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12.超生命力の女

 ――夏休み。

 長谷川沙世は、少し街から離れているとある農場でアルバイトをしていた。「お金がないから、夏休みくらいは仕事がしたい」、と村上アキに相談すると、彼はその農場を彼女に紹介したのだった。

 しかし、その仕事内容が沙世にとっては問題だった。それが除草のアルバイトで、しかも彼女の能力……、つまり、毒を創り出せるという能力を活かしたものだったからだ。彼女は毒で雑草を枯らしていたのだ。

 “わたしが、自分の毒を出す能力を嫌っているって分かっているはずなのに”

 沙世はそう少し不満に思っていたが、アキが彼女に対して何か悪意を持っているとは考え難い。何か理由があるのだと判断した彼女は、その話を受ける事にした。自分から紹介しておいて、アキが「日焼けだけには気を付けるんだよ」と、しつこいくらいに注意してきた点には、いまいち納得がいかなかったけど。

 “そんなに心配なら、そもそも紹介しなければいいじゃない”

 などと、彼女は思う。とは言っても、沙世は麦藁帽子等の完全防備で仕事に挑んだのだが(医療関係の知識では特に、沙世はアキを信頼していたのだ)。

 働き始めると、農場のおじさんから沙世はとても感謝された。休憩時間中、

 「おお、こりゃ凄い。見事に雑草部分だけを狙い撃ちじゃないか。もう枯れ始めているし」

 麦茶とスイカを持って来たおじさんは、明らかに驚いた様子でそう言った。

 「はい。わたしの能力は、創り出した幻物質を操れるから、これくらいならできるんです」

 沙世はそれにそう返す。物質を移動させる能力ならば、毒を他人に触れさせない為に、彼女は幼い頃から磨いてきた。それを聞くと、おじさんはカカッと笑ってこう言った。

 「なるほど。そりゃ便利だ! 話を聞いた時は信じなかったが、大したものだな。おじさんは、大助かりだよ。しかも、それがこんなに可愛い女の子だなんて」

 沙世が村上アキと母親以外から“可愛い”と言われたのは、彼女が記憶している限りではこれが初めてだった。それで彼女の機嫌が良くなる。それにこれだけ感謝されれば、悪い気はしない。例え、それが彼女の毒の能力であったとしても。珍しく、彼女の方から慣れない人間に話題を振ったのは、だからだったのかもしれない。言われた後で、少し頬を赤くしながら、沙世はおじさんにこう尋ねたのだ。

 「おじさんは、どうしてここで働いているのですか?」

 年長者の特殊能力者はほとんど発見されていない。だからこの中年の男が、能力者であるとは考え難い。つまり、このおじさんには“特殊能力者開発特区”で仕事をする理由がないのだ。別の地域でも問題なく働ける。沙世の言葉に、おじさんは豪快に笑った。

 「ガハハハ! なに、何だか悔しくてな。馬鹿みたいじゃないか。若い連中を押し込めた上に、あんなものの建設までするなんて」

 そう言っておじさんは、遠くを指差した。その先には何も見えなかったが、沙世にはおじさんが何を指差しているのかが直ぐに理解できた。その方向には、原子力発電所が稼動しているのだ。おじさんは続けた。

 「社会の負担を押し付けられているここの連中を、少しでも助けてやりたくてな。ここで俺が農作物を作れば、この地区の若い連中は、安い値段で新鮮な食べ物を食えるんだよ。ま、地産池消で物流コストが削減できるからなんだが」

 農作物は単価が比較的安い。その為、相対的に物流費が大きくなってしまう。だから、その地域で作ったものを、その地域で消費するという“地産地消”のメリットが必然的に高くなるのだ。だから、貧困層が多い特区の人間達にとって、地産地消を行ってくれる農業従事者の存在は有難かった。

 「ま、お嬢ちゃんみたいなのが来て、畑仕事を手伝ってくれるっていうメリットもあるにはあるがな。本当に助かる」

 そう言い終えると、おじさんはまた笑った。それを聞いて、沙世は照れながらもこう考えた。

 “アキ君が、わたしにこの仕事を紹介したのは、このおじさんを少しでも助けてあげたかったからなのかもしれない”

