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14.村上アキの失踪

 立石望は昼休みに、三城俊が教室に入ってきたのを見て悪い予感を覚えた。彼女は彼に弱味を握られている。また、何か妙な協力を強要されるのかと思ったのだ。しかし、意外にも三城が向かった先は、彼女ではなく長谷川沙世の方だった。三城は沙世の前まで来ると口を開く。

 「長谷川さん。アキの奴から、何か聞いてないか? 今日、あいつはまだ来てないんだ。しかも、何の連絡もない」

 沙世はそれを聞くと首を横に振る。

 “アキ君が、学校を休んでいる?”

 一瞬、昨日自分が食べさせた料理が原因で体調をおかしくしてしまったのかも、と沙世は考えたが、自分はなんともない(二ツ結は問題外として)し、少なくとも食べた直後は異変がなかったから大丈夫と思い直す。そもそも、何の連絡もないのはおかしい。

 「電話をかけてみればいいじゃない」

 立石が三城にそう言った。すると、三城はポケットから何かを取り出しながら応える。

 「実はオレがアキのケータイを持っていたりするんだな、これが、また」

 三城が取り出した物は、アキの携帯電話だったのだ。

 「なんでよ…」

 立石は不本意にもツッコミを入れる。三城は言い訳をするようにこう返す。

 「いや、なんでか知らないけど、オレの鞄の中に入ってたんだよ。きっと、アキの奴が間違えたんだ」

 「そんな間違えする?」

 「なら、偶然の事故かなんかだ。お陰で患者からの電話がかかってきて、事情を説明するのが大変なんだよ。電源切っておく訳にもいかないし」

 三城が言い終えると、沙世は彼に向けてこう言った。

 「アキ君には、昨日会ったけど、何にも言ってなかった」

 それを聞くと三城は、「そうか。まぁ、あいつは時々、遅刻して来るからな。急患でもあって、連絡を忘れているだけかもしれない」とそう言って直ぐに教室を出て行った。立石はその態度に何かしらの違和感を感じる。何かを隠しているような。そして、先日村上アキに会った時に感じた“静か過ぎる”印象を思い出した。それから沙世を見る。沙世は少しだけ不安そうな顔をしていた。

 “裏の絡みで、何かあったか?”

 立石はそう思う。恐らくは、沙世もそれを心配しているとも彼女は考えていた。だが、そうだとしても何も動きようはないとも判断していたが。

 沙世はその日、学校が終わってからアキのアパートに寄ってみた。呼び鈴を鳴らしても、何も反応がない。念のため、庭の方からも覗いてみたが真っ暗で誰かがいるような気配は感じられなかった。

 “アパートにいない。という事は、体調を崩して、休んでいるのじゃない。一体、何処に行っているのだろう?”

 それでそう思う。しかし、その後で“いや、単に買い物に行っただけかもしれない。誰かの治療をしているのだとすれば、時間がかかっているだけかも”と、そう思い直す。沙世はそれから少しだけアキを待ったが、やはりアキは帰って来なかった。

 翌日、朝のHRが終わると、沙世はアキのクラスに行ってみた。もちろん、アキが来ているかどうかを確かめる為だ。教室内にはその姿はなかった。だが、偶々席を外しているだけかもしれない。沙世がしばらく教室前の廊下でうろうろしていると、三城が見かねてか出てきてこう言った。

 「アキは今日も来てないよ。もしかしたら、風邪をこじらせたのかもしれない。あいつの携帯電話をオレが持ってるから、連絡がいれられないだけでさ」

 それを聞くと、沙世は不安を露にした。昨日、アパートにいなかったのが偶然買い物に出掛けていただけだとしても、これで“誰かの治療の為の欠席”という線はほぼ消えてしまった事になる。この日も沙世はアキのアパートに寄ったが、やはり彼はいなかった。

 三日目。アキはやはり学校に来なかった。連絡もない。沙世の様子は明らかに憔悴していた。流石に心配になった立石はこう言って彼女を慰める。

 「大丈夫だと思うわよ。村上君はああ見えてかなり強かだからさ。自分の身くらい自分で護ってるでしょう」

 しかし、それに対して沙世はこう返す。

 「でも、アキ君の様子は少しおかしかった。それに、急にわたしの訓練を止めるって言ったのは、何か予感していたからなのかもしれない」

 それに立石は何も返せない。立石も村上アキの異変には気付いていたからだ。それから、弱っている沙世の様子をもう一度よく見てから、立石は大きな溜息を漏らした。

 “あ~あ、こんな面倒くさそうな事に、首を突っ込みたくはなかったのだけどな…”

