2.薬男
「村上とかいう男を知ってる?」
長谷川沙世が、その日学校に登校して、彼女の唯一の友人ともいえる、立石望にかけた一番初めの言葉はそれだった。
それを聞いた立石は、「何よ、藪から棒に」とそう返す。沙世はそれに構わず、こう続けた。
「なんだか、治療する能力を持っているみたいなのだけど……」
それに対して立石は、
「物事は順序立てて説明しなさいよ」
と、まるで小言のようにそう応える。本当にコミュニケーションが苦手な子なんだから、と思いつつ。
「わたし達は、協力関係にあるはずでしょう? 教えてよ。もったいぶらずに」
少しだけふてくされて、沙世は立石に向かってそう言った。彼女はそれを受けると、茶化すような感じでこう返す。
「あら、そうだっけ?」
「自分から、そう言って来たのを忘れたの?」
「冗談よ。そんなに必死になりなさんな」
――協力関係。
他人と接するのを苦手とする長谷川沙世が、こうして彼女との交友関係を築けているのは、その言葉があったからだった。
「――こんにちは、毒娘ちゃん」
高校に入学して間もない頃、そう言って彼女、立石望は沙世に話しかけて来たのだ。彼女はおでこが広くて、利発そうな少女だった。長くスラッとした髪をしている。ボブカットと言うよりは、少し乱れたオカッパという表現の方が合っている(と少なくとも本人は思っている)髪型の沙世は、第一印象でまずそれにコンプレックスを感じた。その呼び方も気に入らなかった。毒娘ちゃん。
なによ。
と、そう思う。
「何か用?」
それで険のある口調でそう返した。しかしそれでも立石はニコニコと笑いながら、こう言って来たのだった。
「そんなに怒らないでよ。毒娘と言われたのが、そんなに気に入らなかった?」
「だから、何の用? って、言っているでしょう。早く用件を言いなさいよ」
それを受けると、立石は「ふむ」とまずはそう声を発して、少し考えるような仕草をすると、それからこう言った。
「面倒だから、単刀直入に言っちゃうわ。私と友達になりましょう」
その言葉に、沙世は心底驚いてしまった。
「いきなり何を言っているの? どうして、あなたとわたしが…… ほとんど知らないのに。断っておくけど、わたしは毒を出すわよ?」
その周章ぶりをみて、思わず立石は笑ってしまった。
「毒だってのは知ってるって。だから、さっきあなたを“毒娘ちゃん”って呼んだでしょう? というか、そもそも私はあなたが毒だからこそ、友達になろうと思った訳よ」
彼女はその言葉を不思議に思った。
毒だから… ってどうして?
立石は更に続ける。
「友達って言っちゃうとアレだけどね、要は協力関係を結ぼうって事よ。生物で言うところの共生。クマノミとイソギンチャク」
「クマノミとイソギンチャク?」
「あ、断っておくけど、クマノミは私の方だからね。これだけは譲れないわ」
「どうでもイイから」
それから立石は、静かに説明をし始めた。
「この街で生き抜くのは危険よ。素行の悪いのがたくさんいるし、犯罪が多い。危険な能力者だっている。
ところが、この私は見ての通りの可憐な少女で、戦闘能力は持っていない。もちろん、この街に飛ばされたって事は、一応の能力はあるけどね。でもって、それで、あなたに目を付けた訳よ。
つまり、あなたと友達になる事で、私は自分の身を護ろうとしているのね。魚のクマノミが、毒のあるイソギンチャクに護ってもらっているのと似たような感じで」
聞き終わると、沙世は言った。
「ちょっと待って。それって、わたしにどんなメリットがあるの?」
それを聞くと、少し微笑んでから立石はこう答えた。
「あなた、不思議には思わなかった? どうして私が、あなたが毒を発するって知っているのか」
沙世はそれに何も返さなかった。しかし、無反応という訳ではない。表情で、沙世が自分の意図を察しただろう事を悟ると、立石はそれからこう続けた。
「私が持っているのは、情報系の能力。情報を収集することに長けている。と言っても、詳細は秘密。できるだけ自分の情報は伝えない事が、肝要だからね。