 だが、それから新学期が始まって起こったある事件で、彼女は彼にもっと別の意図があったのかもしれない、とそう思うようになったのだった。


 新学期。日焼けした沙世を見て、立石望は「しかし、あなた、本当に日に焼けたわね」と、そう言った。それに抗議するように沙世はこう返す。

 「完全防備していたはずなのに、何故か焼けちゃったのよ。でも、立石は夏休みの最中だって、わたしを見ていたじゃない。今更言わなくってもさ」

 「他の人と比較できるから、余計にそう感じたのよ。それにさ、何も夏休みギリギリまでアルバイトする必要はなかったのじゃないの? やっぱり、村上アキが紹介してくれた仕事だから?」

 「違うわよ。やってみたら、案外楽しかったから、思わず続けちゃったのよ」

 感謝されたのが嬉しかったとは、照れ臭いので言わない。それに疑わしそうな視線を送りつつ、立石はこう言った。

 「“楽しかった”ねぇ……。ま、別に良いけど。毎日太陽の下の農場に出てれば、そりゃ日焼け対策してても焼けるでしょうよ。で、村上アキとは何か進展はあった?」

 「別に」

 少し顔を赤くしながら沙世は返す。因みに、本当に進展は何もない。

 「夏休みの最中も会っていたって言っていたじゃない」

 「そりゃね、訓練があるし。

 ……でも、アキ君も忙しいしわたしもアルバイトをやっていたから、そんなに頻繁にって訳にはいかなかった」

 それを聞いて立石は思う。

 “なんか、普通の恋愛話っぽくなってきたな”

 立石は沙世が村上アキを“村上君”ではなく、“アキ君”と呼ぶようになったその変化に気付いていた。それで彼女は、“どんな心境の変化があったのやら”とは思っていたのだが、特にそれに警戒感を感じてはいなかった。

 立石望の中で、村上アキの位置付けは未だにグレーだったが、徹底的に疑っている訳ではなかったのだ。それは、原発反対派の連中を沙世が眠らせてしまったにも拘らず、それから沙世が無事でいる事が主な要因だった。もしも沙世に罪を被せる事が近付いた目的だったのなら、これはおかしい。もっとも、ここ最近、原発反対派の動きは鎮静化しているから、完全に疑いが晴れた訳ではないのだが。

 それから立石は少し悪戯っぽい表情を浮かべると、こう言った。

 「そんな長谷川沙世さんにニュースです。今日、新学期早々、学校の外に高級車が停まっていたのは知っているわよね? この貧乏な街では珍しいやつ。でもって、どうもそれにどっかのお嬢さんが乗っていたらしいのだけど、そのお嬢さんが村上アキに会いにいったって噂が流れているのよ。しかも美人のお嬢さん」

 それを聞いて、沙世は「へー」と、そう返した。落ち着いている。

 「あら、つまらない。少しも慌てないのね」

 と、その反応に立石は本当につまらなそうに返した。

 「だって、どうせ患者でしょう? そんなの、診てもらいに来たに決まっているじゃない。

 アキ君に金持ちの知り合いがいるなんて、あまり考えられないし」

 少なくとも村上アキの“表”の知り合いに金持ちがいるはずはない。そして、“裏”の知り合いならば、こんな昼間から堂々と彼を訪ねては来ないだろう。沙世はそれを分かっていた。

 「ま、そうでしょうね。

 でも、案外、金持ちの方が良いって乗り換えるかもしれないわよ」

 それを受けて、沙世はこう言う。

 「そうなったら、なったよ。仕方ないじゃない」

 「ええい! 本当につまらない。なによ、その余裕な感じは! もっと、こう、なんか面白い反応しなさいよ」

 「あなたは、何をわたしに求めているのよ!」

 「基本的にはツッコミだけど、今は面白い反応」

 「なによ、それは!」

 立石は沙世をおもちゃにして遊ぼうとしていると見せかけて、その本音は、この沙世の余裕の態度の正体を知りたかった……のだが、それでいて、本人も楽しんでいる事は楽しんでいた(なんだ、この文章?)。


