表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

19.爆弾が仕掛けられた

 “爆弾が仕掛けられた”

 そんな正体も出所も不明の記事が、インターネット上の掲示板に、ここ最近、何故か投稿されていた。しかも、それは特殊能力者開発特区の人間達がメインに使っている掲示板ばかりだった。単なる悪戯の可能性もあったが、愉快犯にしても何がしたいのだか分からない。しかも、専門の人間や情報系の特殊能力者が調べても、その犯人は見つけ出す事ができなかった。ほぼ、間違いなく何らかの特殊能力を持った者の犯行。ならば、やはり愉快犯ではなく、何か意図があると考えた方が筋が通る。一番、あり得そうな線は、それが暗号のようなもので、ある人にとっては意味を持っている、というもの。何処にいるのか分からない人間に対してのメッセージなら、そのやり方にも納得がいく。

 「僕もその線が、一番可能性が高いとは思うよ。誰かに宛てたメッセージ」

 日課になっている長谷川沙世の訓練の、その休憩中に村上アキはそう言った。話題は、その“爆弾が仕掛けられた”というメッセージに関するもので、沙世は立石望から聞いたその話を、アキに話したのだった。半分は、世間話。半分は、“もしかしたら、裏社会の何かかもしれない”と心配して。

 「でも、それに納得してないって顔ね」

 アキの言葉に沙世が返す。すると、アキは多少、困った顔を浮かべながら、こう言った。

 「納得してない、というか、ほぼ勘の範疇なんだけど、気になる事が、ね」

 「気になる事って?」

 「こーいうような事をやりそうな人間に心当たりがあってさ。しかも、こういう事ができる人間にも心当たりが」

 「もちろん、裏社会の人間ね」

 「うん。まぁね。しかも、その人は情報屋的な事もやっているから、こういう事ができる人間も、多分、知っている」

 「裏って、情報系能力者の人は少ないのじゃなかったっけ?」

 「いや、その人は情報屋的な事をやっているだけで、情報系能力者ではないよ。っぽくはあるけど、どちらかといえば、技能系なんじゃないかな?」

 そのアキの様子を眺めながら、沙世はペットボトルに入れた水に意識を集中した。アキと共に創った例の水だ。意識を集中すれば、アキの感情がある程度は読み取れる。そこに沙世は、少しのざわめきを感じた。それで、

 「危険な事は、しないでしょうね?」

 と、半ば釘を刺すように問いかける。アキが何か行動しようとしているのを察したのだ。アキはそれに慌てた。

 「しないよ」

 と、そう言う。それでも沙世が睨むものだから、仕方なしにアキはこう続けた。

 「ただ、少し気になるから、その人の元を訪ねて話を聞いてみようと思っているだけ。危険性は、全くない人だし」

 それを聞いても、沙世は少しアキを睨んでいたが、不機嫌な振りをしているだけなのは明らかだった。

 「ねぇ、あまり危ない事は、もうしないでよ?」

 それから、そう言う。ペットボトルの水を揺らし眺めながら。例え、この水があったとしても、心配なのは変わりない。

 その沙世の返答に、安心したようにアキは言う。

 「しないよ。これからは、危険な領域からは手を引いていくつもり。闇医者的な事は続けるかもしれないけど、危険があるなら拒否するよ」

 沙世はその言葉に半分は安心する。でも、もう半分では、“そうは言っても、誰か困った人がいたら、助けに行っちゃいそうだな、アキ君は”とも思っていた。

 「もし、何か分かったら教えてよ?」

 沙世はそれからそう言った。

 「教えられる範囲でならね」

 と、アキは答える。

 「うーん。却って気持ち悪くなりそうね。それって」

 沙世は少し困ったような表情で言った。そして、それから思い出したように、

 「ねぇ、その事ってギル君達は何か教えてくれないのかな?」

 と、そう尋ねる。それを聞くとアキは少し笑う。

 「“ギル君達”って… そこまでフレンドリーにあいつらを呼ぶのは、多分、沙世ちゃんくらいだよ」

 「どうでも良いじゃない、そんなの。で、教えてくれないのかな?」

 「いや、あいつらは誰の味方って訳でもないから、僕らが欲しい情報を教えてくれって言っても提供してはくれないと思う。もし、僕らの味方なら、今頃、きっととっくに厚生労働省の、一部の役人達の支配から、この街は解放されているよ」