……ただ、と言っても、あなたの能力が毒だって言うのは有名だから、誰でも知っている話だけどネ!」
「何なのよ、一体!」
つい、沙世はツッコミを入れてしまった。緊張が緩和する。
「慌てなさんな。情報収集能力があるのは本当の話だから。
でも、あなたは自分が有名だって事は知らなかったでしょう? つまり、あなたはそれだけ情報に疎いって話よ。この街は情報系の能力者で溢れているから、自分から積極的に能力を隠さなくちゃ簡単にばれて、あなたみたいに危険な能力なら、瞬く間に広まっちゃうの。
まぁ、もっともあなたの場合は、自分に毒があるって知られた方が、身を護るのに有利かもしれないけどね。毒のある生物は襲われないみたいな感じで。
ただ、情報に対して鈍感なのは、場合によっては致命的になるわよ。それを、私が補ってあげるの。それが、あなたが私と友達になる事のメリット。あなたが知りたい情報があったら教えてあげるし、危険が迫っているようなら報せるわ」
立石の説明を聞き終わると、沙世は少し考え始めた。実を言うのなら、沙世は内心では喜んでいた。友達ができる。孤独な彼女は、人を恋しがっていたからだ。協力関係という言葉が、彼女の他人と交友する恐怖を緩和させてもいた。互いにメリットがある限り、この少女は自分を裏切らない。その関係に、外から引かれた一線があるという安心感。人から好かれる自信はないけれど、そういう事情があるのなら大丈夫かもしれない。
「どうして、他の誰かと一緒にいようとはしないの? わたしじゃなくても、そういう仲間に入れば良いじゃない。身を護る為に」
しかしまだ安心できない彼女は、立石に向かってそう問いかけてみた。立石は、ニヒルな表情を浮かべると、こう返す。
「群れるのって、そんなに好きじゃないのよね。あなたも、それは同じじゃないの? だから、ピッタリだと思って」
どうやら、立石望もそれなりにひねくれているようだ。その後で、まだ多少は戸惑っているようではあったが、ゆっくりと長谷川沙世はこう言った。
「分かったわ。協力関係を結びましょう」
すると、立石はニッコリと笑って、手を伸ばして来た。
「よろしくね。イソギンチャクちゃん」
苦笑しつつ、沙世はその手を握る。
「それ、もう良くない?」
自分の毒を恐れずに、手を握ってくれた事が、沙世にはとても嬉しかった。
因みに、立石望は基本はボケだけど、必要があればツッコミます。
「――教えるのは構わないけど、どうしてその村上の事を知りたいのか、それをまずは私に伝えるのが筋じゃないの?」
立石がそう言うと、沙世は少し顔を曇らせた。あまり言いたくはないらしい。その態度を見て取って、立石はこう言う。
「まぁ、なんとなくは分かるけどね」
沙世の顔には、明らかに誰かに殴られたような痕があった。しかも、治りかけ。つい先日会った時は、まだ顔に痕はなかった。その間で殴られたにしては、明らかに治りが良すぎる。だから、この傷は村上に治してもらったのだろうと、そう立石は予想したのだ。そして立石は更にこう考える。それで沙世は、村上が気になっているのだろう、この人間嫌いの毒娘が珍しく、他人に興味を示している訳だ、と。
村上アキは実は有名な少年だった。情報に対して敏感な彼女は、当然その存在を知っていた。
「あなたが、男に興味を持つとはねぇ」
立石はしみじみとそう言った。すると、慌てて沙世はそれを否定する。
「違うわよ。そんなのじゃない!」
少なくとも、長谷川沙世本人は本気でそう思っていた。それを見て、「ふーん」と立石はそう応える。実を言うのなら、少しばかり呆れてもいた。
「まぁ、あなたが不器用なのは今に始まった事じゃないから、別に良いけど」
沙世の表情、反応がいつもとは明らかに違っているのを彼女は見て取っていた。それで、何にもないはずはないと、見透かしていたのだ。
「じゃ、教えてあげるけどね。治療能力を持っていて村上とくれば、それは恐らくホイミンの事よ。この学校の生徒。良かったわね。同学年にいるわよ」
「ホイミン?」