 一方、村上アキ。

 三城俊が、村上アキを羨ましそうな視線でジッと見ていた。

 「お前のところに、美人のお嬢さんが来たらしいな」

 その視線の意図に、初めから気付いていたアキはその三城の言葉を軽く流す。

 「ああ、流石に学校があるからって放課後まで待ってもらう事になったけどね。断っておくが、患者だぞ」

 「そんな事は分かっている。分かっていても、羨ましい。アキよ。オレが、そういう事を羨ましがる男だと、お前にも分かっているはずだろうが!」

 それを聞くと、少しの間の後でアキはこう返した。

 「俊よ。暴走ボケモードのところに悪いが、正直、迷惑だ。僕は沙世ちゃん以外の女の子と付き合うつもりは一切ない。お前が根拠なく羨ましがると、変な誤解が生まれる可能性があるから止めてくれ」

 「うるさい。今のオレに、そんな事情は関係ない。オレはお前のポジションが羨ましいんだよ!」

 「なら、代わってもらおうか。言っておくが、今回のはかなり厄介な相談内容だぞ?」

 「そんな事、できる訳ないだろうが! 医療能力なんてねーよ! が、しかし、身体検査なら、金を払ってでもやろうじゃないか!」

 「そんなもん、やんねーよ!

 分かった。場合によっては、紹介してやるから、黙ってくれ」

 「なにぃ、それは本当か?

 ラッキー! 駄々はこねてみるもんだ!」

 「なんなんだ、お前は……」

 (……こいつら、本当に仲が良いのかな?って書いていて思いました)


 休み時間。立石望は、今までに彼女が見せた事もないような変な顔をしていた。訝しげとも違う、驚きとも戸惑いとも違う、変な顔。その変な顔の主な原因は彼女の目の前にいた。三城俊が、彼女を訪ねて来ていたのだ。因みに、教室の前の廊下での話。

 「……はい? なんだって?」

 変な顔のまま、立石は三城に疑問符をぶつける。三城はニコニコと笑ったままそれにこう答える。

 「だから、アキの奴に会いに来た、美人のお嬢さんの情報を拾って欲しいんだよ。どんな娘なのかとか、本当にアキがオレに会わせてくれるのかとか」

 「なんで私がそんな事をしなくちゃならないのよ?」

 立石の当然の疑問に、三城はこう返した。

 「だって、オレの能力じゃ、広範囲の情報は拾い難いし、もしもアキがオレに紹介できなそうだったら、何か手を打たなくちゃ駄目だろう? その為には、情報が必要なのさ」

 その返しに立石は呆れる。

 「そんな事は訊いてないわよ。どうして私があなたの為に、行動しなくちゃならないのか?って訊いてるの」

 その言葉に、三城は不敵な笑みを浮かべた。そして小声で話す。

 「だって、ほら、オレは君の能力の秘密を知っている訳だし、それを黙ってもいる。その見返りを受けても良いと思うんだ」

 「なっ!」

 立石は思わず声を上げる。そして、こう言った。

 「あなた、フェミニストじゃなかったの? 女の子、脅してるんじゃないわよ」

 「脅しているだなんて心外だな。報酬を求めているだけ。ギブ・アンド・テイクだよ。その証拠に、君が何か困った事があったら、オレも協力するからさ」

 それを聞くと、立石は溜息を漏らす。

 「はぁ。分かったわよ、今回だけよ」

 「はい、はい。分かってるよ」

 と、機嫌良さそうに三城はそれに返した。彼女はそれから人気のない場所に移動し“音”の情報を集める為の髪の毛達を放った。時間的余裕はなかったからだ。直ぐに行動をしなくてはならなかった。……で、


 「問題発生よ」


 三城俊と、立石望は今、長谷川沙世の目の前にいた。

 「問題発生って……、何が?」

 時刻は既に放課後。その珍しい取り合わせに戸惑いながら、沙世は立石にそう尋ねた。三城が代わりに口を開く。

 「初めまして。オレはアキの友達の三城。今日のアキとの訓練は?」

 質問への答えが来る前に自分への質問が来て、沙世は更に戸惑いつつもこう返した。

 「来談者がいるから、少し遅れるってアキ君からは連絡があったけど…」

 それを聞くと、立石が言う。

 「なら、付き合いなさい。事によると、あなたにも関係があるから」

 「関係って?」

 「村上に関係があるって事。正確には、彼の今日の来談者ね。どうも、事件が起きている可能性があるって訳」

 「事件?」

 何の事か分からないまま、沙世は急かされて席を立った。足早に三人は移動を開始する。目的地は学校の裏手。ゴミ捨て場の近く。

 「私は、今日の村上の来談者を、ちょっと理由があって調べていたのよ。そうしたら、奇妙な話を拾ってしまった。その相手が黒ビニール袋に入れられて、ゴミ捨て場近くに、放置されているって。もちろん、殺されている可能性も高い。

