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11.村上アキの過去

 長谷川沙世は、その日の夕食に味を感じなかった。どうしてなのかは、もちろん分かっている。村上アキが気になって仕方がなかったのだ。軽く風呂を済ませると、そのまま直ぐに寝に就こうとする。しかし、眠気は全くやって来なかった。

 布団にくるまりながら思う。

 “どうしよう? 村上君を傷つけちゃった。彼はわたしを助けてくれたのに。そういえば、お礼も言っていない……”

 暗闇の中、彼女はアキの事だけを考え続けた。

 “どうしよう?”

 “どうしよう?”

 “何とかしなくちゃいけない。でも、どうすれば良いのか分からない……”

 そのうちに、不安は加速する。

 “……嫌われちゃったかもしれない”

 が、その瞬間に声が聞こえたのだった。それは不思議な響き方をする声だった。まるで闇が喋っているかのような。

 『大丈夫。それはないよ』

 その後にフフフ… という笑い声。その声はこう続ける。

 『彼が心配かい?』

 その響き方には、彼女は覚えがあった。警戒しつつ身を起こして確かめる。すると、闇の中に白い影が浮かんでいるのが見えた。沙世はこう言う。

 「また、あなた?

 言っておくけど、今度は容赦しないわよ。人の家に勝手に入って来て」

 それは先に現れた黒ギルと名乗る者とほぼ同じ姿をしていたのだ。ただし、その姿は黒くはなく白かったが。しかも暗闇の中であるにも拘らず、その姿が見えている。沙世は睡眠ガスを出す準備をする。

 『また? ああ、弟に会ったのだね。何か気分を害してしまったようだ。でも、勘弁してくれないか。ボクらは半分は“現象”だからね、あれにも君の許へ現れるのを、抑えられはしないんだ。情報を伝えることも半ば不可抗力。と言っても、“半分”は、だけど』

 沙世はその言葉に耳を貸さない。その言葉が本当でさっきの黒ギルと別人だからといって、寝室に怪しい侵入者が入って来ている事には変わりがない。睡眠ガスを発生させる。すると、その白い男は『フフフ…』と笑った。

 『無駄だよ。ボクらにはそんなものは効かない』

 その言葉を聞くと、沙世は睡眠ガスを創るのを止めた。それが嘘ではないと、彼女は何故か分かっていたのだ。

 「もう、何も言わないで。

 あなたの言葉なんて、もう聞きたくない!」

 そう言うと、沙世は布団にくるまって声が届くのを防ごうとする。しかし、それでも声は彼女に届いてしまった。

 『ごめんね。それも無駄なんだ。ボクらの声からは、逃れる事ができない。と言っても、ボクがこれから提供する情報は、君も聞きたがると思うよ。

 村上アキ。

 彼について、知りたくはないか? あるいは、それで君は彼を助けられるかもしれない』

 沙世はその言葉に反応した。上半身を起こす。口には出さなかったが、“どういう事?”と目で言っていた。その目に対し、その怪人物はこう言う。

 『ボクの名前は白ギル。人の善意を信じ、それを知れば人間が善い行いをするだろう情報を提供するもの。半分は人格で、半分は現象。君の彼とはもう随分前からの知り合いでね、実は君にも注目していたんだ。弟、黒ギルと同じ様に。

 今回は、彼についての情報を提供しに来た。彼は今日の事で、君を嫌ったりはしない』

 その白ギルとやらを、沙世はその時初めてじっくりと観察した。外見は黒ギルを白くしたような感じだが、何故か不気味さは感じられない。

 因みに、彼はボケません。ツッコミです。

 「村上君が、わたしを嫌いにならないって……」

 沙世はそれから、そう言ってみる。

 『ああ。あの程度じゃ、彼は君を嫌ったりはしない。でも、それは君自身もよく分かっているのじゃないの?』

 それを聞いて、沙世は言いよどむ。「それは……、なんとなく分かっていたけど」と、言い難そうに返した。

 「……でも、どうしてなのか分からなくて」

 それに白ギルはこう応えた。

 『彼は言っていないだろうが、実は彼には感知能力もあってね。そんなに精度は良くないが、人の精神ならある程度は敏感に感じ取れる。

 そして、彼は初めて君と出会った時に、君の心に触れて感動したんだ。それ以来、彼の中では君がとても重要な存在になっている。彼はボクに対して君の事を“信じられないくらいに綺麗だった”と、そう言ったよ。“何しろ僕なんて、未だに信じていないくらいだ!”とも。“いや、そこは信じようよ”と、その時、ボクはツッコミを入れたけども』