「怪我している人とか、病気の人とかに会うと、ほとんど条件反射的に治療するから、一部の生徒からは、そう言われているのよ。あだ名ね。または薬男とも……。
フルネームは、村上アキ。
もっとも、薬ってよりは、医療行為をそのまま行うから、ちょっと違うって私は思ったりする訳だけど」
その後で、彼女は“毒のあなたと正反対ね、ある意味じゃピッタリかも”と、そう言いそうになって止めた。沙世を傷つけると思ったからだ。言葉の止め方が不自然だったから、変に思われなかったかと不安になったが、それから沙世は何気ない感じで、質問をして来た。沙世はその時、村上の事ばかり考えていて、全く立石を気にかけていなかったのだ。
「治療すると、どうして、“ホイミン”なのよ?」
そう言った後で沙世は、そういえば、あの時も不良少年の一人からそう呼ばれていたと思い出す。
それを聞いて、立石はまた呆れた。
「あなた、本当に世間に疎いわね。ゲームの中に、仲間を回復させまくるモンスターがいるのだけど、それが“ホイミン”って呼ばれていたりするのよ。それで、治療しまくる村上はホイミン」
少し怒って沙世はこう返す。
「知らないわよ。ゲームなんてやらないから。でも、どうして彼はそんな事をやっているのかしら?」
「さぁ? そこまでは分からないわね。ただし、それで村上はかなりの人望を集めていたりもする訳よ。感謝されている。
この街は、貧乏な人が多いでしょう? 健康保険を支払えない、または親に払ってもらっていない連中も多い。村上アキは、そういう医療を受けられない連中に無償で治療を行っているの。感謝されるのは、まぁ、当たり前の話ね。場合によっては、命の恩人だもの。
もちろん、能力での医療行為は法律違反なんだけど、流石にそこまで追及するような人でなしはいない訳」
それを聞くと、沙世は顔をしかめた。
「ふーん、わたしとは正反対ね。能力から、人から好かれている事まで含めて全部」
と、やや機嫌悪そうに言う。それを聞いて立石は、“毒のあなたと正反対ね”と言うのを止めて本当に良かったとそう思った。
「ただね。実はそれは単なる慈善行為なんかじゃなくて、宣伝目的なんじゃないかって話もあるのよ」
「宣伝?」
「そう。あの村上アキは、裏の社会で能力を使って有料で治療し、荒稼ぎしている。なーんて黒い噂もあったりする訳。能力を使っての医療は禁止されているから、表立って商売として行えば捕まってしまう。だけど、裏社会なら、闇医者として金を稼げる。
そして、その為には、自分の能力を宣伝しなくちゃならない。その手段が、ボランティアの治療行為」
その話に、長谷川沙世は複雑な表情を見せた。村上から彼女が感じたイメージとは一致しなかったからだ。
「それ、本当の話なの?」
それでつい、そう訊いてしまった。
「さぁ? 真相は分からない。ただの噂よ。そんな噂は他にも、やたらたくさんあってね。村上が医者でも諦めたガンを見事に治療したとか、色々…」
そう言い終えた後で立石は“この子は、黒い噂の方は信じたがっていないな”と、そう思った。
「まぁ、何を信じるかはあなたの自由よ。噂には尾ひれがつくものだし。因みに彼の、教室は2―Aよ。奇しくも、このクラスとは正反対の位置ね。
会いたいのなら、会いに行けば?」
それに沙世は即反応する。
「なんでわたしが、彼に会いたがっているのよ?!」
「あ、違うの? じゃ、どうして村上の事なんて聞きたがったのよ。実は、私は彼の住所も知っていたりするのだけど」
そう言うと、立石はサラサラとメモに彼の住所と電話番号を書いて、沙世に渡す。沙世はなんとなくそれを受け取ってしまった。
「なんで、そんなの知っているの?」
「言ったでしょう? 村上は無料で治療してくれるのよ。連絡手段を知っておいて損はないって訳。実は既に治療してもらった事もあるし」
「なにそれ?」
「インフルエンザにかかっちゃった時にね。どうした? 嫉妬?」
「違うわよ。どうしてわたしが、わたしの人生に喧嘩を売っているような、治療能力なんて恵まれた能力を持っている相手の事で嫉妬を感じなくちゃいけないのよ!