 彼女のお供の一人が、そのビニール袋を運んでいるのを、誰かが見たって噂が流れているのよ」

 それを聞くと、沙世は怪訝そうな表情を見せた。

 「それって、例の金持ちのお嬢さんでしょう? アキ君に相談があるとかって。どうして、お金持ちのお嬢さんが、アキ君を訪ねに来て殺されなくちゃいけないのよ」

 その問いには、三城が答える。

 「もちろん、オレらだって変に思ったさ。だから、オレの能力で感知してみた。噂のあった辺りをね。すると、本当に黒ビニールの袋に入れられた女性が、運ばれる姿が映像として頭に飛び込んできたんだ」

 しかし、それを聞いても沙世は納得ができない。

 「そんな事が誰かに見つかっているなら、もっと騒ぎになっているはずでしょう?」

 立石がそれにこう返した。

 「うん。その通り。私達も同じ疑問を思ったわよ。だからこそ、こうして確かめに行こうとしている訳。それで、護ってもらおうと思ってあなたも誘った。私達は二人とも、情報系の能力者だから、襲われたらピンチなのは分かるわね」

 「よろしく」と、三城が続ける。

 「何だかな……」と、沙世は返したが、少しは彼女にも興味があったので反対はしない。


 「運ばれた痕跡は、この先に続いている。恐らくは直ぐそこだ」

 ゴミ捨て場の近く。三城は情報を読み取ると、そう言った。それは茂みの向こう側だった。

 立石はそれを聞くと、「沙世、念の為、睡眠ガスか何かを浴びせておいて」と、そう言った。沙世は頷くと、睡眠ガスを創り出し、それを茂みの向こうに放った。その瞬間、彼女は奇妙な感覚を味わう。

 “何、これ? 人間のようでいて、違うような………”

 感知能力。沙世のそれが働いたのだ。そしてそれは、何者かがその向こうにいる事を意味してもいた。しかし、その相手は既に眠っているはず。危険はない。好奇心を刺激された彼女は、それから茂みに足を踏み入れる。立石と三城がその後に続いた。

 そして、三人はそこで目を丸くした。

 大きな黒ビニール袋がそこには鎮座していたからだった。沙世が近付いていく。いい加減な縛り方をしてあるお陰で、簡単にその袋の口は開いた。するとそこには、病院服のようなワンピースを着た少女が、丸くなって眠っていたのだった。まるで生まれたばかりのように肌がツルツルとしている。

 三城が近付き、その少女に触れた。感知しているのだ。それから彼は愕然とした様子で、こう呟いた。

 「この子、脳がないぞ」

 沙世と立石はそれを聞いて、驚愕の表情を浮かべる。そして沙世は、顔面蒼白になって走り出した。

 “アキ君が危ない!”

 脳を奪われるなんて尋常な事態ではない。村上アキに何かしらの危機が迫っている可能性は充分にあった。

 「沙世、待ちなさい!」

 立石が後ろからそう叫んだが、沙世は止まらなかった。仕方なしに、立石もそれを追いかける。もちろん、三城もそれを放っておけるはずがない。三人は、村上アキが相談を受けている図書室を目指した。

 全速力で走って図書室に辿り着くと、沙世は大慌てでドアを開けた。すると、そこには寝ている誰かに白いシーツが被されており、それを村上アキが調べている、という少し奇妙な光景が展開されていた。

 アキは突然の乱入者に驚いて顔を向ける。が、それが沙世だと分かると表情が和む。しかし、直ぐに沙世の必死な形相に気付いて、アキの表情は少し不思議そうなものに変わった。沙世が足を進めると、角度が変わって白いシーツを被されている人物の顔が見える。