 立石はその次の休み時間に髪の毛を一本だけ放った。ただし、いつもとは違って情報収集が目的ではない。その髪の毛の行き先は、三城俊の元だったのだ。

 教室にいた三城は、スーッと音もなく近付いてくるその髪の毛に直ぐに気が付いた。もちろん、それが立石望のものだとも。拾い上げる。感知能力で読み取ってみると、『昼休みに屋上で待っている』というメッセージが“念”として込められていた。

 “なんだろう? デートの誘いかな?”

 と、三城は思ったが、そんなはずがないのは彼自身にもよく分かっていた。まず間違いなく村上アキについての話だろう。昼休みに屋上に行くと、やや厳しい顔で立石は既にそこで待っていた。

 「沙世が、もう分かり易いくらいに弱っているのよね…… このままじゃ、病気になりかねない」

 まず、そう言って立石は口火を切った。それからこう続ける。

 「村上君の失踪について、知っている事を全て話しなさい。手掛かりくらいは、知っているのでしょう? 彼を見つけるわよ」

 それを聞くと三城は肩を竦めた。

 「知っている事があったら、既に伝えているよ」

 と、そう返す。それに「嘘を言わないで」と立石は返した。続ける。

 「あの日、村上君が来ないくらいで、あなたは沙世に何かを知らないかと訊きに来た。何かを感づいてなかったら、そんな行動には出ないでしょう。一日や二日の無断欠席くらい普通だもの。それに、村上君があなたに携帯電話を渡していた事も不自然。あなたの能力はサイコメトリー。携帯電話からならかなりの有用な情報を拾えるはず。

 正直に言いなさい。携帯電話に、村上君はあなた宛のメッセージを何か込めていたのでしょう? あなたにそれができるのは、私の髪の毛に込めたメッセージを、あなたが読んでここに来ている時点でばれているわ」

 三城はそう問い詰めれて、頭を掻いた。笑っている。

 「やれやれ、参ったな。大したもんだ。油断していたよ」

 それから急に真面目な顔になると、三城はこう言った。

 「仕方がないから話すか。でも、これを話すとアキの奴に怒られるかもしれないんだよな。何しろ、アキの奴がオレに残したメッセージは“もしかしたら、しばらく消えるかもしれないけど、無事に帰るから捜すな”だったからさ」

 「捜すな?」

 「正確には捜させるな、かな? 長谷川さんが自分を捜すと分かっていたのだろう。でも、これって難しい役目だよ。一体、何て言って安心させれば良いんだ?」

 それを聞くと立石は少し考える。

 「でも、納得がいかない。そんな単純なメッセージなら、どうしてわざわざ携帯電話に込めて渡す必要があったの?」

 「そこだよね。だからオレは何て言えば良いのか余計に分からなかったんだ。多分、これはいざとなったら、これを手掛かりに自分を捜してくれって事でもあるのじゃないか、とそう思えてならない。

 その“いざ”がどういう時なのか全く分からないけどさ。ただ、携帯電話って点がミソかもしれない。何かあったら、あいつの方からオレに連絡を入れるつもりなのかも。その時にこの携帯電話が役に立つ…」

 そこまで聞いて、立石は三城を止めた。

 「ちょっと待って。つまり、村上君はどうであれ、危険な事件か何かに巻き込まれている可能性が高いって事?」

 「今のところ、それはほぼ確実だとオレは考えているね」

 「じゃ、そもそもそのケータイに連絡を入れられないかもしれないって事じゃない! 待ってたら手遅れになるかもしれない」

 「その通りだけど、あいつが“捜すな”と言うからには、それなりの理由があると思うぜ」

 「例えば、私達の身を心配してとか?」

 「まぁね…」

 立石はそれを聞いて腕組みをする。いつもの彼女なら、放っておくという選択肢を選んでいたかもしれない。しかし、村上アキが自分の利益の為に長谷川沙世を騙しているかもしれない、と疑っていた彼女は、その自己犠牲前提の行動パターンを見過ごせなかった。罪悪感が刺激される。そして更に加えるなら、このままでは長谷川沙世が暴走しかねないという懸念もあった。