そんな相手、憎いだけよ!
わたし、性格悪いんだから!」
そう長谷川沙世は言い終えると、続けて心の中で自分に言い聞かせるようにこう思った。自然に口に出た“憎い”という言葉を使いつつ。
“そうよ、憎い!
少なくともわたしは憎んでいいはず。治療能力なんて、人から好かれるような能力を持っている人間なんて!“
彼女はこう思おうとしていたのだ。
確かに村上アキは自分を助けてくれた。でも、治療能力なんて持っている人間を、自分が憎まないはずはない。……だから、国に通告される前に、村上を毒で脅して、口を封じるくらい抵抗は感じない。
彼女が、彼の能力と人から感謝されているという点を、羨ましく思っていたのは事実だったから、その“思い込み”は、余計に性質が悪かったというのは言うまでもない。一応、本気っぽく思えてしまう。
“そうよ。毒で少し痺れさせるくらい、別に罪悪感なんて感じないんだから”
彼女は村上を毒で痺れさせ、恐怖を感じさせてから、もし自分の能力を国に通告したら、今度は毒殺すると脅すつもりでいたのだ。
「ま、性格が悪いのは認めるけどさ」
密かに葛藤している沙世に向かって、立石はやや呆れながらそう言った。
一方昼休み、2-Aでは。
「やっぱり、厚生労働省の態度は気に食わない。僕らを研究対象として見ているだけで、貴重な人材であるとは認めていない」
と、村上アキが文句を言っていた。その相手をしている三城俊は、少し馬鹿にしているような感じでこう抗議する。
「そんなに機嫌良く文句を言われても説得力がないぞ、アキ」
その彼の指摘通り、アキは非常に機嫌良さそうに話していたのだった。三城の抗議に構わず彼は続ける。
「だから僕は、文部科学省の方が良いと思っているんだ。僕らを人材として認め、その上で社会に活かす事を考えている」
仕方なく三城は、こう返した。
「そうか? どちらにしろ、オレ達を利用して美味い汁を吸おうとしているって点は変わらないと思うけどな。結局は役人同士の利権争いだろう?」
「その通りだろうけど、どうせなら僕らにとって都合が良い方に味方した方が良いだろう?