 “こんなの相手に、何漫才やってるのよ、村上君”

 それを聞いて、沙世は心の中でツッコミを入れる。が、気を取り直すとこう尋ねた。

 「感知能力があるって、その話をどう信じれば良いの? 証拠は? それに、村上君がそれを私に教えない理由も分からない」

 しかしそう言いながらも、沙世はそれが嘘ではないと分かっていた。どうしてだか、直感的に。

 『彼が君に教えなかった理由は色々あってね。それは、後で説明する。しかし、感知能力がある事の証明は簡単だ。

 君はさっき、村上アキの悲しみを感じ取ったはずだ。君自身の能力によって。それがその証拠になる』

 それに対し沙世は思わず「えっ!」と声を上げる。

 「どうして……」

 『彼から聞いていただろう? 彼の能力と君の能力は同種のものだって。だから当然、君にも感知能力があるんだ。ただ、君の場合はほとんど毒しか創り出してこなかったから、幻物質を相手に吸収させて、誰かの心を読み取る能力なんて、発達させられなかった。相手が無事じゃ済まないからね。しかし、今日、村上アキは君の毒を吸い取ってしまった。そして今までの訓練で、少しは君の感知能力も上がっていた。それで、彼の悲しみを、君は感じ取ってしまったんだよ』

 その言葉に沙世は混乱した。

 「そんなっ! 村上君は無事なの?」

 それから沙世は思い出す。彼が不自然にトイレに行ったり、途中で帰ってしまった事を。いつものアキなら、沙世を家まで送り届けそうなものなのに。体調が悪かったんだ。

 『それは、安心して良いよ。彼にも毒への耐性があるし、治癒能力もある。気分が悪くなっているだけで、今日一日寝れば、明日には元気になっているさ。

 ただ、この事を彼に言ったりはしないでくれ。ボクが怒られてしまう。それに、君を傷つけないよう、なんとか悟られないようにした彼の努力も分かってくれ』

 沙世はそれからこう思う。

 “どうしよう?

 彼はそこまでしてわたしを護ってくれたのに、わたしは彼を傷つけちゃった……”

 その沙世の心中を察してか、白ギルはこう言った。

 『大丈夫だよ。彼はもうその事なら、気に病んでいないと思う。今頃は、もっと別の事を考えているのじゃないかな?』


 ――その頃、アキは、

 『……だからわたしは、あなたに甘えた。きっと、お母さんがもう一度現れたような気になっていたのだと思う』

 という、沙世の台詞を思い出して、こう独り言を言った。

 「“お母さん”か…」

 フッと、笑う。

 “せめて、お父さんが良かったな…”

 と、そしてそれからそう思った。


 「でも、わたしには村上君がどうしてあんなに傷ついたのかが分からない。わたしの言葉の何処に…」

 沙世がそう言うと、白ギルは笑った。

 『それは簡単だよ。君が彼に対して安心をしてくれないから。そして、君を助けられていないと彼が思ってしまったから』

 しかし、それにまた沙世は疑問の声を上げる。

 「どうして……?」

 すると白ギルは、

 『そうだな。これを君がよく理解するのには、彼の生い立ちから知らないといけないかもしれない。

 聴いてみるかい? 彼の生い立ちを。断っておくけど、彼に気を遣う必要なんてないよ。彼もボクらを利用して、散々色々な情報を得ているんだ。自分に関する情報だけは漏らすな、なんて言えないはずだ。

 それに、君には彼の過去を知る必要があるはずだし、ボク自身にもそれは抑えられない。何しろ、ボクは白ギル。人の善意を信じ、それを知れば人間が善い行いをするだろう情報を提供するもの。

 さて、話し始めるよ……』


 ……村上アキは本当の両親の顔をほとんど覚えていない。物心ついた頃には既に養子に出されていたからだ。原因は彼の特殊能力。特殊能力者に対して、偏見を持っていた彼の両親はアキを捨てたのだ。つまり、実質的にはそれは子捨てだった。いや、それよりももっと酷い。それはむしろ“人身売買”に近いものだった。