 「やっぱり、捜すわよ。あなたにも協力してもらうからね。以前に、私にも協力するって言ったのを覚えているんだから」

 と、しばらく考えると、それから彼女はそう言った。それを聞くと、三城は驚いた顔を見せる。

 「意外だな。自分の身が危険になるかもしれないんだぜ。君がそこまでやるとはね…… 女の子と行動できるのなら、オレは喜んで協力するけどさ」

 それを聞くと立石は不敵に笑った。

 「舐めないでよ。そんな危険ゾーンは、見切ってかわしながら見事にやってみせるわ。危険な目になんて遭って堪りますか」

 三城はその言葉に少し笑った。

 「……さて。今のところ、最大の手掛かりはこの携帯電話な訳だけどさ」

 それから三城は、村上アキの携帯電話をいじりながらそう言う。二人はそのまま屋上で早速捜索を始めたのだ。

 「履歴は削除されているし、もちろんアドレスにも差し障りのない名前しかない。メールも他愛のない内容ばかり…」

 「でも、あなたにそんなのは関係ないのでしょう?」

 茶番はたくさん。そういった表情で立石はそう言った。三城はニヤリと笑うとこう返した。

 「まぁね」

 それから目を瞑ると、三城は携帯電話から読み取れる情報の全てを感知し始めた。普通の患者からの情報は除き、裏と結びつく誰かとの会話と思えるものを見つけていく。そんな会話はそんなに多くはなかった。やがていくつかに目星をつける。

 「いるな。会話自体がそんなに多くはないが、アキの方からも連絡をしているから、番号が分かる奴が一名。裏の社会からの、仕事依頼の話をしている」

 「いいわね。まずは、そいつに連絡をしてみましょう」

 二人はそれからその誰かに連絡を取った。それが既に危険な領域に足を踏み入れ始める行為である事は、静かな興奮の中で気が付いてはいたが。


 ――同、昼休み。

 立石望が何処かへ消えた後の教室で、長谷川沙世は一人で落ち込んでいた。

 “アキ君が、もしも、もう死んでいたらどうしよう? わたしがもう一人でもハンバーグを作れるとか、今にして思えば変な台詞があった… 最後に一緒に過ごしたかったから、料理をしようって強引に誘ったのかもしれないし…”

 思考は悪い方向へと流れていく。そんな時、彼女の視界に妙なものが映った。教室に入ってくるのが見えたのだ。黒い人影。一瞬見ただけで分かる、普通じゃない存在。

 “え?”

 と、沙世は思う。そしてその異形のものは、堂々と沙世の前に進んでくる。にも拘らず、誰も騒がない。それで彼女はこう思った。

 “もしかして、わたしだけにしか見えてない?”

 それが“なに”であるかは、もう彼女には分かっていた。黒ギル。忘れようとしても忘れられない存在。

 『久しぶり』

 黒ギルはまず言った。ふざけた感じに、手をハの字に広げている。沙世は心の中で応える。人がいるから、声には出せない。

 “何の用? また、ロクでもない事を言いに来たの?”

 クスッと笑って黒ギルはこう返す。

 『そう邪険にしないでくれよ。ボクは君が好きなんだ。それに、今日は君に良いニュースを持って来たんだぜ』

 沙世はそれを怪訝に思う。

 “良いニュース?”

 今の沙世にとって、良いニュースと言えばアキに関する事としか思えない。しかし、黒ギルは、人の悪意を信じて、それを知ればその人が悪い行いをするだろう情報を提供するものであるはずだ。その黒ギルがどんな“良いニュース”を沙世に伝えるつもりなのか。黒ギルは続けた。

 『今、君の友達の二人が、村上君の捜索を始めた。あの二人は、優秀な情報系能力者だ。彼らに任せておけば、間違いなく彼の居場所を突き止められるよ。

 ほら、君にとっての良いニュースだろう?』

 それを聞いて沙世はもちろん喜んだ。アキが生きていると分かったし、更に恐らくは立石と三城だろう二人がアキを捜してくれているという事実にも。ただし、単純に喜ぶ訳にもいかなかった。顔を曇らせると、沙世は黒ギルにこう問いただす。

 “ちょっと待って。以前に、裏社会は情報系能力者を警戒しているって聞いたわ。立石達は大丈夫なの?”