ま、そもそも、その狙いもあっての方針なのかもしれないけどさ、文部科学省は」
三城はやる気なく答える。
「口先だけで、利用されて終わり。って結末を予想するね、オレは」
それを聞くと、アキは「ふん」と挑戦的な笑みを浮かべてこう言った。
「そうならないように、こっちからも利用してやるんだよ。もっとアグレッシブに考えようぜ。
とにかく、厚生労働省がこの“特殊能力者開発特区”の主な実権を握っている体制には、僕は大いに反対だね」
彼ら特殊能力者の住むこの区域の正式名称は“特殊能力者開発特別区域”なのだ。もっとも、その名称で呼ぶ者はほとんどいないが。
「そんなに嫌なら、わざわざ体制に歯向かうなんて面倒くさい事しなくても、海外にでも逃げれば良いじゃないか。
お前、確か誘われてただろう?」
三城は両腕を枕にし、そこに頭を埋めながら、そう応えた。いかにも興味がない。それを態度で表している。
「冗談じゃない。アメリカの団体だぜ。宗教原理主義が関わっているはずだ。僕は嫌だね」
宗教原理主義者達は、世界を創造した全知全能の神ならば、世界の法則を変えるくらい簡単にできるはずだ、と主張し聖書に書かれた非現実的な内容は実際に起こったのだと嘗てから訴えていた。その主張と『世界の法則の変化』、つまり『特殊能力者達の登場』が一致していた為、彼らは早くから特殊能力者達の保護に当たっていたのだ。神は意味を持って、彼らに力を与えたのだ、と主張して。結果として、アメリカの特殊能力者団体には宗教が絡む事になった。村上アキはそれを嫌っているのだ。実は彼には、宗教を避けたがる理由がある。
それには、彼の能力が宗教を彷彿させる事も関係していた。手をかざし、光を発し、治療する。彼の生い立ちに、それは深い影響を与えてもいたのだ。
「とにかくさ、この特区の建物がボロなのは、僕らを研究対象としてしか見ていない事の表れだと思うんだよね。安く仕上げて、どっかの役人の懐に税金を入れる為って前提を受け入れても。僕はそういうのが許せないのさ。
この街には情報系の特殊能力者が多いから、隠しきれるはずもないのに続ける。その開き直った態度も嫌だ」
そう言うアキに三城は、両腕に顎を乗せたままの姿勢で面倒くさそうにこう返す。
「だから、そんなに機嫌良い状態で文句を言われても説得力がないって始めからそう言ってるんだよ、こっちは。
だいたい、なんで、そんなに機嫌が良いんだ?今日のアキは。あの、例の原子力発電所の騒動が始まって以来、暗かったろ、お前」
「なんで分かるんだ? 能力使うなよ」
「能力使わなくても分かるわ。見た目、そのまんまだ、馬鹿」
この三城俊の能力は、サイコメトリー。人体や物に触れただけで、様々な情報を読み取る事ができる。しかも、かなりの優れた能力者で特殊でもあった。感知だけでなく、感覚を伝える事もできるのだ。
「ふふふ。聞きたいか? 僕の機嫌が良い訳が」
嬉しそうにアキはそう問いかける。
「聞きたくない」
と、三城は答える。相変わらずにやる気がない。それを受けて、アキはこう言う。
「女の子の話だ」
「聞こう」
伏せていた頭を素早く起こして、三城はそう言った。
実は彼は、自称フェミニストで、かなりの女好きだったりする。因みに、ツッコミもボケも両方こなします。
「実は昨日、僕が今までに“診た”中で一番綺麗な子に出会ってさ」
「ほぅ。そんな子を“見た”のか」
三城はさっきまでとは打って変わって、興味深そうにしている。興奮してすらいた。一応断っておくと、この二人の“みた”のニュアンスは、多少異なっています。
「で、名前は?」
と、三城は問いかける。
「それが聞き忘れちゃって」
「アホか、お前は!」
そう言った三城は、本気で怒っていた。ツッコミとかではなく、マジで。
「ちゃんとしろよ! そういうのは!」
必死。
「落ち着け。そして安心しろ。高揚してて名前は聞き忘れたけど、なんと家の場所を知っちゃったから」
「順番おかしいだろ。何があったんだ、何が」
「更に言うとだ。実は大体の目星はつけてあるんだ。だからこそ、俊に相談したんじゃないか」