 彼が養子に出された先の家は、ある新興宗教団体を経営していた。そして、その宗教団体にはアキの能力が必要だったのだ。だから彼らはアキの本当の両親から、アキを買った。もちろん、表向きにはただの養子縁組だったが。

 アキはその宗教団体で、こう言われて育った。お前の持つ能力は神の奇跡によって与えられたものだ、と。だからその能力を、お前は人々を救う為に用いるのだ、と。

 どんな切っ掛けだったかは分からない。かなり幼い頃から、アキは治療能力を発揮していたのだ。初めは偶然だったのかもしれない。傷を治すと言っても、ただ単に乾燥を防ぎさえすれば、飛躍的に人間の自然治癒能力を高める事ができる。幼いアキは、ただそれをしていただけの可能性がある。しかし、周囲の人間にとってみれば、それは不可思議で理解不能の現象だった。だから、彼の能力は畏れの対象になった。宗教団体はそれを利用したのだ。アキは周囲の大人達の言葉に従って、毎日その宗教の信者を治療し始めた。そして治療していけば、その能力は発達をする。

 『もちろん、子供の頃の彼が、それをどれだけ理解していたは分からないし、だから信じていたかも分からない。本当は、彼は捨てられる恐怖にかられて、周囲の大人達の言う事にただ従っていただけなのかもしれない。親に捨てられる恐怖を体験した子供は、もう二度とそれを味わいたくないと思うものさ。もっとも初めの内は、だけどね。やがては彼はそれを本気で信じていった。それもあるいは、防衛機構の一つだったのかもしれない』

 白ギルは話の途中にそんな言葉を入れた。沙世は悲しい気持ちになる。彼女にも、その気持ちが理解できたから。白ギルは続けた。

 アキはそれを自分に与えられた運命だと信じて、治療を熱心に行った。学校には辛うじて通わせてもらったが放課後になると直ぐに帰宅させられて治療を行っていた。もちろん、同世代の友達はできない。特別扱いの所為で周囲からは浮いていた。例え、アキが怪我をした他の子供を治しても、それで彼に対する蔑視が完全に消える事はなかった。感謝されつつも、距離を置かれる。そして彼にとっては更に皮肉な出来事が起きた。

 感知能力。それが発達をし始めたのだ。彼の能力は、何百人何千人という数の病人や怪我人を治療するうちに、飛躍的に上昇していたのだが、それはその副産物だった。そしてアキは見たくもないものを、それで見るようになってしまったのだった。

 宗教家達。人々を救う為だと、大義名分を掲げる自分の親をはじめとする宗教家達が本当はどんな事を考えているのか。彼らはより多く金を稼ぐことしか考えていなかった。自分はその為の道具に過ぎない。醜さ。感知能力が育ってくると、徐々にアキはそれを思い知らされていった。治療を受けに来る信者達も、決して綺麗な心とは言えない。自分だけは助かりたいと、すがってくる人間の浅ましい心。アキは、そんな心に触れた後に気分が悪くなり、吐くことすらもあった。

 そして、決定的な破滅が起こる。

 宗教団体への立ち入り調査が行われ、そしてアキの治療行為は、特殊能力による許可されない医療行為として罰せられたのだ。アキ自身が罪に問われる事がなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。もっとも、その頃のアキは中学生で、それが神の奇跡などではなく、特殊能力によるものだと気が付いてはいたのだが。

 アキの親は裁判にかけられ、そしてアキ自身はこの“特殊能力者開発特別区域”へ入る事が決定した。その為、アキには親からの支援がない。国からの補助のみ。もっとも、それだけでは生活はできない。だからアキは自分の能力を活かし始めた。治療により、金を稼ぐようになったのだ。もっとも表立って行えば、法律違反で捕まってしまう。それでアキは闇の仕事を引き受け始めたのだ。初めのコンタクトは簡単だった。彼の能力を知った裏の人間の方から、彼に仕事を依頼して来たからだ。そしてその所為で、アキは徐々に裏の社会とも繋がりを持っていく。もっとも、それと並行してボランティアのような無償の医療行為も行っていたのだが。

 その無償の医療行為は、自分の能力の宣伝でもあったが、半分は彼の幼い頃からの習慣の現れだったのかもしれない。それにどれだけ酷い思い出が伴っていても、治療をすれば彼は感謝された。それは彼にとって、自分の価値を見出す唯一の手段だったのだ。そしてそれは彼の能力の訓練にもなった。加えて彼は、医療や生物学などを独学し始める。それは、それまでの経験と勘だけの治療からの大きな飛躍でもあった。