 それに沙世は頷く。

 「あ、そうか。善意か悪意かを促せる状況下じゃなければ、あの人達は現れないのだったったけ?」

 「うん。善や悪なんて主体によっていくらでも変わる便宜上の概念だから、あいつらが本当に基準にしているのが何かは分からないけど。もしかしたら、人それぞれの善意、悪意なのかもしれない。

 どちらにしろ、自由に何でも教えてくれる訳じゃない」

 そう言い終えてから、アキは沙世をジッと見つめてみた。それから、

 “でも、もしかしたら、沙世ちゃんが本気で頼めば、あいつらは教えてくれるかもしれないな”

 とそう思う。それからこう続けた。

 「それに、あいつらだって、何でも知っている訳じゃないと思うよ」

 「あ、そうなんだ」

 「多分ね」

 「多分か。ギル君達って、本当に何者なの?」

 「さぁ?それが分かれば苦労しないよ。もしかしたら、本人達にも分かっていないのかもしれない」

 「あははは。なるほどね」

 “そんなに都合良くはできていないか”

 沙世はそれを聞いて、そう思った。


 次の休日。

 まるで廃ビルのような場所に、村上アキは来ていた。裏通りの一つ。その階段を上がっていく。二階。扉を開けると、外見よりも広く見えるフロアがある。ただし、机も椅子もほとんどない。ガランとしている。そして、その中央の部長でも居そうな位置に、女性が一人座っていた。

 長髪でおっとりとしていそうな外見。日本的な女性、と一昔前の人間なら言いそうな雰囲気をしている。が、座り方は多少だらしなく、礼節等には無頓着であるのが、一目で分かる。

 その女性は何やら難しそうな本を読んでおり、アキが入ってきたのに気付くと、顔を上げて、

 「あらー、村上君。どうしたの? 珍しいわね。ここに病人はいないわよ。それとも、やっと私と結婚してくれる気になった?」

 と、そう言った。

 それを聞くと、アキは苦笑しつつ、

 「いえ、違います」

 と、答える。

 彼女の名前は、出雲真紀子。“予言”という非常に珍しい能力を持った人物。因みに、彼女はボケで、アキは彼女を苦手としています。

 それからアキはこう尋ねる。

 「“爆弾が仕掛けられた”。

 今、ネット上で話題になっている謎のメッセージ。

 これは、あなたの仕業ですね?」

 「あらあら、そんな色気も艶気もない話題はやめてよ。久しぶりに会ったのに。私は、村上君に会うために病気になるのを心待ちにしているくらいなんだから」

 「冗談はやめてください」

 「冗談じゃないのにー」

 出雲はクネクネと身体を動かす。冗談のように思えるが、彼女の行動言動はほぼ全て冗談のように思えるので、本気ではないかとアキは少し錯覚をしてしまいそうになる。それに、例え冗談であったとしても、その冗談を実行してしまいそうだとも思えた。

 「僕には彼女がいるので」

 少し怯みながらアキはそう言った。

 「知ってるわよ~。有名だもの。噂の毒娘ちゃん。村上君の事を取り戻しに、単身敵地へ乗り込んだとかなんとか。カッコイイ! お姫様の立ち位置になった気分は、どう?村上君。惚れ直しちゃったりしちゃったのかな? 今度、その彼女も紹介してよ。結婚を申し込みたいから」

 「性別関係なしですか」

 「愛は国境も性別も時空ですらをも越えるのよ!」

 「越えませんって」

 「言い忘れてた。私の場合、限定!」

 「それなら、越えそうですが…」

 と、そこでアキは彼女のペースに乗せられている自分に気が付いた。それで、気を取り直してこう尋ねる。

 「とにかく、あの“予言”は何なのですか?

 “爆弾が仕掛けられた”

 どんな意味があるんです?」

 「あら? それ、もう私が犯人だって確定なの?」

 「犯人じゃなかったら、こんな風に誤魔化さないでしょう?」

 「あれ? 村上君で遊んでいるだけだとは考えない?」

 「あり得そうですけど、違うでしょう? 今回は。黒田勘を使ってまで、あんな事をするのは、あなた以外にいない。少なくとも僕の知っている範囲では。僕もそれなりに顔が広いですけど」

 「あらあら、もう黒田君を知っているんだ? 流石、村上君。侮れないわね。正解よ、黒田君に頼んだ。村上君で遊んでいたのは、誤魔化すのが目的じゃなくて、楽しかったからだけどね」

