詰められてしまう。男は今度は、沙世の腹を蹴った。
「グッ」
と、うめきながら沙世はうずくまった。それから涙をこぼす。
“駄目だ……。苦しい。お願い、アキ君。助けて…。毒が、毒が効かないの”
沙世のそれは半分は悔し泣きだった。毒が全く役に立たない状況下で、それでも毒に頼ろうと思ってしまう自分が悔しいのだ。あれほど憎んでいた自分の毒に依存している自分が。しかし、その時アキを思い出して彼女は気が付く。アキが自分に毒に頼らなくても良い道を指し示してくれた事を。そして、毒ではない“武器”を彼女に与えてくれもした。
“毒が効かない。それは、逆に言えば、毒以外なら効くという事……”
ポケットを探る。そこには、ライターがあった。アキがくれた、あの例の柄の長いライターだ。水素と酸素を反応させ、爆発を起こす為の。沙世はいつの間にかその練習を習慣にしていて、暇があれば練習できるようにいつでもそれを持っていたのだ。
そして、
突然に沙世は動きを止める。うずくまった姿勢のまま。
男は沙世が動かなくなった事を不思議に思った。先のように演技しているのとも違っているようだ。が、少し不審に思っただけで、警戒はしていない。だから、特別沙世から離れようとも思わなかった。
“水素と酸素。水素と酸素。2対1の比率で。水素と酸素。水素と酸素…”
沙世は男に気付かれないように、うずくまったままの姿勢で、独自空間によって、水素と酸素を創り出していた。そして、それを男のガスマスク付近にまで移動させる。視線は向けられなかったが、感知能力があるお陰で凡その見当は付いた。
その時、男は吸い込む空気が、変質している事に気が付いた。“なんだ?”。ガスマスクでも、水素や酸素は通してしまうのだ。充分な量が、ガスマスク周辺に集まった事を察すると、沙世はポケットの中のライター握り締めた。それをソッと取り出す。
それから沙世は、素早く立ち上がると、男の目の前でライターの火を灯した。
カチッ
音がする。
男はそれが何を意味するのか分からなかった。
火?
不思議に思う。何を… と。が、少し沙世が足を踏み込むと次の瞬間、男の視界は白い光に包まれた。それから、冷たい感覚、鋭利な痛みを感じる。高熱はむしろ冷たさを身体に感じさせるのだ。
男は転げまわった。顔中に火傷を負っている。しかし、大怪我には至らなかったようだった。ガスマスクが取れただけだ。が、沙世にはそれだけで充分だった。むしろ、大怪我をさせなくて、安心している。
「ごめんなさいね。ゆっくり眠っていて」
それから、沙世は睡眠ガスを発生させるとそれで男を眠らせた。その後で、彼女自身も横になる。もう、彼女に動く体力も気力も残ってはいなかった。