 やがて、その医療行為によって、アキは様々な人々の“情報”をも集めるようになっていった。感知能力によって、自ずから手に入ってしまうものだったが、それは彼にとって役に立った。

 『ボクらが、彼と接し始めたのは、その頃からだよ。彼は、ボクらが出現する領域にまで足を踏み込み始めてしまったんだ』

 白ギルのその言葉の意味が、沙世には分からなかった。

 「あなた達が出現する領域って?」

 『ボクらは人の善意や悪意を信じて、その為の情報を提供する。でも、どんな人間の前にも現れるって訳じゃない。その行動によって、この社会が大きく変化するような立場の人間。そういった人間の前にしか現れない』

 それを聞くと沙世は言った。

 「ちょっと待って。わたしはそんな人間なんかじゃないわよ。それなのに、どうしてあなた達が現れるの?」

 『フフ。それは簡単だよ。君が、村上アキにとって重要な意味を持つ存在になってしまったからさ』

 「それは、つまり、村上君がこの社会にとって大きな影響力を持つって事?」

 『その通りだね』

 それを聞くと、沙世は白ギルを睨んだ。

 「どういう事? 彼は、一体何を背負っているの?」

 白ギルはこう返す。

 『分かった。また、話そう……』


 ……アキは多数の人を治療する内に、徐々に重要な情報を入手するようになってしまった。例えば、裏社会の組織と組織の諍い。それが防ぎようのないものなら、彼もあるいは放っておいたかもしれない。しかし、彼は時にはそれを未然で防ぐ手段も知ってしまう。アキの性格で、それを無視できるはずもなかった。当然、動いてしまう。やがては積極的に、裏の人間とコンタクトを取り始め、調停役を買って出る事もあった。争いが多く、怪我人が多く出る裏社会では、彼の能力は重宝される。そんな要因もあって、彼にはその役割が担えたのだ。彼が前に付き合っていた彼女を利用して、裏の社会のある組織とのコネクションを作ったのはこの頃の事だ。

 争いを減らせば、特殊能力者への偏見も減って、社会にその価値を認め易くできる。その目的ももちろんあった。しかしそれだけではない。彼は、美しいものを見たかったのだ。とても綺麗なものを。

 それは、例え偽りであったとしても、幼い彼の心に刷り込まれた宗教の影響だったのかもしれない。いや、それだけではないだろう。宗教の綺麗事が偽りであった事を知った彼は、本当に綺麗なものを渇望していたのかもしれない。人の心の醜さに怯え、苦しみ続けた彼はそれに飢えていた。

 そんな行動を繰り返す内、村上アキはこの特区のキーパーソンのうちの一人に、いつの間にかなってしまっていた。彼が動けば、大きな争い事が未然に防げる。そして、そんな時期に原子力発電所騒動が起こった。

 『彼の夢を教えようか』

 不意に白ギルが言った。

 『この特区が平和になり、彼は表の世界で堂々と、法律に認められた上でささやかな店を開く。もちろん、医療を行う。健康保険に入っていない貧困な人でも受け入れられるよう低料金で患者を診て、そして彼は人々から感謝されながら静かに暮らす。醜さに触れる事ももちろんあるけど、それは吐き気を感じる程のものじゃない。

 それが彼の夢だ。

 もっとも、今はそこに君が傍にいるという条件が加わっているかもしれないけど。だから、特殊能力者を人材として認める文部科学省の発想を支持しもした』

 沙世はそれを聞くと、目に涙を浮かべた。こう思う。

 “でも、彼はわたしの前で、そんなところを見せた事は一度もなかった。なによ。自分だって、わたしに安心してないじゃない”

 『実は原子力騒動が起こる前までは、彼はある程度は希望を持っていたんだ。実際に彼の行動が成果を上げていたしね。

 が、原子力騒動で彼は深い絶望を感じる事になる……』

 ……原子力発電所騒動では、彼の力は及ばなかった。ある程度は成功していたが充分ではなかったのだ。大きな争いは一度も起こらなかった。しかし、大きな争いが起こらなかっただけで、裏では少なくない数の人間が犠牲になっていたのだ。そして、その主な原因は、“情報系能力者狩り”だった。