 頬を引きつらせながら、アキはそれにこう応える。

 「僕を監禁していた実行犯の一人が彼だったのですよ。彼の能力は、情報系としても捉えられますから、“裏”ではかなり珍しい存在。そう何人もいないでしょう」

 「なるほど。合点がいったわ。名前まで知っているのは、椿ちゃんがばらしちゃったのかしら?」

 「まぁ、そうですね」

 「黒田君も、どうしてあんな娘を、仲間に留めておくのかしらね? やっぱり、二人は付き合ってるのかしら? 黒田君に結婚を申し込んだのだけど、断られちゃってね」

 「まぁ、彼女の能力もかなり使えますから、仲間にしておく価値はあると思いますが、付き合っているのじゃないですか? いいコンビでしたよ」

 「やっぱりぃ? 椿ちゃんにも結婚を申し込んだのだけど、断られちゃってね。妬ましいわ~」

 「とにかく、あのメッセージが何なのかを教えてください!」

 「あら? ツッコミは入れてくれないの?」

 「どこにどうツッコミ入れたら良いのか、分からないんですよ!」

 それを聞くと、軽く溜息を漏らして、出雲はこう言った。

 「まぁ、いいわ。色々、教えてあげる。そりゃ、もう色んな事を。あんな事や、こんな事まで。うふ」

 アキはそれをスルーした。出雲は喋り続ける。

 「情報系でもある黒田君が裏で働けているのは、決して深入りはしないから。必要最低限の情報しか入手しない。自分の身を、数少ない裏社会のサイコメトラー、ま、役人側の人間ね、にさらして、それを証明しながら動いているの。椿ちゃんも一応ね。それは逆を言えば、下っ端って事だけど、上手いやり方だと思う。お陰で、安定して仕事があるみたい。二人とも、重宝する能力だしね。

 そして、大体の仕事は、金と労力と安全性の折り合いがつけば引き受けてくれる。何処の組織にも属していない便利屋。私はだから、仕事を頼んだのね」

 「つまり、これは出雲さん個人の仕業だって事ですね?」

 「流石、村上君。察しがいいわ~。そして、もちろん、“爆弾が仕掛けられた”は、私の予言よ。

 私の能力は、どう発動するのかコントロールができないのは知っているわよね? 勝手に浮かび上がってくる。場合によっては、ヒントも何もなし。でもって、今回のこれは当にそれだったの。

 何の事なのか、さっぱり訳が分かりません~っ、なのよね」

 「なら、どうして、ネット上にそれをばらまくなんて真似をしたのですか?」

 それを聞くと、出雲は笑った。

 「うふ。世間じゃ、私の能力を“予言”だなんて言っているけど、本当を言えば少し違うのよ。

 私は自分の能力をこう呼んでいる。

 “運命なんて存在しない。それは、自らの力で創り出すもの。だから、そう、運命のあなただってきっと創り出してみせる。そうよ、あの星に誓って!”

 略して、“運命創り”!」

 「略だけの方が分かり易いです」

 「私の“言葉”は聞く人が聞けば、意味をもって作用するのよ。まるで、運命が存在しているかのように。少なくとも、経験上、私はそう判断している。だから私は、その誰かにこの言葉を届ける為に、ネット上にばらまいた。どうにも重要なメッセージに思えて。そして、この点を踏まえて考えてね、村上君。

 今回、あなたは私の言葉を聞いて、ここにやって来てしまった。つまり、あなたは“爆弾が仕掛けられた”というメッセージに何らかの関わりがあると考えた方が良い。と言っても、この情報が役に立つかどうかは分からないのだけど」

 それを聞くと、アキは溜息を漏らした。

 「なるほど。つまり、また何かが起きそうだって事ですか?」

 「あら? お礼はないの~?」

 「あ、すいません。なんだか、また心配事が増えただけって気になっちゃって」

 「ま、わざわざやって来て情報がこれだけじゃ、そう思いたくもなるわよね。じゃ、可哀想だから、黒田君の大体の居場所を教えてあげる。アジトは、日によって変わるみたいだけど、範囲は決まっているから」