「オレは、相談された覚えはないんだが」
「まぁ、聞け。彼女は毒を発する能力を持っていたんだ。しかも、相当に強力な。で、確かこの学校の同じ学年に、毒を出すので有名な女の子がいたはずだろう?」
そこまでを聞いて、急速に三城は興味を失ってしまった。そしてこう言う。
「この学校の女の子だったら、オレは既に知ってるじゃないか」
明確な理由。彼はどうやら、この学校の女生徒は既にチェック済みらしい。
「そう言わずに、教えてくれよ。
毒の女の子のクラスと名前。後で確かめに行くんだから」
溜息を漏らしながら、三城は答える。
「恐らく、それは2-Hの長谷川沙世だな。しかし、今までお前が見た中で一番綺麗って、オーバーじゃないか? 確かにある程度は可愛いと認めるけど、中の上くらいだろう」
「失礼な奴だな、俊は! 女の子にランクなんかつけるなよ! 少なくとも彼女は上の中くらいはあるはずだ!」
「お前だって、ランクつけてるじゃないか。どちらにしろオーバーなのは、変わらないし。一番ってのはないだろう。それに、あの子は確か、性格が悪いはずだぞ。きつくて、周囲にあまり馴染もうとしない」
それを聞いて、「性格が悪いぃ?」とそう村上アキは疑問符をぶつける。
「もしも、その子が僕の出会った彼女だったとしたら、とんでもない勘違いだな。人間の上っ面なんて……」
そして、そう言いかけて彼は止めた。三城俊を少し見る。三城は敢えてそれに気が付かない振りをした。
三城俊。彼は実は、“人間は上っ面が全て”という信条の持ち主なのだ。もちろん、それには彼のサイコメトリーという能力が関係している。人の内面なんて、彼はもうできれば見たくはなかったのだ。どんなに外見が綺麗な人間でも、醜い一面があるものだから。もう上っ面しか見たくない。だから、上っ面が全てと思い込もうとしていた。
村上アキと三城俊がつるむようになったのにも、実を言うのならそれが関係していた。アキも、三城ほどではないが、人の内面を感知できる。そして、彼はその生い立ちの所為で人の内面をたくさん見てきた。だからこそアキは彼の心情を理解できたし、更にだからこそ、その辺りのプライベートに彼らは程好い境界線を引ける間柄でもあったのだ。
微妙な空気の間の後で、アキは口を開いた。
「とにかくさ。昨日、その女の子の治療をしたんだよ僕は。それで、その後でまだ弱っていたその子を、家まで送ったのさ。家を知っているのはだから」
三城はそれを聞くと、事情を察してこう言う。
「なるほどな。それで、厚生労働省管轄のケチな建設の文句を言っていたのか。その子の家がボロかったんだろ」
「よく分かったな。マンションだったけど」
「オレは勘が良いんだよ」
三城俊は幼い頃から、サイコメトリーにより、解答付きの人の行動をたくさん見てきた。その結果として、特殊能力なしでも、人の行動や考えを見抜く力を自然と培ってしまったのだった。
「役人が税金を手に入れる為に、建設費をケチらなければ、あの子はもっとマシな所に住めたはずなんだ。
そう思うと、悔しくてさ」
そう言い終えたアキに対し、少し感心したような感じで三城はこう言った。
「なんだか本当に凄い執心ぶりだな、その子に対して。アキの方が、住居環境は悪そうなのに。ただの安アパートだろうが。お前、親からの仕送りないんだから」
「似たようなもんだったよ。親の援助がない僕と変わらないってのが、当に気に入らない点でもあるのだけどさ。
とにかく、僕はあの子と近しい関係になりたい。後で確認しに行かなくちゃ。2-Hだったっけ?」
アキがそう言うのを聞き終えると、三城はこう言った。
「いや、その必要はなさそうだぞ」
「なんでだよ?」
「あそこにいるの、彼女だろう?」
三城はアキの背後を指差していた。急いでアキが振り返ると、教室の出入り口に長谷川沙世の姿がある。目が合った。沙世はその途端に顔を引っ込めると、そのまま走って逃げてしまった。その後で、村上アキはこう呟く。
「間違いない、彼女だ。――長谷川沙世ちゃんか」
本当に、彼は嬉しそうにしていた。