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「先生、れおんにキスした。」
俺に聞こえてないと思ったのか、もう一度、篠原が言った。
視線は、俺の目をしっかり見据えたまま。
『…し…してないよ。』
動揺して二、三歩、後ずさりしながら、掠れた声で答える。
いきなり、目覚めるとは思っていなかったので驚いた。
無意識に、口に手を当てて隠す。
教え子には、『嘘をつくな』と指導しているのに、自分はこの体たらく。
篠原の事実確認に、真っ赤な嘘で返す。
「…嘘。」
はい。嘘です。
ごめんなさい。
上目使いの篠原の、俺を見る目が厳しいものに変わる。
「先生。どうして、れおんにチュウしたの?」
それは、ネズミちゃんだからなんだちゅう。なんて。ばか。
…あぁ大分、余裕が戻って来た。
まだ、己の所業に少しどきどきしてるけど。
『篠原が、可愛いかったから…。』
今度は正直に、言えた。
大人として、言ってはダメだろうって事は、容易に予想が出来たけど。
「可愛いかったから?」
俺の答えに、キョトンとした目になる篠原。
オウム返ししないでくれ。
篠原が座っていた椅子から、立ち上がる。
「じゃあ、先生は僕の事が好きなの?」あ〜。まぁ。
クラス担任だし。
嫌いな子は居ないよ?
「だから、キスしたの?」
…あ。
『チュウ』から『キス』に、なった。
篠原の目が、段々、潤んでくる。
そんなに、俺に『チュウ』されたのが嫌だったか。
『…うん。』
では、無く。
『はい』だろう?
とは、よく教師が言う言葉で。
大体、キスくらい、犬猫にでもするだろ?
ちょっと、触っただけだ。
そりゃあ、篠原にしてみれば、無防備な所に汚いおっさん菌でも移された感じ…かも、しれないが。
申し訳ない。
「じゃあ、」
篠原が続ける。
「先生。責任を取って下さい。」
は?責任?
『チュウ』の?
『責任?』
すっとんきょな声が出た。
「はい。」
金でもせびろうと言うのか。
言っとくが、金は無い。
『…責任って?』
一応、加害者。聞いてみる。
「…。」
下を向いて、考える篠原。
ノープラン…か?
ただ、俺を責めたかっただけなのか。
黙りこくる篠原に、本当に申し訳ない事をしたと思った。