 「情報系能力者狩り?」

 『そう。この原子力騒動と、他の裏社会の権力争いとのもっとも違う点は、それが著しく行われたって事だ。

 考えてもみてくれ。仮にどんな戦闘能力を持っていたとしても、そんなものは武装すれば対等になれる。ミサイルの打ち合いなんかじゃ特殊能力はほとんど意味がない。つまり、権力者の側にとってみれば、戦闘能力なんてそんなには恐ろしくないんだ。しかし、情報系能力者は違う。情報を知られれば、権力者はその立場が危うくなる。だから原子力騒動では、情報系の能力者が徹底的に叩かれたんだ。追い出されるか、または殺された。

 これは極秘事項だ。表には、ほとんど漏れていないはずだよ。本当に殺されるかもしれないから、誰も喋らない。立石って君の友達も知らない。この特区は元々、犯罪が多いから、多少殺人事件や行方不明者が増えたところで大して目立ちはしないしそれに、裏社会は情報系能力者に対して、元より警戒しているから隠し易かったのだね』

 沙世はそれを聞くと、表情を歪めた。

 「ちょっと待って。村上君が、わたしに感知能力を教えなかったのって……」

 『うん。だからだろうね。感知能力の存在を知れば、それを利用して裏社会のこんな秘密を君は知ってしまうかもしれない。そして、君は自ら裏社会に足を踏み入れ、その感知能力の所為で殺されてしまうかもしれない。

 ま、それに村上君の能力に、情報系能力があるとバレれば、彼自身も狙われる危険が出てくるって事もあるけど。

 更に言っておくと、彼の友達に一人、三城って優秀な情報系能力者がいるのだけど、村上君はそれと同じ理由で、その友達を裏社会に近付けさせないようにしている』

 そこで一度切ると、白ギルは更に続けた。

 『情報系能力者が、それだけ狙われるのは、今回の原子力騒動には一部のおぞましい考えを持った官僚達が色濃く関わっているからだ。

 間接的になり集団になれば、人間は殺人に対しても罪悪感を感じなくなるものだけど、恐らく、官僚達にもその現象が起きていたのだろう。何人も葬り去った。その事実にも村上君は深く絶望したのだけど、彼を徹底的に絶望させたのは、何より、その事実に薄々気が付いている人間が多くいたにも拘らず、それを承知でこの地区の特殊能力者達が殺しをし続けたって事さ。金の為にね』

 「ちょっと待って。それって、反対派の人達だけが狙われたって事じゃなくて?」

 『違うね。原子力発電所反対運動は、半ば官僚達の手によって仕組まれたものでもある。自然発生した要因もあるけどね。特殊能力者達をより危険に演出するのが、官僚達の目的で、だから本気で鎮圧なんかしない。そもそも反対派は事情を知らない傀儡だよ。大して重要じゃないから、野放しにされている。そうじゃなく、この件に関わろうとした情報系能力者の全てが狙われたんだ。官僚達が関わっている証拠を掴ませない為に。

 官僚と言っても一つじゃない。その証拠を、この特区の利権を狙う文部科学省辺りにつかまれたら致命傷になりかねないからだろう』

 「そんな… 同じ特区の人達が、自分達を嵌めようとしている官僚の言いなりになって、同じ特区の人達を殺していたなんて…」

 『君も今ショックを受けているのなら、分かるだろう? 村上君も相当のショックを受けたんだよ。

 そして、そんな時に、彼は君に出会ったんだ。彼は君の綺麗な心に触れた。どれだけ彼が嬉しかったか分かるかい? 彼は君に救われたんだよ』

 そこで沙世は顔を上げる。

 『だから彼は、君を護る為なら努力を惜しまない。先に君は原子力発電所反対派の連中を眠らせてしまった。結果、君がこの件に巻き込まれそうになって、彼は慌てた。自分の所為で、君を危険な目に遭わせる訳にはいかない。

 だから、君が学校にいるという確かなアリバイがある状態で、反対派のメンバーを眠らせて無関係をアピールしたんだ。その前まで反対派を眠らせていたのは、彼自身だったのだけどね。それが、あの日村上君が君を待たせた真相だよ。ネット上で君の立石って友達が、無関係だって噂を流してくれたし、それに、事件に深くは関わってない情報系能力者が君を調べて、気紛れの犯行だったって事は、もう分かっているみたいだから、これでもう君が狙われる事はないだろう。