 「ちょうど良かった、今から君を呼びに行こうと思っていたんだよ。この子の…」

 近付いて来る沙世に向けてアキはそう何かを言いかけたが、それが終わる前に、沙世は叫んだ。

 「アキ君! これは、一体、どういう事なの?」

 そこに横になっていた少女の外見が、さっき沙世が目にした脳を奪われていた少女と瓜二つだったからだ。しかも、先の少女と同じ様にやはり様子がおかしい。その時、混乱している沙世の背後から声が聞こえて来た。

 「あら、あなたが村上君の言っていた、毒の能力に長けた“長谷川沙世”な訳ね。あたしの分身を見たくらいで、そんなに驚かないでよ」

 沙世が振り返ると、そこには横になっている少女と髪型以外は同じ姿をした少女が、不機嫌そうに腕組をしていた。そのタイミングでその場に訪れた立石が、その光景を目にしてこう言う。

 「これは……、流石にどういう事なのか説明してもらわなくちゃ、納得がいかないわね」

 更に、彼女と同時に辿り着いた三城が、腕組している少女に向けてこう言った。

 「やぁ、君が例の美人のお嬢さんだね。なるほど、背が小さいから美人って感じではないけど、確かに可愛い。ツインテールもよく似合っている」

 彼女の身体的特徴説明でした。それを聞いて立石がツッコミを入れる。

 「あなたは、この状況に少しは物怖じしなさいよ……」

 そこに向けて、アキが言った。

 「なんだかよく分からないけど、分かったよ。ま、とにかく、軽く僕の方から説明しようか……」


 二ツふたつむすび双葉。それが彼女の名前だった。アキの説明によると、この金持ちのお嬢さんには“超生命力”とでも呼ぶべき特殊能力があるのだという。

 「正直、驚いたね。彼女は怪我をしても簡単に治ってしまうんだ。話を聞くと、病気も直ぐに治癒するらしい」

 三城がそれを聞いて、こう言う。

 「なるほど、健康的美少女か。いいね」

 立石が続ける。

 「面倒くさいから、もうツッコミ入れないけど、確かにそれならいい感じじゃない。一体、その能力の何が問題なのよ? どうして村上君に相談しに来たの?」

 アキはそれを聞くと、軽く溜息を漏らしてこう答えた。

 「その様子なら、君らも他でもう見たのだろう? 彼女の分身を。そこにも転がっているけどさ。この二ツ結さんは、生命力が強過ぎるんだよ……」

 そこで二ツ結が後を引き継ぐようにこう言った。

 「ま、後は実際に見てもらう方が良いのじゃない?」

 その提案に対して、アキは尋ねる。

 「いいの?」

 「どうせ、実験の為には、もう一体、分身を創らないといけないのでしょう?」

 “実験……って、何だろう?”

 沙世はその時、そう不思議に思った。それから二ツ結は、腕の袖を捲り上げると、「フンッ」と気合を入れる。すると、腕の一部に何か瘤のようなものができ始めた。そしてそれは見る間に大きくなっていき、やがては人型を形成し始める。

 「男どもの目を塞ぎなさい。裸なんだから」

 そのタイミングで、二ツ結はそう言う。立石が三城の目を隠し、アキは自分から顔を背けている。見たい事は見たいけど、沙世の手前、見る訳にはいかない。人型を形成し始めたそれは、やがて徐々に二ツ結と瓜二つの外見になり始めた。ただし、肌は綺麗で細部を見れば少しの差があったが。ある程度まで成長したところで、二ツ結はその人の姿をしたものを切り離した。

 「切ったところで、成長は止まる。ただし、どんなにがんばっても現在のあたしの年齢くらいまでにしかならないみたい。切り離された直後は、まだあたし並の生命力があるのだけど、時間が経てば死ぬわ。もっとも、脳は元から入っていないから苦しみなんて感じないでしょうけどね」

 その説明を補足するようにアキが言った。

 「うん。脳は一部を除けば、細胞分裂をしないから生成されないのかもしれない。分からないけどね。ただし、他の部分に関しては大体は生成されているようだ。臓器移植とかに使えればかなり有用だけど、今の日本の法律じゃ無理だろうね」