 「なんでです?」

 「君は黒田君を知った上でここに来た。私の“運命創り”的には、黒田君も関与する可能性が大いにあるのよ。

 ま、そうじゃなくても役に立つでしょう。受け取っておきなさいって」

 そう言い終えると、出雲はメモ用紙に走り書きをして、場所を記した。それをアキに渡す。それから彼女はこう言う。手を振りつつ。

 「それじゃあね。また、結婚したくなったら、いつでも来なさいな」

 “また”ってなんだ? と、心の中でツッコミを入れながら、アキはその場を後にした。不安を抱えながら。


 長谷川沙世は、胸騒ぎを感じていた。彼女はここ最近、常に他人の感情に触れているような奇妙な感覚を覚えていたのだが、その感覚を急に色濃く、しかも不安に彩られて感じるようになってしまったからだ。

 それは例の水を通して、アキの感情に触れているのに似ていたが、それとも少し違っていた。伝わり方がより生々しいし、なんだか不器用な気もする。

 感知能力が働いているのだとは、直ぐに察した。それまでは、気のせいだと思っていたのだが、もう無視できない。問題は、それが誰の感覚なのか?といった点だった。アキの説明によれば、この感知能力は、この特区の範囲内くらいなら有効なのだという。彼女の能力では何処かまでは分からない。がしかし、彼女には一つ思い当たる点があった。

 この前、手術によってアキ達と共同で救った榊原さやかという少女。沙世は、彼女に移植する臓器に宿った、手術には邪魔になるほどに強過ぎる二ツ結双葉の超生命力を抑える為に、毒で調整していたのだ。恐らくは、その時に毒と体内の何かの物質が結合してしまったのではないか。沙世の創り出す毒は通常、直ぐに消えるが、現実の物質と結合すると寿命が延びる。そして、その幻物質に触れたものに対して、沙世は感知ができる。それで、榊原さやかの感覚が、沙世の中に入って来ているのだ。

 ならば、榊原さやかは今、不安を感じているという事になる。

 何があったのだろう?

 沙世はもしかしたら、榊原の容態が悪化したのかもしれない、と不安になった。アキを待とうかと少し悩んだが、結局は一人で出かけてしまった。場所なら覚えている。榊原さやかがまだあそこにいるのなら、先に行って話を聞くくらいできるはずだ。問題があったら、アキに連絡すればいい。

 前に手術を行なったビルに辿り着くと、沙世は受付でさやかに会いたいとそう言った。知り合いだから、と。嘘は言っていない。沙世は彼女を手術で救った一人だし、今は感覚を共有しているのだ。門前払いされるかとも思ったが、意外にも通してくれた。もしかしたら、以前に沙世がここに来た事を知っている人間がいるのかもしれない。

 沙世が病室に辿り着くと、榊原さやかは健康な人間そのもののような姿でそこにいた。数週間前に死にかけていた人間のようには、とても思えない。

 「あの……、」

 沙世がどう話しかければ良いのか困って、そう言いかけると、榊原は一度頷いてからこう言った。

 「大丈夫です。分かっていますから。あなたが、わたしを助けてくれた、長谷川沙世さんですね?」

 その言葉に沙世は真っ赤になる。

 「わたしが助けたなんて…… わたしは、ただ少し手伝っただけで」

 照れている沙世を、榊原は黙って見つめている。それから、

 「いえ、分かります。あなたの感覚が、わたしの中にあるのも実は感じていました。ずっと、病室にいると暇なものですから、小さな事でも気になるのです」

 と、そう言った。沙世はその言葉に驚く。能力がなくても、感知ができるのだろうか? 沙世の表情から察したのか、榊原はこう言う。

 「わたしも能力者なんです。しかも情報系の。少し特殊で、伝導型サイコメトラーとでもいいますか。物質と物質が接していれば、遠くからでも情報を得る事が可能です。感知の精度は、そんなには高くないのですが、感覚を物質伝いに飛ばして、誰かの声を聞くなどといった事も可能です。例えば、この壁の向こうにいる人間の会話も、こうしてベッドに耳を当てれば聞く事ができる」

 榊原はそれから、実際にベッドに耳を当てた。それからゆっくりと起き上がると、榊原はこう言った。

 「あなたの感覚が“在る”事も、だから分かりました。そしてだから、あなたがわたしの“不安”に導かれてやって来た事も分かっています。そもそも、それを積極的に伝えたのはわたしなのですが」

 不思議な雰囲気を持つ少女だった。沙世はなんだかその語りに魅せられてしまっていた。

 「そして、わたしは自分のこの能力によって、ある秘密を知ってしまった。単刀直入に言います。原子力発電所に爆弾が仕掛けられました。指示を出したのは、わたしのお祖父様です。それが、わたしの“不安”の正体です。

 どうか、爆弾を撤去してください」

 “爆弾が仕掛けられた?”