 黒ギルは答える。

 『どうかな? でも、彼女らが動けばほぼ間違いなく君の彼氏を見つけられるって点だけは事実だ。それは保証するよ。ボクは誤った情報は伝えないからさ』

 黒ギルは人の悪意を促す。その言葉は、ほぼ間違いなく二人が危険な立場に陥るだろう事を意味していた。少なくとも、その可能性が高い事を。

 “どうすれば、二人が危険な目に遭わないで済むの?”

 黒ギルがこの場に現れたのは、二人なら村上アキを見つけられるだろう事を伝えて、沙世に二人の行動を止めないよう促す為。アキを見つける為に、二人を犠牲にする事がこの場合での“悪意”。黒ギルの信じるもの。沙世はそれを充分に承知していた。しかし、それでも関係なくこう尋ねる。

 “どうすれば、アキ君が無事に帰って来て、二人も危険な目に遭わないでいられるの? あなたなら、その方法を知っているのでしょう? 

 お願いだから、その方法を教えて!”

 黒ギルはその質問に驚く。

 『いやいや。勘違いしないでくれ、ボクは半分は現象でしかないんだ。ボクがそんな事をする意味が分からない』

 “でも、半分は人格なんでしょう? なら、自分の意思で行動もできるはず。お願いだから、教えて!”

 『何を勝手な事を。そんな事をしてボクに何のメリットがあるんだい? 君の悪意なんてまるで促せない…』

 黒ギルがそう言い終える前に、沙世はこう訴えた。

 “わたしが自分勝手な事を言っていると言うのなら、それは悪い事でしょう? なら、悪意を促しているじゃない。あなたの存在に矛盾なんかしていない。わたしのこのお願いは、あなたがあなたの言葉で促した悪意よ! それが、あなた自身に向かっているというだけの話。

 お願いだから、教えて!”

 黒ギルはその言葉に抗う。

 『いや、ボクが今回現れたのは、そんな悪意を促すのが目的じゃなくて…』

 抗っているが、間違いなく黒ギルは戸惑っていた。黒ギルが押されている。それはとても珍しい光景だった。

 「お願い!」

 最後に沙世が立ち上がりながら大声でそう言うと、それがダメ押しになった。黒ギルの声も姿も捉えられていない教室中の人間達は、皆、不可解な視線を沙世に向ける。しかし、沙世はその視線を完全に無視した。

 涙で潤んだ瞳で真っ直ぐに見据えられた黒ギルの表情が、やがて呆れたものに変わる。そして、愉快そうな声を出した。

 『アハハハ。君は本当に面白いな。こんな経験は初めてだよ。あの村上君ですら、ボクらをこんな風に利用した事はない。

 良いだろう。教えてあげる。村上君も君の友達二人も無事で済む方法を。とても簡単な事なのだけどね。

 村上君の居所に関する情報を、ある程度まで集めたら、深入りする前に君達の高校の根津新一って教師に相談するんだ。それだけで、恐らくは上手くいく』

 “根津先生に? どうして?”

 『おっと、これ以上の質問はなしだよ。これを伝えただけでも、大サービスなんだ。ま、鳴るべき鈴が鳴るってだけの話さ。鳴り方には、少々問題があるけど、贅沢を言っている場合でもないだろう』

 その言葉に沙世は不安そうな顔を見せる。

 『そんな顔をしないでくれ。ボクは誤った情報だけは伝えない。君の彼氏も、君の友達も取り敢えず、今回は無事に済むよ。これから君の友達が君を誘いに来るはずだから、そうしたら一緒に付いて行って、深入りする前に根津新一に相談するだけ… 簡単だ。じゃ、ボクは消えるよ。これ以上、君に利用されない内に。チャオ』

 そう言って、黒ギルは霧のように消えた。

 「古過ぎる…」

 最後の挨拶に、そう沙世はツッコミを入れる。そして、ツッコミを入れ終わった後で、“ありがとう”と心の中でお礼を言った。


 それから、黒ギルの言葉通りに、沙世は立石望から村上アキの捜索に誘われた。

 「いつもの事だけどね。情報系能力者二人じゃ、もしも戦闘になった場合に、身を護れないのよ」

 立石は沙世にそう言う。もちろん、沙世がそれを拒否するはずはなかった。

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