 続けて三城が言う。

 「なるほど。それで、さっきゴミ捨て場の近くにあったのにも脳がなかったのか。でもって、騒動にならなかったのは、発見者がこの説明を受けたからかな?」

 それを聞いて、二ツ結は怒った。

 「なにそれ? あいつら、あたしの分身をそんな所に隠したの? どうせ後で処分するにしても、もう少し丁重に扱いなさいよ。あたしの分身なのに!」

 その後で話を先に進める為にか、立石が口を開いた。

 「とにかく、これで大体の話は分かったわ。このお嬢さんは、その超生命力の所為で、分身を生み出してしまうと。それがなんとかならないかと村上君に相談に来たのね?」

 「その通りよ。毒薬を飲めば、ある程度は抑えられるのだけど、あまり上手くいかなくて、中途半端な分身ができちゃったりするのよ。毎日、分身はできるし、処分するにも困り始めた。現代医学の範疇外だって、医者にも断られたわ。

 で、彼の許に相談に来たのだけど…」

 二ツ結はそう言い終えた後で、沙世に視線を向けた。沙世はそれに少し驚く。

 “わたし?”

 「強力な毒を全身均一に浴びせれば、抑えられそうだと彼は言った。そして、自分にもできるかもしれないけど、もっと適任がいるとも」

 その後をアキが引き継ぐ。

 「その通り。沙世ちゃんなら、きっと簡単にできると僕は思ったんだ」

 沙世はそれを聞いて、目を泳がせた。

 「ちょっと待って。どういう事?」

 「聞いたまんまだよ。沙世ちゃんが、毒を出して、彼女に浴びせる。すると、彼女はその生命力を抑えられて、分身は産み出さなくなる。沙世ちゃんの訓練にもなるし、彼女は助かる。良い事尽くめって話」

 「わたしには無理よ。加減を間違えて、殺しちゃったらどうするの?」

 「うん。だから、そこに練習用の分身が二体もいるじゃないか。つまり、試せるんだ」

 それでも沙世は首を横に振る。

 「だって、わたしは毒を創る事自体に抵抗があるのに……」

 それを聞くと、アキは笑った。安心させるような口調でこう言う。

 「大丈夫だよ。沙世ちゃんは、今までの訓練でかなり成長した。そろそろ人体にも触れておくべき時期だと僕は思っていたんだ。彼女は簡単に死んだりしないから、ちょうど良いと思う」

 立石がそこに重ねた。

 「沙世。私もやってみるべきだと思うわよ。良い経験になるじゃない」

 またアキが言う。

 「もしも危なくなったら、僕がなんとかするからさ」

 そこまで言われては流石に断れない。沙世は渋々ながらに頷いた。

 「じゃ、やってみるけど。もしそこの分身で失敗したら、やらないからね」

 それから沙世は、二ツ結の分身の前まで来ると、独自空間をその身体に重ねるように発生させて、その中で麻酔薬を創った。

 ……あれ?

 その瞬間、彼女は奇妙な感覚に気が付いた。分身の身体の状態が分かる。発生させた麻酔薬にどんな反応が返ってくるかも。

 “これって…”

 一体を完全に麻酔状態にすると、もう一体でも試してみる。これも同じだった。手に取るように反応が分かる。その時沙世は、どうしてアキに人体の治療が可能なのか初めて実感したのだった。

 “こんな事ができるのなら、人の身体を治すのも夢じゃない”

 もっとも、今の沙世にはまだ無理だろうが。アキは沙世の様子を見て、その期待通りの反応に思わず微笑んだ。

 「アキ君。わたし、やってみる」

 それから沙世はそう言う。二ツ結本人の前に立った。「本当に良いのね?」と、沙世は確認する。

 「くどいわよ。あなたなんかに、このあたしが殺せるはずないんだから、思い切りやっちゃいなさい」

 そう言われて本気で殺してやろうかと一瞬思ったが、それから沙世は意識を集中すると、独自空間を二ツ結の身体に重ねて、それから毒を創った。青酸カリを、薄く広げるように。二ツ結の全身がそれで震える。一瞬、沙世は不安になった。しかし、その後で、

 「気持ち良い! 余分な生命力が消えている。あなた、合格よ!」

 そう、二ツ結は言ったのだった。

 沙世はその時、自分の毒が誰かの役に立った事に軽く感動していた。そして、本当のアキの意図はこれだったのかもしれないと、その時彼女はそうも思ったのだった。もちろん彼女は、農場のアルバイトの事も思い出していた。

 “アキ君は、わたしの毒への抵抗を少しでも減らしたかったのかもしれない”

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