 その言葉に沙世は愕然となった。まさか、これがあのメッセージの意味?


 家に帰る最中、村上アキは異変に気が付いた。沙世と創った例の水から、急に恐怖に近い不安を感じ取ったのだ。

 沙世ちゃんの身に何かあったのか?

 そう思ったアキは携帯電話で連絡を取ろうとしたが、通じない。アキは慌て始めた。意識を集中して、沙世の位置を探り始める。彼には水から、場所の特定まで可能なのだ。


 「どうして、そんな事をするの?」

 愕然とした沙世が、そう問いかけると、榊原はこう説明をし始めた。

 「祖父は、特殊能力者達に対して偏見を持っているのです。祖父のグループは、文部科学省と、その、昔からお付き合いをさせていただいているのですが、文部科学省が特殊能力者を“人材”として扱う指針を提示すると、それに難色を示しました。我慢ができない、と。そして、過激な手段に出る事を祖父は考え始めたのです」

 沙世はその説明に怒る。

 「なにそれ? 自分の孫娘を助けてもらっておいて、恩を仇で返す気?」

 その沙世の怒りに、榊原はとても悲しそうな表情を見せた。

 「はい。わたしもまさか、そんな事はしないだろうと考えました。だから、こうして怪我までして、止めようとしたのに…」

 その言葉に、沙世は驚く。

 「どういう事?」

 「わたしはお祖父様が、特殊能力者を蔑視している事を悲しく思っていました。わたし自身も特殊能力者ですし、それに、わたしの友人にも特殊能力者はたくさんいます。だからお祖父様の考えをなんとか改められないか、とそう考えていたのです。そして、……そんな頃に、ある文部科学省と関わりのある方から、わたしは相談を受けたのです」

 ――痛くはない。

 そう言われたのだそうだ。その男は榊原さやかに、こんな計画を持ちかけた。彼女がわざと大怪我をする。その治癒を、特殊能力者達によって成功させ、榊原さやかの祖父の考えを改めさせる。

 彼女はそれを聞いた時、無謀な計画だとそう思ったのだそうだ。しかし、より過激な行動を執ろうとする祖父と、そして、その計画を成功させられる特殊能力者達の存在……、死なない程度の怪我を負わせる事も可能と言われたらしい、そんな話を聞かされ、結局はそれを引き受けたのだという。

 ――あなたしかいないのです。

 男はそう言ったらしい。

 沙世はその説明を聞いてショックを受けていた。榊原の自己犠牲的な態度もそうだが、何より、そんな残酷な事を行なってしまう人間達に。アキが、人間の“醜さ”に絶望を感じていたという話を思い出す。

 “こんな、優しい女の子をここまで追い込んで、無理をさせるなんて!”

 彼女には、その彼女の祖父も文部科学省側の人間も許せなかった。

 「無謀かとも思えたその計画は、あなた達の協力のお陰で、なんとか成功しました。それで祖父も考えを改めてくれる、とそうわたしは思っていたのです。ですが、今日、不穏な気配を感じ取ったわたしは、能力を使って、このビルで交わされている会話を聞いてしまったのです。そして、原子力発電所に爆弾が仕掛けられた、という事実を知ってしまった。

 大きな爆弾ではないかもしれませんが、放射能漏れで、多くの人が犠牲になるのは確かです。祖父の狙いは、きっとそれです。全滅はさせないまでも、たくさんの特殊能力者を殺したい……。

 祖父は、改心などしなかったのです! わたしがこの身を犠牲にしても! わたしの努力は無駄でした! わたしは無力です。とても…、とても、」

 言い終ると、榊原さやかは泣き始めた。沙世はそんな榊原の肩に手を置く。

 「大丈夫。あなたの努力は無駄にはならないわ。わたしが、いえ、わたし達が、絶対に原子力発電所の爆破なんか阻止してみせる」

 そう言うと、沙世は携帯電話を取り出した。予想通り、電波は通っていない。アキと連絡を取る為には、外に出ないといけない。

 「教えてくれてありがとう。あなたはそこで安静にしてて。後はなんとかする」

 沙世はそれから外へ出ようとした。しかし、そのタイミングでドアが開く。

 「はい。そこまでだよ、長谷川沙世。毒娘……」

 そこに姿を現した屈強な男が、静かにそう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