 断っておくけど村上君自身の危険は、少なくとも今はそれほど心配しなくても大丈夫だ。彼は裏の社会に関わっていると言っても、自分の身の安全は工夫して護っている。情報を彼は上手く使っているんだ。自分の価値を、上の人間にも伝えてあるし。それに、実は彼も君と同じ事ができる。つまり、戦闘能力もあるって事さ。必要以上に、それを見せたりはしないから、知らない人も多いけど』

 それを聞いて沙世は思う。

 “わたしは、知らない間にまた村上君に迷惑をかけていたんだ……”

 『どうして彼が、そこまでするか分かるかい? 君を失うのを恐れているからだよ。君はもしかしたら、彼をとても強い人間だと思っているかもしれない。一人で生きていける力を持っていて、頼りにできると。でも、それは勘違いだ。彼は弱い。ある意味じゃ、君以上にね。

 君に会うまで、彼は自殺を考えていた。彼を再び生きる気にさせたのは、君だ』

 沙世はその言葉に震えた。そして、イメージする。暗がりで、一人震えている村上アキを。

 “わたしは自分の方がよっぽど不幸だって思ってた。村上君を羨ましく思ってた。あんな能力を持っていて、恵まれているって。

 でも、違う。彼はわたし以上に不幸だ。あんなに色々な人の役に立っているのに、まるで恵まれていない”

 それから沙世は、自分のアキを想う気持ちに変化がある事に気が付いた。なんだろう?これは。少し迷い、それから、

 “そうか、わたし、彼を助けたいんだ”

 そう結論出す。

 “どうしよう?

 彼の事を助けてあげたい”

 それから沙世は言った。

 「彼を助けたい」

 それを聞くと白ギルは笑う。

 『期待通りの反応だ。いいね。君の元へは現れ甲斐がある。彼を助けてやってくれ』

 それから、白ギルは薄っすらと消えていく。その消えていく姿に向かって沙世は言った。

 「でも、どうすれば良いのか…」

 『簡単だよ。彼の傍にいてあげればいいんだ。彼を恐れないで。そのままで』

 そして、白ギルは消えた。


 ――次の日の朝。

 駅で、村上アキは驚いた顔で立ち尽くしていた。それは目の前に、長谷川沙世の姿があったからだった。彼女は彼を待っていたのだ。満員電車から護ってもらうのが目的でないのは明らかだった。何しろ、そこは学校の最寄り駅で降車駅。乗車駅ではなかったのだ。満員電車に乗る必要はない。

 「どうしたの?」

 驚いた顔のままでアキはそう尋ねる。すると、少し照れた様子で沙世はこう答えた。

 「別に… ただ、ちょっと言い忘れた事があったから、ここでアキ君を待ってたの」

 “アキ君”。沙世がアキを名で呼ぶのはこれが初めてだった。その事実にもアキは驚く。もちろん、名で呼べばアキが喜ぶだろうとそう考えたから彼女はそうしたのだ。もっとも、本人も少しはそう呼んでみたいと思っていたのだけど。驚いた表情のアキに、より一層照れながら沙世は続けた。

 「昨日の夜、アキ君に利用してって言ったのは、別にそういう意味じゃなくて、あの、なんていうか、別に利用されてても構わないって言うか。アキ君になら…」

 アキには沙世が何を言いたいのか、よく分からなかったが、それでも沙世が自分に気を遣っているという事だけはよく分かった。そして彼にはそれで充分でもあった。だから、

 「……あのさ、どうして、頭を撫でてるの?」

 と、沙世が言う。

 「いや、可愛いなぁって思って」

 いつの間にかに、アキは沙世の頭を撫でていた。沙世はそれに照れつつも振り払えない。今日はまだ、アキに対して自然に接する事ができないのだ。アキはそれに気付く。ただし、それでもはしゃいでいた。驚いた気持ちがなくなって、純粋に喜びが浮かび上がってきている。

 沙世が自分を“アキ君”と呼ぶ。しかも、何だか知らないが、心配してくれている。彼が喜ばないはずがない。

 「よしっ! 一緒に学校へ行こう!」

 それからアキは沙世の手を取ると、走り始めた。沙世は慌てて言う。

 「ちょっと待って! どうして、手を繋ぐの?」

 「いや、バカップルらしくねっ!」

 「誰がバカップルだ!」

 「じゃ、バカで!」

 「残すのそっち?」


 でも。

 ……手は、放さなかったという。

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